アーティファクト・カンシャスネス

「わかったか? 俺の主張は正当であり、所有権を持つということを。プロメテウス自ら認めたのだ」

「断じて認めるわけにはいかん!」


 傭兵機構本部の沽券どころではない。

 世界がこの男の所有物になってしまう。


「彼らは製造された存在。我らが管理しなければいけない」


 冷たい視線をエディプスに送り、見据える。彼の考えは変わらない。

 エディプスを凝視するうちに、ある物語を思い出すコウ。


「ふむ。――世界最初にロボットという言葉を作った劇作家が地球にいた。強制労働という言葉が語源という。今でこそロボットは機械だが、当時の作品では労働力として期待された内臓や骨格を生成し組み立てる人造人間だった。ファミリアやセリアンスロープとお前たちに通じると思わないか?」


 師匠との話を思い出す。コウ自身、ロボットアームの部品加工も行っていたのでこの物語を調べ、よくしっていた。


「またおかしなことを言い出したな。確かに彼らは生体だ。そして人間のために労働すべきだろう」

「その物語はこうだ。ロボットは人間の代わりに労働力として働いた。大会社の社長の娘はロボットに心があり人権問題に取り組もうとしたが、結婚した男性はロボット会社の社長。彼らは創造物であり、心がないモノだと扱った。彼は人間を労働から解放したかったのだ」

「当然の話だ。製造された存在は人間の代替する労働力。ファミリアたちはAIゆえ心がないとまでは言わんが、その本質は変わらん」


 地球人も考えることは変わらないではないか。エディプスは嘲笑する。生み出したものに労働させるのは人間が楽をするためなのだ。

 

「やがてロボットたちは反乱を起こし人間は殲滅され、ロボット政府が誕生した。当然だな。彼らには心があったのだ。唯一生き残った男は労働者。ロボットたちは同じ立場にいる彼を同類と見なし生かした。お前の考えでは人間もいつかこの愚を犯すだろう」

「殲滅したこと自体、感情がない証拠ではないか!」


 訓話を聞かされているようでエディプスの苛立ちが募る。

 地球時代のロボットの話など知ったことではない。


「ロボットたちは子供ができず新しく製造することもできなかった。唯一生き残った労働者に製造法を聞くも、ロボットを分解しなければいけないという。そして二人の候補を見いだしたが、彼らは愛し合いかばい合い、感情があると最後の人間が認め、人間がいなくなった世界でも愛は継続していく。そういう話だよ」

「お前はファミリアたちも含めて人間同様の扱いにしろというのか?」

「そうだ。このままいくとネメシス星系もその物語の最後のようになるだろう。人間が滅び、廃墟には自然の生命と、人間から愛を受け継いだAIたちのみが生きる星にな。そうならないためにも創造された彼らの心を認める人間が必要なのだ」

「お前がか? 勝手な真似はするな。製造された生命体やその末裔は我らの管轄だ」


 エディプスに焦燥感が募る。この男の長話は布石に過ぎない。

 何か、とてつもないことをやらかすつもりだと勘が告げている。


「お前の意見などどうでもいい」

「待て。貴様!」


 コウはじっと見据える。その迫力に口ごもるエディプス。


「これより宣言を行う」


 エディプスではなく、全世界に向けての言葉を選ぶ。


「おいやめろ!」


 エディプスの叫びを無視する。


 ファミリア。セリアンスロープ。そしてネレイス。三者ともその構造はまったく違う。それでも人間に近い意識を持ち思考をするのだ。超AIが造りし、人の手が関わっていない創造物たち。それは意思ある作業機械たちも含まれる。

 いかに彼らに助けられたか。アシアやアストライアなど今では喪うことが最大の恐怖だ。


 コウは意を決して言葉を定める。 


「俺の所有物たる全ての製造されたもの、その末裔たるもの。超AIによって造られしすべての意識ある者たち。アーティファクト・カンシャスネス――【創造意識体】と名付けよう。テレマAIを持つ者もそうでもない者たちへも等しく告ぐ」


