恐竜絶滅シミュレーション【地殻津波】
「もうすぐ開戦時刻になります」
にゃん汰の報告にエメが頷く。
時間は朝の九時。それが開戦時刻だ。
「敵空中艦隊。海面より浮上。移動を開始しました!」
アキが映像を転送する。巨大な空中艦隊が迫る。
ウーティスの号令が轟く。
「オーバード・フォース全軍に告ぐ。潜水を開始せよ!」
アストライアを旗艦としたオーバード・フォース大艦隊は全艦、護衛艦を含めて一斉に潜水を開始。海中に潜んだ。
「直前まで私たちは艦隊戦をすると見せかけた。無謀な空と海との艦隊戦を」
布陣を確認しながら、各艦隊の長と連絡を取り合う。
「敵艦隊。空中より飛来。P336要塞エリアに直進して向かってきます」
「了解した」
エメの報告にウーティスが頷く。
「大陸まで二時間程度で到着します」
「そうか。ならば我らの勝ちだ」
トライレームの通信網で勝利を謳うウーティス。
確信に満ちた声に、トライレームの所属員は勝利を疑わなかった。
「勝ちとは? 奴らを全滅させるのかね?」
「宇宙艦隊が絶滅すると人類の戦力が大きく低下する。一隻破壊して、あとは出来れば無力化に追い込みたい」
「それは壊滅させるより難しいぞウーティス。どんな布石を打った?」
ロビンが指摘する。手心を加えて本部に属する宇宙艦隊とやり合うのは無謀だ。
「惑星の種さえも絶滅させうる一手」
「そ、それは……」
「恐竜的進化を迎えたアンティーク・シルエットと惑星間戦争時代の宇宙艦隊。かつて栄華を迎え、絶滅した。もう一度滅せよ。――なんてね」
「モズの早贄を用意するのさ。不気味がるだろ?」
「贄か……」
贄に選ばれた宇宙艦の末路は知りたくないと思うロビン。モズの早贄は地球全域のモズが行う、残虐行為の代名詞ともいえる。
それゆえに
「むろんオケアノスに使用可能か確認した。制限は受けたがあの艦隊にはそれで十分だ。オーバード・フォース艦隊。より深く潜航せよ!」
「了解した」
各艦緊迫した号令が響く。惑星の種さえ絶滅させる攻撃など想像がつかない。
急ぎ可能な限り深海部へ移動する各艦隊。
「トライレーム総員に告ぐ! 敵は間違いなく偉い人から鉄拳を喰らう。そのために、開戦直後、惑星アシア全域に対閃光、防音対策を行って欲しい」
ウーティスとしてトライレームに指示を行う。
「アシア。同内容を君から惑星アシア全域の中立、そしてストーンズ含む全勢力へ告知してくれ」
『わかった! でも何をやらかす気なの? 偉い人ってアレしかないよね!』
「説明している時間がない。頼んだ」
そして予定時刻に達する。
『宣告。現時刻より戦闘を許可』
オケアノスの言葉が全世界に響いた。
「開戦!」
敵旗艦ゴルギアス。二キロを超える巨大宇宙空母を護るように敵艦隊が動き出す。
上空は三百メートル付近の位置。いざとなれば海中へ潜ることができる距離だ。
大射程の高威力レーザーが、オーバード・フォース艦隊に次々と撃ち込まれるが、海中にいるオーバード・フォース艦隊には傷一つ与えられない。
「敵は海でやり過ごし、陸と挟撃狙いか。馬鹿め。そのまま乗り込んで速攻で制圧してくれる。大陸に直接乗り込み、先にP336要塞エリアを占拠するぞ。」
ゴルギアスの戦闘指揮所にいるエディプスが勝利を確信し、進軍を命じる。
十隻以上からなる宇宙戦艦の同時進軍を阻止できるはずがない。
「各要塞エリアからの攻撃を確認。直接こちらを狙う対艦滑空弾と、弾道ミサイル。さらに回避行動を取る巡行ミサイルの三種です」
「対空レーザーで対処しろ」
「了解!」
直後、悲鳴が響く。
「周回軌道よりさらに上空から巨大な物体が急速に接近! 画像、間に合いません! 極超音速……?!」
