条約指定禁止兵器『吊られた男』
ギャロップ社に展示されているエポナの前に、多くのセリアンスロープが集まっていた。ファミリアもいる。
壇上にいる者、すべて白装束を身をまとっている。
一種、異様な熱に浮かされた一団であった。
「これは我らにもたらされた福音である」
重々しく、狼型のセリアンスロープが告げる。
「我らが創造主オケアノス、プロメテウス、アシア。そして救世主ウーティスが我らにクアトロ・シルエットをもたらし、さらにはファミリアとセリアンスロープのために自由と尊厳を高らかに謳ったのだ!」
歓声が起きる。ファミリアまで混じっていた。
肝心のマットは現在社にはいない。多くは彼の会社の社員だ。
「巫女であるアキとにゃん汰。両名の言葉を待つのが正しいが我らには時間がない。我らの魂の救済はすでに為された。それでいて救世主は何も我らに要求しない。ゆえに我らが差し出せる対価は命。勝利のために死を怖れてはいけない!」
さらなる歓声が上がる。
「ともに祈り戦おう。ウーティス様に絶対の勝利を。我々にはクアトロ・シルエットが与えられたのだから!」
歓声が強くなる。ファミリア、セリアンスロープ関係なく群衆は増えていった。
「皆の者。よくお聞きなさい。我らにもできることはあるのです。一番安価なクアトロ・ワーカーを買い、兵站業務につくだけでウーティス様の支援となります」
「それさえ持てぬ者はメタルアイリスで傭兵登録をすればファミリアとともに戦車や支援車両で戦えます。我が兄弟たちとともに手を取り合い、ウーティス様に勝利を!」
犬型のファミリアとセリアンスロープのポニー型の少女が手を取り合い、同時に掲げる。
仲間意識が強かった彼らだが、より結束が深まったのだ。
「ウーティス様は選択肢を用意したと仰いました。しかし選択肢などとは奥ゆかしい方である! 我らの居場所こそトライレーム! 人と創造意識体と機械がお互いに手に取り合う未来のために! 我らの自由と尊厳のために! 今こそ立ち上がる時なのです!」
最後は大歓声となる。
あやしい宗教が誕生しつつあった。
これが後日、コウを悩ます最大の頭痛の種となる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「黒瀬さん!」
エイラが駆け寄ってきた。
「プレイアデス隊は今日よりアストライア付きになった。さすがコウだな!」
「黒瀬さんたちを信じていました」
「ありがとう。衣川の親父も連中に激怒していたからな。当然だ。現在オーバード・フォースに参加させるように要請中らしい」
「ビッグボスの故郷の方々は皆、創造された命にも優しいのですね」
「それは間違いないな! それにコウは俺らの分まで全て被ろうとしていたからな。あの野郎。せめて俺や衣川さんを巻き込めっての」
「私たちはビッグボスを誇りに思います。そしてともに戦うと即断してくれた、
「当たり前だろ、エイラ!」
黒瀬は照れたように笑う。
「そしてコウは自慢の友人だ。これでずっと一緒に、同じ目的で戦えるなエイラ」
「はい」
その二人をプレイアデス隊とセリアンスロープたちが通路の影から見守っている。
「完全に二人の世界だよ……」
「ビッグボスが自慢ってのは同意だけどな」
「ええ。もう今は言葉にならないぐらい。アストライアに乗艦できて本当に良かった」
「空は俺達に任せてくれ」
「これ終わったら今度こそ合コンしたいですねえ」
「も、もちろんだとも!」
意気投合するプレイアデス隊とセリアンスロープたちだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クルトは大砲鳥部隊に呼び出された。
格納庫でファミリアたちと話し合いになっている。
一種の嘆願だ。
「これ以上何が欲しいのです?」
「火力。ついでに装甲が少しありゃいい」
ハイノが即答した。
「
「その通り。しかし、足りない」
狐型のファミリアが答える。
大砲鳥部隊はファミリアのなかでも好戦的で命知らず。そして火力馬鹿の集団といわれている。
「何故そこまで火力を求めるのです。攻撃機としては対地ミサイルで十分に敵シルエットを破壊できるでしょうに」
「アンティーク・シルエットに通じないんだよ。あの最下級のエンジェルにさえな」
たった数機の威力偵察で壊滅されてしまった車両部隊。
レールガン装備機や戦車だってあったはずなのだ。
彼らの武装では傷一つ付けることができなかったのだ。
「ビッグボスが俺達のためにあの連中と戦うんだ。真っ先に俺達が戦わずしてどうするんだ」
もともと彼らとコウの関係はファミリアのなかでもとくに深い。
今ここで剣となり盾にならなければと、隊員全てが決意する。
機動力はある。残り必要なものはただ一つ、火力だ。
「そうだ。そのためにはエンジェルに一矢報いるだけの兵装が欲しい。たかが時速五百キロ程度の連中にやられっぱなしはごめんだ」
「あいつらが五百キロしかでないなら俺たちは三百程度キロ、戦闘ヘリ程度でいい。とにかく火力が欲しいんだよ」
口々に言うファミリアたちに、クルトは自慢げにニヤリと笑い返した。
「そうですね。君たちならそういうと思っていました」
「え?」
「そろそろですね。搬入されます」
格納庫に大型のトラックが入り、戦闘機が搬入された。
「これは?」
「新型火力特化の攻撃機。カノーネンフォーゲルツヴァイといったところですかね。簡易型LDカノン二門と有線ミサイルマックスクレイマー対空ミサイル四発を搭載しています」
対空ミサイルの名はドイツの対空ミサイル研究者マックスクレイマー博士より名付けたものだ。
「こ、これがツヴァイ……」
「ハイノ。衣川氏から聞きましたよ。試作機が完成して意見を聞きたかったところです。あなたたちが全員乗るぐらいの機数は確保できます」
歓声をあげるファミリアたち。しかし、険しい顔のクルトがいう。
「機体は大型化。この新型LD砲はDライフルの簡易型ですが連射も効き、レールガンに近い初速も持っています。君は大型砲一門要求したそうですが、理論値ではこちらのほうが破壊力は上ですよ。ただし戦闘機に積むにはあまりにもバランスが悪すぎ、同時に発射しないと機体が制御できません」
「最高だな!」
「暴れ馬そのもの。ぶっつけ本番になりますがよろしいですか?」
「構わねえぜ!」
「当然だ! 俺もこいつがいい!」
「わかりました。ありったけのツヴァイを用意し、明日の戦闘に備えましょう」
大型重攻撃機
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「アベルさんと連絡が取れない」
「宇宙にいったんだろ。本当なら誰かに頼むつもりだったんだけどな。あとで連絡取るよ」
コウはエイレネとアベルの行動は推測できた。
『もう使うことはないと思っていたのですが』
「
エメが使うことがない兵器と聞いて、思い出す。
スカイフック型パンジャンドラム【吊られた男】は良くも悪くも敵味方全てに莫大なインパクトをもたらしていた。
惑星アシアの全勢力が警戒する兵器こそ、パンジャンドラム【吊られた男】なのだ。
「ストーンズとの講和交渉で、条約指定禁止兵器になったからな。【吊られた男】は」
条文にはこう記載された。【吊られた男】にいたっては名指しされているのだ。
スカイフック型パンジャンドラム【
詳細に明文化されている。暫定だが決定事項は守るように双方努力義務が存在する。
ストーンズを十二分に恐怖に陥れたことは間違いない。
「そうだね。凄い威力だったし」
『講和交渉で高次元材化した無人の大質量を敵兵器にぶつけることは禁止になりましたね。有人は論外です』
ストーンズとの講和交渉は双方確認、詳細に詰めている。
逆に言えば孔があればそこをついていいということになりかねないからだ。死力を尽くし争った相手だからこそ、交渉担当者たる者たちも激戦となっている。
とくにスカイフック型自走爆雷と空母爆弾は互いに真っ先に挙げた兵器。類似の兵器を含めた文言の調整に難航しているが、一度成立さえしてしまえば使えばオケアノスの介入さえありうる。
ストーンズもメタルアイリスも同種の兵器は使わないだろう。
メタルアイリスはいったん解散したとはいえ、コウが所有宣言を行った。コウが属する同組織が講和内容を引き継げば問題がない。
ストーンズも愚かではないので早々に講和の引き継ぎ確認と交渉の継続を通告してきている。そこらは政治の世界といったところだ。
「では誰と連絡しよう。アストライア。エイレネに言い過ぎたのでは」
