貴種流離譚
異変が起きたのは勝負がついたその直後だった。
高周波電熱ブレードの切っ先が届いていたのか。
五番機の胸部に一筋の亀裂が走り、全身が爆発を起こした。完全に振り負けたと思っていたライムンドは一瞬喜色を浮かべる。
「殺ったか?」
すぐにアスモデルの残った左腕に荷電粒子ビーム砲を装備し、構え直す。
コウは自分たちの会話を放送に繋げ、叫ぶ。
「見事だライムンド。最後に一矢報いるとは。しかし俺が倒れようが、志は引き継がれる。トライレームの仲間たちにな……」
爆発を起こしながら墜落を始める五番機。微妙に緩やかな落下だった。
すぐに己の勘違いに気付くライムンド。
「おい待て。胸部を切って何故全身が爆発するんだ。おかしいだろッ!」
ライムンドはあまりにも不自然な落下に思わず叫んだが、コウはスルーした。
不自然な状況での墜落にコウ自身しまったと表情が顔にでる。
ラニウスのカメラは確実にアスモデルを捉えている。
爆発しながらもよくみると機体はダメージを受けているようにはみえない。Dライフルの砲口はアスモデルを狙っていた。
「お前だけでも道連れだ。地獄へ、な……」
とりあえずそれらしい台詞を吐くことにする。
「ふざけるな!」
ライムンドの激怒に呼応してアスモデルが落下していく五番機へ追い打ちを掛けるが、やはり粒子が弾け飛ぶだけで致命打にはほど遠い。
対する五番機もDライフルで狙いを付けている。連続して命中する流体金属弾。遂に完全に装甲を貫通し、内部構造体が爆発し始めた。
双方が目映い輝きを放ち、遠目には相打ちに見えただろう。
五番機が着水する前にアスモデルも墜落を開始する。
着水し、五番機はゆっくり沈んでいく。水中でもまだ爆発は止まない。
「戦闘空域確認。相打ちです」
悲壮感の欠片もなく、エメの宣言がトライレームに響いた。
モズ落としは無事完遂されたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おお。ウーティス。アンティーク・シルエットのなかでも最強の一角であるアスモデルと相打ちとは!」
アストライアから送られた原稿を棒読みで読み上げるケリー。全世界放送だ。
「パイロットはこの惑星最強のアンダーグラウンド・フォースのロクセ・ファランクス隊長ライムンド。そんなエース相手に相打ちとはウーティスは実に見事な男でした」
バリーも同じく棒読みで読み上げる。
「惜しい男を無くしましたな」
仮面の男マルジンが紅茶をすすりながら緊張感のない声で、全世界放送に参加する。
「おい。トライレームの連中。お前らちゃんと演技しろよ」
茶番というにもお粗末な演技に、放送を見ながら怒りの指摘を行ったのはヘルメスだった。
彼のモチーフとなったヘルメスは文化神の側面を強く持つ。演劇と演奏にはうるさいヘルメスである。
『ウーティス! あなたが死ぬはずがないわ! 私が寄り添うべき人はあなただけ……』
アシアは悲劇の美少女を演じていた。
「彼の志、そしてトライレームはメタルアイリス、そしてユリシーズが引き継ぎたい。どうだ。オケアノス」
『……可とする』
オケアノスも少々呆れ気味なのは気のせいだったろうか。是ではなく可といった所に微妙さが感じられた。
「トライレームと傭兵機構本部との戦いは続く。俺達の戦いはこれからだ!」
バリーはそういって全世界放送を締めた。
「誰だよ。この原稿書いたの。すっげえ説明口調だぞ」
「最後はなんだ。打ち切り
ケリーとバリーが小声でぼやいた。茶番でももう少しやりようがあるはずだ。
事前にモズ落としの全容は伝えられていたとはいえ、戦闘終了後に送付された台本が酷い。
「ブルーです。すみません」
「即興だから仕方ないの!」
エメが謝罪し、ブルーが言い訳中だ。
「お前が生中継すれば良かったのに」
「あの相打ちの不自然さを実況する自信はないわね」
「……まあな。俺が悪かった」
傭兵機構本部は旗艦とリーダーを喪失した。トライレームの敗北はないだろう。
戦争終結は目前。あとはどう敗戦処理をするかだ。
「本当に誰の入れ知恵なんだか。国家侵略の順は土地。それを譲歩すると資産。最後は人が奪われる。そんなことまでヤツは指摘してのけた。コウが自分で考えだしたのかねえ?」
「この茶番もな! 確かにウーティスが生死不明になると、いつ蘇るかわからん敵に怯えることになる。ストーンズに通じるかはわからんが、ヴァーシャがコウだと周知するメリットもない」
コウがウーティスだと知れ渡ることで、ストーンズ内への抑止力になるのは間違いない。兵隊が知る必要はない。
余計な情報は遮断することは軍隊の鉄則。前線を不安にさせるだけだ。
「その策士が敵じゃないことに感謝するしかない」
「俺もそう思うぜ。コウは構築技士の在り方さえも世界に示していくれたからな」
本人の目の前では気恥ずかしくて褒めることはないが、二人はコウの偉業を誰よりも認めていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
海中を降下中の五番機は爆発を停止。そのままディープワン部隊の潜水艦に回収された。
「これでウーティスの重責から逃れられる」
『わけないでしょ。あなたは影の支配者としてこれからも頑張らないといけないの』
コウの呟きを聞きつけたアシアが即座に却下する。
「す、少しはやるけど、一応これでウーティスは行方不明になったという扱いだろ。何かあったらまたウーティスに戻ればいい」
『自覚あるかわからないけど。それ救世主伝説の誕生になるからね』
「え?」
『とにかく早く戻りなさい。みんな待っているわ』
「わかった」
