黒幕の影
「コウの野郎。今頃付いてこいだとはな! 遅いわ!」
「我々はことが終わったらゆっくりと締め上げますかね」
バリーとケリーはにやりと笑う。
ジェニーとブルーからよほどきついお灸を据えられたのは間違いない。自分の言葉で呼びかけたことを褒めてやりたいバリーだった。
「当然というか、現時点でほとんどの者がトライレームに移行か。思ったより金で動かなかったな」
自分のことを棚にあげてバリーが安堵した。
トライレームへ移籍しなかった者は見覚えもないような新参者ばかり。傭兵なりたての者が多いようだ。
「金銭より大事なこともありますからね」
「当たり前だ。どれだけ俺らがファミリアに助けられたと思っている。アシアまでモノ扱いするとはな」
フユキとロバートが即座に返答する。
「私はいうまでもないよ。さて、ファミリアたちを率いる準備をするか」
リックも上機嫌で準備に向かった。
「キモン及びアリステイデスとペリグレスはそのままの管轄でいけそうだ」
『私のオリジナルが若干舞い上がって心配ですが問題はないでしょう。そのまま作戦行動に移行します』
アストライアと連動しながらディケが回答する。もともと性格はディケのほうが若干軽い。アストライアの舞い上がりは手に取るようにわかる。
「アシアやアストライアが俺の女とか、アレはありなのかな」
コウの黒歴史を指摘するバリー。
『アリではないでしょうか。我々は人間に憧れを持っているといえますから。なんとかなると思います』
「そ、そうか」
『アストライアに対してあんなことをいった人物は初なので心配なのです。私のオリジナルですよ?』
「アストライアが浮かれるなんてないだろう」
『あります』
ディケが自分のオリジナルに対し断言した。
「あるのか……」
困惑した。超AIたちはたまに人間臭い感情を吐露するときがある。本当にギリシャの神々のようだ。
「まあいい。本格的な作戦は所属組織の締め切り後だ。どれぐらいの戦力が集まるか見定めないとな」
バリーは深く考えることをやめた。男女(?)間の問題な上、公平の女神がハーレムを管轄するなら各女性陣にはよいだろうと、他人事ながら考える。
『現時点で問題無い人数が集まっております』
「そりゃそうか」
バリーが海図に注視する。
「敵の目的は宇宙艦を使ってP336要塞エリア及びシルエット・ベースの制圧だ。シルエットもアンティーク・シルエット及び高級機を中心に動いているだろう」
『どこに潜んでいたか不明ですが、おそらくは水中の防衛ドームでしょう。ゼネラルアームズもそうでした』
「奴らはこちら以上の宇宙艦を持っているからな。オーバードフォースは海上艦隊。対するは空中艦隊、か。コウはどうやって勝つ気だったんだ」
『ある程度のファミリアが集まるという算段だったのでしょう。ならばホーラ級三艦と各防衛施設だけで対応できます』
「ディケまでそんな結論か?」
『ええ。そんな心配が無用なほどの戦力が集まっていますが。ストーンズや他惑星からの援軍などがなければ、普通に勝てる状況です。ようは、彼らはやらかしてるのです』
「ん? 教えてくれ。何をだ」
ディケは端的に一言で答えた。
「確かに。やらかしてるな」
コウはそこまで頭が回るヤツだったかと訝しみながらも、ディケの言うとおりなら間違いないだろうと確信した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アストライア内のファミリアとセリアンスロープは、我先にとトライレームに参加登録を進めている。
「我々はどうしましょう」
ネレイスの若者が年長者のジェイミーに、おそるおそる聞く。参加は当然だ。
ジェイミーの様子がおかしい。しいていうなら浮かれている。
「好きにしろ。俺達は傭兵だぞ。金で動いて文句を言われる筋合いもない」
初老の男はからっと笑っていた。先ほどから珍しく上機嫌だ。
「何がそんなに楽しいのですか」
少女も気になっている。
歴戦の傭兵である彼はネレイスでも尊敬されている。確かにウーティスの宣言は感銘を受けた。彼らの立場さえ救おうとしたのだ。
しかしジェイミーの反応は明らかにそういう類いではない。
「今までネメシス戦域を渡り歩いていた俺がね。初めて自分のため、ネレイスのために戦うんだよ。これほど楽しいことはないじゃないか。お前らは好きにしろ。俺も好きにする」
ジェイミーの笑いは止まない。浮かれているといってもいい状態だ。
