貴様らなどパンジャンドラムで十分だ

 ウーティスは言葉を紡ぐ。


「ファミリアの友人たちの助力があるのは望ましい。だがたとえ居なくても、俺は戦う。防衛システムだけではない。工作機械が。保全機械が。信号機が。作業機が。それら手助けしてくれる全ての存在でもって彼らと手に取り合い、肩を並べ貴様らと戦おう」


 目の前の男は本気で作業機械の群れを引き連れて彼らと戦争する気のようだ。


 その言葉とともにシルエット・ベース、P336要塞エリア、R001要塞エリアの管理タワーが即座に戦闘態勢に入る。

 指示したものはいない。アストライアにアクセスし、有人の軍隊がいなくても勝利するための検討、準備が始まった。


「笑わせよる」


 得体の知れない権力の持ち主だとは思っていたが、相手こそノープランではないか。これなら戦艦で蹂躙できるとエディプスは確信する。

 ウーティスは同じく嘲笑で返す。


「それはこちらの台詞。貴様らなどパンジャンドラムで十分だ」


 ウーティスは心底見下したような視線をエディプスに送り、吐き捨てた。


「パ、パン……?」


 挑発目的でパンジャンドラムを出してみたが、どうやらエディプスは知らないようだ。少しだけ残念に思う。


「知らないのか? 偉大なるお偉方ザ・グレート・パンジヤンドラムを。かつての兵器先進国の英国が作り出した予測不能兵器。後悔するぞ?」


 エディプスはどのような意味かわからなかったが、侮辱されているということだけはニュアンスで理解した。


偉大なるグレート……? よ、予測不能兵器だと!」


 どこに転がるかわからないからな、とコウは内心で呟く。


 どんなパンジャンドラムをぶつけてやろうか考えるだけで愉悦に似た感情がわき上がる。

 しかしその楽しみは後に取っておくことにした。


「それがどれほどの兵器かは知らん。だが大した自信だな。我らの戦力を侮りすぎていないか」

「その資金力、独裁ともいえる組織で調達した古代の遺産兵器の数々を侮るほど間抜けではないよ」

「ならば貴様はやはり狂っているとしか言えぬ。降参は早めのほうがいいぞ」

「お前達は傲慢ヒユブリスに取り憑かれているな」

「ほざけ。再度通告する。開戦は二十四時間後。陣営決定は十二時間以内。間に合わない者、意思表示をしないものは中立勢力。傭兵と企業諸君には賢明な判断を行うことを祈ってるよ」