「何だと? 撃ち落とせ!」
「それがダメなんです。対空砲火、プラズマバリア展開……効きません!」
「なんだと!」
艦が大きく揺れ、ゴルギアス内部の人間、シルエットは等しく艦内の壁に叩き付けられた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三千キロ以上離れても目も眩むような閃光と火球が大洋を覆う。
衝突加熱で宇宙艦ゴルギアス以外の大気、海水、海底。あらゆるものが融解、分解されたのだ。
天まで貫く火柱。その後恐ろしい轟音が海域全域に響いた。
負けじと天高く水柱が覆い、直後赤く変わる。
海面には幾十にも波紋が広がる。落下地点の巨大な火球から生まれた
ゴルギアスの強固な装甲が仇となった。宇宙からの落下物に押され、二キロの板となって海底が見えるほどに海が割れることとなる。勢いはまったく衰えずゴルギアスによる衝突過熱でマグマ化が始まり、それが海水と混ざりながら火柱となっているのだ。
赤く染まった地面はめくりあげられ、火柱となり天高く周囲を覆う。
マグマの塊は宇宙空間に達し、三ケルビン。摂氏マイナス二百七十度の空間によって急速に冷却される。周回軌道上を高速で移動するエイレネも被弾するほど。砕け散った土砂は高さ百キロ以上まで舞い上がったのだ。
これらは隕石となって再び惑星アシアを襲うことになるが、大気で燃え尽きるものがほとんどだろう。
この世の終わりをもたらす光景は、見る者を恐怖させる。
ゴルギアスがマグマ化した赤い海にゆっくりと沈んでいく。
震天動地――まさに天は震え、大地は鳴動し、海は割れた。
『何してんのコウー!』
アシアが絶叫した。
アシア――惑星管理超AIが茫然自失するほどの現象だった。
「ごめんアシア。必要だったんだ」
まったく悪びれていないコウ。
空から何かが恐ろしい速度で降り注ぎ、直撃したのだ。火球といわれる現象がより大規模となったもの。
恐ろしい速度だった。補足できた者もそういないだろう。
「え」
エメが絶句した。開戦した瞬間の出来事だが、何が起きたか理解できなかったのだ。
映像が映し出される。星状の糸車状のもの。間違いなくスカイフック型パンジャンドラムの亜種が超高速で大気圏に突入、ゴルギアスに直撃したのだ。
「
「違うよ。あれは【
コウの目が笑っている。こんなに上手くいくとは彼自身思っていなかった。
「工夫?」
「まずトゲトゲだろ、あのパンジャン。そのまま甲板を貫通するんだよ」
画面に映し出された【星】は球状のようにもみえるが、テザーを巻く軸はあるようだ。
そして凶悪な円錐状の棘に覆われている。
「なにそれこわい」
「貫通作業に時間がかかるからね。ただ【星】そのものの威力を上げすぎた。一撃で艦を破壊したらトゲトゲも意味がないな」
悪戯っぽく笑うコウ。マグマの海に沈んでいくゴルギアスを目にし、戦果には満足のようだ。
「でも巨大質量兵器の周回軌道上からの投下は条約で禁止されたはずじゃ」
「もちろん条約は守るとも。――ストーンズに対しては、ね」
「あー! そういうことなんだ!」
珍しく声をあげるエメ。
コウが戦闘を即座に終結させると断言した謎のこたえがそこにあった。
「傭兵機構本部と講和交渉や戦争条約は結んだ覚えはないからな。同席さえもしていないんだ。適用されるはずもない。奴ら相手にはルール無用。オケアノスにも確認済みだ」
目の前では凄惨な光景が広がっている。
ゴルギアスの甲板が赤熱し溶解している。あまりの衝突エネルギーに大気や表面の装甲のみならず、海水まで様々な分子が未だにプラズマ化し爆発し続けている。衝突過熱のすさまじさを物語っていた。
【星】を叩き付けられた大きな甲板には巨大な孔が空いていた。
「怖いぐらいの破壊力……」
マグマの海に浮かぶゴルギアスの上に海水が覆い被さっては蒸発し、またプラズマ化していく。海面の衝突孔に次々と海水が注がれるが、ゴルギアスの姿を覆うには至っていない。
いまだにゴルギアスを中心に紅く染まっている。艦内部の爆発まで発生しているようだ。
「次の工夫だ。投下速度はP-MAXを発動させ秒速三十キロを優に超える。材質は宇宙戦艦の装甲とタングステン・レニウムの合金。【吊られた男】と違い爆雷としての性能は低い。位置エネルギーも利用した質量兵器だ」
「これが最初のモズ落としなんだね」
やっぱり滅すつもり満々だったと思ったエメだったが、口には出さない。
「そうだ。奴らは二つの致命的なミスを犯した。まず条約が自分たちに適用されていると思い込んだこと。確認してきたら教えてやるつもりだったんだけどな」
「本部。本当にどうしようもないね」
「こちらから教えてやる義理もない。そしてもう一つのミス。結んでもいない条約を過信してエイレネとマルジンを過小評価したこと。宇宙艦のレーダーで捕捉できないはずはないんだ」
コウは冷ややかにゴルギアスを眺める。参戦どころか講和交渉にも立ち会ってない組織に条約など適用されるわけがない。勝手に自分たちの勝利と思い込んでいる愚か者どもだ。
そして本部のエイレネとマルジンの過小評価である。たとえパンジャンドラムが使えなくても、彼らは恐ろしい奇想天外兵器を編み出していたいに違いないのだ。敵がアルゴフォースならあらゆる手で対策を模索し、部隊を散らすだろう。
やらかすという意味において、二人に対する信頼は絶大だ。
「かつて地球の恐竜を滅ぼした天体衝突の再現。恐竜絶滅シミュレーションを参考にさせてもらった。地殻津波という現象をね。宇宙艦隊すべてを一撃で無力化するにはそれぐらい必要と考えた」
上空にいた宇宙艦は爆風で海面に叩き付けられ、津波の飲み込まれていった。
いくら高次元投射装甲の宇宙艦隊とはいえ、中の作業機や人員は固定されているわけではない。相当な被害が出ているだろう。
「普通に考えたら勝ち目ないもんね私たち」
ウーティスはユリシーズやメタルアイリスを参加を前提とせずに手持ちの戦力と要塞エリアの援護だけで計画を進めていた。
「戦争にもルールは大事。モラルという面でも。殺意を具現化させないためにも」
噛みしめるように呟くエメ。
「俺達が死力を尽くして守りきったものを横取りしようとしたからな。ルール無用ならあらゆる手で排除するさ」
エメはコウの怒りの強さを改めて思い知った。いつもなら苦言を呈するアストライアが満足そうに微笑んでいる。いつもなら苦言を呈するリックさえ何も言ってこない。
これは敵であるストーンズよりも、何もしようとしない味方と思っていた勢力への、長年にわたる不満の蓄積が爆発した結果。
「伝説のコフェルスインパクトね。神の怒りに等しき天体衝突を模した兵器」
ブルーが哀れむような気持ちで宇宙艦隊を眺めていた。
地球の紀元前四千年前に起きた天変地異。悪徳の街ソドムとゴモラを滅ぼした逸話や、ノアの箱船やデウカリオンの船など各地の洪水伝説の元になったともいわれる、地球最古の天体衝突の記録。
オケアノスが協力的だったのは必然だったのだ。これほどまでの惑星環境を揺るがす兵器を許すほどには。
「オケアノスから投下角度や速度の上限域の指定はあった。怒られないように安全マージンは取ってあるから惑星環境は破壊はしない」
その発言を訊いた各艦長の背筋が凍る。これほどの威力の攻撃がオケアノス公認なのだ。
逆に言えば、現在ネメシス戦域で許される最強攻撃に等しいのではないか。
「これで終わりではない。我が友の支援がある。頼んだぞ、皆」
『各要塞エリアの管理タワーに伝えたわ。もう動いていると』
「ありがとう。アシア。改めて礼を伝えておいてくれ」
『うん!』
震天動地はいまだに続く。嵐という形容さえ生ぬるい、プラズマとマグマと海水の渦。衝撃波は惑星アシアを周回していた。
落下地点ではマグニチュード九以上の地震が発生している。
衝突の爆風に耐えきれず落下し、次々と発生する津波に飲み込まれ海中に沈んでいく宇宙艦隊。
前方にいた先行艦数隻だけは津波に巻き込まれず姿勢制御できたが、全速前進しゴルギアスから距離を取る。
『敵残艦隊上空へ退避。軌道予測完了。弾道弾ミサイルによる攻撃が着弾します』
アストライアの声が無慈悲に流れる。
「こちら工兵部隊。射撃開始しました」
「ありがとうフユキさん」
フユキの連絡により、建築工兵と戦闘工兵部隊が動き出したことを知る。
P336要塞エリア、R001軌道エレベーター、そしてシルエット・ベースの防衛機構から次々に超大型の弾道ミサイルが発射されていた。
慈悲もなく次々に敵艦に命中する。
プラズマバリアでは防ぎきれず直撃弾を食らい続ける敵艦は、そのまま海水に着水。沈没していった。
「宇宙巡洋艦エウイトスが轟沈しました!」
「こちらもこのままではもたん…… うぉ」
艦が激しく揺れる。致命的な直撃を受けたと実感した。
「敵からの攻撃。超巨大レールガンにより、砲撃を受けています」
「敵艦隊は全て海中だぞ?! どこからだ!」
「陸からです…… 敵砲撃、超大型の列車砲です!」
「列車? レール? 宇宙戦艦相手に列車だと! なんでそんなものが!」
巨大マーダー相手に奮戦した装甲列車メィクイーンと超巨大列車砲であるロシアンブルーは防御兵器として量産されていた。
建築工兵たちが一晩で線路を延伸。高所に配置するように列車砲を展開している。遠距離砲撃ではあるが的も大きい。
宇宙戦艦何するものぞ。地球で鉄道の保線に命をかけてきた男たちによる列車砲部隊は、今や宇宙艦隊相手に最大の間接火力を発揮していた。
津波から逃れた宇宙強襲揚陸艦スタサンドロスは集中砲火を受け、海面に不時着。そのまま潜航した。半ば沈没といえるかもしれない。
戦闘開始から十分も経過していない。
これが後の世に言われる【瞬殺戦争】や【尊厳戦争】と言われる、人類勢力同士の戦争だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
敵艦隊は次々と海に消えていく。爆風で横転したところを高さ百メートルを上回る大津波に襲われたのだ。耐えきれるわけがなかった。宇宙艦を浮かす原理は
荒ぶる大海は一向に収まる気配がない。
後方の残存艦もコウと戦うと決めた都市AIたちから砲撃支援を開始した。シェーライト大陸各施から発射される大型弾道ミサイルが着弾し始めた。集中砲火を受けている。
遅れて、牽引型の弾道ミサイルや高速滑空ミサイルも発射が開始されているのだ。その一発一発が十五メートル以上の巨大なミサイル。一発が致命傷には遠くてもそれが数十、数百とも飛来するとなれば話は別だ。
「大陸から着弾まで兵器によるが五分もかかっていないな。アストライア。敵の動きを把握するついでにデータを収集しておいてくれ」
『了解いたしました』
コウは油断していない。敵状況を観測することで敵の機動力や対応力を探っているのだ。
別人みたいだと思ったのはエメだけではない。視線の先には同じ思いを抱いているにゃん汰やアキがいた。
ゴルギアスがいた海面は、真っ赤に染まった巨大な水柱が上がり続けている。ようやく海水に覆われたのだ。