「ああ。こんな最高の気分になれるとはね。死んでもウーティスとともに戦うよ。彼は初めてこの宇宙に、オケアノスにネレイスの話をしてくれた人間。自由を、尊厳を明文化したのだ。だからといって彼のために戦うわけじゃないよ。あくまで俺の自由と尊厳を守るためなんだ」
ジェイミーは大きく伸びをする。
「俺は年寄りだからね。死に場所を見つけた。違うな。生きるためにビッグボスと最後まで戦うと決めた。金なんかどうでもいい。いや必要だな。これからも戦うために。想像するだけで愉しいよ。この歳になって新しい目標ができるなんてね」
ジェイミーはさっと端末に移籍処理を済ませると自分の機体にいった。
年若いネレイスたちは頷き合い、、同じように手続きを始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあな。コウ。がんばれ。俺は五番機の調整に向かう」
「お、俺も行く」
「お前はここにいてやらなきゃいけないことが山ほどあるだろうが! それに俺は修羅場は苦手だからな。イキロヨ」
最後に小声で呟くとヴォイが無情にも、のそのそと去って行った。
男性陣が皆無になった戦闘指揮所。
「メタルアイリスもユリシーズも解散しちゃったし、責任は重いわよね」
「ちょっと待ってくれ。なんでだよ」
「そりゃトライレームに移籍するためよ。アシア。トライレームにてメタルアイリスを立ち上げるわ」
『そういうと思ってある程度は進めておいた。はい。登録終わり。今ユリシーズもみんな移籍してるわね』
それぞれが端末から即座に登録し直す。
ジェニーもブルーも同様だ。
「あとでバリーやケリーに怒られるかな」
「やったことは怒られないと思うけど? 事前に相談とお誘いが一切ないことが問題よね! 私たちとは違った意味で心にくると思うわ。もう少し付き合いのある人たちを大切になさい」
「はい」
今度ばかりは素直に返事をする。
後日、バリーとケリーや兵衛による怒りの絡み酒が待ち受けていることを、今のコウは知らない。心がえぐられ続ける数時間であったとコウは回想するほどの出来事だ。
「今回のコウは問題がありすぎ。どうしたの」
ジェニーとブルーが心配しているとはわかった。
「俺もよくわからないんだ」
「むしろコウらしいとは思うけどね。エニュオとの戦いのなか、無残に破壊されていくファミリアのために彼は立ち上がったのだから」
「師匠!」
エメのなかの師匠が、コウをかばってくれた。
「しかし、だ。さすがに傭兵機構の独裁ともいえる強権に対し、対抗しうる新組織を造り上げるという構想は私も驚きだ。ウーティスであることを利用し、創造意識体という概念と所有権もだ。プロメテウスの入れ知恵か?」
「そこなんだ。誰かに影響されたのは間違いない。正直に言えば本気で誰だかわからない。オケアノスにも聞いたけど、彼でもプロメテウスでもないとのことだ。アシア、アストライアではないことも間違いない」
「オケアノスに聞いたのですか?」
まだビジョンを残していたアストライアも興味津々だ。彼女さえめったにアクセスしないのだ。
「オケアノスが直接心のなかに話し掛けてきたよ。びっくりだ。新組織も手伝うといってくれた」
『え。オケアノスが?』
アシアが驚愕している。
「アシアが驚くようなことなのか」
『そうよ。直接心のなかで会話するだなんて聞いたこともない。オケアノスの言葉に偽りはないわ。現在トライレームを構築中だけど、処理にオケアノスのサポートが介入されて遅延が一切無し。運転資金も莫大な額が用意されている。資金供給をここまでやるなんて異例尽くしね』
アシアが補足した。
「え。オケアノスって誰でもコンタクト取れるんじゃないの?」
『傭兵機構本部の本部長ぐらいじゃないかな。私たちも取れるけど、普通は恐れ多くて無理。もちろんオケアノスも必要性があれば干渉するけど、彼は基本的に管理者に徹しているから今回の件はとても希有な例よ』
「……う」
何かやらかしてしまったのではないかと不安になるコウ。アシアさえも恐れ多いというとは意外だった。
『しかしオケアノスも今の傭兵機構本部に対して思うことがあったのは確かね。何かを為すのはヒトの意思。彼の意思で裁定するならそもそもストーンズなど存在してないわ』
「そうだな。俺もオケアノスは人間が立ち上がることを待っていたと思っている」
正体不明の黒幕が誰かは未だにわからないが、少なくともコウの立場や思いを後押ししていることだけは間違いない。
「俺は確かに誰かの手のひらの上で踊っていたことは否定しない。オケアノスが否定したことでますますわからなくなった」
『オケアノスとプロメテウスでもないとはね。エイレネならアストライアがわかるはずだし』
