惑星分類『鉄惑星』

「アウラールよ。人類はどれほど生き残っている?」

『現在地である旧要塞エリアが一つ。旧防衛ドームで二カ所。我らが保護した人類は総数百万も満たない数字と思われます』

「それほど減ったか」

『アイドロンやテラスも我ら同様人類を捕獲しているはずです。ですがどのような扱いを受けているかは不明なのです』

「そうか」


 リュビアの顔が曇る。


『惑星リュビアはネメシス戦域で最も苛烈な地。リュビア様だけのせいとは言い切れません』

「苛烈な地?」


 コウは惑星リュビアのことはよく知らない。まだ転移してから二年。アシアのことでさえよくわかっていないのだ。

 アシアに小声で尋ねる。


「惑星リュビアは地球型惑星。一種の岩石惑星なんだけど、惑星リュビアだけは一種の鉄惑星としての面が強い。ケイ素酸で構成されたマントルの核が三割で残り七割が金属で構成されている。テラフォーミングがもっとも困難な惑星だったの。地球がある太陽系で例えると水星の構造が近いかな。大きさは地球の二倍近いけどね」

「鉄が多い惑星なのか」

「うん。そこに他の小型岩石惑星ぶつけて地表を創り、大気と水を確保できるようにしたのね。で、この鉄惑星というのが問題で……」


 言葉を濁すアシア。


「三惑星のなかで最も資源が豊富。人の手があまり入らなかったが故に自然環境が過酷となった。リュビアは過酷な特性を生かすべく生態系特化の超AIとして成長したの。移民した人口も少なかった。惑星間戦争でも主戦場だったともいえる」

「辛いな」


 資源が豊富で僻地。人工が少ないゆえに戦場にもなりやすい。

 確かに苛烈といえる惑星だ。


「総人口は数億人程度だった。ストーンズ侵攻前は三惑星ともに交流があったのだよ。逃げ果せた人間も結構いるはずだ。この惑星は傭兵よりも探索者サーチヤー中心だったからな」


 リュビアが以前の状況を説明する。


「遺跡もあるのか」

「遺跡の豊富さではエウロパと匹敵するだろう。アンティーク・シルエットの部品取りから宇宙艦まで大量に眠っている。部品取りでもそれなりの利益になるからな。といっても惑星間戦争が終了後、火山の噴火で埋もれたり、防衛機構が天然の要塞と化して入手は困難だ。ましてや当時のシルエットではな」

『我ら幻想兵器は主に遺棄されたアンティーク・シルエットを元に誕生している。そういう意味では資源戦争は続行中だ』


 喪われた旧兵器を巡る闘争。恐るべき真実を口にするアウラール。

 

「アンティーク・シルエットの残骸を奪い合う状態か」

『その解釈で構わない。残骸と呼ぶにはあまりにも大いなる資源。詳細は後日話そう。リュビア様の奇蹟は様々な存在を生み出した。超大型個体が誕生したのは同様の原理である』

「宇宙艦がもとになるとはな。いや、今は言うまい。そのおかげでストーンズは駆逐できたのだ」


 別の問題は発生したが、当初の第一目標は達成されたのだ。


『はい。人間が生存できるように手は尽くしますが、リュビア様不在のため惑星環境が急速に悪化する恐れがあります』


 リュビアは嘆息する。MCSに作用する原理であるはずだったが、宇宙艦を侵食するとは想定外だったのだ。


「君たちは人間を守っている。一番欲する物はなんだ」

『ウーティス。よくぞ聞いてくれた。我らが一番欲する物。それはリュビア様の機能そのものだ。要塞エリアのインフラも停止したままであり天候制御もままならない。自転制御すら危うくなる恐れもある。遠からず人類、そして惑星そのものが滅びるだろう』

「人類だけ他惑星へ救出するという手は?」

『難しい問題だ。我らは人間がいる前提だ。その場合、中立や敵の幻想兵器と他惑星との戦争もありうる。存在理由を求め他惑星へ侵攻開始する可能性も捨て切れまい。テラスも含め、幻想兵器は機械だけの惑星を欲しているわけではないのだ』

