変革を為す布石

 おなじもの。


 それは変革を為す布石。


 コウはエメに視線を飛ばす。その意図を察したエメは師匠を呼び覚ます。

 

 師匠はエメの体を借り、即座にメッセージをコウに送った。

 ちらりと端末を確認し、読み上げる。


「俺はこのネメシス星系の観測者プロメテウス、惑星管理AIであるアシアを手中にするもの。オケアノスに任命されたお前らと同様、世界を管理する組織を作り、運営する資格がある」

「貴様! 我らを廃し、成り代わる気か! 革命家気取りか!」

「否だ。古来より組織の変革は外圧ではなく内部からによるもの。革命を行った国は上級階級の権力闘争。そうではない民主革命や共産革命も権力闘争や暴力的な恐怖政治を引き起こす場合がある。悲惨な歴史を繰り返す気はないさ」

「しかし貴様は新たな組織を作るという!」

「そうだ。俺が為すのは体制への反逆かもしれないが革命に非ず。お前はお前らのままで存続すればいい。俺はこの惑星の住人たちにもう一つの選択肢を与えるだけだ」


 革命の歴史は師匠の簡単なカンペがリアルタイムで送付されてくる。完璧なカンペだ。


「人と創造意識体の無階級社会でも作る気か」

「浅慮だ。エディプス。ヒトがいて役割を持ち社会を構築している以上、無階級社会は成立しない。各々に個別の役割がある以上、責任も違えば階級も違うさ。完全平等を標榜するストーンズの半神半人たちでさえ階級はあると思うぞ? そうではない。必要なのは秩序であり、公正さだ」


 その言葉に放送を聞いていたヘルメスが大笑いし、ヴァーシャが苦笑する。アルベルトは触らぬ神になんとやらで無言を貫き通した。


「無階級社会の本質は、働いた労力だけ評価される社会。この惑星アシアはその状態に近かったのだ。国もなく国境もなく、人は平等。それゆえ価値を挙げ評価を得るには傭兵になるしかなかった。我らがその役割を担う組織、傭兵管理機構の本部」

「それは外敵がなく超AIやファミリアが行政の役割を担ってくれていたから傭兵に専念できたのだよ。他の存在に対する究極の無関心とさえいえよう。貴様たちが彼らをヒトと認識していないから無階級社会にみえただけだ」


 一方的に搾取、労働させることができる対象がいて、彼らの存在をまったく認識さえしなければ無階級社会は成立は可能だ。しかし完全な機械ならばいざしらず意識ある存在ならば多くの業を背負うことになる。

 ウーティスは無報酬で行政を担うファミリア、そして創造意識体の問題点を突く。


「転移者がくるまでは流通の概念すらろくになかった惑星アシアがストーンズに為す術も無かったのは当然だ。ファミリアたちが体当たりしてアンティーク・シルエットと戦った話を聞いたときは愕然としたよ。だが今ならわかる。お前らは創造意識体に甘え、戦い方さえしらなかったのだ」


 平和が大事と教えられ外敵が現れても戦い方を知ろうとさえしなかった行政機関。国という概念を捨て危機に対処能力がなくなった惑星。

 スマホはあるが学校は無く、誰かが勝手にやってくれる世界の弊害。


「な、何を言うか! もとより戦争は害。破壊と消費しかもたらさない、本来ならその存在自体本来あってはならぬものだ。その予算があるならば各居住コロニーは福祉に回したいであろうよ」

「ストーンズを説得して侵攻をやめさせてからほざけ。外敵は目の前にいるんだ。目を逸らすな。惑星を管理すると標榜した本部よ。聞け。住民を護ることもできない行政機関は政府として足り得ず、生存権――福祉をおろそかにする行政機関は政府である資格が無い。この二つは両輪なのだ」

「そ、それは……相手と交渉するほどの戦力がない。お前に現実や政治はわかるまい」

「絶対に殴り返してこない相手は搾取対象に過ぎん。以前のお前らが創造意識体にやっていたようにな。機関砲一つ創ろうとしなかったお前らに戦力なぞあるわけがない。勇気ある者は作業用シルエットに槍、シルエットに乗ることができないファミリアやセリアンスロープは工作機械で戦った。本部の失政で多くの命が失われたのだ」


 傭兵機構は現世代の初期からあるが、転移者企業が現れるまで機関砲すらなかった。そんな世界とと交渉するより蹂躙したほうが早かっただろう。

 確かに原初の超AIソピアーは技術封印し戦闘の激化に歯止めをかけた。だが工業機能は残っており、戦おうと思えば武器は作れたはずなのだ。

 

 そうしなかったのはひとえに傭兵機構本部の意向である。彼らにはアンティーク・シルエットがあるのだから。


「ファミリアとセリアンスロープの行動は当然だ。彼らは人間に寄り添うべきとして作られているのだからな」

「寄り添うべきだからといって無駄死にさせていい理由はない。お前らは傭兵機構本部を繁栄させるため、ストーンズと戦場の談合までしていた。腐りきっている!」 


 ウーティスはエディプスの言い訳を切り捨てる。


「傭兵機構本部。お前達はその組織を一元化し、自浄作用が働かず明らかに弊害がでている。お前らを廃し成り代わったところで遠からずその組織も腐るだろうよ」


 事実を指摘され見るも耐えない形相で歯を食いしばるエディプス。 


 その形相を感情のない瞳で見るコウ。彼の脳裏にはある出来事が思い出された。

 エニュオに襲撃される防衛ドーム。逃げ惑う人々を助けに回るファミリア。そして無残に散っていく装甲車たち。


 なあ。師匠。さっき装甲車両は無人って言ってたよな。

 ああ。

 無人じゃないだろ? 乗ってるだろ。ファミリアがさ。


 理不尽だと思った。戦っているのは傭兵とファミリアのみ。防衛隊にシルエットはほとんどおらず、後方待機で避難準備。戦っているのはメタルアイリスだけで、他の傭兵チームでさえマーダーと距離を置いて保身に走っていた。

 マーダーはファミリアを優先して狙う。それでもファミリアは戦場を駆けずり回り、人間のために戦っていたのだ。その光景はコウにとって惑星アシアにおける原点。


「選択肢はあるべきだ。傭兵管理機構しか存在しない現在では、多くの者が無駄死にする」

 

 みんなと一緒に戦うのだ。それは紡ぎ出す言葉に全てを込める。


「ゆえに! このウーティスが人間や創造意識体を互いの違いを認識し合いながらも共生する一つの社会。その行政府としての選択肢を創るのだ! それをもって膠着した世界に変革を為す!」


 師匠から新たなメッセージが届いた。素案を読み、即座に採用する。まさに彼の意に沿ったもの。

 その名、由来まで書いてある。


「新組織の名は【トライレーム】と名付けよう! オデュッセウスたちが故郷に戻るための船ペンテコンターをさらに発展させた三段櫂船。人間、創造意識体、機械からなる責任者、三位一体トリアラークとして所属する各アンダーグラウンド・フォース隊長を任命する」

「ガレー船の名ではないか。貴様もまたファミリアという奴隷に櫂を漕がせる悪辣な船長にすぎん」

「浅いな。古代ギリシャのトライレームに奴隷はいない。船の漕ぎ手もまた自由民。正規兵、海兵隊、傭兵、アウロス奏者、船舶技士など様々なものが乗り込んだ。アテナイの三段櫂船のクルーは八十人の市民、六十人の市民権のない自由人、六十人の外国人の手で構成されている。緊急時に奴隷を使うことあったが、雇用時に解放されている。帰るべき場所を護るために戦う、民主主義の信念でさえあった船。それがトライレーム」


 ウーティスは不敵に笑う。

 

「富める者も貧しき者も関係なしに同じ目的のために並んで船を漕いでいたのだよ。仲間に貴賤の差などなくともに戦う我らにこそ、この名に相応しい!」


 ウーティスが告げた言葉こそ、彼らの根底を揺るがす言葉。

 

 新行政機関の樹立宣言。

 この言葉はアンダーグラウンドフォースに所属する傭兵組織や個人に等しく衝撃をもたらした。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「話にならん!」


 ウーティスのペースに飲まれていることを自覚したエディプスは打開策を見いだした。

 プロメテウスまで出現し、彼の言葉を肯定している。このままでは眼前で新しい傭兵機構が誕生しかねない流れだ。


 今のうちに災厄の芽を潰さねばならない。

 この男は優秀なのだ。


「同意見だ。相容れないからこその別組織。価値観が違うもの同士、無理にことを為す必要はあるまい。適切な距離を取ることこそ正しいだろう」


 ウーティスも冷然とこたえる。


「貴様の新組織も認めるわけにはいかぬがな。我ら二人のみで所有権や新組織について言い合いをしても仕方あるまい。この惑星アシア。否、ネメシス星系全域の法によって決定しよう」

「どういうことかな?」


 ネメシス星系の法や裁判などまったく知らないコウが内心焦り始める。


「このネメシス星系の法には意思がある。オケアノスに裁決してもらおう」

「よかろう」


 鷹揚に頷く。裁決と言われてもよくわからない。

 なるようにしかならないだろう。


「オケアノスよ。聞こえているだろう? 傭兵機構本部の要請である。この決定はいかに!」


 映像には変化はなく、ただ言葉だけが流れる。

 エディプスには勝算があった。彼ら傭兵管理機構本部こそ、オケアノスの代理人。惑星アシアを運営する行政そのもの。国家を超越した組織である。

 オケアノスと直接接触できる存在は彼らしかいないはずだ。


『これよりポリスを設置する』


 聴く者全てを畏怖させる、荘厳な声音が響いた。


「ポリス?」


 コウが呟く。彼の中では警察という単語しか連想しない。


「コウの時代、警察の語源、ポリスだよ。秩序ある人々、都市国家という意味」


 アシアがそっと教えてくれる。


『陪審員としてオデュッセウスの代表者。君たちの言葉でA級構築技士の資格を持つ者六人を任命する』


 A級構築技士たちの目の前にモニタが現れ、同時に中継される。

 世界の人々は初めて彼らをオデュッセウスといわれる存在だと気付いた。


 各々の上半身が映し出される。ジャックの姿だけがなかった。


『陪審員に任命された者は私の問いに己の考えを述べよ。最終の裁決は私が下す。ウーティス。エディプス。異議あるならば今のうちにこたえよ』

「異議はなし」

「同じくだ」


 二人の言葉に、声だけの存在。オケアノスは続ける。


『ならば今より審理の手続を行う。満場一致が望ましいが、そうでない場合の裁量は私が決定する』


 オケアノスが意思表示するなどめったにない。なればこその法であり、装置であると思われていた。


「これって裁判……だよな」

「そうね」


 アシアが肯定する。

 思わぬ展開にコウはもちろんのこと、エディプスも緊張を隠しきれなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『議題の問題点は明白だ。ネメシス星系では前世代の遺物は発見者に所有権がある。私が定めた法である』


 この問いは五人のA級構築技士に問われていた。

 一名、姿はない。囚われのジャックだ。


『アシアはストーンズに制圧され、能力を奪われ無力化されていた。遺跡とはいえないが、解放した者がウーティスであることは私も観測しているので疑いようがない。彼女がモノであるかどうかの定義は今の議題ではない。その所有権はウーティスに有りや? 諸君の意見を述べよ』


 オケアノスがはっきりと解放者がウーティスと明言してしまった。エディプスのなかに焦りが生まれる。

 目の前にいるA級構築技士五人。全員がウーティスの仲間かどうかは不明だが、半数以上は相手寄りの立場ではないか。

 今更ながら出来レースだと気付いたが後悔しても遅い。 


 先陣を切ったのはケリーだった。


「当然ウーティスに決まっている! 俺達オデュッセウスはせいぜい声が聞こえた程度だ。その彼女を解放してのけたのはヤツだ」


 衣川が続いた。


「ウーティスがアシアを解放せねば、ストーンズがいずれ解析し全権能を掌握しただろう。その時この惑星の維持はどうなったかなオケアノス。もしこの惑星に害ある意思を持つ者が全てを手に入れていたら、だ。権利というならばウーティスこそにあるはずだ」

『当然ながらアシアが惑星維持の機能を喪えば、自転や公転、気候調整が困難になるだろう。ウーティスが為した意義は極めて大きい』

「だが当然、その権利を個人が所有してはいけないものなのだ! それはこの惑星を所有すると同じ事! 惑星の命運でこの星全ての者を脅迫することて可能なのだ」


 エディプスが異議を唱える。

 裁判が始まり不利を思い知る。皆ウーティス個人を知っており、知人なり友人なり近しい立場のようだ。

 だが今更陪審員の選抜方法にクレームなど付けられるはずもない。


「馬鹿野郎が。てめえらと一緒にするなよ! コ……ウーティスが惑星を殺すようなことをするわけあるかっ! アシアの嬢ちゃんはてめえらよりウーティスの傍にいるほうがいいに決まっている」


 兵衛が怒鳴るように割りこんだ。


「オケアノス。ウーティスは私を用い惑星維持に関して干渉したことがないと申し上げます」


 アシアは天井を見上げ、天空にいるオケアノスに対し、堂々と宣言した。


『了解したアシア。照会終了。確かに彼がこの惑星の維持に干渉した記録はない。よってエディプスの異議は却下である』


 ウンランがにっこり笑って発言を行った。残るはコウの友人である彼と、師匠の一人であるクルトのみ。勝利は約束されたようなもの。


「彼女は常に助けを求めていた。いつか助け出すと誓いながらも、ボクたちは行動には起こせなかった。そういう意味では間違いなく所有者はウーティスだ」

「では満場一致ですね。私はウーティスこそがアシアとともにある者だと信じ、信頼しています。それは所有という言葉ではなく、もっと深い意味合いです。ですがあえて今は所有権という言葉に同調しましょう」


 クルトが意見を締める。


『満場一致として――』

「異議ありだ! 彼が発言していない! ジョン・アームズのジャック・クリフだ!」


 エディプスは引き下がらない。ジャック・クリフはストーンズに囚われている。


『ジャック・クリフはつい先ほど死亡した。彼は私に所有権はウーティスにあると伝達している』

「な、なんだと?」

「ちょっと待て! ジャックがか!」


 A級構築技士たちの間にも動揺が走る。

 放送を聞いていたゼネラル・アームズのロビンは司令席で静かに目を瞑った。


『今際の際の映像だ。彼は指を動かし、私に意思を確認した』


 映像が映し出された。暗い部屋で囚われの身の老人がそこにいた。

 様々な機械を取り付けられ、無残な姿だ。


『彼はストーンズの洗脳装置を己の意思のみで解除した』


 その彼が一瞬、顔を上げた。カメラをまっすぐに捉える。魂の気迫とでもいうべき、信念に満ちた瞳。

 コウは心臓が止まるような思いを抱く。


 あとは頼んだよ。


 カメラ超しに、そんな声さえ聞こえた気がした。それはコウに、そして多くの構築技士の胸を打った。

 そして指を一本動かすと、満足そうな笑みを浮かべ目を閉じ、頭は力を失い頭を垂れるように逝った。


『彼は全力で意思表示を行った。その意思に異議を唱えることは私が許さない。かの者の身体状況では数キロを全力で走り抜けといわれたほうがましであっただろう』


 オケアノスさえ敬意を払っているように、ジャックを語る。


「あいつぁ…… 最後まで惑星アシアを守り抜いたのかよ」

「そうですよ。私たちと一緒に三十年以上。彼の意思は我らと、ウーティスに託された」


 クルトとケリー、そしてジャックは三十年以上前にこの惑星アシアに転移してきた、最初期グループの構築技士。

 いわば惑星アシアをともに戦い抜いた戦友だったのだ。


『異論は在りや?』

「ま、待ってくれ。あと一人いるはずだ。私は知っているぞ! ストーンズに属しているA級構築技士、ヴァシーリー・イーゴレヴナ・ヤークシェフだ!」


 我ながら見苦しいと思いながらエディプスが食い下がる。


『その一人をオデュッセウスと認める。ヴァシーリー・イーゴレヴナ・ヤークシェフと交信開始。――終了。彼自身から弁論を行う』


 ヴァーシャが?

 まさかの展開のコウは冷や汗をかいた。

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