薄汚れた人類を見つけたので
結局コウはアストライアの司令席にいる。
アストライアとエウノミアは同期が完全なので移動不要とのことだしい。
エウノミアの司令席にはリュビア。隣にマットとジャリンがいる。
そして約束の時刻はやってきた。
「惑星リュビアから通信、入りました」
相当な距離だが量子通信のおかげで時間差の概念はない。
「繋いでくれ」
コウも緊張した面持ちで告げる。
通信が繋がれた。
そこは防衛ドームのなかのようだ。天井に天蓋がみえる。
カメラが接続されたようだ。巨大な脚が写っている。
徐々にズームアウトし、映し出す。幻獣兵器と呼ばれるソレを。
その姿は現在のリュビアを模したシルエットといったところか。装甲が黄金に輝く、威厳に満ちた存在のようだ。
マーダーのテルキーネスに似ているが、巨大な翼状のものが背中にあることが違う。
顔も龍に近く、西洋のヘルムのようだ。
『お初にお目にかかります。リュビア様。そして人類の代表、ウーティスよ。我が名はズメウ型のアウラールと呼ばれている。人類を守護する
合成音声が響く。
ウーティス名義は事前通告だ。どうやら惑星間戦争時代から存在する言葉のようで詳細は誰も教えてくれないが、彼らと話すときには便利らしい。
「シルエットが喋った?」
「落ち着いて。シルエットは会話可能だろう。スピーカーがあれば音声は出力できる」
驚愕するジャリンにマティーが小声で指摘する。シルエットは極力発声しないだけで意思もあれば会話もできる。
「はじめまして。アウラール。黄金の龍よ」
コウが応じる。スメウとアウラールの意味はすかさずエメがカンペを送付してくれた。ズメウは龍人を指し、アウラールは黄金を指す言葉のようだ。
「こうやってお前達と会話するのは初めてだな。遅くなってすまない」
リュビアが申し訳なさそうに謝罪する。生み出しておいて今まで放置だった。
正直、彼らがどのような行動を取っているかも知らない。
『当時のリュビア様の状態は把握しております。だが我らはシルエットを母体にしながらもマーダーの特性も有する。それゆえ人間と相容れぬ』
機械の龍人の表情からは何も読み取れない。
口はあるが、表情筋などあるわけがない。これは困ったと思う。
『とはいえ我らが創造主リュビア様の意に背くわけにはいかぬのでな。マーダーと敵対する幻想兵器との戦闘は激化していく一方だ』
「戦力は拮抗しているのか?」
『いいや。我らが不利だ。何せ味方がどこに誕生するか、製造されても敵か味方かもわからん』
「一度制圧されているものな……」
アシアでさえ制圧されていたのだ。惑星リュビアは最初にストーンズによって侵攻され陥落した。
『この惑星リュビアは三惑星のなかで最も過酷な環境。ファミリアさえいない地。リュビア様を責めるのはよせ』
「責めているわけではないよ。アシアも同じ状況だったんだ。ストーンズ勢力の同時制圧が苛烈過ぎた」
『早合点を謝罪する。ウーティスよ。惑星アシアも同様の惨劇に見舞われたのだな』
「気にしないでくれ」
『ストーンズ勢力はこの惑星から殲滅している。第一目標は達成された』
「ストーンズ勢力を殲滅?!」
さらりと言われるが、その言葉が意味することはあまりにも衝撃的だ。
コウが思わずオウム返しで叫んでしまうほど。
「ちょっとまて。殲滅というがストーンズにも宇宙艦もあれば、シルエットやマーダーがあったはずだ」
『当初の目的を達するために我らは一丸となった。幻想兵器の戦闘力を侮るでないわ』
「凄いな」
感嘆の言葉を述べる。偽りのないコウの本心だ。
『幻想兵器は主敵としてストーンズとその勢力が設定されていた。その後我らは幻想兵器同士の勢力争いに発展したのだよ。生き残った人間の奪い合いだな。幻想兵器は三つの勢力に分断。人類の敵に回った側がマーダーの製造権限を手に入れたのだ』
「三つの勢力とは?」
『我々人類側についたクリプトス。そして人類に敵対する側テラス。どの勢力に属さないものや、小さな勢力を作って独自に判断する第三勢力群アイドロン。これが現状のリュビアだ』
エメが頷いて意味をコウに通知する。クリプトスは神話のような。隠す者。人間を隠し味方しているからであろう。
テラスはそのままモンスターの意だ。アイドロンは幻獣、理想像という意味らしい。
「ストーンズを倒してから分断したのか」
『そういうことだ。我らや第三勢力の一部はリュビア様に敬意を持っているが敵対側はそうとも限らん。宇宙艦を元にした幻想兵器は力を持ちすぎたのだ』
「宇宙艦が幻想兵器に?」
予想しなかった事態にコウが絶句する。
思わず顔を覆うリュビア。
『クリプトスでいえばガルーダ級、ズライク級、クリカラ級、セキリュウ級などは数百から数キロメートルの巨大幻想兵器である』
示威行動ともいうべき、脚を大きく踏みならずアウラール。
コウとアストライアはジト目でリュビアをみた。
リュビアは顔を覆ったまま、首を横に振り続ける。
「敵側――テラスにそういう存在はいるのか」
『存在する。フェンリル級、ヤマタノオロチ級、ヴリトラ級、セト級、ファヴニール級。他にもいるな。地球由来の悪性を持つ幻想生物名が付けられている。ストーンズを殲滅するまでは共闘状態であったが、今は睨み合いだ』
「では中立、立場を表明しないアイドロンは?」
『バハムート級、リヴァイアサン級、ベヒモス級、バステト級などだ。彼らの立場は一貫していない。そして撃破した宇宙艦も幻想兵器になってもおかしくはない。どの勢力につくかは、彼ら次第だ』
アシアがビジョンで出現した。コウの足下に隠れるように身を屈めている。
「ごめん。勝てる気がしない」
「俺もだ」
敵側に回った戦艦級に匹敵する幻想兵器は地球の伝説において、世界を滅ぼすに足る存在の名前が冠されている。
シルエットで対処できるのだろうか。本気で勝てる気がしない。
「どうしてこんなことに……」
宇宙艦が幻想兵器になるとは予想外だったリュビアは呆然としている。
『偉大なるリュビア様の為された奇蹟。それが宇宙艦にも対抗できる存在を生み出したのです』
後悔の念を別の意味で解釈され当惑するリュビア。アウラールは誇らしげだった。
『私も大型級とまではいかないですが元となったアンティーク・シルエットはソロネ型。巨大マーダーなら一人で対処できる身。最初に生み出されたことを光栄に思います』
アシアがじっとリュビアを見つめる。
巨大な幻想兵器やシルエットサイズで高性能な存在が生まれているとは思わず、リュビアは力無く項垂れた。
彼女は明らかにやりすぎた。
「幻想兵器はフェンネルOSのシルエットだろ? パイロットは必要ではないのか」
『ウーティスよ。よくぞ気付いた。確かにパイロットがいれば我らの性能は向上するが、必須とは限らぬ。フェンネルOSは変容を遂げシルフィウムOSとして確立。我らは人の手によらぬ意思判断が可能だ』
アストライアが絶望的な表情をしている。
フェンネルOSが改変され、シルエットが独自の意思を持つなど聞いたことがない。前代未聞の事態がおきている。
エメからシルフィウムについて詳細メモが送られる。古代に生息したオオイキョウの一種。通貨に描かれるほどに当時は重要な植物だったらしい。
「乗り物であることをやめたと」
『その解釈で構わない。契約者たりえる者がいれば、その者と力を合わせることになるだろう』
コウは思いきって切り出してみる。
「そのパイロット候補の人々。惑星リュビアの人類はどうなった」
『一カ所に集めて管理している』
「状態は?」
『我らは判断する基準がないのだ。ウーティスよ。汝がその目で確かめるしかあるまい』
「そうだな」
仮にもマーダーのプログラムを組み込まれている兵器だ。
人間への温情を期待するほうが無理だろう。
「見せてくれ。現在の惑星リュビアにいる人類の姿を」
『よかろう』
鷹揚に頷くアウラール。
コウは真実を見極めるべく、画面を注視する。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『本来なら人類は絶滅していてもおかしくなかった。生存者がいるだけでも感謝してもらいたいものだ』
アウラールは告げる。
『薄汚れた人類たちを見つけたので、かたっぱしから回収し薬を打ちカプセルを飲ませ一時的に雌雄別に分け管理した』
幻想兵器に捕まった人間たちが栄養剤を打たれ、環境カプセルの一種を飲まされている。リュビアが制御できなくなったことで重力が変化しているのだろう。
その後、清潔なベッドに寝かされているようだ。
『抵抗する者は無差別にあの熱湯へ放り込んだ。三十八度あまりの熱さでは、奴らも黙り込む。おかしくなって定期的に入り込むヤツまで出てくる始末だ』
