持ち駒
開戦から二時間以上経過しようとしていた。
「簡単には墜ちてくれない、か」
「単艦の戦闘能力は凄まじいですね。こちらは距離を取り適時攻撃を与えています」
「嬲り殺ししているようで趣味は悪いが、被害状況も極めて軽微。順調だな」
「そんな生やさしいものではありませんよ。各要塞エリアの防衛施設は一切手を緩めず、攻撃し続けています」
アキが真顔で告げる。コウが依頼した要塞エリアの本気は、凄まじいものだ。宇宙艦隊の進軍は明らかにこの攻撃によって遅れている。
「戦闘機部隊が頑張っているようですね。プレイアデス隊と五行の零式部隊が敵宇宙艦一隻を奪取したようです」
続けて戦況を報告する。
「宇宙艦相手にか!」
今回の件で激怒していたのはA級構築技士でも当事者であった衣川だ。
トライレームのなかでは最前線に位置するオーバード・フォースのジュンヨウに乗り込み五行重工業と共同で動いている。
「大砲鳥Ⅱが護衛のエンジェル部隊を排除。五行の零式部隊と
「皆頑張ってくれたな」
「特殊な空母だったようですね。これは我々にとってもよい戦力になりそうです」
怒りに燃える衣川に呼応したプレイアデス部隊。そしてウーティスの演説で大義に燃える五行の連合軍。さらにはハイノ率いる大砲鳥Ⅱ部隊は凄まじい戦闘力を発揮した。
特殊な宇宙空母を見つけ、即座に奪取作戦を立案した黒瀬の指揮のもと、成し遂げたのだ
「敵が【
エメも驚く大戦果だ。
「その【星】は?」
「さきほど敵の宇宙強襲揚陸艦が【星】によって轟沈しました。これは一撃で粉砕しましたが、爆雷も消滅したので三度目はありません」
「みせしめにはなったか」
アキが戦況を伝える。航空戦力で宇宙艦は落とせないがスカイフック型パンジャンドラム【星】ならば小型の宇宙艦なら一撃だ。
確かに映像を見ると、アリステイデスと同じ大きさほどの四百キロ級強襲揚陸艦の船体が粉砕され轟沈していっている。これでも相当威力を落としていると推測できる。
「十分だ。予備の【星】がないことなど敵は知る術はない」
「敵は降伏勧告を待っているね」
少なくとも敵にとっては二時間弱で二隻の宇宙艦が轟沈、一隻を鹵獲、一隻が行動不能となっている。
轟沈した旗艦のうち一隻は旗艦ゴルギアスだ。戦意も喪失しているだろう。
「降伏したければ自分から言い出せ」
コウがふっと笑う。助け船を敵に頼るのは間違いだ。
「連中は何を差し出す? 撤退するから見逃してくれでは虫が良すぎる。ウーティスならそう言うだろう。あんな奴らの安い命など、取引を行う価値もない」
「やっぱりウーティスに戻ろう。コウ」
皆の意見を代弁するエメ。自信に満ちた指揮官は異性としても魅力的に映るもの。
「ラスボスロールプレイは疲れるんだ。俺には合わないよ」
コウ本人はウーティスとは何かに取り憑かれたとしかいいようのない悪夢である。
落下と爆発のなかで行方不明という結果には満足している。ラスボスとはそういうものだ。
「もったいない……」
「もったいないってどういう意味だ」
思いもよらぬ言葉に驚くコウ。ウーティスである自分が惜しまれる理由がわからない。
「ううん。なんでもない。でも敵艦隊、明らかにお互い距離を取ってるにも関わらず前進してくる。なんでだろう」
「補給も限界なんだろう。海の底で食べ物ぐらいはあるだろうけど。レーションしかないし。飲み水と栄養剤しかない施設に戻ることを補給とはいえない。是が非でも要塞エリアを制圧するしかないんじゃないか」
『それはいえてるね。あくまで海底の防衛ドームで作れる食料なんて限られるわ。最低限の栄養補給レーションぐらい。動植物プラントも限定される』
アシアがコウの推測を肯定した。
「お抱え企業もない傭兵機構本部は金属水素生成炉も満足に持っていないはず。状態の良いアンティーク・シルエットを多数所持していたから必要なかったともいえる」
「海底の防衛ドームで過ごしているうちに、時の流れに取り残された…… 浦島太郎さん?」
「それだな」
エメはよく知っている。浦島太郎以外何者でもないだろう。ごちそうはなく、レーションしかないのは皮肉だなとコウは思う。
