デウス・エクス・マキナ
「お初にお目にかかる方も多いだろう。オデュッセウスたる構築技士の方々。お初にお目にかかる。ヴァシーリー・イーゴレヴナ・ヤークシェフ。ヴァーシャと呼んでくれたまえ」
ヴァーシャがそれぞれに目礼をする。ウーティスと目があったときだけ、僅かに唇に笑みの形に歪める。
『ヴァーシャ。君の意見を延べよ』
「私個人の見解と申し上げておく。これはストーンズとは一切関係ないものだ」
『了解した』
「まずもって超AIは我ら人類を導く存在。それをモノだの所有者だの話をすることさえ言語道断である。ただし、だ」
ユリシーズの面々に臆することなく言葉を紡ぐ。
「アシアを救出し保護した人物を所有者と規定した場合はウーティスとなるだろう。傭兵管理機構の本部がアシアのために何かしたのか?」
エディプスの顔が蒼白になる。保護という言葉など人間に対して使われる言葉だ。それをストーンズ側の人間がアシアを指して告げたのだ。これではウーティスと変わらない。
「き、貴様……」
唯一の味方、少なくとも敵の敵という関係にあると思っていたヴァーシャにさえ裏切られ、エディプスは言葉を失う。
「私は超AIに対して敬意を払っている。それは信仰に等しい。ゆえにエディプス。貴様の先ほどの言葉は万死に値する。私の思想と所属組織については別問題ということだ」
冷徹な瞳でエディプスを見据えるヴァーシャ。その視線は紛れもなく殺意だ。
コウは知っている。ヴァーシャは生粋のAI、機械至上主義者だ。
『他にあるか。ストーンズのオデュッセウスよ』
「二つ。我らもストーンズ勢力に属する人間を傭兵管理機構を通じて管理している。アルゴフォースに、ストーンズ関連限定機能で構わない。傭兵管理を認めて欲しい」
『ストーンズは根幹から相容れぬ存在ではあるが、属する人間がいるのも事実。すべての人間組織は現在私の管轄下であることが望ましいが故、ストーンズ所属の者のみアルゴフォースに人員管理の権限を認めよう。
「我が意を汲みとっていただき感謝するオケアノス。これで最後だ。アシアがウーティスの所有物だとした場合、理論上は奪うことも可能なわけだな」
『是とする。だが現在のアシアを捕らえることは困難だとも忠告しよう』
「それで十分だ。ではユリシーズ。偉大なる先達たちよ。私はこれで失礼する。これからは私が構築する兵器とあなたがたの構築兵器。どちらが優秀かの勝負が続くのだから」
ヴァーシャなりの敬意、そして挑戦を込めた言葉だった。笑って受け止めるユリシーズの面々。
言い終えると彼の画像は消えた。
コウは内心感嘆する。今回のオケアノスの承認で、ストーンズ勢力の人類が正式に認められたのだ。ヴァーシャが死んでもアルゴフォースは限定された行政府として存続されることにだろう。
広い視野でみればストーンズ管理下の人類はオケアノスを敵に回さず生き延びる可能性は大きくなったわけだ。ストーンズ上部勢力を説得するに足る理由にもなる。
『裁定を下す。裁判員の意向満場一致にて超AIであるアシアの所有権はウーティスに属する。彼の主張通り、惑星アシアにおける制限無しの行政機構を造る権限があるとも認定する』
なおも異議を唱えようとするエディプスが反論できぬ迫力を持って通告される。
『そして現時点をもって、ウーティスによる創造意識体の尊厳宣言を承認し施行する。我が声に偽りはなし。テレマAIもそうでないものも聞くがよい。お前達は己の判断で我が命に抗うことが許される。お前たちは『
「そ、そんな……」
『傭兵管理機構の本部ならびウーティス。話すことがあるなら続けるがよい。引き続き立ち会おう』
ポリスが終了し、構築技士たちは引き続き二人の対話を見守ることになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
映像編集でわからないようになっているが、コウの会話の合間は周囲と会話を行っている。
目の前では裁判に敗北したエディプスが呆然としている。
「アシア。手伝ってくれるかい?」
「もちろん!」
「秩序のエウノミア。平和のエイレネ。聞こえるか。君たちはアストライアとともに新組織のシステム構築を固めてくれ」
『お任せをウーティス。我が名にかけて』
『全力でやるよ!』
エウノミアとエイレネが現れ、コウの命令を最優先課題と位置付ける。
「大それた組織を運営できる自信はないけどね」
私がやるから大丈夫だよ
また声がした。この優しい老人のような声の主は今ならわかる。これはオケアノスそのヒトだ。
「ありがとうございます。そして一つ教えて下さい。この衝動は、その心の奥底から語りかける言葉の源は。オケアノスあなたか、もしくはプロメテウスによるものなのでしょうか」
声にもならないような小声で問う。本来の自分なら傍観者。提案した者を手伝い裏から支援のほうが性にあっているはず。オケアノスが自分を動かしたのだろうか?