映し出されるのは大きな泉。
遠目だが、どう見てもくつろいで風呂に入っている人々がいた。
風呂を嫌がるシルエットサイズの幻想兵器が捕まえ、シャワーを浴びせている。
『薄汚れた衣服は取り上げ、管理しやすい様に我々が服を与えてある。選択の余地はない。ウットゥ級に任じてある』
複数の蜘蛛型幻想兵器がせっせと衣服を織り上げ、人間のオーダーに合わせた服を生産中だ。
確かにフルオーダーならば選択の余地はないだろう。
『最後は強制労働だ。我らと違い、人間は栄養を取る必要があるからな。不便な連中だ』
牛型の幻想兵器がくびきに似た機械を牽きながら、人間は後ろから作業している。
「……」
どうみても人と機械が共生しているのどかな惑星。その光景に一同は絶句する。
『恐怖に震えるのはまだ早い。人間どもからブッチャーと怖れられている幻想兵器もいるのだ』
ブッチャーが映し出される。アウラールと同系統のズメウ姿ではあるが、巨大な包丁が特徴的だ。
会話が聞こえてくる。
『こら。ここに入るんじゃ無い。肉を創るために生き物は屠畜しなければならない。お前達には見せられないのだ』
「ブッチャーさん。ハンバーグににんじんやピーマン混ぜるのやめてぇ」
『くく。恐ろしかろう。にんじんもピーマンも食わぬ貴様らが悪いのだ』
「えー!」
どうやら人間に変わって屠畜し、精肉を行っているらしい光景。
バイオプラント機能が失われ、畜産を行っているのだろう。
「これってさ。口が悪いだけで普通に友好的じゃないかな」
「……うん」
リュビアに小声で話し掛けるコウ。
『我らはマーダーの機能も有する身。人間への害意は捨てきれぬ』
アシアがその言葉を分析する。
「これってあしざまに言うだけで、基本人間大好きだよね。彼ら。歪んだツンデレというか」
「誰に似たんだ……」
「あなたじゃないかな」
愕然とするリュビアと呆れるアシア。
『どうやら人類を悪し様にいうことでマーダーでもあるというアイデンティティを昇華しているのですね』
アストライアが分析する。
『ちょっと待て。喰らった我が契約者が話があるそうだ』
「食べたのか!」
マーダーですら人を食べることはない。驚愕するコウ。
リュビアは涙目で首を左右にぶんぶん振っている。
『すでに我が腹の内よ』
アウラールの腹部がせり出した。
その形状は暗い灰色のMCSそのものだ。
上部のハッチが開き、顔を出す人間。少女のようだ。
「こらー! アウラール! 口の利き方に気をつけなさいって何度もいったでしょう!」
確かに腹の内だとコウは苦笑する。
『こ、こら。危険だから早くシルフィウムに戻りなさい』
「ごめんなさい。リュビア様。ウーティスさん。このアウラールたちは決して悪い幻想兵器じゃないの」
少女が懇願する。
「ああ。それはみてわかった」
笑顔の人々を見ればわかる。地獄のような環境を助け出されたのだろう。
農耕も彼らが生きていく上で必要なもの。重労働は幻想兵器がやっているようだ。
『何をいう。我らはマ……』
「それはもういいから」
少女の制止され黙るアウラール。
「私はサラ。幻想兵器たちに助け出され、アウラールと契約した者です」
「喰われたというのは?」
「シルフィウムOSのMCSに私たちを収めることを彼らは口々に言うのです。危険な目に遭わせないよう、過保護なぐらいなのに」
「マーダーの影響は、口の悪さだけみたいだな」
「その通りです! リュビア様の最後の賭けは成功したのです! ありがとうございますリュビア様!」
現地の少女に感謝され、ようやく微笑を浮かべることができたリュビアだった。
『そろそろ戻りなさいサラ』
「わかった」
再びコックピットに入り、アウラールに格納されるシルフィウム。
「懸念は杞憂だったようだ。彼らは人類の味方だ」
コウが小声で断定し、周囲の一同が無言で肯定する。
「よくぞ人類を護ってくれた。幻想兵器たちよ」
『おお…… リュビア様。もったいなきお言葉……』
片膝を付くアウラール。
カメラが突如後ろを向く。
アウラールとサラを見守っている現地の人々がそこにいた。
彼らの笑顔をみて、リュビアは心の底から安堵するのだった。
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