条件付きの無条件降伏

 ゴルギアスの戦闘指揮所内は赤く染まり警告音が鳴り響く。


「オケアノス! 応えよ! 何故だ!」


 返事はない。エディプスは絶叫したあと、両手で顔を覆い、司令席に深く座り込んだ。 

 緊急脱出するためのMCS風操作室に行く気力もない。深海で射出されても爆発に飲まれるだけだろう。


『警告します。あと五分内にゴルギアスは爆発します。お別れですエディプス』


 ゴルギアスの制御AIが別れを告げる。

 エディプス個人への呼びかけ。意味するところは生存者がいないという事実。


 避難勧告もないということは、どのような手段をもっても助からないということだろう。


「何故だ…… オケアノス……」


 恨みはもはやウーティスではなく、彼を見捨てたオケアノスに向けられていた。


「我々は傭兵を管理し、惑星アシアの自治体紛争を管理する組織…… 正義の味方ではないのだ……」


 オケアノスはストーンズに対して戦えとでもいいたかったのだろうか。

 そのために転移者なる旧世代の戦争好きな連中を呼んだのではなかったのか。放っておけば彼らがなんとかしてくれたのではないか?

 

「仕事はした。転移者や企業も傭兵組織に組み入れた。そしてストーンズにも人類はいる。我らは全うに、己の職務に忠実だったのだ……」


 自然と言い訳ばかりが口に出る。

 

「オケアノス! お前が最初から手を下せば良かったのだ! 何故しないのだ! 我らに何かをさせるな! 考えさせるな! そのための超AIだろう!」


 あらゆる事柄に関し、よきにはからえ。


 アシア人がAIに臨むことだ。曖昧な【すべからく適時、最適に動いてくれ】と。

 そこからが間違っていたが、オケアノスは応えない。


『我らの行動原理は【人間と寄り添うこと】です。隷属ではありません。私からの最初で最後の忠告です。――さようならエディプス』


 画面が停止した。もうすぐ爆発するのだ。


 思わぬ所から声がかけられた。ゴルギアスの管理AIだった。

 忘れていたのだ。

 ネメシス星系のAIは、寄り添うものだということを。


 ただ彼らがあまりに人が好きで、優しく、忍耐強かった。だから勘違いした。

 抵抗もすれば反抗もありうると。


 今更指摘されても遅すぎ、そして考えを変えることはできなかった。


「どうすれば正しかったのか。教えてくれオケアノス。頼む!」


 オケアノスは応えない。教えることすら厭ったのか――


「オケアノスーッ!」


 最後の絶叫は爆発とともに飲み込まれた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ゴルギアスの動力機関が完全に停止。高次元投射装甲が解除され、金属水素をはじめとする各種燃料が誘爆。

 破片がマグマの海に沈んでいった。


「ゴルギアスの轟沈を確認」


 戦闘の最終局面を迎えたのだ。


「そろそろ仕上げか。敵艦隊は海中が多いな」

「間違いなく【星】を警戒してでしょうね」


 コウが状況を確認し、アキが答える。


「ディープワン部隊の補給だけはしっかりと」

「了解にゃ」


 コウの指示をにゃん汰がディープワン部隊に送る。


「こちらキモン。コウ。これからどうする?」


 ゴルギアス轟沈の報を聞いたバリーから通信が入る。


「ゴルギアスは完全に破壊した。敵の戦意も尽きただろう」

「相変わらずあの系統のパンジャンドラムはえげつない。本部機能壊滅か」

「動きはなさそうだ。次の手を打つよ」

「聞かせてもらおうか」


 コウの提案がむしろ楽しみになってきているバリー。

 本来なら彼がやらないといけない先読みや方針決定もコウが決定していることでずいぶん楽をさせてもらっている。

 今回の戦争はコウの私闘だけではなく、バリーやジェニーら、メタルアイリス人が売られた喧嘩でもあるのだ。


「現在戦闘している艦が一番怖れている事態は何だと思う?」

「傭兵だから本部のメンツとかだろ? いや。違うな。宇宙艦か!」

「そういうこと。本部から融通してもらった莫大な資産。その最大のものが宇宙艦だ。奴らの拠り所だろう。ストーンズに寝返って艦を召し上げられるぐらいなら、艦をもったまま略奪者になりかねない。二重の意味で危険なんだ」

「アルゴフォースのメガレウス一隻であれだけ苦労したしな。あの数の殲滅は現実的じゃない」

「そう。そしてそれをすると人類側の戦力が大きく低下するのも事実。抑止力の温存としても傭兵機構の宇宙艦隊の殲滅は本意じゃないんだ。だから宇宙艦の権利をもって交渉する」「お前。本当にコウかよ。すげえな」


 バリーの心からの賞賛に、コウは毒を感じてしまうのだ。


「褒めてるのかけなしているのかどっちかにしてくれ」

「褒めてんだよ。つまり、奴らの財産の保護を明言し、降伏させるのか」

「それ。停戦合意後、武装解除。無条件降伏をするのは旧本部という形式を取り解体。その後の組織再編は全面的にこちらに従ってもらう。再編される予定である現在戦闘に参加したアンダーグラウンド・フォースにとっては条件付きの無条件降伏を勧告するとでも言えばいいのかな

「回りくどいやり方だな」

「双方面目は必要だ。トライレームは無条件降伏を飲ませた勝利者として。再編される傭兵機構本部様には艦隊という資産保護が保証される文面が欲しいだろう?」


 条件付きの無条件降伏という言葉を聞いて衣川と兵衛が微妙な表情をするのは仕方ないだろう。コウとは世代が違いすぎる。


「連中には責任をもって傭兵機構本部の再建をしてもらうさ」

「といっても奴らでも本部機能の譲渡はできないだろ」

「できるさ。さっきそっちに送ったろ。ロクセ・ファランクスのリーダー。名前は忘れた。オケアノスが出来ないといった場合のみ、対策を考える」

「ライムンドか!」

「そいつ」


 海底にリリースしなくてよかったと心から思う。


「本部とロクセ・ファランクスは一心同体だ。ならば本部機能をもつ空母ゴルギアスを喪った今、ライムンドと現在の旗艦が傭兵機構本部を継ぐのは当然だろう。本部機能がなくても傭兵機構本部の人員は全アシア中にいるはずだ。組織で機能不全に陥るなんてまずない」

 

 コウは思い出す。二十一世紀でも災害などの緊急事態に即したBCP。いわゆる事業継続計画を用意しなければいけなかった。工場が不能になった場合、他社に依頼し代替生産を準備することだ。

 遠い未来のこの地で唯一ともいえる行政本部が機能不全に陥った場合の対策などなされていると踏んでいる。そこはオケアノスに確認すればいい。


「ううむ。こっちで確認を取れる案件だといいんだが」

「そこでリーダーのライムンドを使うんだよ。惑星アシア一位の勢力、ロクセ・ファランクスの隊長様だぞ。他に誰が適任者がいるというんだ。奴なら宇宙艦の所有保証には乗ってくるはず」


 コウは彼の立場を思い冷笑を浮かべる。ライムンドにもコウのラスボスプレイの労力と同じぐらいの苦労はしてもらうつもりだ。

 

「しかし、それだとこっちは本当に殴られ損だな」

「賠償金はせしめるさ。生かさず殺さずぐらいの金額をね。分割払い大歓迎だ。払えなかったら利子をふんだくったらいい。いくらか変動金利のローンプランを作ろうか。百年定額リボ払いも用意しよう」


 コウは悪戯っぽく笑っている。エメが一億ミナ――日本円で約一兆円もの大金を払っても侵攻してきた彼らに対し、金銭面でも容赦するつもりはない。


「金はしっかり取るんだな」


 思わず吹いてしまう。そこは根にもっていたようだ。


「現物をもらっても仕方ないだろう? 修理もできない旧式機たちをさ」

「確かにな」


 ユリシーズを戦慄させた旧式機軍。情報戦に後れを取るという恐ろしさを改めて彼らに実感させた。

 そして今回の戦争において、アンティーク・シルエットの価値を大きく下げる結果にもなるだろう。


「あとは鹵獲した艦やシルエットの所有権放棄、兵士やパイロットが生存していた場合は返還だな」

「鹵獲機なんかあったか?」

「海のなかには大量のエンジェルが流れている。ディープワン部隊に回収させているよ。生存者がいれば救助するようにいっている」

「最初のパンジャンドラムで吹き飛んだ連中か。抜け目ないな」


 バリーが呆れる周到さだ。それなら余裕で黒字だろう。トライレームの被害は軽微だ。


「あんまりやりすぎて恨みを買っても仕方ない。もう遅いかもしれないが」

「遅いだろうよ。あとで逆襲してきたらどうする?」

「その時はウーティスが海底から蘇るから大丈夫だ」

「やっぱり俺の知っているコウじゃないな。お前。本当は誰なんだよ」

「アストライアのみんなといい、みんな酷いな」


 コウが苦笑し、バリーがにやりと笑った。表舞台の重責を知ってもらっただけで彼には十分だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「こちらトライレーム臨時代表バリーだ。聞こえるか。傭兵機構本部諸君」

「ロクセ・ファランクス臨時代表の戦艦ナビス艦長サンスだ」


 すぐに応答があった。向こうも待ち構えていたのだろう。


 口ひげを蓄えた中年男性がいた。

 バリーと同年代ぐらいだろう。


「傭兵機構本部直属の参戦部隊全てに告ぐ。今すぐ浮上し武装を解除。確認のち降伏勧告を行う」

「降伏したいのはやまやまだが、こちらも専属雇用契約をしている傭兵機構本部を無視して話はできないのだ」


 本当に困ったようなそぶりを見せるサンス。事実、その通りなのだろう。


「本部のあった空母ゴルギアスはすでに轟沈したはずだ」

「その通り。つまり我々の誰もが降伏権限さえもない。傭兵たるもの、信用が大事。裏切りをするわけにもいかんのでな」

「我々はライムンドの身柄を確保している。傭兵機構本部の代表権をゴルギアスが喪失したならば、本部と契約していたロクセ・ファランクスとそのリーダー、ライムンドに移行、代理可能と判断する。君たちに匹敵する戦力などないはずだからな」

「なんだと」

「本部機能代理艦としてはライムンドが所属している宇宙戦艦ナビスが該当すると思われる」


 思いがけない通告に慌てるサンス。


「……少し待ってくれ。ロクセ・ファランクスには他にも様々な宇宙艦があるんだ。他のアンダーグラウンド・フォースとの協議も必要になる」

「もちろんだとも。ロクセ・ファランクスは惑星アシア最強のアンダーグラウンド・フォース。複数の宇宙艦を所持していることは誰もが知っている。どれを旗艦にするかは君たちの自由だ」

 

 ライムンドが生きているのも予想外だったが、ロクセ・ファランクスが傭兵機構本部代理になるという案も青天の霹靂だ。

 ナビスが旗艦などとは思ったが、戦闘力でいえばやはりこの艦が一番戦闘力を持つ。トライレームの分析は正しい。


「代理の件についてはオケアノスには確認済みだ。本部機能代理をまず行い、正式に引き継ぐのは君たち次第だ。こちらも交渉相手がいないんじゃ埒があかないのでね」


 オケアノスと直接やりとりできるトライレームこそ、もはや傭兵機構本部といえるのではないか。そう言いたくなる気持ちをぐっと堪える。

 本部機能を有すると判断したら、ライムンドでもオケアノスと接触できるようになるだろう。


「武装解除後、現在君たちの所有している艦の保有や傭兵機構本部の組織は保証する。その後の体制や賠償方法はこちらの指示に従ってもらおう」

「……条件付きの無条件降伏か」


 トライレームの思惑を察する。

 こちらを完全無力化する前に、宇宙艦の所持を担保に傭兵機構本部の再編を促しているのだ。


「詳細はライムンドに託すが、君たち傭兵機構本部直属軍の物的財産は保護される。現在保有の兵器、宇宙艦を含めてな。こちらが鹵獲した艦や兵器と賠償金は諦めてくれ。何度もいうが仕掛けてきたのはロクセ・ファランクスだ」

「こちらとしては是が非でも飲みたい話である。だが我々は一つのアンダーグラウンド・フォースではない。時間をく……いや。他のアンダーグラウンド・フォースも応じるとのことだ。武装解除と停戦は受け入れる」


 彼らの生命線である宇宙艦の没収はないなら、応じないわけがない。全ての艦所有のアンダーグラウンド・フォースが武装解除、停戦に応じた。戦おうにも宇宙艦しかない。

 金なら時間をかけてでも払えばいい。しかし、状態の良い宇宙艦は二度と手に入らないのだ。このまま戦い続けて破壊されるよりは降伏を飲んだほうが良いと判断するのは当然の結果だった。


「こちらアンダーグラウンド・フォース【ハイランダー】のリーダー、ジル・モネ。アグラオニケを諦めろというのか! あれは惑星間戦争時代のなかでも特殊な宇宙空母だぞ!」

「宇宙艦の返却は…… 一隻だけか。賠償艦だと思って諦めてもらうしかないな。人員は返して貰えるのだぞ」


 サンスは苦い顔をする。一隻で済むのがわからないのか、と言いたいのだ。

 ここで鹵獲されたのは艦長の責任とするのは非常にまずい。個への重度な責任はさらなる反発を招く。ここは人命優先という論理で話を進めるべきだ。


 意外なところでサンスへの援軍がきた。他のアンダーグラウンド・フォースのリーダーからだった。


「我々は条件を飲む。【ハイランダー】のみ徹底抗戦をするか?」

「貴公らはまだ他の宇宙艦を所有しているだろう! こちらは宇宙艦が真っ二つにされたのだぞ!」


 他のアンダーグラウンド・フォースのリーダから口々に抗議の声が上がる。

 趨勢は決しており、彼らのなかでも厭戦ムードが蔓延していたのだった。


「停戦拒否ならば貴公らだけであの質量兵器を相手に戦え。ジル、よく考えろ。君の乗っている宇宙艦がそのまま保証されるのだぞ。そして君のチームに所属する者たちは無条件に返してもらえるのだ」


 彼らはやろうとしたら大質量兵器をいつでも投下できる。

 たとえ海中にいようともあの威力は有効だろう。


「……わかった。アグラオニケの所有権は放棄する」

 

 ジル・モネは遂に諦めた。確かに今から身代金の交渉などしてはいられない。何より宇宙艦を喪ったのは彼だけではない。抗っては一人悪者にされるどころか、全責任を押しつけられかねない。

 サンスは安堵のため息をついた。ロクセ・ファランクスにはまだ予備の小型宇宙艦もある。アグラオニケの希少性には遠く及ばないが溜飲は下がるだろう。


「すまない。バリー殿。改めて条件は受け入れる」

「賢明な選択だ。その賢明さを最初から示していればこの事態は避けられたかもしれないが、貴殿の責任ではなく、本部連中にある。降伏したのは君たちではなく、旧本部という形を取らせてもらおう」

 

 サンスはアンダーグラウンド・フォースのなかでも指導力がある人物なのだろう。宇宙艦の放棄はもっと紛糾していてもおかしくはない。

 もしくは【星】の恐怖が彼らを停戦に駆り立てているのかもしれない。これを狙っていたとしたらコウもその黒幕も大した役者だ。


「それは助かるが、恩に着せるつもりか?」

 

 彼ら本部のアンダーグラウンド・フォースも現行シルエットに関しても認識し直した。現アシアの兵器は惑星間戦争時代のシルエットに迫りつつある。旧時代の転移者が作っている劣等兵器という認識は改めないといけない。

 戻る場所が海の底しかない以上、徹底抗戦は無意味だ。サンスにも各アンダーグラウンド・フォースの焦燥感は痛いほど伝わっている。


「ライムンドの解放さえも無条件なのだ。少しは感謝してもらわないとな」

「それはもちろんだ。我らがリーダーの保護、感謝する」

「傭兵機構本部の再建はトライレームも手伝うさ。お互いアシアの行政を担う組織になったんだからな。ただ、もう少し公正さを増して欲しいので教導させてもらおう」

「……了解した」


 教導。これが今回のキモなのだろう。


 自分たちはひょっとして、とんでもない面倒ごとを押しつけられたのではないか。サンスは今更ながらに戦慄した。

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