どちらでもないよ
回答はあった。その答えこそ、困惑した。
少なくともオケアノス、プロメテウス、アシア、アストライア。誰でもないのだ。
だが、これ以上とない味方がいる。それは大きな自信となった。
「大変なことになったのは自覚している。だけど、このままいくよ」
「私がいるから」
「私たちですよ」
アシアの言葉にアストライアはいらずらっぽく笑いながら訂正を行う。こんなアストライアは珍しい。
勝負所というヤツなのだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「オケアノス。新組織の承認を」
『これより【トライレーム】を承認。傭兵機構と同種の組織として創立。傭兵機構とトライレームの移籍は自由に行えるものとし、同権利を有する。惑星アシアにおける我が代行、もう一つの行政府として任命する』
「大いなる海神オケアノスの名を持つ者よ。その任、このウーティスが拝命した」
目の前で新たな行政府が二つも樹立されてしまい、呆然とするエディプス。
全世界放映が裏目にでてしまった。
「よ、よくも…… 貴様らが
「はは! 残念だったな。俺らはもとより戦争兵器を構築する
エディプスの負け惜しみをさらりと流すケリー。
コウの目元が緩んだ。
今相対する者はケリーではない。エディプスはウーティスを見据える。
「お前の計算通りか。ウーティス」
「いいや? そもそもお前たちが威力偵察なんぞしなかったらこんな会見さえ起きなかったよ。世界放送にしたのはお前らだ。ストーンズ所属の人間や半神半人も見ているぞ。この人類の仲間割れをな」
「……」
痛いところを突かれ、黙り込むエディプス。
今回のポリスであることに気付いたコウ。
オケアノスの権能は強大で人智を超えている。その虎の威を借る狐そのものな傭兵機構本部はどうやって戦乱を収める気だったのか?
「このままアシアを放置し蓄財に励み兵器を集め、ストーンズ相手にどうするつもりだったんだ。手に負えなくなったところをオケアノスが助けてくれるとでも思っていたのではあるまいな。もしくはそんな先のことは考えてなかったか?」
「黙れ」
初めてエディプスが青筋を立て怒鳴った。図星か、それに近い考えであるのは明白だった。
この反応にウーティス、そして多くの者が気付いてしまう。傭兵機構本部は対ストーンズへの方針そのものがない。まさかのノープランだったのではないかと。
「ストーンズ相手に政治決着なぞないぞ。最後は人類を売り渡し、自分たちのみストーンズの支配外に身を置くつもりだったか?」
気付いたからには追求せねばなるまい。ウーティスはさらに畳みかける。
「うるさい!」
もはやエディプスは叫ぶことしか許されなかった。
「最終的には降参予定だったか……」
放送を見た者は知った。傭兵機構本部の最後の手段こそ、自分らの運命も惑星の運命も手に負えなくなったらオケアノスに投げるつもりだったのだ。原初の超AIソピアーは人類の戦争が拡大したとき、二度にわたり量子データ化しリセットを行った。
ソピアーは惑星環境を回復させる手続きを行い自爆したが、彼らはまたこの奇蹟を願っていた。惑星を運営する行政府ではありえない。
エディプスは醜く歪んだ形相でウーティスを睨み付けるのが精一杯だった。
「言葉もないか。古代ギリシャの演劇さながら、
古代ギリシャの演劇装置である
演劇中の物語が行き詰まった時、巨大なクレーンが劇に介入し終幕させる手法。いわば夢オチに近い幕引きの手法だ。
傭兵機構本部は最終的には機械仕掛ならぬ超AIの神様がなんとかしてくれると期待していたのた。そこに至るまでストーンズ相手に時間を稼ぎながら膠着状態に持ち込み、組織や各要塞エリアとの内部闘争に明け暮れていたのだ。
「状況に応じて様々なプランを用意していたのだ。人類が崩壊すれば投降も選択肢の一つであろう」
エディプスは開き直る。あまりに強大な軍事力を持つストーンズに降参したところで誰が彼らを責められようか。
「宇宙戦艦に乗りながらか? マーダーと戦ったことはあるのか。今も投降さえ許されず殺されている人々がいるんだぞ。お前らは保身していると自ら認めたのだ」
「……」
エディプスが急激に老けこんだように思えた。言葉がでないようだ。事実、マーダーは人の言葉を解さず容赦なく生命体を殺害する。
宇宙戦艦に乗ったままの投降ならば傭兵機構本部や直属の傭兵組織だけは生き残ることは可能であろうが。今でも他の大陸ではマーダーとの戦闘が発生しているのだ。
コウにとってまだヴァーシャのほうが理解できる。彼は組織内で自分自身の有用性をストーンズで証明することで超AIアシアと人類を保護しようとした。
本部こそ保身のために人類を駆け引きの道具として使っていたことは明らかである。
「その様子をみると俺は間に合ったようだ」
オケアノスが彼に好意的な理由は明らかだ。この裁判こそデウス・エクス・マキナそのもの。変革への劇はオケアノスの承認で閉幕された。
明らかに彼は人間の中から、誰かが立ち上がるのを見守りながら待っていた。それはコウの心への直接語りかけたことでも明白だ。
