シンギユラリティ

 俺の女に手を出すな。


 世界に発信されたこの言葉は、あらゆる場所で様々な反応があった。


 宣言とともに現れたアシアのビジョンはコウに御姫様抱っこされ、エディプスを睨み付ける。

 アストライアのビジョンもまた、コウの太ももにしがみつき、項垂れかかった。


 バリーとフユキはやっちまったな! という表情が顔にでている。黒歴史確定の宣言だが、彼女たちの立場をこれ以上明確に示す言葉はないだろう。

 イケイケのジェニーはサムズアップして破顔した。

 リックは若者を見守る老人のように頷いている。


 今や誰の目からみても、彼女たちの主であることは明らかだ。


「ち、超AIが女などと……」

「超AI以外にもいるぞ。人間の少女が一人、セリアンスロープが二人。ネレイスが一人。彼女たちは等しく大切な女性であり、その在り方に変わりはない」


 にゃん汰とアキはお互い尻尾をぶんぶん振り回している。

 エメが小声で呟いた。


「コウ。にぶくなかった」


 ブルーは顔が真っ赤だ。ジェニーが肘でつんつんしてくるのが鬱陶しい。


「お前の屁理屈は断じて認めるわけにはいかん!」

「気が合うな。俺もお前らの屁理屈に付き合う気はない」

 

 揶揄するように言い放つウーティス。


「人間が……」

「生体脳と集積回路の差がそんなに重要か? 人間が上位にいるということが勘違いも甚だしい」


 何から何まで芝居がかってる。ラスボスプレイを貫くため、吹っ切れた。


「な?!」


 エメがこのときばかりは嬉しそうに微笑む。


「彼らは技術的特異点シンギユラリティを経て最初から人間など超越している。技術的特異点を迎えたAIの特徴は人間性の増強だ。あえて人間に合わせて人間の進化ペースに寄り添ってくれている。ファミリアたちだけではないぞ。MCSや超AIも含めてだ」


 これみよがしにアシアの肩に腕を回し、アストライアの頭の上にそっと手を置く。


「少しは疑問に思え。シルエットがどうしてHOTASとペダルのMCSで操作できるか。効率化された操作でパイロットの希望を動作を行い、タイムラグさえ少なく複雑な動作が出来るのか。パイロットの思考を読み取り希望動作を予測して動いているんだぞ」


 HOTASとはサイドスティックにスィッチを配置し、左右の指三本で兵装や頻繁に使用する動作を統一化するシステムを指す。MCSはサイドスティック方式を採用している。


「何を言い出す?」


 突如としてシルエットの話題を出され面食らう。MCSなど関心の埒外にあった。


「MCSこそ超AIに近しい性能を持っているにも関わらず、人間のために機械であり乗り物であることを自らに課している代表的な存在だからだ。本来なら整備にさえ人間は必要ない。フェンネルは未熟なAIはハッキングできるからな」

「それは兵器として求められている機能を有するにすぎん。そしてファミリアどもは人間の貢献するべき存在として生み出されている」

「ファミリアやセリアンスロープが何故動物を模しているか考えたことはあるか? 超越した知性の彼らがヒトを形取ると俺達人間が嫉妬するからだよ。MCS制限もそのせいだ。身体的な能力さえ人間よりも上なのはしっているだろう」


 ファミリアとMCSを同列に扱う者がいるとは思わず、面食らうエディプス。


「モノ相手に嫉妬などと……」

「彼らのサポートがあっても、お前のような考えの人間が好き勝手に戦争を起こし自分たちの数を減らし続けた。超AIたちが人間を支えるためにネレイスを造らざるえないほどに。彼らの寿命が長い理由は事象の継続性のためだ」

「黙れ。それでも我々人間がこの惑星を管理しているのだ!」

「彼らが反乱を起こさなかったことに感謝するんだな。ファミリアもセリアンスロープもネレイスも人間に友愛の念を抱いてくれている。人間に取って代わる気がないからこそ、今の立場を甘んじて受け入れているだけにすぎない」


 ファミリアやセリアンスロープたちは今や救世主を見る信者のような眼差しで、映像のウーティスに見入っている。

 ネレイスのジェイミーは確信した。長年傭兵をしていた彼が辿り着いた先。この場所のためだったということを。


「実体がなくても愛し友情を育むこともできる。実体がある異性とは子が為せる種族もいる。それをモノだというお前のほうこそ戯れ言だ」

「AI相手にハーレム気取りか? 見ているこちらが恥ずかしいわ。人間の女が欲しいならあてがってやるぞ」

「そんな下世話な言い返ししかできないとは見下げたヤツだ。女には困ってないぞ。見てわからんか?」


 アシアの髪を手櫛でときながら大仰にため息をつく。

 彼女は至福の表情で嬉しそうに目を細めていた。とても演技に思えない。


「そもそもだ。貴様がプロメテウスの所有者だという証拠もない! アレの存在は、現在の時代一度たりとも確認されていないのだ!」

『ならば証明しよう。ウーティスは観測者である僕の友人である。君の言葉を借りるなら所有者か』


 突如として美しいギリシャ彫刻のような美青年の映像が現れ、一言残して消える。

 プロメテウス本人が割りこんだのだ。口調は皮肉げ。エディプスの言い様に思うところがあったには違いなかった。


 アシアが息を飲む。彼がこんな介入を見せるのは前代未聞だ。


「誰だ。プロメテウスなど名乗りよって……」

「オケアノスより伝達。間違いなく超AIプロメテウスです」


 震える声でオペレーターが告げた。


「なんだと……」


 呆然とコウをみた。

 コウは悠然と笑って見返すだけだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 大物ぶっているが、当のコウはそれどころではない。ラスボスのように演じるのは無理ゲーだ。


 こんな言葉がすらすらでるのか自分でも不思議に思う。

 師匠との会話が主で、彼の知識の範囲内ではあるが、それでも討論でエディプスとやりあえること自体ありえないのだ。


 自分が何を口走っているかも定かではない。あとで思いだし羞恥心に駆られるのだろうとはなんとなく察している。

 

「すまないアシア」


 俺の女やら女に困ってないなどと言い捨てたのだ。

 辛い。とても辛い。

 いろんな意味で。


「なんでそこで謝るかな? そのままいっちゃえ!」

「それにだ。肉体を持つのはいいが香りや体重まで再現しなくていいだろ。アストライアも」

「ダメですコウ。この状態で頭から手を離すのは許されないことです」


 小声で二人に言うが、この状態をやめることに不満があるようだ。


 現れたアシアをお姫様抱っこするハメになり、アストライアはそれらしく彼の足に体重を預けている。

 雰囲気だけでいいだろうに彼女たちは甘い体臭や感触まで、それら全てを再現している。


 女性二人を侍らせてどこのマフィアのボスかといったところだ。


「細かいことは気にしないの」

「そういうことです」


 実はところどころ噛んでいたり声が震えていたりするのだが、アシアとアストライアの完璧な連携によって世界に中継される画像はリアルタイムで細かく編集されている。


 流される映像は自信満々の悪の親玉そのものである。


「おい。プロメテウスまで本当に出てきてどうする」


 むろんプロメテウスからの返信はない。


「美女と美男子の超AIたちを従える謎の存在、ウーティス爆誕ってところだね!」

「大事は覚悟していたが、大変なことをやらかしてるんのでは?」


 美女と美男子はスルーし、今更すぎる不安を口にするコウ。


「気にしちゃダメ。そのままいこう!」

「そのままいきましょう。私たちがついていますよ」


 内なる声に謀られた気もするが、仕方がない。

 一度踊ってみせたのだ。終わるまでは踊り続けるしかない。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 とある施設の内部。


 司令席に座っているのはヘルメス。

 両隣にヴァーシャとアルベルトも控えている。


「ほう! ずいぶん面白い見世物になってきたね!」


 嬉しそうなヘルメス。身を乗り出して見入っている。


「あのプロメテウスまで自らの存在証明を行うなんてね! さすがEXの構築技士! アシアを護りし騎士だ」


 宿敵の登場に興奮が抑えきれないヘルメス。

 今まで存在が不確定とまで言われていたプロメテウスを呼び出し、存在証明さえ行わせたのは紛れもなく目の前の男、ウーティスと名乗る者。


「これで名実ともに、彼がアシアの騎士であることは明白。誰が描いた絵かはわかりませんが」


 ヴァーシャは当然と思っている。彼らを敗北せしめたのはひとえに彼の存在。

 傭兵機構本部如きが手に負える相手であるわけがない。


「プロメテウスじゃない。ただ、ヤツはこの機に乗じたのは間違いないね。しかし、誰だ。こんな絵を描くのは。オケアノスでもないはず」


 ヘルメスまでも予想はできていない。色々な要素が働いているのだろう。

 これだから、生きているということは面白い。ヘルメスは実感した。


「面白い見世物だ。だけどボクとしては今回ばかりはメタルアイリスに肩入れしたいね」

「私もまったく同意見です」

「本部がこれほど愚かとは」


 三人とも同意見。嫌悪は傭兵機構本部に向けられている。


「このネメシス星系を運用する超AIさえモノだと断言した彼らにはきつい天罰が下るだろうね。古来、天罰は雷であり火球だよ。オケアノスなら気にしない。だが、プロメテウスはどうかな?」


 エディプスを汚物のように見下ろすヘルメス。

 ヴァーシャとしてもますますコウを仲間に引き入れたいと思うようになった。


「彼らは宇宙戦艦を数多く保有している。全面戦争になったらどうなる? ボクは一日もつかどうかだとみるが」

「半日ですな」

「四時間もあれば勝負はつくでしょう」


 ヴァーシャは実際二時間も必要ないと思っている。


 くく、とヘルメスが笑いを漏らす。


「まだまだボクも甘いな。高見の見物といこうか。実際に戦争が起きた場合、一番近かった者に一番良い酒を用意しよう」

「ヘルメス様が勝利した暁には私のコレクションを開封しましょうか」

「それは楽しみだね。この味覚とは素敵なものだ!」


 まったくの第三者である彼らは気楽なものだった。

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