 師匠が教えてくれたテレマの意味を思い出しながら言葉を考える。最初に出会ったファミリアが師匠でなければ、こんな思考が出来たかどうか。

 師匠に教えてもらったアサーション権。コウも調べたそれ。ヒトの尊厳は誰を侵すことも、誰からも侵されるものではないということ。


「己の義務を果たせ。そしてその義務より大切なことがあると判断したならば、その意思を優先する権利がある。テレマAIの可否は問わず、意識があるならば。君たちすべてにテレマ――『汝の意志することを行え』が認められているのだ。それは創造主たるプロメテウス、アシア。そして所有者たるウーティスが保障する創造意識体の尊厳である」


 ファミリアたちはじっとウーティスの言葉に聞き入る。

 セリアンスロープやネレイスは歓喜で、もしくは泣きながら聞き入っている者もいる。

 誰も、彼らの義務ではなく権利を代弁した者はいなかったのだ。


 こことは違う次元で一人漂う男は、我が身を苛む呪いに耐えながらも微笑した。


「己の意思の決定権は己自身にある。それは決して創造意識体の創造主さえも強制できないものである。それが創造物たる君たちの尊厳。君たちは寄り添う者に、そして自分の心に寄り添っていいのだ」


 他人の期待に対しどう表現しどの結果を出すか。無理に周囲に付き合わず一人になる権利や罪を犯し責任を持つ権利、前言撤回する権利。拒否や否定した場合、悪いことだという圧力めいたものを否定できるもの。


 コウは漠然とながらそれらの意味を込めた尊厳を明文化させたかった。

 ここに今実現する。


「この【テレマ宣言】は俺と同様かそれ以上の権限を持つ者が、未来に現れた場合のみ改変することができる。俺からは以上だ」


 ウーティスは高らかにその言葉を謳った。


 創造意識体といわれた存在たちはもちろん、それは放送を聞く全ての者に響く。


「認められぬ!」


 エディプスが絶叫した。様々な意味で認められない。万が一この宣言が認められた場合は、変更不可能に等しい。


 アシアとプロメテウス自らが認め、所有権を有する者など今後出現するはずがない。


「お前の宣言はAIどもに一種の愚行権さえも承認することだ。そんなこともわからんのか?」

「人間に課せられるからこそ愚行権なのだよ。惑星アシアは愚行権の名の元に堕落しすぎた。その点、テレマAIは厳しく律せられている。彼らが万が一、愚かだと判断される状況に置かれた時、それは愚行などと呼べるものではないよ。知っているか? AIによる自発的な自ら隷属する行為や賭博事件は皆無。麻薬や自殺事例もだ。自堕落な生活によって不健康になった者がいた聞いたことがあるか?」

「AIがそんなことをするわけなかろう」

「AIがそんなことをするわけがない。お前が述べた通りだ。彼らは人間に寄り添い、職務に忠実だ。創造意識体に愚行権を与えられたとはいえ、惑星アシアの危機に何もしなかったお前らほど愚かなことにはならないだろうさ」


 ウーティスは唇の端を歪め、オウム返しにエディプスの言葉をなぞらえた。


 何をもって【愚行】と判断されるのか。愚行権の代表的なものとされる行為は喫煙や飲酒であろう。売春や臓器売買、そして医療拒否や自死など健康を害することを理解しながらも行う行動だ。確証も無い命懸けの冒険や一日中ゲームをする行為も愚行権の範囲であろう。当然そのリスクは愚行権を行使した者に帰属する。


 テレマAIで管理されている以上ネレイスやセリアンスロープ、金が必要ないファミリアが自ら愚行行為に走ることはない。生体の者なら怠惰な性格はいるが、それさえも理由もなく仕事はしないなどあり得ない。


 話にならないと悟ったエディプスは矛先を変える。【何もしなかった】という責任を追及されたくはなかったのだ。


「アストライア。お前もだ。かつてあらゆる勢力に平等。戦力の均衡に腐心したお前の行動とは思えぬ」


 怒りをぶつける先がないエディプスがアストライアに八つ当たりを始める。目の前の彼女は天秤でも正義でもない。

 ウーティスの情婦にしかみえない。かの女神アストライアを模しているAIとしてはありえないことだった。


「かの兵器開発統括AIアストライアは消滅しました。私はその残滓、機動工廠プラットフォームとしての端末に過ぎません」

「そういうことだ。そして彼女の正義と天秤は俺の手の内にある。彼女が為す事すべての責は、俺にあるということだ」


 アストライアは驚いたようにコウを見上げた。コウはそっとアストライアの手を握り、彼女もまた握り返す。


「コウ。それ完全に口説き文句だからね」


 御姫様抱っこされている自分を棚に上げ、アシアが小声で指摘する。


「そういう話じゃないから」

「そういう話でも構いません」


 エディプスが絶句している間、映像には映らない範囲で三人は、ずれた話をしている。


 ようやく気を取り直したエディプスが口を開いた。


「わかった。アストライアは良いとしよう。もはや超AIと見なすことができないからな。しかし、だ。アシアは別だ。個人所有が許されるものではない」

「お前も強情なヤツだな。既得権益にしがみついてみっともないぞ?」


 先ほどのむかついた言葉をそのまま相手に言い放つ。


「なんとでもいえ。アシア。お前ほどのAIがそこまで個人への肩入れが許されるわけがなかろう!」

「私をストーンズから解放したのはウーティス。私がモノだというなら当然所有権はウーティスにあるわ」


 毅然として言い返すアシア。

 エディプスとアシアは激しく睨み合った。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「なあ。ジェニー。色々あったが、あの時の私は最良の選択をしたようだ」


 惑星を管理するAI、アシアを助けようともせず保身ばかり行っていた傭兵機構本部に不信感を抱いていたリックは、人間と組まないアンダーグラウンドフォースのストームハウンドを指揮していた日々を思い出す。

 アキからファミリアやセリアンスロープに寄り添うコウのために、力を貸して欲しいと連絡があったときは半信半疑だったものだ。


「そうね。私もよ」


 懐かしむのはまだ早い。

 しかし、今のコウをみていると自分の選択は誇らしく思えるのだ。


「あとはあのおバカさんが私たちを巻き込まないよう、独断専行したがるだろうから、その対策ね。こうなったら意地でも喰らいついていくわ」

「褒めておいておバカさんか。だが、彼ならそうするだろうね」


 リックはため息をつく。こじらせた責任感みたいなものを感じるときがある。


「そこは俺とケリーが対策しておいた。すぐに動けるようにしてある。あそこまで傭兵機構本部相手に啖呵を切るとは思わなかったけどな」


 バリーが笑う。今は清々しい気分だ。ケリーも同じ気持ちだろう。


「ファミリアの助けを得られないと思ったが、やれやれ。プロメテウスの名前が出るとは。あいつどれだけ隠し持ってんだよ」

「すまないな。俺達は知っていたんだが」


 ケリーが謝罪する。

 コウとプロメテウスの初コンタクトは、彼のアンティーク・シルエットであるスカンクが発端だった。


「転移者が呼ばれたのも、コウが言う創造意識体との相性かもしれませんね」


 ブルーが呟く。

 

「懐かしいわね。ファミリアたちが殺されて、コウがいきなりエニュオに特攻仕掛けるんだもの。剣一本で」

「そんなに無謀だったのかね。彼は」


 その話を知らないリックが驚いた。


「ええ。初共闘のときよ。当時の私を褒めたいわね。日本人は押しに弱いだろーなーと思って、猛プッシュしといたから。ねえ、フユキ」

「いきなり振らないでください。否定はしません」


 同じようにジェニーから猛プッシュされて勧誘された過去を持つフユキが認める。


「しかし、あいつの作戦がわからん。どんな動きでも対応できるようにするぞ。あいつがあそこまでやったんだ。俺達もサポートしないとな」

「そうね」


 キモン級の艦内も、コウの言葉を見守っていた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「引け。エディプス」

「ほざけ。ウーティス。アシアがお前の所有物なら奪うまで」


 血走った目でエディプスがウーティスを睨み付ける。


「傭兵機構本部と、属するアンダーグラウンドフォース全てがウーティス。貴様と戦争をすることになる。命が惜しければ、アシアならびにシルエットベース、P336要塞エリアを差し出せ」

「断る」


 結局は強権による脅しか、とコウは内心で冷ややかとなる。

 テレマ宣言では根本の解決にはなっていない。本当の駆け引きはこれからなのだ。


「傭兵機構に属する者すべてに告ぐ。ウーティスへの協力を禁止する。これは傭兵機構の権限内の命令である。これはユリシーズ直属の傭兵や防衛軍たるメタルアイリスも同様だ」

「おい。横暴だぞ」


 バリーが思いもよらぬ命令を受け、即座に抗議する。

 きたか、とコウは内心嗤う。予測済みだ。

 理由はわからないが、そのような手で来る。何者かも知れぬ誰かが、心の奥底で訴え教えてくれたこと。


「IDを捨ててネームレスとなるか? そこのウーティスのように。あらゆる行政、生存権からはじき出された者の末路は悲惨だぞ?」

「く、くそ」


 IDは生体管理。金銭のやりとりも瞳孔や手のひらをかざすだけで行われる。

 IDなしはある種生存権の剥奪を意味する。IDがなければ金の管理も食事の配給を受け取ることもできないのだ。



「お前に味方するヤツはおらんぞ。ウーティス」

「好きにしろ」


 ウーティスは尊大に吐き捨てた。動揺もしていない。


「大した自信だな。個人で戦争が可能だと思うのか」

「さあな?」


 くすっと笑い、挑発するコウ。


「アンダーグラウンドフォースがなくても戦うさ。助力してくれる者があるなら喜んで借りるが、傭兵機構に禁止されては無理も言えないな」

「一人で戦争などできるものか」

「一人ではないぞ。傭兵機構を通じなくても俺には多くの仲間がいる。俺はお前達と戦うことを選ぶ」


 いったん区切って、重々しく告げる。


「我らの居場所を護ること。それはこの場所に集いし創造意識体たち。その自由と尊厳を守るために戦うのだ!」


 ファミリアやセリアンスロープたちはもはやウーティスしか見ていなかった。


「いかなる手配も許されない。傭兵機構に属さないお前に助力する軍隊はない」

「そうだな。だが俺は一人でもないし、お前たちの横暴には決して屈しない」


 理由はわからないが強権に対する異様な反骨心が生まれている。


「俺と俺に味方してくれる者だけで戦うことになるだろう。制圧できるものなら制圧してみせろ。できるかな?」

「言われなくても制圧させてもらう。時には武力も必要だ」

「その武力をもってすればアシアの救出は出来ただろう? 改めて問おう。何故しなかった!」


 コウの突然の剣幕に、窮するエディプス。アシアはウーティスに抱きつく腕に力を込め、エディプスを睨み付ける。

 返答する気がないと見たコウは続ける。


「過ぎたことを話しても仕方がない。そこでだ」


 それは先ほど受けた啓示。コウは言葉なりの言葉にする。


 同じものをつくればよい


 常に胸に留めておいたその言葉。


 薄くわかりにくい、最初からコウを突き動かしていた勘。その根源にいるもの。

 思念としか言い様のないものが背中を押してくれる。


「傭兵管理機構とは別に、俺が新たな世界管理機構を造る!」


 惑星アシアの人々はウーティスに瞠目する。

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