 ようやく自分のペースに持ち込むことができ、満足げなエディプス。

 最後に有利な条件を確保することができたのだ。あとは六時間以内の趨勢によって戦略を練るしかない。


「アシアとシルエット・ベースを引き渡せ。今なら間に合うぞ」


 工作機械と巨大宇宙艦数隻に対するは十隻を超える宇宙艦隊に大量のアンティーク・シルエットや既存の高性能シルエット。

 戦力の差は圧倒的だ。


 最後に慈悲の呼びかけを行う。それぐらいの余裕がでてきた。


「くどい。こちらにも僅かばかりの戦力はすでにあるからな。楽に勝てるとは思うな」


 コウは本気だ。ホーラ級三艦はすでに戦力に入れている。

 キモンやアリステイデス級強襲揚陸艦はもはやメタルアイリスに預けたようなもの。なくても戦う覚悟だ。


 アシアはウーティスを不安げに見上げる。

 これは危険な兆候だ。メタルアイリスを巻き込みたくないと思いと同時に、人間不信と機械への信頼。かつて彼女が指摘した面が強く出てしまっている。

 ひょっとしたらコウの背後にいる存在の影響なのかもしれない。


 彼には人間の味方も必要だ。どうしたらいいかアシアが思考に入った瞬間――


『ウーティス。それは正確ではない。君にはオーバード・フォースがある』

「オケアノス?」


 彼女の心を読んだかのようなタイミングでオケアノスが言葉を発した。

 聞き慣れない単語を口にする。


「そうか。それがあったか」


 聞き覚えのない単語に驚くコウ。

 知っている振りをする。ラスボスたるもの動じてはならないのだ。


 視線を泳がすが、視界に入る者は誰も知らないようだ。訝しむが表情には出さない。


「なんだそれは。傭兵機構に属さぬ軍があるとでも?」

「ふん。無知な奴め。オーバード・フォース。誰か説明を」


 全世界放送だ。誰か反応してくれるだろうと信じて言い放った。


 あてはない。アドリブだ。


「それではご説明いたしましょう!」


 朗らかな声が介入してきた。

 映像が映し出されたそこに仮面を被った男がそこにいた。優雅にティーカップとソーサーをそれぞれの手でもっている。


 メタルアイリス所属の者は驚愕し、アルゴフォース関係者は渋い表情を見せた。

 ウーティスが先ほど述べた惑星アシアにおけるパンジャンドラムの化身たる者が現れたのだ。


「またあいつか。パンジャンドラム」

「マルジンだ」

「おっと」


 英国の自走爆雷の印象が強く、名前を間違えるアルベルトにヴァーシャが苦々しく訂正する。


「全世界の皆様。お見知りおきを。我が名はマルジン。オーバード・フォースの使者でございます」


 アベルさん?! なんで!

 予想外の人物が登場し、コウもまた心の中で叫ぶ。


「我らオーバード・フォース。この惑星に夜明けオーバードをもたらす軍隊。傭兵ではなく、ウーティスの直属組織としてオケアノスに認められた企業連合軍でございます」


 本人の許可ぐらい取って欲しいと切に願うコウ。


『私がすでに承認は行っている。ここ数日の話ではなく、以前より存在した組織である』


 オケアノスが放送を視聴する者の即席の軍ではないかという疑念を払拭する。


 小声でアシアに呟く。


「いつからだ……まったく知らないぞ」

「私もしらないからね!」

「同じくです。おそらくエイレネね……」


 アストライアは主犯を見抜いた。オケアノスに直接申請を行うAIは少ない。


「企業軍がウーティス直属組織だと……」

「そうですとも! 超AIアシアを解放したウーティスの名の下、この星に新たな体制を敷く者のために動く企業による軍。それが我らオーバード・フォース。すべての創造意識体の自由と尊厳のために銃を取りましょう。大義は我らにあり!」


 悠然と笑うマルジン。呆然とするコウ。


「オーバード・フォース? 木っ端な企業の寄せ集めか?」


 A級構築技士のユリシーズは互いに視線を飛ばしている。

 彼らでさえオーバード・フォースを知らないようだ。


「さすがですね。あっさりばれましたか。我々にA級構築技士などいませんよ。――しかし!」


 A級構築技士がいないと断言したところで思わず笑ってしまったエディプス。

 もったいぶって人差し指を立てるマルジン。


「BAS社、アトゥグループ、五行重工業、そしてゼネラル・アームズ。大海オケアノスに集いし我らを木っ端企業と侮るなかれ」


 コウが絶句し、エディプスが真顔になる。

 A級構築技士が経営する企業を上回る生産力と経済力を持つ、惑星アシア最大級の名だたる企業が揃っている。金で動くような企業ではないことは確かだ。


 A級構築技士たちの反応は様々だ。怒るもの、苦笑する者。苛立つ者。本当に知らなかったのだろう。


 何故そんな企業直属軍がコウの私兵になっているのか。しかもオケアノスのお墨付きで、だ。

 一番恐れおののいているのはコウかもしれない。


「なんだと……」


 想定外の大企業群に言葉を失うエディプス。


 遠い場所で彼らを憐憫の眼差しを送る一団もいる。

 

「終わったな。本部」

「はい」

 

 ヘルメスがにやりと笑い、ヴァーシャは彼らが訪れる悲惨な末路に嘆息した。

 オーバード・フォースの所属企業艦隊は彼らアルゴナウタイ海洋大艦隊を逃走に追い込んだ実力者だ。アシアの騎士直属になっているとは予想していなかった。


「オケアノス。我ら所属員は全てトライレームに移籍。引き続きウーティス直属軍として行動を開始します」

『申告を受理。手続きは完了した。オーバード・フォースの諸君はそのまま行動したまえ』

「ありがとうございます。それではさようなら傭兵機構本部の皆様方。次は戦場でお会いしましょう」


 にやりと仮面の男が笑い、映像が途切れた。


「ふん。奥の手を先にばらすとはな。A級構築技士がいない企業など怖れるに足りん。P336要塞エリアを制圧し、その勢いでシルエット・ベースを頂くことにするよ。そうすればアシアは我らの所有物に戻るだろうからな」