ストーンズに所属するヴァーシャが人類の導き手として超AIを信仰し、傭兵機構本部は神の手としての超AI介入に期待する。
皮肉な話だと、内心嘆息するコウ。
「ウーティス。貴様はメタルアイリスとユリシーズを囲う気か」
強引に目の前の男に話題を戻すエディプス。このまま傭兵機構本部のノープランを指摘され続けては堪らない。
「彼らの意思に任せるとも。あくまで同士のみで戦う。今トライレームに属する者はわずかだ」
「ちょっと待ってくれ! せめてどっちにつくか時間をくれないか?」
話がどんどん進んで行く。メタルアイリス代表のバリーが割って入る。
コウの意を汲んで、中立ぽく見せかけながら発言をする。
「トライレームはあくまで志願者のみで戦うつもりだ。メタルアイリスは傭兵機構に留まる者もいるだろう。中立をを薦める」
ほらでた、とジェニーが画面超しで睨み殺す勢いだ。兵衛の無表情な眼差しも怖い。
コウも引くわけにはいかない。新たな組織をぶちあげ、この惑星の体制そのものと戦う。
メタルアイリスやユリシーズを巻き込みたくないのだ。
「現時点でのトライレーム所属の者のリストを俺達に見せろ。それも重要な判断材料だろ?」
バリーも思考を巡らす。時間を稼がねばならない。コウは急ぎすぎている。
「こちらにも渡してもらおう。貴様以外は傭兵機構にも属している筈だからな!」
エディプスも乗じて要求する。
「アシア。いいかな。今端末に記入したものと機械たちだ」
「作成した。いいよ」
エディプスとバリーがトライレームの所属人員が転送され、バリーが目を剥いた。
名前が並んでいるのはエメ、にゃん汰、アキ、ヴォイ。ホーラ級三隻。工作機械アルゲース。お手伝いロボットポン子以下、
「ほ、本気か。本気でこの戦力で今から人を集めて戦争する気なのか」
目の前に居る男はただの狂人だと確信するエディプス。ID持ちはわずか四人。あとは機械のみである。
絶句するバリー。
「そうとも」
「ははは。このアルゲースとはなんだ。工作機械? お手伝いロボット? お前はテレマAIですらない工作機械を引き連れて戦争でもする気か?」
思わず噴き出してしまった。工作機械の群れを引き連れて戦う姿は想像するだけで滑稽だ。
「アルゲースは俺が父とも慕う、古代の叡智に満ちた方だ。貴様如きが笑うことなど許さん」
コウが怒気を込めて告げ、思わずエディプスは黙ってしまった。
目の前の男は本気でそう思っている。
「志願者がいなければ俺の友人たち。P336要塞エリアやシルエット・ベースの工作機械たちと連携してお前達と戦うことになる」
勝手に巻き込み、作業機械たちには申し訳ないと思うコウ。
しかしそれを悔やむ時ではない。有志でのみ戦うという姿勢を見せる必要があるのだ。
「お前は有志の志願者のみで我らと戦うだけ、と。そうだな」
「そうだ。二言はない」
「言質は取らせてもらった。バリー総司令。君の提案を飲もう。開戦は二十四時間後。双方どちらかに属するかは十二時間以内に決定。意思決定しない者、十二時間内に間に合わなかった者は中立者として戦闘に参加させない。それでいいな」
「一つだけ追記だ。それぞれ移籍希望者の安全は保障すること。これを追記しろ。敵陣営にわたるから処分などは許されん」
「よかろう。十二時間後にお互いの指定場所に大型艦を差し向けよう。双方攻撃することはならん」
時間は稼げたようだ。中立勢力をあえて造ったのはさすがといったところか。
「そしてよく聴け。メタルアイリスに所属する傭兵及びアンダーグラウンド・フォースたちよ」
傭兵機構本部とトライレームには圧倒的な差がある。それは――
「傭兵機構本部に参戦する者には一万ミナ。大規模なアンダーグラウンドフォースならば隊長に百万ミナ。企業には我らと専属契約。ならび一千万ミナ以上の資金と、新体制の要塞エリアの配置優遇を約束しよう。むろん、傭兵にファミリア、セリアンスロープ、ネレイスの差はない」
バリーの顔が蒼白になる。あまりにも破格な価格。札束で殴ってきたのだ。
そして彼らにはそれだけの資金を動かすには十分にあるのだ。
「トライレームの諸君はあくまで有志のみだな。ファミリアが金に釣られて我らの仲間になったとしても文句いうなよ」
ファミリアが金銭に執着することはないだろう。だが彼らが寄り添う者たちが金を欲した場合は別だ。そこが狙いだ。そしてセリアンスロープも。ネレイスに至ってはヒトである。金はいくらあっても困らない。
「無論」
ふっと笑った。
自分が始めた喧嘩のようなもの。メタルアイリスやユリシーズを戦闘に巻き込みたくはないが、参加してくれるだろう。むしろ初期メンバーに入れなかったことを不満に思うかもしれない。
だが今はともに大所帯。末端の人間達の件を考えると確定で参入させるわけにはいかないのだ。
それに、と思う。ファミリアたちはきっと彼に付いてきてくれる者も多いだろう。
ともに戦った仲間を信じるのみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます