閑話 救世主伝説

 ウーティスは行方不明。コウは日常に戻ることになる……はずだった。


 それはロクセ・ファランクスと交渉した一週間後。

 アストライアの戦闘指揮所に、アシアからの緊急連絡で知った出来事。

 

『大変よ! 私たちが宗教になってる!』


 コウは言われた意味が理解できなかった。首を傾げる。


「宗教って何のことだ?」

『私たちが信仰の対象。おもにファミリアとセリアンスロープ』


 意味がわからない。


「なんで?」

『わかんない』


 アシアも当惑しているようだ。


「ファミリアたちは情報共有でウーティスがコウだって知ってるだろう」

『そのはずなんだけど…… 感銘を強く受けすぎたようね』

「だいたい宗教ってどんな形態なんだ」


 コウ自身、ぴんとこない。初詣に盆とハロウィンとクリスマスが溶け込んだ国にいたので当然だ。


『主神は私。あなたが救世主。そしてにゃん汰とアキが巫女。シンボルがエポナだったからエポナ教団という呼称が定着しつつあるわ』

「なら話は簡単じゃないか。にゃん汰とアキに、ウーティスとアシアへの信仰をやめるようにいってもらえばいい。俺達は神様じゃないんだからな」

『それもそうね』


 アシアたち超AIは宗教を持たない神話としてのギリシャ神話モチーフの性格付けをされている。それゆえ自分たちを神と定義することは嫌う。


「そんな簡単な話じゃないにゃ」


 にゃん汰が哀しげに首を振る。

 事態は深刻だ。


「そうですね。テレマ宣言は意識と尊厳の変革です。彼らに辞めろとはとてもいえなくて……」


 アキも困った顔をしている。巫女としての言葉を求められているのだから当然だ。


「うーん……」


 そういわれても宗教の開祖になぞなるつもりはない。


『あなたがウーティスとして引用したせいか、聖典はハガクレという日本の書物になっているよ』

「なんで葉隠なんだよ!」

『知らないよ!』


 パルムはウーティスの台詞を聞き逃さなかった。死ぬことと見つけたり、と言い出したのだ。もはや武士としてコウに仕えるつもりである。 

 とにかくも葉隠はまずい。江戸時代の鍋島藩ですら禁書扱いだ。


 どうやら真剣に考えないといけないと覚悟し、思いついた案を口にする。


「いっそウーティスになって解散するよう言うかな」

『前にもいったけどそれだけはダメ絶対。救世主伝説をそのまんまなぞるような真似。収拾つかなくなるよ』

「救世主が蘇りて託宣を下すなど、かなり危険な行為だぞ」


 思わず師匠が口を挟むほどの悪手だったらしい。

 救世主伝説などモヒカンの追い剥ぎと戦う拳法家ぐらいしか思いつかない。


「だいたいどこでそんな集会とかやるんだ」

「ギャロップ社です……」

「そうか」


 アキの歯切れが悪い。コウは諦めに似た相槌を打つ。

 ギャロップ社の社員はほぼセリアンスロープとファミリアで占められている

 あの場所なら確かに集まりやすく、かつ人目も気にならないだろう。マットが知っているかどうか疑問だ。


「アキ。にゃん汰。エポナ乗ってきて伝言伝えて」

「託宣と変わらないと思うにゃ……」

「それでもいい。他者への勧誘、対面及び集団でのウーティスの話題、金銭物品に関わる活動、広報活動を極力控えるように。あと注意するものあるかな」


 地球で一人暮らししていた時に受けたNG行動を羅列する。


「集会活動かな」


 エメがぽつりと呟く。


「それだ。自粛ばかり申し訳ないが、ウーティスの望みだと告げてくれ」

「あえて認めて制限かける方向かにゃ。了解にゃ」

「心の自由を訴えたのは俺だからな…… これで少しは落ち着いてくれるといい」


 コウは淡い期待を寄せる。


「聖典は平家物語と五輪書あたりにしておいてくれ」


 平家物語は盛者必衰の教訓。傭兵機構本部を平家に例えるとそれらしくなるだろう。

 コウの趣味としては風姿花伝を推したいところではあるが、五輪書のほうがそれらしいという判断だ。この本はコウもいまいち理解しにくい書物だ。だが武術書ということで周知される。葉隠よりは精神面での影響も少ないに違いない。とにかくあれはまずい。


「いっそウーティスになるといいのに」

「そうだね」


 ブルーとエメがとんでもないことを口走る。


『コウも大変ね。信仰の対象になっちゃうなんて』

「他人事のように言うがアシア。ヴァーシャは超AIを信仰していると言い切ったからな」

『そうだった! ねえ。コウどうしよう!』

「向こうには干渉できないぞ!」


 悩みの種が尽きないコウだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ヘルメスは、バーにいた。ヴァーシャとアルベルトを連れ回し日夜遊んでいる。

 たまににこやかに女性を口説き、酒を楽しみ、遊戯にふける。


 バーでは人間の傭兵や柄の悪い半神半人が多いのだが、ヘルメスはそのほうが楽しいらしい。半神半人にはヘルメスの存在はすでに周知されている。

 規律正しい半神半人ヘーミテオスの創造主の割に、彼らとは相性が悪いのである。


 現在はダーツ勝負だった。


「さあ。ヴァーシャ。次はビリヤードだ」

「わかった。ヘルメス」


 酒場で敬語を使うと怒られる。慣れないため口を呟くヴァーシャ。


「こう肉体を動かすのは計算通りにいかないのがいいね」

「は、はぁ」


 アルベルトがぎこちなく相槌を打つ。

 連日の夜遊びに付き合わされてヘトヘトだった。いや、夜遊びならまだいいかもしれない。


 一番きつかったのはフットサルだ。老体でするスポーツではない。彼の代わりに急遽飛び入り参加した若い傭兵はヘルメスに気に入られ、傭兵部隊の隊長に抜擢された。

 後にヘルメスの正体を知って震え上がったのはまた別の話。


 ヘルメスは意外な、ある意味当然の才能を発揮した。

 荒くれ者どもに異様なカリスマを発揮しているのである。さすが盗賊や計略を司る神をモチーフにした超AIといったところか。


 フットボール、いわゆるサッカーもしたいそうだが、何よりバンドを組みたいらしい。

 当然ながらメンバーが集まらず、ヴァーシャの新しい頭痛の種だ。


「そういえばカジノを作る計画、どうだ」

「順調に進んでるよ」


 半神半人が管理する世界は面白みにかけた。

 二十一世紀の娯楽やスポーツに興味津々だったヘルメスは自分で調べ上げ次々と採用していったのだ。駆け引きが大好きなのだ。


 ヘルメスの推奨スポーツはボクシングとレスリングである。剣術も行いたいそうだが、アルゴフォースではなかなか経験者が集まらない。

 

 フットボールにバンド。ヴァーシャも未知の分野だ。もういっそ、コウに連絡を取り経験者の移籍ができないか相談したいと思い悩むほど、ヘルメスの圧が凄かった。


「せっかく肉体を得たんだ。たくさん遊ばないとな。明日は釣りにいくぞヴァーシャ!」

「釣り堀はまだできていないが」

「海だよ! 海!」

「そ、そうか。了解した」


 肉体というのは贅沢なものだと身をもって思い知らされるヴァーシャだった。

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