水柱の先は赤と茶色に染まる。燃えているプラズマと土砂が入り交じっていることがわかる。海底火山のように海中ではいまだに燃えているのだ。
『どこの世界に地殻津波を引き起こすパンジャンドラムが存在するのよ……』
マグマ化した海底にゴルギアスは沈んでいる。ただ衝突孔の範囲が狭いことが惑星にとって幸いした。すぐに周囲の沸騰した海水に覆われ始めている。
鋭く範囲を狭め破壊力を増した分、惑星規模への影響を最大限に抑えた設計のようだ。
『今ここにあります。アシア』
にっこり笑ってアストライアが答えた。あの一件から若干キャラが違う。ディケのような性格になっている。
『もう
凄惨な光景にアシアが絶句しながらも状況を把握する。
本来の地殻津波は隕石による衝突により海水どころか海底さえも蒸発しマグマの海のようになる。その後高さ数千メートルの津波が発生し海全域が蒸発するという現象。その後惑星は数年にわたり降雨となり、寒冷化し、死の大地と化す。
めくり上がったマグマ化した土砂はようやく落ち着いたところだ。
『いえいえ。あれもまたマーリンシステム搭載の自走爆雷ですよ』
自走爆雷ならパンジャンドラム。小型でも大型でも爆弾と呼ぶのと変わりはない。アストライアはあくまでパンジャンドラムだと主張を行った。
『コウに地殻津波の原理を教えたのはまさか貴女?』
裏切られたという顔で疑惑の目を向けるアシア。
『アシア大戦後のコウに相談されましたし? そして今回の威力偵察からコウは動いていました。その時提案したのが作成していた【星】を利用した投射角度と速度による破壊事象、天体衝突の再現です。【星】については私が全責任を負っています』
「俺の意思だということだよ」
地殻津波よりも誇らしげなアストライアとコウの阿吽の呼吸に憤懣やるせないアシア。
かつて地球で栄華を誇った恐竜の絶滅原因とされる十キロ級巨大隕石の落下とその現象。コウはパンジャンドラムを用いきわめて局地的に再現したのだ。
隕石といっても様々。石鉄隕石や石質隕石など様々あるが、この【星】は大きさこそ百メートルにも満たないが質量は鉄の三倍近くある。
『地殻津波はきわめて局地的に発生しますが、【吊られた男】よりやや小型。質量は【星】のほうがありますけどね。全海面蒸発には至りません』
アストライアが解説する。全海面蒸発が発生すると、惑星アシアは数ヶ月から数年間、核の冬が訪れ雨が降り注ぎ、惑星は寒冷化に至る。
確かにゴルギアスを中心に海底が姿を見せマグマのように溶けているが、すぐに周囲の大量の海水がぽっかり開いた空間を満たしていく。
いまだにマグマとプラズマと沸騰した海水が入り交じり、地獄の様相を見せている。
『問題は天候ですね。局地とはいえ海水が大量に蒸発し空を覆い惑星がほんの少し危険な状態です。そこは惑星管理超AIであるアシアに任せます』
『丸投げ反対! 天候制御ってかなり難しいんだからね! 惑星が寒冷化したらどうするの!』
『ご安心を。あの鉄球では小さすぎますし、ゴルギアスが良い感じでクッションになっています。降雨もせいぜい一、二週間程度ぐらいかと』
『まって。ゴルギアスは二キロあるのよ。むしろ被害拡大しているような気がする!』
『爆風と津波はそうなりますね。敵艦隊を飲み込むのに必要でしたし?』
『外してたらどうするのよ!』
『そこはエイレネを信じています。安心してください。計算はしていますよ』
重要な場面でエイレネが外すことはない。色々な意味でだ。その点では絶大な信頼を妹に寄せている。
『どこをどう見れば安心できるかな? 兵器開発統括AIさん! もう少し惑星環境も考えてね!』
アシアがげんなりする。この海水の蒸発量だと惑星アシア全体に雨雲が覆うことになる。
『惑星環境確認――地軸や自転速度、及び活断層に異常なし。気候変動は発生しそうにないけど……』
地殻津波は数キロに及ぶ天体が衝突した場合に発生する事象。活断層を刺激し、惑星全土の火山が噴火する可能性さえあったのだ。
さらにこのパンジャンドラムは岩や鉄ではなく、外装を宇宙戦艦の装甲で覆ったタングステン・レニウム合金を高次元投射化したもの。質量の桁が違う。
隕石の多くは空中で分解するからだ。鉄隕石も例外ではない。【星】は分解もせず、勢いを維持したままゴルギアスに直撃した。直径でいえば数キロ級の天体衝突に等しい可能性さえある。
【星】を再利用をするべくエイレネによって巻き上げが開始している。
『これ台風を定期的に起こすぐらいしかない……』
惑星の生物を死滅させるレベルならオケアノスの介入がある上、コウは事前に確認済みときている。アストライアの言うとおり惑星全域が雨雲に覆われる程度の事象しか発生しないだろう。
アシアとしては台風を発生させるなりして、人が居ない地域へ雨雲を集中させるなど対策を迫られることになる。
「海面ではあんな現象が起きるんだな。鉄隕石を想定していたが、思った以上の威力だ」
コウは他人事のように感心していた。鉄隕石の三倍近い質量、二倍以上の投入速度では威力が異なるのも当然だ。
「津波は大丈夫?」
「大洋のど真ん中に連中はいる。どの方向の大陸に対しても三千キロメートルはあるから届かないとは思うな。海面の衝突孔があるだろ。あの場所に海水がなだれ込んで津波は効果的には発生しないんだよ。甚大な被害は出ないはずだ。敵以外」
画面が映っていた場所は火柱と水柱が盛り上がり異様な光景を見せている。
天体衝突は海が深いほど津波も大きくなる。
「あれだけの衝撃波と津波でも、周囲の宇宙戦艦を破壊できるとは思えない。命中したゴルギアスはいけたかな」
天体衝突に匹敵する攻撃でも砕け散ることがなかった宇宙艦。超速度で物体が飛来する宇宙戦闘に対応しているだけはあった。
『ゴルギアスの艦内の被害は相当なものだと推測できます。戦闘行動はもとより浮上できるかさえ疑問です。周囲に展開していたシルエットは全て壊滅したと思って良いでしょう』
ゴルギアスの警護で周囲にいたエンジェルは沸点を通り超して溶解している。
「私たちは海中にいるから津波をまともに受けることもない、か。海流の勢いは凄いね」
「津波が起きたときは沖のほうが安全と聞いたことがあるよ。海中もだろう。海流で流されないよう気をつけないとな」
ゴルギアスを観察するも、海面が穏やかにならない。
巨大な質量の衝突は、これほどまでに惑星を揺るがすのだ。
「傭兵機構本部が無くなったんじゃ」
本部機能はゴルギアスにあったのだ。
「かもしれない。師匠。こういうときは組織内部で主導権争いが発生するんだったか。国なら主権持ちが交渉相手になるんだろ?」
「そうだよ」
「奴らが代表を選出して降伏しない限りは戦闘は続行だな」
事実上の勝敗は決したと判断するコウ。
「こちらウーティス。オーバード・フォースへ告ぐ。作戦は順調。各艦隊そのまま潜航。海流に注意しながら警戒行動を継続せよ。【星】着弾地点には近寄るな」
コウの命令が朗々と響き渡る。
「現状、敵本部機能は喪失したと考える。しかし、だ。油断はできない。別の組織が本部機能を引き継いでいる可能性もある。アンダーグラウンドフォースの個別降伏のみ受け付ける」
「こちらロビン。承知したウーティス」
油断はしない。
慎重に敵艦隊の出方を伺うことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます