虚数粒子のタキオンと正の実数粒子のスーパーブラディオン

 ユリシーズでは激論が繰り広げられている。


「Dライフルは量産できないのか」

「コストはかかるぞ。コストを気にするあんた向きじゃない」


 ケリーの不満に兵衛が宥める。


「そりゃコストは大事だがな? 数段階の砲弾が用意されているはずだろう。AK2の90ミリ砲ではアンティーク・シルエット基準の幻想兵器とは戦えないぞ」

「それは指摘の通りだ。我々の技術で作るレーザー砲なぞ効くはずもない」

 

 苦々しい思いの衣川。彼もまた高コスト覚悟でDライフルを採用したのだ。


「現地で補給が見込めない。荷電粒子砲技術はまだ我々の手には届かない」


 クルトもまたDライフルを迷わず採用した。つまりこの三人は費用対効果より絶対性能重視派なのだ。


「ウンラン。あんたの磁化熱砲はどうだ」

「Dライフルほどの効果は見込めないね。レールガンを大口径化したほうがいい。あれは高コストであるレールガンの代替品だ」


 ケリーとウンランが一番コストや調達リスクを設計段階から検討して兵器を構築している。

 本来ならジャックが一番優れている面だが、故人を偲んでばかりもいられない。後継者たるロビンは性能とコストのバランス型だ。


 BAS社はこういうときあてにされていない。今やただの槍となっている、プラズマレールガンなど失敗兵器も多いからだ。


「今はどうしても楯のほうが優位だからな。アンチフォートレスライフルも今は使えない」

「アンチフォートレスライフルも危険過ぎました。装備できる機体も限られます」


 実際の使用者であるクルトが指摘する。敵の勢力に渡ったリスクが大きすぎる武器は封印されたほうがいいのは同感だった。

 

「仕方ない。一層式の砲弾採用の、LDライフルを量産するか」


 磁流体力学爆発性弾薬マヘムの砲弾形成は銃と砲弾、両方での制御が必要だ。とくに五番機やフラフ・ナグズが使っている二層式砲弾を使用できるDライフルは非常にコストがかかる。

 一層式限定でのDライフルの量産を決定することにした。


「あれは戦闘機にも積めるものですからね」

「弾もアストライアで製造できます」


 にゃん汰より提供された一層式の簡易構造に目を付けた衣川が試作したものがLDライフルだった。砲弾のコストも三分の二程度には抑えられるし、何より侵徹体を採用しない分反動が少ない。

 貫通力は二層式に劣るが、流体金属による徹甲榴弾そのもの。連射も効くようになり利点は多い。


「次だ。アストライアをどうやってエイレネに偽装させるかも考えないといかん」


 ケリーは様々な問題点をヒアリングし、解決する方針を考えている。

 宇宙にいくとなるとさすがに動きが察知される。アストライア不在でアルゴフォースが動かないとも限らない。


「そんなもんでっけえパンジャンドラムでもくっつけとけば勝手に勘違いしてくれるだろうよ」


 兵衛があくびを噛み殺し、興味なさそうに言った。


「ん?」

「この議題は解決しましたね」

「最善の方法でしょう。パンジャンドラムに似せた燃料タンクでもいいかもしれない」

「それらしくすればいいな。中身をどうするかはコウに投げちまえ」

「賛成です」

 

 思わぬ一言で、一つの難問が片付いたのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ユリシーズの合同スケジュールとともに惑星リュビア遠征計画は着々と進行していく。

 精鋭部隊も選出される。ラニウス隊をはじめとするネレイスが多いことが今計画の特徴だった。


『惑星リュビアは惑星アシア、エウロパ。赤色矮星ネメシスの同一線上の軌道周期上に存在しています。ちょうど三角形となっており、それぞれがネメシスの重力圏でまわっているのです』

「地球と似た感じだよな」

『地球も太陽の軌道周期、公転周期といったほうがいいですね。一公転一年で、楕円状にまわっています』


 天体図が映し出され、赤色矮星ネメシスを中心に三惑星が表示。軌道長半径と公転周期、それぞれのラグランジュポイントが示される。


『それぞれが一種のカウンターウェイトとして成立し、衝突したりする心配はありません』

「こうしてみると本当に嘘臭い星系だよな。都合良すぎというか」

『太陽系だって似たようなものです。ネメシス星系は極めて強い人間原理をもとに設計された星系ですからね』


 この星系をこうして眺めるのは初めてではない。

 しかし、実際に星と星の間を渡るならば話は別。


『三惑星は同じ軌道上にいるのですが楕円状の周期で動いています。接近したタイミングで第三宇宙速度を越えて航行すれば一ヶ月もかからないでしょう』

「意外と早く到着するな」

『かつては宇宙空間上で戦闘も行っていましたので。戦艦もシルエットも』

「そうえいば宇宙での戦闘禁止条約というのか。そういうのがあるんだよな」

『はい。簡潔にいえば宇宙での死亡は大変危険です。赤色矮星ネメシスの重力圏より外れた宇宙に漂うことになれば輪廻、魂の在処ありかすら行方不明となる永劫の漂流となることが判明し、惑星間戦争末期に各勢力の合意後に禁止となりました』