「テラスはマーダーと組んでいるんだろ? 何故人間が必要なんだ」

『理由は不明だ。存在意義のためのトロフィーだと予想している』

「歪んだ愛情だな……」

『まさに』


 コウはしばし無言で考え、聞く。


「問おう。各地の封印されているリュビア本体のうちどれか一つでも解放すれば、事態はどうなる?」

『わからぬ。だが、それでも最悪の結末である惑星消滅は免れる。ただし、各地のリュビア様本体は敵や第三勢力の幻想兵器によって守られている。我らは人間の保護を優先し遅れを取ってしまった』

「倒す必要があるのか……」

『そうだ。我らでは取り返すことができぬのだ。封印区画と呼ばれるものがあり、侵入できない』


 コウとマットの視線がぶつかる。

 二人は頷いた。


「わかった。アウラール。もし俺達がリュビアを連れその本体を奪い返しに行くとしたら、支援は可能か?」

『ウーティス。封印区画は何者も入れない。人間もな。リュビア様その人でのみ可能性はあるが、セリアンスロープではシルエットに搭乗も不可能だ。本日の通信は現状報告と、その難題を提示するための連絡でもある』

「俺はその封印区画に入る権限を持つ、ウーティス。そしてセリアンスロープ専用のシルエットを用意することも可能だ」

『なんだと! しかしたった二機のシルエットでは……』

「それぞれ一人は随伴できる。四機のシルエットが可能なはずだ」

『ならば乞い願うウーティス。この惑星を救ってくれないか。できる限りのことはしよう』

「わかった。アウラール。遠い惑星の友人よ。よろしく頼む」

『友…… この地の人々も我らのことを友と呼んでくれる。わかったウーティス。我が友よ。汝らの到着を心待ちにする。現地では最大限の支援を約束しよう』

「ああ」


 会談は終了する。惑星アシアも困難だが、リュビアは滅びる寸前だ。友好勢力もいる。

 行かない理由は無かった。


 こうして惑星リュビア遠征計画が始まることになったのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 アウラールとは定期的に連絡をすることとなり、欲しい物資や現地で調達できる物資の確認を行うこととなった。

 何せ宇宙航行。転移者でも行った者はいない大事業となる。


 惑星リュビアと通信に参加した者に加え、メタルアイリスからジェニーとブルーが合流し話し合いとなった。


「大航海だ。今回はみんなと練って話を進めたいと思う。俺とマットは決定だな」

『独断で救援を決定しておいてそれをいいますか』

「う……」

『よいでしょう。やはりこのアストライアで現地に赴くことになるでしょうね』

『うわ。ズルいアストライア。なんでよ。マットとコンビのエウノミアのほうがいいでしょ。だいたい貴女がいなくなったら不自然だとコウが言っているし、私もそう思うわ』

『エイレネに私のコスプレさせればいいのです。そんなの』


 アストライアは適切な解決策を見いだしていた。


『ちょ! いきなり流れ弾が私に?!』

『私のコスプレするのに何か不満でも?』

『姉をコスするのはどうかなーと』

『ふふ』

『やりまーす! 姉さん超美人だし? 顔の造形もほぼ同じだし! 完璧にアストライアやりまーす!』


 アストライアの鬼気を感じエイレネが折れた。


『エイレネ。それ自分のことを超美人といっているのと変わらないよね』


 アシアが無表情にツッコミをいれる。


「ともあれリュビア遠征だ。初の宇宙航海だからな…… 長期間の滞在はしないぞ」

「私は反対なんだけどね」


 ジェニーが口を開く。


「反対されるのはもちろんだ。危険を感じたら即時撤退する。その時はすまないリュビア」

「当然だ。私のためにウーティスを喪うわけにはいかん」

『それはよい心がけね。なら今回はちゃんと協力体制を構築してから動くこと』

「わかった」


 今回の遠征は危険が伴う。だからこそ皆に包み隠さず話すのだ。


「ユリシーズやメタルアイリスにも説明予定だ。けれどこれはビジネスチャンスだと思ってくれ」

「ビジネスチャンス?」

「広大な大地。多数の遺跡が眠る惑星。危険と引き換えに得る者は多く、現地の人類は壊滅。他惑星からの探索者もいない。つまり、惑星リュビアの交易を独占できる」

「そこまで利益がでるかしらね……」

「そこは資源惑星と言われた惑星リュビアを舐めないでいただきたい。人類の橋頭堡、そして私が一つでもコントロールを取り戻せば利益は生じるはずだ」


 ここぞとばかりリュビアが割りこむ。沽券に関わるし、何よりコウたちに貢献できそうものがあることは重要なのだ。


『技術惑星エウロパ、資源惑星リュビア、環境惑星アシアと言われたものね』

「そういえばエウロパのことはまったくしらないな」

『あの星は独自だから。地球に似すぎているが故、歪んでしまった。いつか接触することもあるでしょう』

「そうだな。今はエウロパの話はよそうコウ」

『賛成です。かの災厄の壺のパンドラと等しき惑星の話はまた今度で』


 コウは絶句する。リュビアにアストライアまで警戒する技術惑星エウロパ。

 ストーンズと交戦しているはずだが、詳細がまったく出てこない。彼女たちも話題を避けたがっているところをみると、触れないほうが良いのだろう。


「新しいマテリアルが手に入ったらシルエット構築に役立ちそうだしな」

「そういう意味では惑星リュビアは特異点ともいえる惑星だ。期待していいぞ」

「ならアルゲースも必須だ。アストライア。行こう」

『お任せください。貴方の乗艦は常に私ですので』


 にっこりと笑うアストライア。行こうと言われて嬉しかったらしい。


「現地でユリシーズの各種シルエットを委託生産できるような合弁会社を作ってみたらどうだろう。現地人や探索者をサポートする企業体とか作れないかな」

「それは私こそ願ったりな提案。転移者がいるのはこの惑星アシアのみ。現地ではワーカーしか作れなかったからな」

「そうだったのか……」


 惑星アシアでも転移者がいなければ機関砲一つ作れなかったという。

 惑星リュビアが即座に制圧されたのも無理からぬことであると痛感した。


「リュビアは一人で頑張っていたんだな」

「……うん」

『そうね。リュビアは辛かったと思う。私以上に。私は転移者の皆と時々は会話できた。コウが助けてくれた。でもリュビアは一人で戦い続けて、自己の消滅を賭けてまで戦い抜いた』

「まだ勝ったとはいえないが」


 惑星管理コンピューターが惑星の制御権を奪われているのだ。存在意義に関わる問題だ。


「勝つさ。そのために俺達がいる」

「そうだよリュビア。コウも僕も、そしてユリシーズやメタルアイリスのみんなも協力してくれる。必ず君の本体を解放しよう」

「……本当にありがとう」


 礼を言うリュビアを優しく見守る一同だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ユリシーズの緊急会議が開かれた。