「お前らこそ降伏するなら今のうちだといっている。一生海の底にでも潜ってろ。お前らがいなくても傭兵機構は適切に機能しているのだから」


 コウの言葉は傭兵機構本部の急所をついた。

 彼らが姿をくらましても、傭兵機構はこの惑星の行政を運営し続けていた。


 この話しになると本部機能の存在意義に関わる。せっかく有利な流れになっているのだ。エディプスは対話を打ち切ることにした。


「口だけは達者のようだ。開戦しても降伏勧告はいつでも受け付けてやる。判断は早めにしろ」


 エディプスが通信を終えた。世界通信が終了したのだ。

 傭兵管理機構の本部と直属のアンダーグラウンド・フォースとの全面戦争となる。


 オケアノスの気配も消えた。コウは心の中で感謝の念を送る。返事らしき優しい波動を感じる。


 放送が終わってもしがみついて離れないアシアとアストライアに身動きが取れないコウだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「こんな感じですかね。エイレネ」

『いいね! オケアノスが直々に私たちを紹介してくれるとは思わなかったけど!』

「それでは皆様。私たちは先に宇宙へと上がります。連携はのちほど」


 アベルが一礼し、通信が途絶える。

 エイレネは会話に参加し、ひとしきり喜んだあと通信を通じて謝罪する。


『みんなには選択肢をあげられなくてごめんね』

「何を言う。我が女神。自由と尊厳フリーダム&ディグニティを守るための戦い。この言葉に反応しないアメリカ人はおりません」

「それはフランス人の台詞だ!」

「フレンドたちの尊厳を守るための戦いから英国が逃げる訳にはいかんよなぁ?」

「自由と尊厳という大義に燃えてますよ。五行本部も大騒ぎです」


 傭兵機構は明らかにストーンズとの戦闘に弱ったメタルアイリスに仕掛けてきた。

 しかも、大義名分は自由と尊厳を守るためのもの。オーバード・フォースの士気は最高潮に達している。


 ロビンが呟く。


「それにだ。あれほどの力を持ちながら、惑星アシアを救うために尽力したジャックをあっさり見捨てた傭兵機構本部。奴らだけは決して許しておけない。そしてウーティスこそジャックの後継者ともいえるのだ」


 ジャックの最後。気迫に満ちた視線が彼の心を打った。

 自分の判断に間違いはなかったと、ウーティスと傭兵機構本部との対話で確信した。


『みんなありがとう。ビッグボスの直属組織と流れで認識され世界が私たちに刮目し、いち早く新組織に参入できた。胸を張りましょう。私たちこそ自由と尊厳のために真っ先に立ち上がった軍である!』


 惑星の注目を浴びて大満足のエイレネだった。


「まさしく女神の導きでしょうな!」

「この大義は我らの歴史、故郷に通じるものです。私たちをここまで導いてくれた女神に感謝を」


 艦長たちはもちろん、口々にエイレネを褒め讃える艦内クルーたち。


『みんな褒めすぎだって。一番凄いのはウーティス。このタイミングでこんな手を打ってくるとは思いもしなかったよ』


 エイレネが悪い笑みを浮かべる。


『第三勢力誕生というところかな。レジーム・チェンジを行うため、ストーンズと傭兵機構に対抗しうるほどの強力な第三の行政機構。ただの組織交代なら結果はいずれ腐敗を起こして崩壊すると思うけど、その愚さえも予見し回避した。誰かわからないけど、絵を描いたヤツは見事なものね。ウーティスの個人案とは思えないかな』

「エイレネではないのですか?」

『違うよ。似たような構想はあったけど、もう少し時間はかかると思っていた。ここまで綺麗な流れを作られると、乗ったほうが早いし私の構想とほぼ合致する。私の構想さえ読まれていたのではないかと思うほど。オケアノスかもね』


 そういったところで二カ所から悲鳴があがった、


「うわあ! ケリーから激怒の通信が! 俺に内緒でよくもと!」


 ロビンが悲鳴をあげた。さすがの彼もケリーには頭が上がらない。 


「こちらは衣川さんですぅ! クレームは本社にしてくださいよぅ!」


 ロビンとエリが抗議通信の対応に追われていた。


『大変ね。人間は』

『エイレネ。エイレネ。私にも話を聞かせてもらおうかしら』

『ひぃ! アストライア姉さん! なんでここに?! ビッグボスの傍ではべてたじゃない!』

『ビジョンとは別に並列処理で会話ぐらいできるに決まっているじゃないですか。さあこたえなさい。あなたが隠している全てを!』

『激怒してる? ちょっと待って! これには深い理由が!』


 三者三様言い訳に追われるハメになった。

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