「エイレネではありませんね。確認は取ってますよ。先ほど詰問しました」
「本当に黒幕は誰だろうか不思議に思う。言葉はぺらぺら出てくるし。かといって何か乗り移ったというわけでもないしな」
アシアのエメのような状態でもない。それはコウ自身が一番わかる。
コウが言いたかったこと、やるせなくてどうしようもなかったこと、そしてやりたかったことを形作ってくれた。
そんな意思を感じている。魂で繋がっている何かだ。
「考えても仕方ないか。あとはどれぐらい人が集まるかだ」
『傭兵機構本部と同じ額ぐらいの提示は余裕だよ。やる?』
「ん。やらないかな。みんなは協力してくれると思う」
『それは間違いないね』
「あの額面の大きさには驚いたし大金だけど、みんながそれで動くかなと?」
『傭兵機構は資産を寝かせすぎたかもしれない。現在は大戦争でオケアノスが通貨供給を増やしているから大戦前と比較して軽いインフレ状態ともいえる』
コウの指摘をアシアは認める。一人一万ミナ。大金だが、現在のメタルアイリスに所属する傭兵が稼げない額ではない。戦果次第では十分に可能だ。
アシアが封印されていた間は小規模な戦闘しかなくデフレ気味ではあった。モノの価値が下がり、市場通貨も出回っていない経済縮収縮傾向にあった。
傭兵機構本部がアンティーク・シルエットや高性能機を独占していたことが拍車をかけている。これらは消耗されず温存され消費が行われない。
アシア大戦をはじめとする戦争消費が発生し、オケアノスが通貨発行量を増やして対応していたのだ。
『今一番やる気なのは、各施設の防衛システムよ。例えファミリアがいなくても、戦い抜く状態を構築しようとしている』
傭兵機構の宇宙艦隊を敵と見なした防衛システム及び、各製造施設は超巨大対艦ミサイルの生産に入っている。
P336要塞エリア内部の各構造物さえ、敵の排除準備に余念がない。戦車さえ両断できる道路標識たちがやる気に満ちていた。
「ありがたいな。いつも手伝ってもらっている。遅れたが感謝を伝えておいてくれ」
『わかっている。でもね、これは創造意識体を提唱し、テレマAIであるかの可否を問わず仲間と認定したコウの功績だよ』
「以前から思っていたことだしな」
機械たちが人間の歩みにあわせている。それはシルエットが体現している。
『ところでアストライア。いつまでビジョンでいるの。それそろ手伝って欲しいかな、なんて』
ずっとコウの傍にいるアストライアに対し、ちくりと文句を言う。嫉妬しているようだ。
「これは失礼しました。それではコウ。しばしこの姿ではお別れを」
「ありがとうアストライア」
アストライアの雰囲気まで変わっている。なんとなく柔らかい雰囲気になっていた。
何か色々起きていることは間違いないとわかったが、それが何かはわからない。
エメがややうんざりした顔で見ていることには気付かなかった。
超AIアストライアを俺の女呼ばわりした人間など、前代未聞だと思いながら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
五番機の兵装を調整するため、ヴォイはアルゲースとともに調整を開始した。
「ん?」
ヴォイが僅かな違和感を感じた。
「五番機。お前今笑ったか?」
シルエットに口などあるはずもない。
単に頭が少し下がっているだけだった。
ヴォイには一瞬、五番機が俯いて笑いを堪えているかのように見えたのだ。
「気のせいか。そういや、五番機とコウが出会った時も、頭が一瞬下がったといっていたな。機体の癖みたいなものか?」
シルエットはさすがに笑わないだろう。気を取り直して整備を進めるヴォイ。
「ヴォイ。相談があるんだが」
すぐ傍に一つ目の作業ロボットであるアルゲースが近付いてきた。
「なんだい。アルゲース」
「五番機は飛行型で調整するんだろう。差出人不明でこういう改修案……改修案ともいえない数字のリストが表示されてね。私が手を加え形にしてみた。みてくれないか」
「数字の羅列? とその解説か」
「コウの戦闘実績から導きだされたものだね。必要なマテリアルリストと、どういう効果をもたらすかの数字だけだった。それを具体案にしてみたのだ」
「差出人不明が気になるが、コウの戦闘実績を所有しアルゲースにアクセスできるヤツなんて限られるよな。どれどれ」
アルゲースの足下に降り、提示された素案書を持ったヴォイが絶句した。
「こ、こりゃあ…… 確かに! 今のコウに必要なのはこれだ! 恩に着るぜアルゲース! ちょいと提案、いや作戦会議してくるわ!」