 惑星リュビアの探索。及び現地での会社創設が議題となる。


「惑星アシア代表としてのユリシーズ合弁企業を創設するのは良い案だね」

「コウはうちの会社にいたからな。工業製品の流通とかは事情を知ってるのさ」


 ウンランの言葉に兵衛が苦笑する。


「もっとも問題は幻想兵器とやらに俺達のシルエットが通用するかどうか、てのもある」


 ケリーがにやりと笑った。新たな敵の登場に嬉しそうだ。


「幻獣を模した大型兵器ですか。幻想的のようなSF的なような」


 未知の敵にクルトは警戒している。


「私も同行しますからね。実際に現地でコウ君を手助けする構築技士は必要でしょう」


 衣川が宣言した。


「そりゃ危険だろう。キヌカワ」

「行きます」


 地球では宇宙工学を研究していた衣川は譲らない。決定事項のように繰り返す。

 死んでもついていく気概に満ちていた。


 社名の御統みすまるすばる星の別名。宇宙への憧れも込められている。


「ストーンズを殲滅した戦闘力を侮るべきではないね。幻想兵器は機械生命体ではないのだろう? コウ君」

「はい。生殖活動を行う生命体ではなく、現地で廃棄や投棄された無人シルエットを改良する仕組みだと聞きました。大型幻想兵器は宇宙艦が元になっているらしい」

「その仕組みも解明したいところだ。幻想兵器の装甲や駆動はどうなっているかもね。アンティーク・シルエットが元なら装甲も積層電荷シフト結合ナノセラミック系の可能性が高い」

「リュビアも本体が創った機能なので、細かく把握してないようなので」

「現地は君とマティー君が行くんだろ。他のメンバーは?」

「私です」

「わかってますから!」


 衣川の猛烈なアピールにウンランも苦笑した。


「ユリシーズやメタルアイリスでも経験が長いメンバーを募ろうかと。人選と機体の選抜をお願いしたいのですか」

「ようやく俺達を頼る気になったか! ひよっこめ! 企業は色々あるからな。五社から編成部隊を創らせてもらうぞ」


 これは公平性のためだ。五社とユリシーズを中心とした選抜部隊で惑星リュビアにいくことに、各構築技士たちも異論はない。

 企業の可否によってあとで大きな差が出ても、彼らにとってもよくないのだ。とくに今回は新天地絡みときている。


「二隻体制だろ。宇宙航海ならもっと多いほうがいいんだがな」


「アストライアとペリグレスで考えています」

「ホーラ級二隻が姿を見せなかったら怪しまれるだろうな」


 今回の件でとくにホーラ級の動向は、各勢力敏感になっているはずだ。


「問題はその二隻で何を搭載するか。敵は戦闘機ではなく、空飛ぶ鳥型や翼竜機体。地上には蠢く恐竜機械。アベレーション・アームズを強化したかのような存在に対して何が有効なのか……」

「通常の戦闘機や戦車の概念は通用しそうにないですね。シルエット中心で組むべきか」

「鹵獲した宇宙艦も使いましょう。積載能力に関してならアストライア以上ですよ。それなら三隻です」


 衣川が提案する。ロクセ・ファランクスから奪った特殊機構を持つ宇宙空母アグラオニケを改修中だった。


「積載能力があるってのはありがたいな。そこはキヌカワに甘えるとしよう。機械の龍人相手にどれだけ兵力があっても困らんだろうしな!」


 ケリーが即座に衣川の案を飲む。


「機械恐竜相手とか考えたこともねえな」

「機械の神話生物ですよ。とはいえ、やはり想像はできないですね」


 兵衛とウンランが、実際の機械の龍相手にどう戦うか思考を巡らせる。


「そういう兵器の編成はあんたたちに任せるわ。どのみちうちの会社はシルエットしかないしな」


 兵衛が早々と離脱を宣言した。


「任せてください。君の分までちゃんと私がフォローします」


 ここぞとばかりアピールする衣川。

 

「それに私はアベレーション・アームズ相手に機体を構築していたよ。現地でさらなる研究をしよう」

「ドラゴンスレイヤーか。戦闘機へのこだわりは妥協していないがな」


 ケリーも衣川が対アベレーション・アームズ用の兵器を想定して構築していたことはしっている。その試験中に傭兵機構本部の威力偵察があったからだ。

 是が非でも惑星リュビアに行きたい衣川の熱意に対し、他の者たちは諦めに似た感情を抱いた。

 

「搭載できる機数も限られている以上、場所を取る戦車やクアトロ・シルエットは除外するしかないな。戦闘機や戦車を搭載するなら可変機や連動機だろう」

「数は用意出来るが少数精鋭でいくしかない。補給もままならない現地だ。ここは慎重にそれぞれリストを出して、バランスを取っていこう」

「お願いします」


 皆新しい土地や、幻想兵器に興味があるようだ。構築技士たちは具体的な討論に入っていった。

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