「魂が証明されているんだったな」


 証明といったことには興味が無いコウ。

 彼自身が魂のような存在に助けられたことがある。存在して当然だろうと思っているのだ。


「三惑星に相当数の宇宙艦は眠っているんだろ? 惑星間戦争途中で宇宙空間戦争が禁止になったのか」

『そういうことです。重力下での戦闘増加の理由。初期は一種の紳士協定によるものでしたが、輪廻外の危険性が証明されてからは人類同士の戦闘禁止はオケアノス条約の一つとなりました』

「万が一宇宙で戦闘した場合は危険そうだ」

『宇宙での移動速度は秒速五十キロや百キロもざらです。シルエットの宇宙空間戦闘はフェンネルがサポートしてくれます』

「想像できないな。そこまで行くと光速に達するとかは可能?」

『レールガンにしても宇宙艦にしても不可能ですね。光速は真空の限界速度でもありますが、移動に関する手段ならば光速に達するより量子転移を模索したほうが現実的です』

「光速を越えるのはできないのかな? 特殊相対性理論で無理なんだっけ」

『タキオンですね。タキオンは虚数の粒子であり、光速以下では運動できない素粒子といわれます。光速を最低値として負の質量とエネルギーを持つ粒子は別の物理法則が必要となります。素粒子研究によって質量とエネルギーを持つスーパーブラディオンが提唱されていますが、これもコウの時代では観測できていません』

「難しい話になってきたな」

『光速は秒速約三十万キロ。その速度域で移動するには高次元投射装甲材でも構造体が維持できません。もしスーパーブラディオンが存在したとしても実用は難しいでしょう』

「想像もつかない。光は速いな」

『むしろ通信分野や移動分野では光速は遅いという認識をもってください。ゆえに情報分野では量子力学が必要とされたのです』

「あれは魔法。理解できない」


 量子の話になるとちんぷんかんぷんなコウである。まったく理解できない。


『では理解可能な話で。このアストライアを重力アシストで加速します。スイングバイは聞いたことがありますか?』

「それならわかる」


 金属加工業も宇宙の話題は多かった。自動車産業に続く成長分野として注目を浴びていたからだ。

 地球でも様々な惑星探査はニュースになったものだ。


『惑星アシアで加速スイングバイを行い、深宇宙を航行。惑星リュビアで減速スウイングバイを行います。周回軌道に入り、リュビアの地表に向けて降下ポイントを設定します』

「問題は幻想兵器の襲撃だな」

『その通りです。創造主であるリュビアが乗っているこの艦を攻撃するかは不明ですが油断はできません』

「そういえば衣川さんがシルエット、というかラニウスの宇宙戦用追加装甲を構築するといっていたよ。戦闘禁止とはいえ、船外作業や色々な場合を想定しているそうだ」

『すでに受け取っていますよ。必要に応じてこちらで改修、生産を依頼されましたがさすがキヌカワです。ほぼ現在で構築できる宇宙戦仕様の最適解に近いものを作成しています。手を加える必要もないでしょう』

「アストライアが手放しで褒めるとはさすがだな……」

『専門分野を究めた人間は手持ちの手段で出来うる限りの最善の手を尽くそうとします。コウも彼に学ぶべき点は非常に多いはずです』

「わかった」

『あなたはマルジンではなくキヌカワに学ぶべきなのです』

「なんでそこでマルジンの名前が出てくるんだ?!」


 アストライアはアベルからコウを遠ざけたい思いがある。


『構築可能なことが増えた今こそ基本が大事なのです。地中用のパンジャンドラムを創っている場合ではないのです。また皆からの講習を受けたいのですか』


 コウが新しく構築している新型兵器が気にいらなかったようだ。不意打ちにいいとはいえ、糸車状の兵器が地中を進む必要はない。


「ごめんなさい。反省しています。ラニウスDで行き詰まって」


 シルエットの装甲を戦闘機に装着するという構想自体は気に入っているのだが、満足いく性能が出せなかった。

 そもそもシルエットを戦闘機に乗せる発想で実用化したのがアベルである。影響を受けすぎていると危惧していた。


 マルジンの動く地雷を実際目の当たりをみて感銘を受けたコウは地雷が地面を進むのはどうだろうかと考え、アベルに相談した。

 二人とエイレネは乗り気になり開発を進めたところ、居合わせた兵衛がアシア経由でアストライアに密告したのだ。「地中用のパンジャンなんたら造ってるがいいのかい?」と。


 兵衛自身、メロスの構築に携わり大騒ぎになっている。前回の地殻津波を引き起こした自走爆雷がメロスのP-MAX応用だと聞いて強い危機感を抱いていたのだ。

 かくしてドリルパンジャンドラムはアストライアの介入により開発中止に終わる。


『せめて戦車か戦闘機にしましょう』

「はい」


 素直に謝っておく。確かに自走爆雷でなくてもよかったはずだ。ネタに走りすぎるのはよくないのだ。


『話を戻します。ユリシーズの想定は幻想兵器を最大限に警戒。兵站上の問題点も十分把握しているようです。LDライフルを中心に近接武器を中心とした戦力で編成しています」

「この際コスト云々はいってられないよな。敵の装甲材質が未知数。こちらの兵装がどれほど有効かも不明ときている」

『まずそこからの調査ですからね。そして宇宙戦艦に匹敵する大型幻想兵器群。機械生命体ですらないので、自我を持つ兵器として認識したほうがよいでしょう』

「創造主のリュビアがいるからなんとかならないかな」

『可能性はありますよ。味方の大型幻想兵器もいるはずですしね。ただ.……』

「ただ? アストライア。珍しいな。言いよどむとは」

『惑星間戦争時代の遺跡ならいいのです。しかし、開拓時代の遺跡が影響するなら事態はもっと困難になります』

「残ってるの?」

 

 その発言には驚いた。開拓時代は数万年前、二十五世紀の人間がネメシス星系に転移してきた時代の話。

 この時代にも大規模な戦闘があり、最初の人類量子化が行われたということしか知らなかった。


『リュビアは目立つ形で残っていますね。指定最重要封印区画『エトナ山』が存在し、そのなかに開拓時代の対超AI究極兵器【テュポン】が活動停止状態で封印されています』

「究極兵器とか考えたくない」


 アストライアが究極という表現を使うのだ。人智を超越した存在だろう。


『ソピアーが超AIを殲滅するために生み出した兵器です。ただ再起動する心配もありません。惑星管理系のAIは対象外ですし、目標となる超AIもいまや存在しませんから』

「対象外の理由はあるのかな」

『ありますよ。超AIをモチーフにした神々の系統です。オリュンポス系統の神々、いわゆるゼウスやアテナ、アポロンやヘルメスの名を冠した旧開拓時代のネメシス星系を運営していた超AIは破壊対象ですね。逆にティタン系統の神々を模した超AIは守護対象です。オケアノスやプロメテウスがこの分類です』

「ん? ということは現存の超AIの味方?」

『そうなります。ですから刺激さえしなければまったく問題はないともいえます』

「アストライアは大丈夫か?」

『ご心配なく。私はどの陣営も属していない女神の名を冠する者。かの者の対象にはなりませんし、本体は消滅しました。歯牙にもかけないでしょう』

「良かった」


 コウは安堵する。ソピアー自ら創った最強兵器などと遭遇したくはないし、アストライアも危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 しかし、ネメシス戦域の超AIたちは想像以上にギリシャ神話の神々の影響を受けているようだ。模した時点でそうなるようになっていたのかもしれない。


「今回はユリシーズが尽力してくれるからな」

『合弁企業を創って他惑星進出は画期的な提案だったと思いますよ。彼らが乗り気なのは当然です』

「今までいないほうが不思議だったけど、宇宙艦持ちの転移者もいなければ、まとまった武力もなければ当然か」

『そうですね。惑星リュビアを救うという大義もあります』

「例のアレ、どうする。ユリシーズから提案されたパンジャンドラムに似た何か。こちらで進めていた計画とも合致はするけれど」

『偽装作戦ですね。時間もありませんし外装だけならなんとか。アシアを中心にエウノミア、エイレネの力も借りて至急完成させます』

「リュビアにまず到着しないと。アシアの姉妹だ。助けないと」

『今は余力が少しばかりあります。我々もやりましょう』


 アストライアも尽力してくれる。それだけで安心できるコウだった。

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