メタルアイリス・ユリシーズ解体命令

 エメが司令席に座り、離れた場所で壁を背にコウが見守っている。


 バリーはキモン級の戦闘指揮所から交渉となる。キモンはR001要塞エリアの北部に待機していた。大戦車戦を繰り広げた地帯だ。傭兵機構本部の居場所が不明な以上、シルエットベース森林部にも近い安全地帯だ。


 戦闘指揮所にはバリーの他もジェニーとフユキとブルー、真相を知って怒りを堪えながらもリックも同席している。


 ユリシーズの面々もそれぞれの場所で通信を見守っていた。


 予定時刻に傭兵機構本部から通信が入り、バリーが応答する。


「こちらメタルアイリスのバリーだ」

「私は傭兵機構の本部長エディプスだ」


 いかつい初老の男が現れた。

 この会話は惑星アシア全域に放送されているようだ。


 言質を取り、逃げ場を無くすためだとバリーは踏んだ。


「こちらは相応の額を賠償した。まだ何かあるのか」

「罪人の引き渡しはあくまで拒否するということかね?」

「戦闘中、しかも威力偵察を仕掛けてきたのはそちらだ。罪人扱いは言いがかりだ」

「しかし、彼は投降信号を発信したはずだ」

「戦闘中すぐに停止出来るものかよ」

「投降信号を発した者を殺害したと認めるわけだ。我々は改めて身柄を要求する」


 バリーは大仰なため息をついてみせた。


「そろそろ茶番はやめようぜ。お前らはあとから様々な要求を突きつけてくるのはわかった。何が目的だ」

「法に則り、話している我らを嘲るか」

「法以上の額を要求しているのは、確認済みだ。そして賠償額は十分以上のはずだ。何度でもいおう。戦闘行為を仕掛けてきたのはロクセ・ファランクスだ」

「ふむ」


 エディプスが笑った。いけすかない笑みだとバリーは思う。


「そもそも我々は傭兵機構とも本部とも敵対はしていなかった。何故威力偵察が必要だったのか。これぐらい答えてもらわないとな」

「拒否するよ。世界の管理について一傭兵組織が考える必要ない」

「それでファミリアたちが殺されてはやってられないんだが。あんたたちにもファミリアはいるだろ?」

「ファミリアは所詮モノに過ぎんよ。AI、擬人化された動物機械だぞ。人と同列に扱う方がどうかしている」

「そうやって俺達を挑発する意図がわからん」


 バリーはコウの言う勘が当たったことに気付いた。

 これは理不尽な言いがかり。彼らを怒らすためのものだ。


「ならば言おう。メタルアイリス及びユリシーズ。諸君らの勝利は人類に貢献しているがその役割は終わった。二つの組織の解体を命じる。その後、シルエットベース、P336要塞エリア、軌道エレベーターの権利を傭兵機構本部に移管。我々が運営する」

「……ふざけんなよクソが!」


 血走った目でバリーが怒鳴った。いきなり解体命令など下されては激怒するなというほうが無理だろう。


「君たちは巨大な組織になりすぎた。我々は惑星アシアの均衡を保たねばならん。要求に従わない場合は傭兵機構本部の艦隊でもって制圧させてもらう」

「断固拒否する」

「ふん。既得権益というヤツか? そんなものにしがみついているとは無様な」

「く、くっそ野郎が! お前らだけには言われたくねえ!」

「そこまで拒否するというならば――」


 エディプスはあえていったん区切った。


「超AIアシア。そしてファミリア。セリアンスロープ。ネレイスに命じる。貴様らの創造を指示したオケアノスの代理、傭兵機構の本部命令である。メタルアイリス及びユリシーズへの協力を禁ずる」

「はぁ?!」

「全ての傭兵機構に属する者にこの命令は効力を有する」


 バリーは絶句した。周囲を見回すとファミリアやセリアンスロープたちが泣きそうな顔をしている。


 壁に寄りかかったコウが深く頭を下げている。前髪で表情が見えないが、殺意にも似た眼光が漏れ出していることを周囲は察した。


「機動工廠プラットフォームを管理するAIアストライアに告ぐ。お前もだ。これ以上のメタルアイリスへの肩入れを禁ずる。お前の本来の存在意義である均衡を乱していると知れ」

『拒否します。私は今やかつての超AIではなく、寄り添う者は自分で決めます』


 アストライアが映像に現れ即座に命令を拒否した。


「ファミリアもセリアンスロープもネレイスも 寄り添う者は自分たちで認められています」


 エメもたまらず通信に割って入る。


「君は? いいや。見覚えがある。エメ提督か。誰に指示されているか知らんが子供の演技をするはやめたまえ」

「私の問いに回答願います」

「もちろん認められているとも。あくまで権利の範囲内でな」

「権利?」

「そうとも。彼らは人類に貢献し、助力するために造られた知性体。存在意義。人間に貢献するということが義務。義務を果たしてこそ権利は与えられる」

「彼らは十分に我らに貢献しています」

「そうだろうとも。だが傭兵機構に協力しないメタルアイリスに与することは、人間のためにならないと定義しよう。つまり義務の拒否だ」

「横暴すぎる論理です」

『私もそれを否定するわ。エディプス。彼らは人類のためにストーンズと戦い抜いた』


 アシアもまた傭兵機構に反論する。


「君こそなんだね。モノのくせに。人間気取りでメタルアイリスに肩入れか?」


 その言葉は様々なものが反応が各地で生ずる。

 コウの目がさらに鋭く光る。拳をきつく握り締める。


「あえて言おう。ファミリア。セリアンスロープ。ネレイス。君たちは人類繁栄のために生み出された創造物。いわばモノだ。人間気取りはやめたまえ。自分の意思があるなら、まず自分の存在意義を定義し直せ。これは命令だ」

