敵最新鋭高級機の正体

「面白い見世物だったな。いささか短すぎたが、宇宙艦隊を一網打尽とは別の意味で見応えがある」


 ヘルメスが画面を見て呟いた。

 ワイン片手に完全にくつろぐ体勢になっている。


 戦争が目の前で始まり、次の瞬間終わったのだ。最初の十分間がクライマックスだと判断した。


 ヘルメスはすでに勝敗が決したとみている。


「反撃はあるでしょうが、これは…… 傭兵機構本部がこれほどの素人だったのか」


 ヴァーシャは内心冷や汗をかいた。講和での戦争条約で真っ先に締結しておいてよかった。

津波が起きた様子だが、オケアノスが動く気配はない。つまり許可を取っているのだ。


「終わったよ。本部があったゴルギアスは再起不能。大将首を獲られた状態ではいかな戦力があっても逆転の目はないだろう」

「左様ですな」


 アルベルトも認めた。ただでさえ素人の集団。旗艦が撃沈した今、烏合の衆だろう。自分も経験済みだ。

 降伏するにしても代表者がいない。戦争でいえば艦や部隊ごとに降伏するしかないのだ。


「条約交渉が完全に終わってないとはいえ、交渉中も決定事項の常時適用は見事だよ。ヴァーシャ」

「お褒めにあずかり光栄です。やはり彼らは我らのもっとも警戒すべき敵と改めて認識しました。ゆえにそれなりのルールがあったほうが我らにも利があるでしょう」


 条約も確実に見直し、抜けがないか改めて確認する必要があることを痛感しているヴァーシャ。

 局地の地殻津波に限定することでオケアノスのチェックも合格したのだろう。アシアの騎士ならば事前に確認も取れるはずだ。

 パンジャンドラムなら放射能の心配もない。


「惑星間戦争では二キロの宇宙戦艦が惑星に衝突するなどもあったよ。その前にソピアーやオケアノスに消されたが」

「存在そのものを消されるのか、それとも飛ばされるのか。どちらでしょう?」

「場合による。意図的なら消滅かタルタロス行き。事故なら星系外域に飛ばされた」

「キロを越える宇宙戦艦は天体と変わらないですからな」

「そういうことだね。開拓時代は巨大天体衝突が何度かあったからこその要塞エリアであり防衛ドーム。地上居住コロニーが発達した歴史もある。ネメシス星系の管理者殿は天体衝突事象には敏感だ」


 ヘルメスは歴史の教師のように、二人に説明する。


「トライレームにあの攻撃を許可したということは、それだけオケアノスの苛立ちが募っていたからだろう」

「あの自走爆雷を造ることができる勢力は、ネメシス星系において彼らしかおりません。ならば条約をもって我らの土俵に引きずり込むしかないでしょうな」


 ヘルメスもまたオケアノスの苛立ちを察知していた。自分へも一言ぐらい言いたいことがあれば言えば良いと思うのだが、まだ接触はない。

 アルベルトは対応策を考えるより条約を駆使し兵器戦に持ち込むことしか考えていない。


「賭けの勝者はヴァーシャだね。開始十分足らずで事実上の決着がつくなど想像もつかないよ」

「ありがとうございます」

「戦闘自体はまだ続くはずだ。消化試合だが観戦するとしよう」

「そうですね。見所はあります」


 ヘルメスが苦笑した。


「傭兵機構本部。奴らはなんだ。補給ラインの確保もしていなければ、援軍のあてもない。無敵艦隊のつもりだったのか?」

「発想が中世の海軍並ですな。それだけ戦力に自信があったのでしょうが」

「しいていえば戦争があった時代からきた転移者と過保護に護られていたアシア人の差だったかもしれませんね」


 アルベルトも中世のようだと感じていたようだ。ヴァーシャの母国も軍事大国。それでも手際の悪さは想像以上だった。


「傭兵機構本部の上層部はアシア人のみ。生まれた時からファミリアが傅いてお世話されていた連中だもんな。戦争なんて考えもしないだろう」

「戦力だけはため込んでいても、使い方を知らなかったのですね」

「千年前は教導役ファミリアは結構いたんだ。マーダーとの戦闘でその役割をもったファミリアがあらかた破壊されたのだろう」

「メタルアイリスのリックは教導型のファミリアですな」


 戦車開発のアルベルトはリックを知っている。ストームハウンドを率いていた彼は、戦争教官のような役割を持ったファミリアだ。


「強い兵器を所持していたとしても適した戦術で運用しないと勝てんよ。問題は、だ」


 ヘルメスがにやりと笑った。


「その兵器が本当に強いか、だ。これは見物だよ」

「ええ」


 メタルアイリスは死力を尽くして戦った相手である。その戦力を過小評価はしていない。

 少なくとも逃げ回っていた傭兵機構本部より遙かに強力だろう。


「さあ。答え合わせの時間も始まる。開戦から一時間。そろそろ彼らも海から這い出てくるさ。死に体か死体か? どっちだろうね」


 ヘルメスは嘲笑しながら画面に見入った。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「敵艦隊。陣形再編成を開始。現在は五隻です」


 エメが近くの席から報告する。


「各施設砲弾切り替え。ECM装備。敵レーダーおよび対光学兵器に対する領域フィールドの生成に移る」


 各弾道弾が切り替えを始めた。


「惑星間戦争時代は弾代惜しんで粒子砲やレーザーばかりだったそうだからな。大気圏内での対策はしやすい」


 コウが呟く。

 視線とアキとにゃん汰に移すと嬉しそうに笑っている。彼女たちはそのせいで不要とまで言われていたのだ。


 彼女たちの無念を思い、光学兵器に対する対抗策は色々と調べていた。惑星間戦争時代に対策などいくつも思い浮かぶ。

 傭兵機構本部相手に使うとは思わなかったが、実際に構築していたものが役立った。

 

「こちらは戦艦やアンティーク・シルエットには効果が低いとはいえミサイルとレールガンが主体。丁寧に敵防御兵装を破壊し、丸裸にすればいいだけだ」


 敵の戦術は単純だ。この時代とは異なる技術力で造られた超兵器で蹂躙する。

 ただし、その超兵器は宇宙を想定されているということを認識していなかった。大気圏内でも十分強力だからである。


「空域に障害領域発生後、全艦隊浮上! 敵シルエットは後続部隊を再展開しています」


 成層圏での核応用には禁止されているので広範囲電磁パルス発生は別の原理で行う。

 敵空中艦隊が陣形をもとに進軍する。その艦隊相手に無数の弾道ミサイルが炸裂し光学兵器の運用を阻害する電磁領域を発生させた。この領域内ではレーザー、荷電粒子砲ともに射程や威力は減衰する。


「対空戦闘用意。各電子戦機準備せよ! 後続の戦闘機は有視界戦闘中心になる。戦闘機の有効視界は二十キロ程度だが、諸君なら一瞬のタイミングも逃すことはない。頼んだ」


 諸君など柄ではないなと内心苦笑しながらも、指揮官の如く振る舞おうとするコウ。あとはアストライアの編集任せだ。

 実はアストライアは編集などしてない。そんなことをしなくても今のコウは立派に提督の役目を果たしている、彼女の艦長だ。


「了解しました!」


 ファミリアたちがMCSのなかで応答し、飛び立っていく。

 ウーティスの号令に各艦隊から電子戦機が飛び立つ。


「威力が落ちているとはいえ、荷電粒子砲、レーザー出力ともに十分脅威だ。慎重にな。そして敵の航空戦力も展開される」


 上空にいる観測機イーグルアイから敵部隊の映像が映し出される。


「こ、これは…… まさか」


 ロビンが絶句し、コウが軽くため息をついた。

 

「ここまでとは、な」


 敵の全容が遂に明らかになったのだ。


 次々と飛び立つ敵飛行シルエット部隊。

 多くは海の底に沈んだが、アンティーク・シルエットのエンジェルやアーク・エンジェルで稼働可能なものは部隊に復帰している。


 だが数万人いる傭兵パイロット全員にアンティーク・シルエットを与えるわけにはいかない。

 そこで傭兵機構本部は直属部隊ともいえる、各アンダーグラウンドフォースに最新鋭機を融通していたのだ。


 各地の反応は様々だった。

 ヘルメスが腹を抱えて大笑いし、ヴァーシャが眉を潜める。アルベルトは絶望のあまり頭を振った。


「なんてこった……」


 ケリーが思わず顔を覆う。


「敵シルエット確認……」


 アキが悲痛の声を漏らす。


「フェザントにペレグレン、ファルコが中心です。ヴュルガーもあります……」

「最新鋭高級機にゃ。前世代の……」


 確かに傭兵機構は最新鋭機を揃えていた。

 しかし、それはコウが技術開放する前の高級機群。


「当時はこれでも超高級機だったんだぜ」


 ケリーが寂しそうに呟く。フェザントは腕に覚えのあるエース用として短時間の飛翔能力を持っている珍しいシルエットだったのだ。


「そうですね。ペレグレンは当時では最高性能の飛行能力を誇っていました。今では…… ハンググライダーと飛行機の比較は不毛と同じですよ」


 衣川も同様だ。当時の戦闘機を構築することができなかった歯がゆさを思い出す。ペレグレンは飛行性能を獲得するに至ったが、性能は決して高くない。

 ここ一年の技術解放が早すぎたのだ。


「マーダー相手にレーダー反射断面積RCSも関係なかろうさ。だが俺達の主力は戦闘機だ! 無謀だと何故気が付かん!」


 想像を絶する事態にケリーの苛立ちが募る。彼我の戦力差を考慮すればもとよりこんな戦闘さえ起きなかったのかもしれないのだ。

 

「せっせと備蓄していたんだな。一年以上前の高級機を。大切にしまっている間に価値が暴落したことを気付かずに」


 皮肉げにロビンが呟く。侘しささえ覚える光景だ。スカンク・テクノロジーズの高級機はジョン・アームズやゼネラル・デフェンスも生産していたのだ。


「彼らはアシア大戦からの離脱が早すぎたのだよ。そして企業の技術力を軽んじていた。技術解放が遅く、仕方ない面もあるがね」


 ジョージも半ば呆れ、嘆息した。

 転移者が企業を創設し三十年以上。技術解放は大まかにわけて三段階あったが、すべて一年以内の出来事なのだ。


「アシア大戦の映像は常に世界中継されていたでしょう? 何故そこまで情報がないの」

「おそらく興味なかったのだよ。このシェーライト大陸の現状に。対岸の火事というべきか。遠い世界の出来事だったんだろう。しかしアシア大戦が終わってこの地における我々の復興の早さに目を付けたのだろうね」

「私たちは仮想敵ですらなかった。興味の対象外だったと……」

「そうだ。仮想的なら情報収集もしよう。しかし遠い外国の、仮想敵でない戦争を熱心に精査するか、ということだ。彼らにとって我々もストーンズも仮想敵ですらなかった証拠だな」


 エリの疑問に衣川が答えた。


「アシア大戦が終わった。情報を精査したがスフェーン大陸含めどこの大陸も絶賛紛争中。じゃあどこに腰を据えるか。そこで初めてシルエットベースはじめとする俺達の領域に目を向けたわけだ」

「ふざけるな」


 バリーも状況を察し、ロバートが歯噛みする。


「彼らが戦うにしても……旧式シルエットの飛行可能時間はきっと十分に満たないでしょう」

「人型なら戦闘機の的にゃ…… 速度も運動性も圧倒的な差があるにゃ……」


 アキとにゃん汰はむしろ悲痛の表情だ。


 最初がX463要塞エリアを解放。アシアが根幹に関わる技術を多数解放し、コウが販売したので一気に制限されていた技術が解放された。

 次にP336要塞エリアを解放。制御系の技術が解放され、ラニウスC型や可変機さえも可能になった。

 最後にR001要塞エリア。軌道エレベーターがある施設で、封印されていたアシアの権能のなかでも最大級の性能を持つ。新マテリアルや既存技術の小型化が可能になった。


 解放されたといってもすぐに量産機に繋がるわけでもなく、大規模戦争がない以上需要も発生しない。

 それぞれの企業が技術研究をしていた期間ともいえよう。


「情報戦に後れを取る怖さ、か」

 

 ブルーが呟く。アシア大戦両軍の兵器情報さえ所得していたなら、ここまでの差にはならなかっただろう。

 

「情報があっても信用しなかった可能性はある。たった数ヶ月で兵器がここまで変化するとは思わなかっただろう。だからこそラニウスやドラゴンスレイヤーの譲渡を迫った。単純に性能を知りたかったのだろうな」

「ありうるね」

 

 コウの推測にエメも認める。 


「とはいえ哀れんでやる必要もない。畳みかける」


 画面を睨むコウはウーティスとして改めて全軍に檄を飛ばす。


「油断するな。旧式といえどミサイルや砲の威力が下がるわけではない。各部隊、交戦距離に入り次第戦闘開始せよ」


 敵が旧式機といえど装備している兵装の威力は同等に近い。

 指揮下の部隊は改めて気を引き締めた。




 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 防衛部隊として待機しているキモン級のバリーから通信が入る。

 

「コウ。お前、いつから条約の有無に気付いていた?」


 【スター】の運用についてだ。

 以前ディケに発した問いの答えは明白だった。『彼らとは講和も条約もありませんから』と。


 つまり【吊られた男ハングドマン】はいつでも使用可能だったのだ。


「最初からだよ。それこそ、威力偵察にきた連中との戦闘が終わったときから考えていた。アルゴフォースとの講和の発端は俺だったからな」

「それもそうか」


 その頃から恐ろしいほどの殺意を抱いていたのだ。内心驚きを隠せないバリー。


「こいつらとやりあうのに必要なルールがあったかと考えた。何でもありとすぐに気付いたよ。戦闘前にオケアノスに確認し問題ないから使用した。本部からの確認もなかったしな」

「頼もしいな。では引き続き防衛に専念する」

「頼んだ」


 エメが確認する。


「ねえ。コウ。降伏勧告したほうがいいかな」

「しなくていい。戦闘が始まって二十分も経過していない」


 コウは頭をやや落とし、顎に手をかけ考える。


「ここまでは想定内。上手くいきすぎなぐらいだ。相手の動きが遅いんだ。こちらから仕掛けてやるにはまだ早い」


 エメは場違いな感想を抱いた。

 今のコウは異性として魅力的なのだ。理知的で決断力があり、状況に対応する。


 ようは格好良いのである。だが、そう思って居るのは彼女だけではなさそうだ。


「エメ。席を替わろう」

「ねえ。コウ」

「ん?」

「今のコウは司令席が似合う。絶対に座ったままいるべき。お世辞でもなんでもなく」

「そ、そうか?」


 周囲を見回すと女性陣が激しく頷いている。


「私がちゃんとサポートするから」

「わかった」


 コウが司令席に座り直した。

 彼女たちは知っている。それだけで安心できるものが今の彼にはあるのだ。

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