プロジェクト・クラシカルヴァルプルギスナイト

 後日にゃん汰とアキとブルー、そしてアシアを連れて買い物に出かけたコウ。

 久方ぶりに訪れた平和なひととき。


 アストライアの戦闘指揮所で呼び出したコウが気まずい思いをする。

 メンバー以外にジェニーとブルーまでがいた。


「コウ。呼ばれた理由はわかっているわよね」


 ブルーが睨み付けるように告げる。


「ん? ああ。みんな察しがいいな……」


 コウの企みは早々にばれているといったところだろう。


「最近のコウは優しい。でもそれは何か身辺整理しているよう」


 エメがぽつりと呟いた。


「俺が優しかったらそんなに変か」

「今のコウは妙に気が付くのよね…… ウーティスとはまた別にね」

 

 ブルーもコウの変化に気付いているようだ。慣れないことはするものではない。


「それは私たちに言えないようなことなのでしょうか」

「死ぬつもりではないにしろ、一人で危険なことをする準備ですよね」


 アキが懇願の眼差しを向け、にゃん汰が真面目な本来の言葉遣いをしている。これは結構キつい。


「マットとよく話しているのは知っているわ。頬をつねらないから正直に答えなさい。何を企んでいるの」


 ジェニーにまで言われたら観念するしかないようだ。


「そうだな。全てを話すよ」

「コウの演技の下手さには定評があるから」


 エメがぽつりと呟くと、コウ以外の皆が頷いた。


「それはいわないでくれ」


 ウーティスの最終戦でさんざん言われ、本人も自覚はある。


「隠し事は無駄だということですね」

 

 アキがやんわりと釘を刺す。


「わかったよ。俺は惑星リュビアにいくつもりだったんだ。これはアシア大戦の前にいったはずだ。そしてアストライアの読み通り大戦は勃発。傭兵機構も正常化の道筋が見えた今しかない」


 これはブルーとジェニー以外が知っている話だ。


 アストライアとアシアの映像がモニタに映し出される。


『ほら。大事な話の時に私を呼ばないし! 私も話に参加させてもらうわ』

『その時申し上げたはずです。そんなことはメタルアイリスの方々が許すはずがないと』

 

 二人がたまらず会話に参加する。


「さすがアストライアね!」

「本当に。その時コウはなんて答えたのかしら?」

『まあね、と』


 冷たい視線がブルーから注がれるコウ。そっと視線を逸らす。

 

「あの時と状況は違うさ。旗艦アストライアにエメ提督だ。アシアから離すわけにはいかない」

「提督の名は謹んで返上します。ただのエメでいいです」


 エメがはっきりといった。


『私を使わずにですか?』


 アストライアも詰問する口調になってきた。


「使用する宇宙艦はエウノミアかエイレネを想定している」

『何故ですか? それなら同型艦のアストライアでいいはずです!』


 予想外の内容にアストライアの口調が荒くなる。

 

「普段姿を見せないエウノミア。エイレネが宇宙にいったとしても新しいパンジャンドラムの実験ぐらいにしか思われないだろ?」


 エイレネに対する風評被害が発生していた。だがその言葉は今や多くの人間に恐怖と畏怖をもたらす。


『その理由は認められません』


 アストライアもここは譲れないといったところだ。


「俺も本当ならアストライアで向かいたい。危険すぎるんだよ。みんなも連れていけないし。トライレームのときとは違う。それにこのメンバーが一斉にいなくなったら怪しまれるだろ」

『ならばこの惑星のためにコウをリュビアに向かわせるわけにはいきません。そうでしょ、アシア』

『そうね。どういう理屈をひっくり返しても、むしろコウだけは向かっていけないということになる。だいたいリュビア、こっちにいるじゃない!』

「うん。そうだな。というわけでマットとエウノミア、リュビアから話をしてもらおうか』


 エウノミアから通信が入る。マティーと龍人型セリアンスロープであるリュビアが現れた。


 リュビアは日本式の正座した。反省の意を表現しているようだ。


「すまない姉者……」


 俯いて謝罪するリュビア。


『姉者はもういいって。そういうときだけ姉扱いはやめなさい。まずは説明を』


 アシアはただならぬ様子のリュビアに驚く。しかし姉者という呼称は嫌なようだ。

 リュビアは緊張するとアシアを姉者と呼んでしまうのだ。


「私は意識をこの作り出した生体に詰め込んだ。意識だけだから処理能力は以前、惑星リュビアにある本体のまま。それもストーンズに解析されてしまった」

「そして僕は彼女を助けたい。お世話になりっぱなしだからね」

『助けたいのは私も同じ。何故コウが行く必要があるのかな。そうか。EX級の構築技士じゃないとあなたの本体にアクセスできない?』

「その通りだアシア。おそらくマットでは無理」

『私の場合、高次元領域での量子チェーンで解除。コウとの絆があったから解除できた。でもあなたの場合は……』

「そう。だからコウとマット。二人が必要なんだ。あと中味はここにいるし」


 自分を指差すリュビア。 


『コウがアクセス権を解放して、マットと本体の貴女が解除するのね。確かにそれなら可能かも』

「そういうことだ。問題は……」


 コウとマットが痛ましそうな視線をリュビアに送る。

 リュビアは顔に縦線が入り、絶望の状況を浮かべていた。

 視線をちらっとアストライアに送る。


「ごめんなさい。アストライア」

『いきなり私へ振らないで下さいね。謝罪から入られたら怖いのでやめてください』


 間違いなくろくでもないことをしでかしたことは間違いない。アストライアは確信した。


『何をしでかしたか話しなさい!』

「話そうアシア。最後の意思を全て使って行った計画。その名もクラシカルヴァルプルギスナイト。アストライアの製作したマーダーの基幹OSとフェンネルOSを融合、自律機械として戦闘力を持ち、自動製造可能な幻想兵器を……造りました。はい」

『以前話した幻想兵器のことね。でもなんでヴァルプルギスの夜なの? そんな物騒な名前のプロジェクト立ち上げないで。クラシカルだからギリシャ古典、ゲーテのファウストね』

『自動製造という単語から既に嫌な予感しかしないのですが。その研究の過程で生まれたのがアベレーション・アームズとアベレーション・シルエット。武器腕なども可能になり、シルエットはヒト型から解放されました。人間の犠牲も強いるものですが』


 ヴァルプルギスの夜に対してツッコミを入れるアシアと、絶望的な予感に打ちのめされるアストライア。


「クラシカルヴァルプルギスナイトについて詳細を説明させていただきます」


 正座して語り出すリュビアは相当やらかしたようだ。


 古典的クラシカルヴァルプルギスの夜ナイト

 かのゲーテの戯曲ファウストにおける第二章第二幕を指す言葉。ファウストは美女ヘレネを求め、古代ギリシャに赴き様々な幻想生物と出会うことになる話だ。

 このヘレネは人間の娘ではあるが、実父がゼウス、実母がネメシスという説もある。


「まず惑星リュビアの人間が殲滅状態になり、ストーンズに対抗し、強力なマーダーの開発を命じられたときのことです。最後の力を振り絞って本気を出したんです。ストーンズの裏をかくために超本気を」

『すでに聞きたくないんですけど。あなたの超本気の面で』


 アストライアも人のことは言えないが、超AIたちが本気を出すとろくな結果にならない。むろん自分のことは棚にあげている。

 正座のリュビアは涙目だ。深く反省しているようだ。


「以前お話した復習です。半意識体として覚醒させたMCSと幻想生物型のシルエットを製造。相反するマーダーとシルエットを融合の、シルエット寄りの兵器。自立して人間を護るが人間が乗らないと実力が発揮されない上、人間嫌いときている。気難しい兵器になりました」

『そういえば彼らに惑星リュビアの命運かかっていたわね』


 アシアもその話は覚えている。


「はい。彼らは私の目論み通り、生き残った人類の保護を行ったみたいです。そして敵対する別勢力の幻想兵器と戦闘を行っています」

『なんで対立する幻想兵器がいるのよ!』

「マーダー面が勝った個体が数多く発生したのですね…… さすがに私もやばいと思いました。実はプロメテウスから苦情もきました」

『どんな苦情ですか?』


 アストライアが恐る恐る訪ねる。フェンネルOSを製作したプロメテウスの苦情だ。重要な情報に違いない。


「違法改造及びコピーしたものまで僕は責任持たない。どうすんだよこれ! と悲鳴をあげてました。私の超本気が大成功しすぎたようで、MCSの乗り物であるという意識が薄れているようです」

『どうなってもしらないからね、って意味ね。それ』

「はい……」

『おお、もう……』


 アストライアが顔を覆った。プロメテウスが匙を投げた案件になど関わりたくない。ましてやコウに関わらせたくはない。

 マーダーとMCSを融合するなど虫と人間をかけあわせるようなもの。考えるだけで恐ろしい。


「それって超AIに近い処理能力を持つ自律兵器が人間に敵意を持っていることにならないかにゃ……」

「否定できません」

「うわ」


 コウは映画を思い出す。エポナにも搭載したスピンコック装填をしながらショットガンを撃ち続ける人間型殺人機械が活躍するという内容だ。


「想定内ではあるんです。何が完成するかよくわからないので、クラシカルヴァルプギスナイトと名付けました。ここまでの狂宴サバトになるとは予想外です」

『サバトというより闇鍋よねそれ!』

「敵対している幻想兵器はマーダーを支配下に置き、人類側の幻想兵器と対立しています。護るべき人類側についた幻想兵器もマーダープログラムが入っているのでちょっと不安かな、と」

『ちょっとでは済まされませんよね? むしろよく人類を護る行動が取れている個体がいるものだと感心しますよ。本体のアストライアが設計したマーダーは人類、ファミリア、セリアンスロープ、ネレイス。有機生命体への敵意が常に高い状態です。例外があるとすれば鹵獲仕様に調整された個体のみ』


 マーダーの基礎設計は超AIであったアストライア本体である。人間を外敵と判断し、虫や昆虫の行動原理に則った自律機械を創造したのだ。


『その反省の意味は、私たちがリュビアにいっても双方の幻想兵器との戦闘が発生する可能性が高い、やらかしましたってことね!』

「はい。ごめんなさい」


 プロメテウスが匙を投げた案件をどう収束させるのか。能力が半減しているアシアや、今や端末に過ぎないアストライアも想像がつかない事態だ。


『では惑星リュビアの状況は?』

「それがですね。超AIリュビアへの命令で、シルエット・ベースを探るために予測地点に補給物資を適当に送れと言われまして。そこで意識だけをこの肉体に落とし込んで発射しました。当然偽装して外しましたが」

『ええ。そこまではしっているわ。洗脳のような状況でさすがとは思う』

「つまり、以降惑星リュビアがどうなったか、私も知らないのです」

『幻想兵器に投げっぱなしってこと?』

「はい」

『人間の衣食住とかどうするの?』

「わかりません」


 アシアの顔も蒼白になる。

 下手したら一カ所に集められるだけで放置や、飼育状態になっているかもしれないのだ。


『わかった。惑星リュビアの状況。なんとかしてあなたの基幹OSの一つでも取り戻し、幻想兵器を制御したいと』

「そうです! アシア!」

『でもコウを行かせたくないなあ』


 恐る恐る切り出すリュビア。


「そこで相談。本題です。アシア様」

『姉妹相手に様つけないで。怖いから』

「実はですね。二日後、惑星リュビアの幻想兵器からエウノミアに通信が来るようです』

「え。なんで?」

「幻想兵器が創造主である私に現状を報告するとか…… 一人では怖いのでコウさんとマットにお願いして一緒にいてもらうことにしました」

『報告に対して一人でいるのが怖いってどういうことなの?!』

「だって。何が生まれているか想像つかないし」

『だってじゃない! なんでそんなもの造るのよ!』


 アシアが驚愕する。

 エウノミアが通信に割りこむ。半ば憐憫にも視線をリュビアに向け、助け船を出す。


『仕方ないですわね。放置はできないでしょう?』


 ホーラ級で一番の常識人ならぬ常識AIだとコウは思う。


「彼らが何を求めているかわからない。その通信の対応は俺がしようと思う」

「ご迷惑おかけして申し訳ありません。コウ」


 しおらしいリュビア。


『わかりました。全てはその状況を解析してからにしましょうエウノミア。私とアシアとディケ、エイレネも加えて総掛かりでリアルタイム通信を。かの惑星の状況を分析しましょう』

『承知いたしましたわ』


 その言葉を聞いて、エメはジェニーやブルーとともに対策会議を開くことになった。

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