別のディープワン部隊から連絡が入る。アザラシ型のファミリアだ。
「目の前に落ちてきたのでアスモデルとパイロットを回収しちゃいました。海の底に
「廃棄物はリリースしないほうがいいな。ディケのほうに持っていってくれないか。俺が生きていることは内密にな」
「了解でっす!」
ライムンドに興味はなかったので、とりあえずバリーに押しつけることにした。
五番機はアストライアに帰投する。
コウはヴォイと合流しアルゲースの元に向かった。
「ありがとう。アルゲース。工作機械のみんなも。計画通りだ!」
アルゲースが行った提案。それは五番機に偽装を施し、ウーティスが戦場で失踪することでコウをトライレームの重荷から切り離すことだった。
トライレームは必要な時に、ウーティスが行えば良いのだから。
「さすがアルゲースだ。コウが突っ走るからヒヤヒヤしていたんだぜ。多分みんなもだ」
ヴォイはコウの負担を心配していたのでこの案に飛びついた。
あとはどのタイミングで戦場から消えるか、だった。
予定は狂った。一撃でゴルギアスが轟沈すると思わず、出撃しそびれた。
プランBとしてロクセ・ファランクスのエースパイロットを呼びつけるモズ落とし作戦を決行し、案の定向こうが飛び付いたというのが真相だ。
「それはよかった。君の役に立てて何よりだ」
この一つ目巨人はいつも優しい。コウが父親とも慕うといったのも本音だ。創造意識体、いやヒトで一番コウと行動を供にしているのはアルゲースとヴォイとなるだろう。
「生死不明ともなれば敵は疑心暗鬼になる。いつウーティスが出てくるか、とね。復活すれば伝説となるだろう。そこは君の思うようにやればいい」
「本当に助かるよアルゲース。いったい貴方はどこまで見通しているんだ?」
「私の手柄はないよ。――常に君の傍にいて支えてくれるものは創造意識体では多くある。その者、もしくは者たちの知恵かもしれんな」
「原案は数字の羅列だったとか。誰だろう」
「意図はすぐ読めた。私の親戚のようなものだと思う」
「それも凄い話だな」
アルゲースは開拓時代から存在する作業機械。その親戚というのはさぞ古くから在る存在なのだろう。
「今もたくさんいるよ。あとはそうだな。刀を作るとき調べた君の国の伝承が役に立った」
「俺の国の歴史?」
「そうとも。ミナモトヨシツネ。アケチミツヒデ。オダノブナガ。トヨトミヒデヨリ。――君の国には何かを為した後死亡し、生きていたと民たちに信じられた人物が数多くいるね」
「そこからの着想だったとは…… でも確かに。俺が必要だったのは、そういう代物だったかもしれない」
アルゲースが挙げた名はコウでも知っている人物ばかりだ。
「この計画を知った時、エメと師匠があらゆるパターンを想定していたもんな」
突如現れた英雄が再び失踪する。色々と使えるシチュエーションと二人は判断していた。
「師匠、珍しくウキウキだったな……。俺を貴種流離譚として伝説にするとかなんとか」
コウの安全を思ってだろう。大がかりな死亡偽装計画に一番乗り気だったのはエメだった。
師匠は偉人の生存伝説を踏襲したこの計画を面白がった。
いつまた出現するか不明の、アシアとプロメテウスを従える尊き英雄として、ウーティスの貴種流離譚とする。
この発想を考えたものは相当の策士だと絶賛していた。
望んだ効果はウーティスという存在を不確定化させることにある。惑星アシア全勢力に対する、抑止となることは明白だった。
「ファミリアは大丈夫だ。みんなコウだって知っているからな」
「みんなからトライレームに伝わるだろう。そこを期待している」
アルゲースはカメラを細めた。目を細めた老人のようでとても人間ぽい動作だ。
「コウ。五番機は海水に浸かっている。私とヴォイで整備をするから君は戦闘指揮所に向かい報告にいってきたまえ。皆も心配しているだろう」
「わかった。またあとで!」
コウは早足で立ち去る。二人はその後ろ姿を見送った。
「しっかし最初の原案って本当に誰なんだろうな」
「誰なんだろうね」
ヴォイはアルゲースには心当たりがあると踏んでいたが、とぼけているのか本当に心当たりがないのか。彼のモノアイからでは判断がつかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「みんな。ただいま」
「おかえりなさい」
皆が次々にコウの帰還を喜んだ。
「これでようやくコウに戻れるよ。今の所は」
「私へのクレームが凄いんだけど。もう少しなんとかならなかったの。主に演技」
ブルーが膨れっつらだ。台本の台詞へのクレームが多いのだ。
「ライムンドがおかしいんだ。あの場面でツッコミ入れるとは」
「胸のあたり斬られているのに全身爆発はさすがに不自然だったにゃ……」
あの不自然さは擁護できないにゃん汰だった。
「最後のDライフルと荷電粒子砲の相打ちは良かったのではないでしょうか。良い
アキがくすりと笑う。戦場では何が起きるかわからない。解説を求められても反応装甲が暴発したか金属水素が誘爆したとでもいっておけばいい。
「さ、最後は良かっただろ」
みんなの顔色を伺うかのように、恐る恐るみんなに訊くコウ。
そんな姿を見て、エメがぽつりと呟いた。
「コウはウーティスのほうが良かったかもしれない」
「え。なんでだ」
突然そんなことを言われ動揺する。
「否定できないにゃ」
「いつでも戻れますし? 気持ちはわかります」
「ええ。戻っていいわ。むしろ戻りなさい」
にゃん汰、アキ、ブルーが次々に口にし、絶句するコウ。
理由がわからない反応ばかりされてしまうのだった。
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