「ふざけないで!」


 ジェニーもたまらず絶叫し、睨み付ける。


「ファミリア以外は人間の血と溶け合っているからモノ扱いは失礼だな。セリアンスロープはシルエットぐらい満足に動かして欲しいものだがね? 君たちの存在意義を成立させているのは我々人間だということを忘れるな」


 ネレイスたちが歯噛みする。

 セリアンスロープたちが俯き絶望した。シルエットぐらい乗ってくれとは、遙か過去から言われていた彼らの種族欠陥。シルエットさえ満足に動かせない半端者。

 横暴ではあるが、正しいのだ。


「我々傭兵機構はオケアノスの代理として、長らく惑星アシアの人類を管理してきた。等しく君たちは傭兵管理機構に属する。とくにファミリアは強制的に停止することも可能だろう」


 ファミリアたちがその言葉に固まる。


「セリアンスロープにネレイス。自ら培った立場を捨てるのはやめたまえ。惑星間戦争時代同様な扱いを受けたくないのならば、な。君たちは時間をかけて人間社会に溶け込んだ。反逆者の汚名を被るなら、それこそモノ以下の扱いになるぞ」

「そんな戯れ言を!」

「戯れ言ではないぞ。傭兵機構に所属する全ての者に強制力を発揮できる命令だよ。我々はそれだけ惑星アシアを。そして人類を愛している。君たちでは偏りすぎるのだ」

「ならば何故アシアを救出しなかった?」

「同時制圧されたアシアを救出するには莫大なコストがかかることは明白。ならば彼らと調整しながら紛争レベルにとどめておくのが最善と判断したのだ」

「……て、てめぇら。やっぱりストーンズとつるんでやがったのか!」

「失礼な物言いはやめたまえ。費用対効果を考えた最善の結果だ。君たちは大戦を起こし、どれだけ浪費した? それに比べ我々は各要塞エリア及び防衛ドームに、支払い額に応じた規模から換算した救援の派遣、傭兵の仲介を適切に行っている」


 バリーは絶句した。傭兵管理機構そのものが友軍と思えない違和感は多くの者が感じていたが、ここまで露骨だとは思っていなかった。


「そして今こそ人類再建のための拠点が必要なのだ。そのためにはシルエットベース。及び工業区画として再生されたP336要塞エリア。R001の軌道エレベーターが必要だ。諸君の奮戦に感謝する。ご苦労だった。明け渡してくれたまえ」

「ふざけんな。こっちに勝手に運営を押しつけて、再建したら明け渡せだと? シルエットベースに至っては貴様らに関係ねえぞ。超AIであるアシアを護るための最後の拠点だ」


 完成したものを横取りにする。メタルアイリスもユリシーズも戦争で消耗は激しい。

 それらを武力制圧をちらつかせての明け渡し要求。強権どころではない横暴さだ。


「AIアシアもまた傭兵機構が管理するものである。超AIアシアとともに我らに明け渡してもらおう」

「拒否する」

「解体命令だぞ。ユリシーズの各企業及び、所属する要塞エリア類は我々が適切に配置する。メタルアイリスの各部隊もだ。超AIアシアに命じる。シルエットベースの座標を我らに提供せよ」

『断固拒否します』

「多くの者が死んでもか」

『武力制圧する気? それこそ断固拒否します。それがオケアノスの指示というなら、私はオケアノスの管轄から離脱も辞さない』


 アシアは悲痛な顔で宣言した。

 上位に位置する存在への抵抗。AIには非常に難しい決断なのだ。


「馬鹿な考えはやめたまえ。そんなことはオケアノスが許可しない。改めて命じる超AIアシア。シルエットベースの座標を提示し、ファミリアに指示しメタルアイリスの解体、ユリシーズ所属の企業を我々に提供せよ。それともオケアノスの勅命を出さないとわからないか?」


 このネメシス星系を管理するオケアノスを呼び出す。それこそ超AIアシアにとって恐れ多い事だ。

 そのオケアノスの代理人たるエディプスはあくまで非情だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コウは自分でも意外と思うほど冷静だった。

 もちろん怒り。激情といっていい強さのもの。いますぐ殺しにいきたいほどの殺意には駆られている。だがそれでは解決にならない。


 屈するな


 声無き声がずっと囁いている。間違いなくこいつらに、だ。


 そして違和感の次。脳裏によぎった解決策。啓示に等しいその考え。


 コウは一人で頭を振った。

 そんな大それたことはできるわけがない。


 手伝うよ


 コウの体が一瞬ぴくっとした。

 優しい、老人のような声。まったく知らない声だ。屈するなと囁きかける声とはまた違う存在。


 誰だ?


 その問いには回答がなかった。


 ならば――



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 にゃん汰とアキにそっと近付いたコウは、二人に囁く。

 顔を見合わせ、急いで端末に手を走らせる二人。

 コウはエメの傍に近寄り、耳元に息を感じるほどの距離で囁いた。


「エメ。変わって。エメ、師匠。二人とも、手伝ってくれ。にゃん汰たちに詳細を聞いてくれ」


 エメはびっくりしたように目を大きく見開き、頷いた。

 司令席にコウが座る。さすがにここまでくればわかる。


 これが機、か。


 自分に言い聞かせ、納得する。今動かなくしていつ動くのか。

 

「反攻開始と行くか」


 くすっと笑う。ささやかないたずらぐらい大海神オケアノスは見逃してくれるだろう。

 これはきっと彼自身が戦わなくてはいけない類いのもの。声無き声はきっかけに過ぎない。


 自分がEX級構築技士になった理由はこの瞬間のためではないかと思いながら。

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