「制圧出来ると踏んだんだ。侵攻失敗を想定しておらず、指導者を喪った状態。もう段取り通り前進しかないだろう」
「陸に近付けば近付くほど、やる気に満ちた防衛機構や展開済みの列車砲の餌食だにゃ」
「敵は詰んでいる。盤上では決着が付いているといっていい」
「ウーティスなら、傭兵機構本部を今後どのような状況に持っていきたい?」
エメが尋ねる。
「傭兵機構本部は企業軽視も目立つ。何故転移者が惑星アシアに来たか理解できていなかった。二十一世紀から二十二世紀の技術で何ができるのかと思って居たんだろう。だからストーンズに対抗するために遺跡兵器を集めていた。企業を援助せずに蓄財に走っていたことからもわかる」
「うん」
「本部の影響力をそぎ落としつつ、傭兵機構本部としてこの惑星の傭兵派遣業と行政管理に専念してもらう。俺達はアシアのためのトライレーム所属傭兵と企業を充実させていく」
「彼らは行政業務を放棄している」
「そこはやってもらうように交渉する。傭兵機構の機能そのものは必要だし、解体したりしない。それこそ惑星アシアの体制をゼロから構築するハメになる」
「問題はゴルギアスの本部機能が生きているかどうか、だね」
アストライアはゴルギアスが轟沈したと判断した。浮上してくる可能性は低いと踏んでいる。
救難信号さえも出ていない。
「反応がないからな。傭兵機構が壊滅するのは本意じゃないんだ。結局はストーンズが利するだけだからな。王手だの詰みだのの言葉なら、持ち駒を使う時だ」
人類勢力の仲間割れ、寝返りなどはストーンズにとって有利になるだけだ。本当の敵は誰なのか。間違えてはいけないのだ。
「持ち駒?」
「将棋というゲームでね。相手から奪った駒を盤上の制約、ルール内で許される範囲に限り、自分が再利用して好きな場所に打てるんだ」
古来より東西問わず存在する盤上遊戯のなかでも、相手から取った駒を譜面に打てる持ち駒というルールがあるのは将棋のみと言われている。
「将棋でいうなら必至。相手の投了を待つ状態だ」
必至。必死ともいう、相手が詰みの状態だ。傭兵機構本部に属するアンダーグラウンドフォースは為す術もない。
この局面での危険な想定は進軍し、全滅されることだ。そこまではコウも望んでいない。彼らもまた人類側の勢力ではあるのだ。
「ウーティスしてるコウは素敵だよ」
「……と、突然何を言うんだよ」
思ったことを口にしただけなのだが、あまり褒められていないコウは気恥ずかしくなる。
「持ち駒はいつ用意したの?」
「ついさっき拾ったんだよ。バリーに押しつけた。すぐに使うことになるとは思わなかった」
「墜落したあの人、生きていたんだね」
「海の底に放流するか少し悩んだけどね。確保しておいて良かった」
「その人に傭兵機構の本部責任を押しつけたら解決かな。コウ凄い」
「たまたまだよ。これは本当に僥倖だった」
代理人となるべき人間を確保しているなら、終戦は間近だろう。
出来過ぎな気もするが、無駄な戦闘は望まない。
「でも流れが出来ているよ?」
「そうだね。もう勝敗は付いている。停戦後を見据えて動く」
傭兵機構本部の防衛軍は完全に消耗戦となっている。
こちらは被害を最小限に抑えるため、超遠距離からの攻撃に切り替えるよう指示を出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゴルギアスの戦闘指揮所。エディプスは生きていた。
艦内の戦死者も多数。衝撃で壁や天井、床に叩き付けられたのだ。
彼自身、司令席の緊急保護機能が働かなければ死んでいたはずだ。
何せ、視界に入る者で生きている者がいるとは思えなかった。半数以上が即死したのだろう。副官など傭兵機構本部の重鎮が即死していた。
「もはや……何をしてよいかもわからぬ」
彼自身何をしていいかわからなくなったのだ。
通信の呼び出しにも応えず、意識を取り戻して一時間。呆然とし続けていた。
現状の悲惨さが思考を奪っている。
戦艦ナビスのサンス艦長から通信が鳴る。これで何度目だろうか。
虚ろな瞳で応答するエディプス。
「生きていたか。エディプス」
顔面は血だらけ。顔色は土気色。本当に生きているだけのようだ、と心のなかで呟くサンス。
司令席ならではの保護機能がエディプスを地獄に突き落としたのだ。
「ふん。余命僅かだ。もう助からん。他の人間は死んだ。私以外誰が生きているかもわからん」
「……そうか。こちらも報告だ。ウーティスとライムンドが相打ちになった。双方一騎打ちの戦闘を行い行方不明。ロクセ・ファランクスの指揮権が俺に移り暫定的に隊長となった。トライレームはメタルアイリスのバリーとユリシーズのケリーが引き継いだようだな」
「そうか。ライムンドまでもが」
「強襲揚陸艦ラケウも轟沈した。ゴルギアスと同じ方法でだ」
「質量兵器の投下は先ほどの大戦で禁止されたはずでは」
「ライムンドにも告げたが、俺達はアシア大戦に参戦も講和交渉に参加もしていない。条約適応外の勢力だぞ」
「なに? ……当然か」
その意味を噛みしめ絶句するエディプス。
言われてみて初めて納得したが、後悔してももう遅い。
「降伏でもするかね。今敵の手が緩んでいる。俺達に時間を与えるつもりだろう。もしくは被害を最小限にしたいか、だ」
「好きにしろ。本部としては降伏はしないぞ」
「なんだと?」
「私は生きてここから出ることはない。最後離船などと崇高なものではない。船体も崩壊しつつあり、物理的に艦内移動も叶わん状態だ。どうやって助け出せるというのだ」
エディプスはもはや生きる気力すら失われているのだろう。救助信号を出しても死ぬ率が高いなら、プライドを保つといったところだ。
「そこまで酷いか……」
「敵も容赦してくれない。大穴の開いた甲板より自走する機雷がなだれ込んで艦内から爆撃を受けている」
「艦内部からの爆撃だと?」
サンスは絶句する。いくら強固な装甲や隔壁があったとしても、内部から機雷が爆発してはひとたまりもないだろう。高次元投射装甲とて万能ではないのだ。
「自力浮上も無理だ。駆動系もメインリアクターもダメージが絶大。船体はへし折れる直前といっていい。予備リアクターは動いているが、いつ止まるかもしれん。引き上げるにしろ時間もなさすぎる。だからお前達の好きにしろ」
「わかった。好きにさせてもらう。どうなってもクレームは受け付けない。いいな」
「行け」
ナビスからの通信が終了する。
震える手で艦内に呼びかける。今も遠い場所から爆発音が聞こえてくる。
「生存者よ。応答せよ」
その言葉は空しく繰り返された。
サンスもまたゴルギアスが想定以上のダメージと踏んでいる。轟沈していくのは時間の問題だった。
空母型という構造が致命的だったのだろう。格納庫が多い分、衝撃を緩和することができなかったのだ。
「艦長。我々はどうしますか?」
戦艦ナビスのクルーが艦長のサンスに尋ねる。
「海の下に潜って距離を取るしかあるまい。海中は潜水艦が待ち構えているが、海上や上空にいても質量攻撃がくる。それだけはごめんだ」
潜水艦まで運用している敵に勝てる見込みはない。補給がくるあてもないのだ。
「投降や降伏は?」
「傭兵機構本部が始めた戦争であり、我々は専属契約しているからな」
軌道エレベーターのあるA001要塞エリアが陥落するまでは、傭兵機構の本部が上位のアンダーグラウンド・フォースと専属契約しその戦力を独占していたのだ。本部の目であり手足であった。
隊としての運営は一任されていたとはいえ、本部の直属軍と同様の扱いであった。
「降伏や裏切りを行ったら傭兵なぞ誰からも信用されなくなる。傭兵を辞めるか名前を捨て一からやり直すことになる。かといって勝手に交渉するわけにもいかず、傭兵機構を離脱も許されないと……」
「そういうことだ。各アンダーグラウンド・フォースと話し合い、どう降伏するか…… とにかく時間がない」
ため息をついた。
おそらくトライレームも彼らの投降を待っているはずだ。
引き返すもあてもない。この戦艦をもって他大陸で野盗をするか、ストーンズにつくしかなくなる。ストーンズからは歓迎されるだろうが、この艦は間違いなく取り上げられるだろう。
相手の出方を待つしかない。時間だけがただ過ぎていき、サンスの焦燥感は募りゆく一方だった。
通信から二十分後、ゴルギアスが爆散した。
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