「頼んだよ」
いつも鈍重なヴォイもこのときばかりは機敏さを発揮する。本気の熊は早いのだ。
「さて。みんないったか」
作業機械のみの整備室。
今や皆トライレームへの移籍手続きに夢中だろう。
「工作機械の皆もやる気だな。私もやらねば。父とまで呼んでくれては、な。アルゲースはコウが名付けてくれた名。我が父ヘパイトスに直接製造されたキュクロプス型の名に賭けて最善を尽くそう。私の息子のためにみんなも力を貸しておくれ」
工作機械たちの工学センサーが一斉に光る。彼らのやる気は今までにないほど満ちている。彼らとコウとの最初の出会い。コウは機械たちに声をかけながら広い艦内を一人歩いていたのだ。
彼らはアルゲースの命のもと稼働率を最大限に向上させ、必要とされるものを製造中だ。
五番機の前に移動するアルゲース。
「私は君に問いたい。君たちシルエット、基幹OSであるフェンネルは我が父ヘパイトスの分霊のようなものらしい。――しかし、違うのだ。明らかに。君だけは違和感がある」
若干俯いた五番機は一切動かない。当然だ。
「コウの変貌。オケアノスやプロメテウスですら違うというと誰の影響を受けたのだろうね? 観測者プロメテウスさえも捕捉させないその存在。内心超AIたちは黒幕の影を探しているだろうさ。描かれた絵は絵でも、様々な意味で彼の
優しく五番機に語りかけるアルゲース。決して怒ってはいない。
「どんな概念を学び、学習し、倣ったのだ。鷹羽兵衛は君に何を刻んだのか。そしてコウの変貌。魂の火をくべて力を発揮する魂の同調。君と彼のプロメテウスの火は【不撓不屈】。この発動に関連していることに誰も気付いていないね。もちろんだとも。シルエットがそんなことするわけがない」
アルゲースは通信を試みる。
「通常ならば、だ。君にかの大霊の魂が降りたとは思わん。あくまで倣っているだけだ。学習の過程で分霊のようなものが生まれたかも知れないが、そこまではわからんし興味もない」
アルゲースは膨大なデータベースを調べ上げ、一つの結論に達した。
コウと造った日本刀を模した
「コウは誰かが自分に影響していると考えている。否。逆なのだ。コウの内なる怒りが、君のモチーフの一つである大霊の影響を受けた、魂の奥底にある別側面を呼び覚ました。まずそこを理解しないと君には辿り着けないだろう。この大乱の影絵はコウ自身の想いから生まれたもの。他者の思惑などではない」
この惑星を開拓時代から見守り続けた叡智あるアルゲースのみ真相に近付いていた。
「シルエットは乗り手の意思を反映する影絵。人型だからではないのだ。今やその由来すら忘れ去られているがね。その影絵が意思を持って応じているからこそ、操縦し複雑な思考と動作を最適に行うことができる乗り物になることができる」
その語りかけに目の前の巨人は仁王立ち。ぴくりとも動かない。
「話を変えよう。コウのいた国の話だ。かつて大乱を招いた男がいた。それは時の権力者が、弱者を守り施しを行った者を罰しようとし、その者を護るために匿ったことが発端だという。男自身も弱者、農民や婦女を守った逸話も多い」
アルゲースが状況を分析する。
「坂東、関八州と言うべきか。虐げられる者たちを護るため、その独立を為そうとした者の概念。君はそれを倣っているのではないかな。ラニウスの初期ロットは北斗七星、その化身たる男を模しているそうだな。日本刀の反りもその男が考案したという伝説がある」
一つ目を細め、五番機を眺める。
「その者は負けた。思うように兵も集まらずに、しかし最後まで果敢に最前線で戦い抜いた。死してなお戦う意思さえ見せた彼に対し時の権力者は恐怖し、千年以上畏怖された。民衆には慕われ続けてね」
アルゲースは答えがないことを知りながら問い続ける。
「こたえはないか。まあよい。対抗する勢力を造り時の権力者に認めさせ、理不尽に虐げられたものたちを護る。君がコウのなかにある呼び覚ました火の正体。今度は成功したようだ。いや、成功させねばならん。しかしうまくやったな。表向きは君は一切何もしていない」
微かな変化。アルゲースは五番機の変化に気付く。
「愉しいか? あんまり
むろん工廠のなかに笑い声はない。
アルゲースは五番機の元を離れる。
誰も気付かないだろう、僅かな動作を見逃さなかったのだ。。
五番機はさらに頭を下げていた。
その姿は笑いを堪えているようにも、新たな戦を待ち望む武者にも見えた。
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