終局への布石
制空権は瞬く間にオーバード・フォースが握る。
無残に撃ち落とされる傭兵機構本部の高性能機。現在の可変機やトライレームの飛行能力を持つシルエットと違って滞空時間は短い。
対空ミサイルや小口径レールガンを用い、確実に敵シルエットを撃破するトライレームの戦闘機部隊。
エンジェルの装甲は強固だったが、それでもアウトレンジからの集中砲火、速度も出せずになぶり殺しのような悲惨な状況になっている機体が多い。
五百キロ程度の速度しか出せないエンジェルが、高速戦闘する戦闘機を相手に敵うはずもなかった。
海上からはウンランの王城工業集団公司所属のホバータンク部隊も参戦している。
このシルエット朱雀とホバータンク勁風は飛行能力を持つ。戦車が海上を滑走し、時には飛びながら攻撃してくるのだ。傭兵機構本部所属のシルエットにとっては悪夢以外何者でもない。
ECMや対レーザー妨害兵器が入り乱れているなか、粒子砲やレーザーの対空兵装の有効射程も短く、威力も相当低くなっている。
精密機械でもある砲塔部分に集中砲火を受け、確実に宇宙艦隊の攻撃能力は減少している。何より護衛機たちが護衛の役目を果たしていないのだ。
「やはり。こういってはなんだが……空戦で人型形態しかないというのはいい的だ」
「そりゃあなあ。あの当時は敵に戦闘機もいなかったしな」
衣川とケリーが話している。お互い複雑な心境のようだ。
コウは友軍の奮闘に感謝している。傭兵機構を完全に圧倒していた。
「無理に対空兵器は潰さなくていい。艦載機がなくなくれば、ただの箱だ」
コウは敵艦に近付こうとする戦闘機に対し警戒を呼びかける。
敵の目標はP336要塞エリア及び彼らの制圧である。
艦載機がなくなれば撤退するしかなくなる。
「徐々に後退している艦もあるね」
「旗艦がないからな。指揮系統が壊滅したんだろう」
「海中の残存艦も浮上してこない」
「潜水艦部隊が良い仕事をしている証拠だ」
コウは海図を表示している。
浮上すれば潜水艦の攻撃は回避できるが【
どちらがましかは明白だ。
「潜水艦部隊の猛攻を耐えるか。浮上して集中砲火の的になるか。好きな方を選ばせてやろう」
「早く降参すればいいのに」
エメとしてはじれったい。もうとっくに勝負は付いている。
「生半可な情けは味方に被害が生じる。相手が声明を出すまでは攻撃を加え続ける」
コウが降伏勧告を行わない理由。それは彼我の戦力差を敵に思い知らせるためだ。
「早期の降伏勧告は
現状では不足しているとの判断だ。その理由が味方の被害を避けるためだとはコウらしい。
「冷静だねコウ」
「精一杯だよ」
エメが感嘆し、コウは強がっているに過ぎないと苦笑する。
「降参できる権限を持つ傭兵機構本部が壊滅状態。もしくは各アンダーグラウンドフォース自体何らかの理由があり降参できないことも考えられる」
「潜水して逃げようにも海には潜水艦だらけ。逃げ場もない」
不毛な戦いに突入しようとしていた。傭兵部隊本部艦隊は明らかに消耗戦に入っている。
それぞれの艦の動きもでたらめ。統制が取れていないのは明らかだ。
コウはいったん目を閉じ、考える。
「ゴルギアスは機能停止状態に陥ったと判断するがどうだろう」
戦闘指揮所のクルーに確認する。
「私たちもその判断です」
サポートしているエメが、皆の意見を代表して伝えた。
コウは一度頷くとウーティスとしてトライレームに号令を発した。
「敵旗艦ゴルギアスは消失したと判断する。制空、制海権はこちらにある。その状態を維持してくれ」
コウが通信を切ったあと、隣にいたエメが尋ねる。敵旗艦消失は友軍にとってこの上ない朗報だ。
「こちらから動くの?」
いよいよコウが動く時がきたのだ。
「そろそろやるかな。モズ落としの第二段階だ」
「新しいハヤニエか」
「俺達の目的は彼らの強奪宣言への抵抗だからな。トライレームが彼らに匹敵する勢力であるということを周知させることが勝利目標なんだ。それは達成されたはず。次はこちらの練度を見せつけたい」
コウはしばし考える。
「兵器の性能も、軍隊の実力もこちらが上だとアピールするには、敵のエースを潰すのが一番だ」
「それでモズ落とし?」
「そういうこと。一番強いヤツの、さらにその上を行く。エメ、指揮は任せていいかな」
「うん」
エメと司令席を替わり、コウは五番機へ向かうため扉へ向かう。
「でも相手はアンティーク・シルエットでも一番強い部類をもってくると思うよ?」
「アンティーク・シルエットの上位機種は限られる。設計者に長所も弱点も聞いたさ。な、アストライア」
『はい』
アストライアが微笑んで頷いた。対策に自信がある証拠だ。
『今の五番機でも対応できます。何より場数が違います。ただし、レーザー砲による長距離狙撃の怖れがありますので十分警戒を』
「わかった」
コウは五番機に迷わず向かう。
「終局への布石といくか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
コウは五番機に乗り込み、機体を始動させる。
違和感は一切ない。むしろ、五番機からも戦闘意欲を感じるほどだ。
「これがラニウスCX型、か」
「相当ピーキーな機体だが、今のお前なら乗りこなせるだろうよ」
ヴォイが太鼓判を押してくれる。
青い機体。大鎧の大袖に似たショルダーガードにDライフルに太刀と大脇差の電孤刀。巨大なスラスターと補助の六枚羽型スラスターは加速時に展開される。
武装はそれだけだ。ラニウス系統と見た目ではわからない。
「アルゲースはずいぶんお前の国を参考にしたようだぜ」
「俺の国、か」
「工夫の発想が参考になるそうだ」
「そういう国だったからな」
コウとアルゲースは、ともに色々な武装を試作する。コウは自分の体験や、自分の国の話を例に出して説明しアルゲースも反論もせずじっと聞いてくれる。
アルゲース自身も超AIに近いのではないかという推測をコウ自身もっているが、穏やかな巨人ははぐらかすだけだった。
「超大型スラスターか」
「試作だ。せいぜい二、三回しか使えない。連続しても三時間以上はもたないだろうな」
「十分さ」
ずいぶんと無茶をしている。市販車を数十億かけてレース用に改造したかのようだ。コストも桁違いの調整を施した。
アルゲースとアストライア艦内の工廠たちが全力を尽くしてくれたのだ。
五番機のMCSから行動を遂に起こす。敵艦隊も待っているであろう、呼びかけを
「聞こえるか。ロクセ・ファランクス代表。俺はウーティス」
コウが広域放送で代表に向けて話し掛ける。すぐに応答があった。
「総大将自ら何の用だ?」
壮年の男が姿を現した。この男もMCSに乗っている。
「貴様らには思うところがあってな。アラトロンによる威力偵察の件といえばわかるか? ロクセ・ファランクスの隊長とサシで決着を付けさせろ。お互い無駄な犠牲を出したくないだろう」
アンティーク・シルエットの襲撃時間こそがこの戦争の発端だ。
ライムンドもすぐに開戦の契機になった襲撃事件だと察して苦虫をかみ潰したような表情で応答する。
「――俺がロクセ・ファランクス隊長のライムンドだ。ウーティスよ。決着を付ける? 正気か。お前らのほうが圧倒的に優位だろう」
ライムンドは一種の罠だと推察した。
口にこそ出さないが、降伏勧告を告げるものとばかり思っていた。
降伏勧告はしないのか、とは聞けない。辛いところだ。
「神様気取りの天使機体を使って高みから見下ろしているヤツは一発ぶん殴らないと気が済まないんでな。ただし、こちらも相応の機体を出させてもらうぞ」
降伏勧告ではないことに面食らっているライムンドの心情を察したコウは面白がっているようにも見える。
「面白い。受けて立とう。こちらもそれなりの機体を使わせてもらうぞ。一対一でいいな」
「構わんが艦砲で対空レーザーとかはやめろよ」
挑発するように笑った。
「それはこちらの台詞だ。あくまで一対一での対決。一切の手だし無用」
圧倒的不利な彼らに対し、わざわざ決闘を申し込む。
ライムンドはその所業にウーティスの傲慢さを見た。隙に乗じるなら今しかない。
「よかろう。座標はこの地点だ。いいな」
周囲には海しかないことはわかっている。
指定座標あたりの海域に罠があればすぐに分析できるだろう。
「了解した」
通信が切れた。
「ラスボス気取るのも楽じゃないな」
会話は心理戦である。
これも勝負とはいえ、やはり実際やりあうほうが性に合っている。
改めてトライレームに伝達を行う。
「これより俺はロクセ・ファランクスのリーダー、ライムンドと一対一で決着をつける。皆、見守ってくれ。どのような結果になってもな」
アンダーグラウンドフォースのナンバーワンとの対決を宣言するウーティスに、前線の士気はさらにあがる。
『コウが撃破したアラトロンは一種の特殊機。それ以外の機体となると高位天使の名を持つ機体となるでしょう』
「わかった」
アストライアが敵機を予想しコウに告げる。五番機がカタパルトに乗り込むため歩き出す。
「にゃん汰。アキ。いってくる。お前たちのためにもアンティーク・シルエットには負けるわけにはいかないからな」
ライムンドには悪いが傭兵機構本部、そして惑星間戦争時代から受け継がれた創造意識体への偏見と技術遺産の有能性を清算する依り代になってもらうつもりだった。
それは旧体制の失墜を意味する。
「ご武運を」
「五番機、発進します。貴方は決して負けません」
にゃん汰がコウの勝利を祈り、アキが五番機のカタパルト手配に入る。
「コウ…… やっぱり別人のようでいて、やっぱりコウだ。覚えていたんだね。一番最初に逢った日のこと」
「ずっと気にしてくれていたんですね。嬉しいです」
感涙し呟くにゃん汰と、ただ歓喜をこらえるアキ。
二人はワイルドキャットとガンスミス。光学兵器全盛の惑星間戦争時代により不要と呼ばれた存在だった。
コウがこれより対峙する機体こそ当時の高級機。生半可ではない威力を持つ光学兵器を装備したシルエットだ。彼はそれでも彼女たちのために負けないといってくれたのだ。
「最初の日ってなんのことかしら?」
『私も聞きたいなーなんて』
目を細め詰問してくるブルーと同じような目をして出現したアシアに対し、エメは司令席から見守るのだった。
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