オペレーション【モズ落とし】

「十二時間経過だな」


 傭兵機構本部の本部長エディプスが呟く。


「奴らがどれほどの数になったのやら」


 アンダーグラウンドフォースであるロクセ・ファランクスの隊長、ライムンドが傍にいる。壮年の男性だ。

 相当数の宇宙艦を所持しており数万人の傭兵を抱える、傭兵組織としては惑星アシア最大手の一つだ。


「十二時間では即決できる者は限られておるよ。様子見の者がほとんどだろう」

「しかし、想定外のことが起きている」


 ライムンドは傭兵機構本部の直属組織。そしてエディプスと対等に口が利ける数少ない人物。傭兵機構本部は彼の所有する巨大宇宙空母ゴルギアスに設置されている。


「何?」

「我が艦隊のファミリア、セリアンスロープ、ネレイス、転移者の多くが離脱した。敵に回らなくても中立としてな」

「何故…… しまった。創造意識体に寄り添っている人間が離脱したのか!」


 創造意識体が人と寄り添うように、家族以上に彼らを必要とする人間も多数いる。恋人や伴侶になっている者もいるのだ。

 

「そうだ」


 ほぼ異種族、創造意識体の全員といっていい人数だ。残った各種族は片手にも満たない。

 失念していたのはファミリアが人に寄り添うとともに、人もファミリアに寄り添っている。転移者やアシア人は関係無く、家族とみなしている者たち全てが離脱を決意していたのだった。

 

 失念するレベルで、彼らは身近すぎた存在だということだろう。


「戦力に影響はでるか?」

「出るに決まっている! とくに修理や整備に影響は出るな。補給物資が少ないことが幸いしているが」


 兵站は前線に出る兵士の十倍の作業者が必要だと言われている。いくらシルエットや艦内の自動機能を駆使しても、やはり相応の人数は必要だ。

 

 それどころか食事などの手配や艦の清掃など生活という面で各艦混乱に陥っているに違いない。

 そういう雑務を含めてヒトは必要なのだ。もはや艦隊の危機に近い。


「目下不要ということだろう。一気に制圧すればいい」


 エディプスはあくまで楽観的だ。制圧し報酬で宥めれば戻ってくると信じている。飴と鞭の使い分けは自信があるのだ。

 

「今、艦の人員を割り振っている。ベアなど空中戦できない連中は整備班に転属だ」

「うむ。揚陸までの戦力が重要だ。制圧さえしてしまえばあとはどうにでもなる」


 彼らに退路はない。正確に言えばあるにはあるが、今更海の底には戻りたくない。


「そう楽観的にはいかんぞ。ファミリアやセリアンスロープは今後トライレーム側につく。我々は人間しかいない組織になったのだ」

「ファミリア持ちやネレイスを優遇するなどの政策は考えよう。セリアンスロープはどうでもいい。シルエットにも満足に乗れない連中だ。不満か?」


 圧勝さえしてみせれば、彼らに寝返る人間たちも多数出るだろう。ファミリアはそのときついてくればいい。


「……ファミリアのような無産階級プロレタリアートの消滅は社会基盤の労働力を失う。そういう意味ではウーティスに一理あるぞ」


 ライムンドがいう無産階級は資産を持たない、もしくは少ない労働者階級のことだ。AIであるがゆえに無資産の立場でいてくれていた。むろん報酬は払うがそれはオケアノスが個別に払うもののみ。

 これからは資産を持たない人間を賃金を雇う必要がある。現在のストーンズとなんら変わらなくなるのだ。

 上級階級アツパークラス資産階級ブルジヨワジーは無産階級の存在を認識できないものがいる。 エディプスもその一人だ。


 ウーティスの狙い通り人間主義者と、創造意識体の共生を望むもの。棲み分けが出来てしまった。

 この戦闘、どちらが勝利してもお互いの組織が消滅することはもうないだろう。


「ファミリアたちへの命令は傭兵機構本部の権限の一つ。それを放棄などありえまい」

「確かに」


 持っているファミリアへの命令権限を完全放棄などはあり得まい。どのみち彼らとは勝敗を決する必要がある。


 エディプスが思い出したようにライムンドに確認する。


「離脱者の艦が事故に遭うとかないか?」


 心配ではない。期待しているのだ。


「その案も検討したがリスクが大きい。全てを確実に皆殺しにせなばならん。いたずらに敵を増やす必要もあるまい。後々の禍根は残さないことだ」

「ふむ」


 ライムンド自身、エディプスの交渉は失敗だったと思っている。

 敵の結束を固め、味方から大量の離脱者を出した。彼は正論を話しているが人間は感情の生き物だ。


 それゆえ反抗する創造意識体に苛立ちを覚えたのも痛いほどわかる。黙って彼らのいうことを聞いておけと思ったアシア人のパイロットは多かっただろう。

 

 ウーティスの存在は明らかに例外存在イレギユラーである。あんなものが存在するとは思わず、想定して交渉しろという方が無理筋だろう。

 今は被害を少なくすることに専念するのみだ。


「序列五位のストームシーカーがアンダーグラウンドフォースごと離脱を申請してきた。ウーティスとの戦闘が終結するまで中立を条件に許可。四百メートル級の強襲揚陸艦を持っているので離脱者をそこにまとめておいたよ」

「あいつらは数が少ない割に精鋭ではあった。敵に回らないだけ良かろうさ。よくやってくれた」


  細かい軍事編成は苦手なエディプスが礼を述べる。


「中立条件を飲むのは意外だったよ。一緒に行動をともにした温情か、それとも冷徹な計算かは不明だが」

「金にもならんことを。確かに理解できんな」

「傭兵機構本部への参加者は、どちらかというと他の二大陸からが多いな。多くは食い詰め者やストーンズ側の傭兵となっていたものだ。企業は二社しかない」

「思ったより少ない」


 エディプスはこの結果には不満だった。過剰とも言える大盤振る舞いを行ったつもりだったからだ。

 企業は傭兵管理機構に属してはいるが、経済管理上の問題だけである。傭兵機構本部所属の企業は、今回本部側につく立場を表明した二社のみ。

 C級構築技士が経営する従業員が数人のみ。戦略や兵站のあてにはできなかった。


「メタルアイリスとユリシーズに所属していた者はほぼトレイレームに移籍した。現時点で九割だな」

「一割も寝返ったら十分だろう」

「寝返ったのは自分のシルエットさえ所有しているかわからんような連中ばかり。メタルアイリスのなかでも大戦末期か大戦後に参入した新参のたぐい。役に立たんよ」

「一定期間在籍したものは寝返らなかったということか」

「あのウーティスという男は一種のカリスマだったかもしれん」

「偽名としか思えないのだがな。アシア大戦の情報を照会してもウーティスなどという男の名は確認できなかった。ストーンズですらその情報は一切持っていなかったぞ」


 ストーンズに情報提供を要請するぐらいのパイプはある。だが、ウーティスという男の情報は皆無だった。


「我らが海の底にいた間に決着が付いたアシア大戦。深く精査すべきだったかもしれん。戦力は充実している可能性が大だ」

「奴らにそんな余裕はあるまい。アルゴフォースが撤退しているとはいえ、戦争直後の現時点が一番弱体化しているはずなのだ。そこまで金もモノも続かんよ。今勝負をかけねば我らはまた海の底で拠点となる場を選定せねばならん。そのためにもシルエット・ベースは是が非でも欲しい」

「そうだな」


 金に困っている組織だとは思えなかったが、ライムンドは口に出さなかった。

 報告書を手元の端末で確認するエディプス。


「敵の宇宙艦が一隻宇宙へ移動したらしい。メガレウスを破壊したホーラ級のどれかだ。これには警戒が必要かもしれぬ」

「宇宙戦艦を破壊した質量兵器は条約によって禁止になったと聞いている。条約違反はオケアノスによる関係者の存在抹消だ。ならばできることは、その後に行ったといわれる大気圏を突入した戦闘機群による攻撃か」

「ならばアンティーク・シルエットの敵ではないな。現在の技術で創られた戦闘機など、たかが知れているわい」


 シルエットを上に載せることが出来る戦闘機など的だろうと判断するエディプス。

 戦闘機も電磁装甲を採用しているとはいえ、地上戦闘用のシルエットより軽量化を優先しているはずだ。


「戦力は我が軍が圧倒的だ。旗艦ゴルギアスを始め、温存していたもの含め宇宙艦が十六隻。メタルアイリスはホーラ級が三隻にアリステイデス級が二隻。キモン級が一隻がせいぜいだ。搭載兵器の質も量も圧倒的にこちらが上」


 エディプスが戦力を分析し、にんまり笑う。


「オーバード・フォースなる軍勢の兵力を調べていても、惑星間戦争時代の残骸を改修した空も飛べぬ要塞空母一隻に、Aカーバンクルを使用した新造艦ばかり。空も飛べぬ。それで我らと戦おうとは片腹痛いわ」


 エディプスの言うとおり戦力は圧倒的に本部が上。

 それでも何か違和感を感じるライムンド。


「半日もあれば決着はつくだろう。空からの砲撃で敵は壊滅よ。天地がひっくり返っても宇宙艦に搭載された巨大荷電粒子砲以上の威力を生み出す攻撃は不可能だ」


 惑星間戦争時代の性能をほぼそのまま有する宇宙艦の数々。荷電粒子砲や大出力レーザーによって敵を一掃すれば、護衛のシルエットすら要らない。


「そうだな」


 気のない相槌を打つライムンド。気がかりなことがあった。


 それは交戦した御統重工業の新型機と戦闘機。そして飛行するラニウス。

 アンティーク・シルエットに匹敵するほど。否、ある種上回る性能を持つシルエット。あれはおそらく試験機の一種。そこまで数はないと思われた。しかし……


 果たして本当に彼らだけなのだろうか?

 アシア大戦で兵器の急発展の可能性は? シルエットが無限に空を飛んだり戦闘機に可変するなどが一般的になっている可能性はないだろうか。


 そこまで考えて頭を振った。いくらなんでも数ヶ月で兵器が急発展するはずがない。

 戦闘機の実用化には驚いたが、エンジェルでも普通に対処できていたのだ。


 確かにジョン・アームズが襲撃された時点で技術解放というものがあったのは知っているが、彼らは為す術もなくやられた。さらにその後に兵器が急速に発展するとも考えがたい。

 ライムンドは正解に辿り着きながらも、今までの常識で否定してしまっていた。


「私は戦艦ナビスへ移動し前線の指揮をとる。傭兵機構本部であるこのゴルギアスは頼んだ」

「承知した。旗艦ゴルギアスには戦力も集中させている。この戦力で落とせない要塞エリアはあるまいよ」


 この宇宙空母ゴルギアスには複数のアンダーグラウンドフォースも同乗している。

 所有の宇宙艦はなくとも、優秀なシルエットを所持しているチームだ。


「頼んだ」


 ゴルギアスの戦力に不安を覚える。戦艦ナビスはロクセ・ファランクスの精鋭で構成されている。数は比べものにならないが、質は最強を自負する。

 不安の正体を検証し、ある推論を想定し、そして否定した。もしそうなら愚か者は彼らになる。

 そうでないことを漠然と祈るだけであった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 オケアノスより通告があり、戦闘開始時刻は彼から通達があるとのことだ。


「戦争というのは始まる前の準備が八割というがトライレームの準備は順調のようだ」


 コウは司令席に座る。

 アシア、アストライアが編成し。ファミリアが同調して動いているのだ。他の艦隊ではもっと時間がかかるだろう。


「ヴォイ。完成したかな」

「アルゲースが一晩でやってくれたぜ」


 ヴォイが映像を転送する。


「ずいぶん物々しくなったな」

「五番機とわからないように偽装したからな」


 五番機とは一切わからぬように偽装を兼ねた全身装甲。小札を重ねたその追加装甲は平安や鎌倉時代の大鎧を連想させる。

 アルゲースが提示したものこそ、今のコウに必要なものだった。


「TSW-R1CXで登録しておいた。ラニウス秘装型だな」


 大型の追加スラスターが二基備えらている。

 色は青。今のコウにあわせた色だ。


「機体色は青なんだな」

「ある程度は目立たないとな。海や空では深い色は意外と溶けるぞ」

「助かる」


 迷彩色まで期待していなかったコウは安堵する。

 

「コウは五番機で出るつもりなの?」

「そうだよ」

「必要あるかな」


 艦隊戦が主であり、最高司令官が最前線の兵器に乗ることはないと思うエメだった。


「これは作戦名オペレーシヨンモズ落とし――昔の狩鳥を捕獲するときにね。目を潰したモズを鳴かし囮にして鷹を捕まえていたのさ。つまり俺が囮になって目標をおびき寄せる」


 これは剣術の師より聴いた話。モズは百舌と書かれる通り、様々な鳴き声をする。それで大きな鷹をおびき寄せるのだ。

 自分の名とラニウスにかけた作戦名であった。


「五番機の必殺技が増えたかと思った」

「五番機は必殺技撃てないからな? 百舌鳥落としで登録した技はあるにはある。使ったことはない」

「あるの? 投げ技かな。吸い込む?」

「シルエットで投げ技は厳しいな。あくまでオリジナルの型にそんな名前つけてるだけだよ。ゲームに例えるなら敵の攻撃を誘って当て身系? そのうち見せる」


 エメと他愛のない話をしながら、真顔に戻る。


「モズ落としは二段階。最初は艦隊攻撃用。二段階目は俺自身が囮になる作戦だ」

「コウが囮になる必要がある状況が想定できない」

「ウーティスがコウに戻るために必要な処置かな?」


 エメは息を飲んだ。


「わかった。内容はヴォイに確認しとく。モズ落としを完遂させる」

「頼んだよ」


 コウは一度立ち上がり、伸びをした。ずっと座っていたのだ。


「敵との交戦距離は数千キロ。レーザーや粒子砲での制圧かな」

「艦隊を砲撃し壊滅させ、その後多数の宇宙艦で空からP336要塞エリア制圧。彼らの作戦はそこにあると思う」

「そんな戦力があれば、ストーンズは余裕だっただろうに」


 戦わないという選択肢を取った傭兵機構本部が、本来は所属している組織の自分たちに牙を向けることが許せなかった。


「本当にね! だけどストーンズ相手に長期戦はできなかった。傭兵組織をそんな運用するのも面倒臭がったというべきかな?」


 ジェニーも怒りを隠さない。


「そうだろうな。陣形も雑。用兵も情報が確かなら…… 艦隊戦だけでもいい勝負になりそうだな」

「アルゴフォースと比べたらだめよ」


 アルゴフォースは戦略的にも戦術的にも手強かった。本部と力押しだけの戦術と比較してはいけない。


「わかった」


 あと一時間もない。

 コウは作戦を改めて確認することにした。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 P336要塞エリア付近ではリックが戦車隊を展開していた。

 宇宙艦による目的地P336要塞エリアへの強襲揚陸だろう。とはいっても戦艦だけでコントロールタワーを制圧はできるはずもなく、シルエットによる市街地制圧が必要不可欠。

 

 空中機動が可能なシルエットを多数保有していると思われる傭兵機構本部直属アンダーグラウンド・フォースに対抗するべく陸戦兵器たちは待ち構える。


「海岸沿いに展開はしないのですか?」


 猫型のファミリアが確認してくる。


「空を飛んでくる。来ることが出来たらの話だけどね。主力は間接砲撃となるだろう」

「戦闘機部隊も待機です。まさか本当にビッグボスは近付く前に決着を付ける気だったので?」

「それが理想であるし、そう上手くいくとも思えないけどね。とくに彼は我々が死ぬことを嫌がるからなぁ」


 リックは苦笑した。だが、それゆえに彼らは命を賭けるのだ。


「見てごらん。防御機構が意思をもって敵を排除にかかるんだ。これほど恐ろしいことはないだろう」


 来たるべき宇宙戦艦や宇宙空母を迎撃するべく、各地で超大型の対艦ミサイルが全力で生産されている。

 たまに標識が突然素振りしている様は、アルゴフォースのシルエットを両断した事実を知っている者にとっては恐ろしい光景だ。


「間違いなく……」


 本部直属の傭兵たちにとってP336要塞エリアでは、あらゆるものが敵なのだ。ビル内のシャッター一つやメンテナンスホールの蓋でさえ油断できない。


「ウーティスより極力海岸沿いから離れるように指示もでている。海洋戦で策があるかもしれんな」

「海岸沿いになんらかの仕掛があるのかも。高台に線路の敷設作業も続いていますね。」

「建築工兵部隊が一番無理をしているかもね。主戦場は海と空。しかし我々は最終防衛ラインともいえる。気を抜くな。我々の居場所を奪おうとするヤツは敵だ」

「は!」


 対人間との戦闘を嫌がるファミリアも少なくない。

 しかし、それ以上にコウ、メタルアイリスとファミリアの間では信頼関係が培われている。彼らは寄り添うべき者のために戦うのだから。


「敵主力はシルエット。戦闘機ではなく、ね。これがどういうことか、傭兵機構本部ではわからぬのか」


 リックは呟き、戦車を対空モードに切り替え戦闘に備えた。


 P336要塞エリア内部ではパルム率いるトルーパー部隊が並んでいる。

 彼らは最終防衛戦である。


「この戦いこそ我らがオケハザマ。殿のためにはこの命惜しくない」


 もともとトルーパー1は熱心なコウの信者が多い。

 別名が狂信者(ファナティック)1と呼ばれている有様だ。


「ウーティス様……我らセリアンスロープ一同、この大恩決して忘れませぬ」


 時代劇的な口調になってきているバルム。

 彼にとってもはやコウは仕えるべき主(あるじ)であり、いまや彼らはサムライなのだ。


「陸の護りは我らにあり。皆のもの。一兵たりとも通すな!」

「おう!」


 完全武装したトルーパー軍団も戦意に満ちている。

 空中からの降下を警戒して狙撃兵装を持つ者がほとんどだ。


「海にも、そして空にも今や我らの仲間がいる。彼らを信じましょう。パルム」


 狐耳の少女が告げる。パルムは頷いた。


「ええ。彼らはともにウーティス様と戦う栄誉を与えられた。しかし、最後の砦を死守する任をウーティス様が直々に命じられたのだ! なればこそ気を抜くな!」

「おう!」


 実は出番のないパルムたちが戦闘機でもいいので前線に出たいと願い出ていたのである。しかしコウは、その提案を却下し、トルーパー部隊によるP336要塞エリア防衛の任を与えたのだ。

 適材適所であり、セリアンスロープたちにとってクアトロ・シルエットが生産されているP336要塞エリアはもはや聖地に等しい。

 

 その戦意はファミリアさえ若干引くほど高まりつつあった。


 

 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「もうすぐ時間だな」


 コウが呟いた。


『心配は杞憂だったね』


 アシアが笑う。


『メタルアイリスもユリシーズも主力は全員移籍済み。それよりも他大陸の参加申請も多いわ。間に合わないとは思うけど受理しておいた』

「ありがとう。志が同じヒトたちが離れた場所にいるとわかっているだけでも心強いよ」

『うん!』


 今参戦できなくても、味方したいという思いがあるからこそトライレームに移籍してくるのだ。

 それだけでありがたいと思う。


『もうすぐオーバード・フォースに合流。旗艦として陣形を再編します』


 着水し、オーバード・フォースから熱烈な歓待を受ける。

 多くのシルエットがアストライアの到着を待つため、甲板にいたのだ。


「本当にアストライアが旗艦なんだな」

「うん。企業連合艦隊の旗艦だなんて」

「俺達は企業シルエット・ベースとして参戦だ。一応企業の型式取ってるし」


 シルエット・ベース初のシルエットや戦闘機も多い。アイギス社にも生産してもらってはいる。


「ロビンさん。聞こえますか」

「ようこそ。歓迎するよウーティス」

「ありがとうございます。皆が揃っているのでお願いしたいことがあります」

「どんなお願いかな?」

「ジャックさんの冥福を祈りたいのです。せっかく皆が揃っているので、一分だけ黙祷を行ってください。できれば自分ではなく、引き継いだ貴方の合図で」

「――よくぞいってくれた。ただし君の言葉として伝達はさせてもらう。そして今からジャックの冥福を祈らせてもらおう。ありがとう」


 この艦隊はある意味ジャックに託されたようなものだ。

 コウ自身、何かしたいと痛切に感じていた。


 ロビンもまたゼネラル・アームズを率いる上でジャックを悼みたい気持ちはある。まさかウーティスから言い出しだしてくれるとは思わなかった。

 シルエットたちに弔砲を命じ、ジャックの死を悼む黙祷が行われる。


「感謝する。ウーティス」

「こちらこそ。彼は最後までこの惑星を守り抜いたと思っています」

「そうだな。意思は我らが引き継いだのだ」


 コウは頷いた、ロビンは通信を切り、そっと目頭を抑えた。思いもよらぬイベントとなり、盟主がウーティスであることを感謝する。


 まずやりたかったことを無事に終え、コウは司令席で一息ついたところにエメから話し掛けられる。


「コウ。二社から参加願い。オーバード・フォース参加企業はコウと私の許可が必要なんだって」

「なんでだよ」

『コウとエメの直属組織として想定されていたからでしょう。本来あなたたちが参加することすら想定外だったのです』

「なんかのファンクラブみたいだな」

「こわい」

『ファンクラブは言い得て妙ですね。実際そのような動機をもってエイレネが組織したと思われます』

「エイレネかあ」


 あの行動力と実行力は凄いと思っている。苦手な類いだ。


『そしてスカンク・テクノロジーズ社。御統重工業社が参入申請をしてきております』

「許可していいのか? いいなら許可を」

『了解いたしました。スカンク・テクノロジーズ社はゼネラルアームズと。御統みすまる重工業は五行重工業と行動をともにしてもらいます』


 それぞれ提携先のようなものだ。一緒に行動するほうがスムーズだろう。

 スカンク・テクノロジーズは研究機関としての役割が種であり、御統重工業も生産規模は中規模程度。ユリシーズの運用に関しても問題無いと思われた。


「わかった。それでいいよ」


 司令席は慣れないのだ。五番機のMCSに馴染みすぎたと痛感する。


「どうだ。MCSが懐かしいだろう?」


 バリーがからかいながら通信を繋げてきた。


「本当にな」


 バリーの気持ちを痛感する。前線での戦闘のほうが気楽だ。

 

「さて。正真正銘ビッグボスになったわけだ。もう逃さんぞ!」

「逃げられんぞの間違いじゃないか?」

「表舞台に立つってのはそういうもんだ。お前が正面に出たことで士気も高い」

「これは俺が始めたことだからな。奴らと決着がつくまではやり通すさ」

「わかっているじゃないか。今回はお前が指揮官でもある」

「ん。主力を瞬殺する。そこからは艦隊戦かな。それで俺の出番は終わりだよ」

「瞬殺?」


 あの大艦隊を瞬殺する作戦はさすがに思いつかない。


「色々と手はある。わかりやすい作戦はP336、R001、シルエットベースの全火力を集中させること。奴らは傭兵だが集団戦に慣れていないはずだ。何せ高性能の兵器をため込んで抑止力が基本戦略だったからな」

「傭兵機構本部の直属で前線で戦った者はマーダー相手のものばかり、ということか」

「そういうこと。奴らがどれだけの戦闘機を持っているかわからないけどね。制空権争いも発生しない。予想するなら宇宙戦艦や巡洋艦による砲撃で地上部隊を掃討してから制圧がメインだろう。上陸はさせないさ」

「確かになぁ。あいつら戦艦でどーんと突っ込んでシルエットで制圧しか考えてなさそうだ」

「人類がようやく取り戻した軌道エレベーターを狙う勇気もないさ。さっさと海へ追い返せばいい」

「なるほど。そういう方針か」


 コウの読みは正しい。普通ならそれぞれの宇宙艦に防衛用空母打撃群を造って艦隊を造るだろう。

 しかし傭兵機構はその圧倒的な戦力をもって、宇宙艦のみで艦隊を形成している。搭載兵器も容易に想像できた。


「俺が生み出せる最大火力をぶつける。震天動地たる一撃をね」


 バリーの笑みが凍り付き戦慄した。

 本気で宇宙艦隊を壊滅させるつもりなのか。コウ流のジョークなのか。コウはこんな冗談を言うキャラではないことは知っているが、そうであることを祈るバリーだ。

 

「震天動地とは大きく出たな。電子励起爆薬を使うのか? それとも自走爆雷パンジヤンドラムを雨のように降らせるのか?」


 コウは以前にも震天動地ともいえる現象をやってのけている。電子励起爆薬を満載したパンジャンドラム『ホイール・オブ・フォーチュンⅡ』だ。


「はは。アベルさんとエイレネの協力で造ったヤツだから結構自信作だよ」

「嫌な予感しかしないんだが! 本当に大丈夫なヤツなんだろうな!」


 あの二人とコウの自信作など想像もしたくないものが完成している。バリーは確信した。

 

「そこは見てのお楽しみだ。相手の戦意をくじくには、派手なほうがいいだろ?」


 悪戯っぽく笑うコウだが、目が笑っていない。バリーには別人にみえた。

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