『オーバード・フォースは一言ぐらい報告があって然るべきでしょう。オケアノスさえも認可しているとは予想外でした』
「ジョージさんでいいのでは。俺はロビンさんあまり知らないし」
英国BAS社のジョージの名を挙げるコウ。
「ジョージさんは信頼できる人だよ。し、信頼できると思うよ」
BAS社は数々の秘密行動を取っていたことを思い出し、言いよどんでしまうエメ。
「あの人はR001要塞エリアを護り切ってくれた、戦術家。仲間でよかったよ」
コウは報告だけでしか知らないが、アルゴフォースはやはりR001要塞エリアにも猛攻を仕掛けてきた。
その攻勢を凌ぎきったのはジョージの手腕と五行重工業を中心とする援軍のおかげだった。この二つの企業はいち早くユリシーズへ参戦表明した企業でもある。
早速コンタクトを試みる。
「ジョージ提督。聞こえますか。エメです」
「これはエメ提督。よくぞ連絡をくれました。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「アストライアも合流したいのですが、よろしいでしょうか」
「無論ですとも! 皆で大歓迎いたしますぞ。ともに戦えるとは大変光栄です」
「よろしくお願いします」
「我らの上位指揮権はエメ提督と定められています。それでは」
「え?」
思わぬ一言に絶句するエメ。にこやかに笑いながら通信を切るジョージ。
『オーバード・フォースとの艦隊戦闘システムから通信。確認後接続。……確かに上位指揮権がエメにあり、その上にコウがいます。艦隊の旗艦を確認。アストライアになっていますね……』
「え? エンタープライズかグレイシャス・クイーンじゃないの? エイレネでもいいし」
『私です』
アストライアも釈然としない様子だった。知らぬ間に旗艦にされていたのだ。
「ということはエメの艦隊でもあるのか」
「なんで……」
名だたる企業所属の大艦隊の提督となってしまったエメは呆然と呟いた。
「諸君! ききたまえ! 我らにあのアストライアが合流することになった!」
ジョージはエメとの通信を終え、オーバード・フォースの艦隊全軍に通達する。
あちこちで歓声が上がる。
「我らは今ここに! ジャスティスを! 公平の天秤と正義の剣の象徴であるアストライアを旗艦に迎え、予言は全て成就された! 我らこそこの惑星に夜明けをもたらす軍勢である!」
ロビンも興奮を隠しきれず、高らかに謳った。ジャックのアシアを救う軍勢の構想が今、具現化したのだ。
「どうやって旗艦にお迎えしようか悩んでいたところだからな」
ジャンヌ・ダルク艦長のキーフェフがほっと胸を撫で下ろした。
「エメ提督に許可を取った方がよかったのでは」
エリには固まった表情のエメが印象だった。
そのエメから個人通信が入る。
「エメちゃん?」
プライベートでは彼女のことをちゃん付けで呼んでいる。
「エリさん。少し教えて欲しいことが」
「はい。なんでしょう」
「BAS社とアトゥとゼネラルアームズはきっとエイレネが団結させたと思うのです。でも何故五行が加わっているのかなと。私だけではなく、アストライアも疑問に思っています」
エリは気まずそうに目を逸らした。
やらかした時のコウに似ている。
「エリさん?」
「……ノリで」
「ノリ」
「なんとなくその場に居合わせてスカウトされちゃったんですよ。オーバード・フォースに」
「なんとなく」
信じられない理由にオウム返しとなってしまうエメ。
「五行重工業は良かったのですか?」
「五行本部はノリノリだったんですよねえ。今も燃えてますよ。日本人のコウ君が宣言した、自由と尊厳の戦いに」
「そ、そうですか。わかりました。ありがとうございます。コウには同郷の支持を得られていると伝えておきます」
「エメちゃん呆れてない?」
「いえ。大丈夫です。そういうところはなんとなくわかります」
理解されているのかされてないのか不安だった。
「では私たちジュンヨウのクルーも待っていますからね」
「わかりました。そちらに向かいます」
通信が途切れた。
「んじゃ、私たちも気合いいれますかね。あんな連中に負けてたまるものですか」
ジュンヨウのクルーたちもまた、来たるべき戦闘に燃えていた。
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