理不尽な要求

「損害賠償と俺と黒瀬さんの身柄の引き渡し、か」

「そうだ。名前は特定されていないが、ラニウスと御統重工業の新型機パイロットを機体と兵装ごと、だ」


 コウは壁に背を預け無表情に聞いている。

 驚くことではなかった。傲慢な彼らなら考えそうなことだ。


 アストライアは今地下工廠ではなく、海上にいる。


「そんな理不尽な! 威力偵察にきたのは相手ですよ? それを機体ごとだなんて……」


 にゃん汰が猛然と喰ってかかる。


「状況を検分するために押収だとよ」


 アストライアの戦闘指揮所では、バリーからとジェニーからの通信で騒然となった。

 傭兵機構本部からの損害請求と該当者引き渡し命令が出たのだ。


「いくら傭兵機構本部でも、その要求は理不尽です。現在のアシアの法に照らし合わせてもおかしい」

「当然だ。こちらも飲むわけにはいかん」

「我らに戦争でも仕掛ける気かね?」


 バリーの言葉に、衣川が応じる。この温厚な老人には珍しく、殺気に満ちた声だ。


「あくまで傭兵機構本部は中立だってよ。ロクセ・ファランクスの訴えを聞いてとのことだ」

「襲撃したのは彼らです。アンダーグラウンドフォースに依頼、もしくは命令したのは誰かって話ですよ」


 にゃん汰の怒りが収まらない。


「ヒトは殺してない、か」


 コウの顔が軽く下がり、視線が見えない。

 唇に冷笑が浮かんでいる。ジェニーはそれが凶兆に思えた。


「請求額は?」


 エメが尋ねる。


「五千万ミナ」

「五千ミナの間違いでは? 法外すぎです! 金銭の問題ではないにしろ、それ以上に法外すぎます!」


 アキが異議を唱える。

 五千万ミナ。地球の日本円換算で約五千億円。


「四名のパイロット。アンティーク四機破壊でそのうち一機は修復不可能な高性能機だ。引き渡し請求理由は投降したパイロットを殺害した罪。金額の内訳はほぼアンティークの代金とみていいだろう。対応として考えるが……明日話し合いがある

「そんな! 戦闘中にいきなり投降されても対応できない場合はある!」


 にゃん汰も憮然として割りこんでくる。


「そうか。黒瀬さんを巻き込んでしまったな」


 コウは表情一つ変えない。普段なら怒りの表情を見せるはず。

 ジェニーと視線が合う。バリーにもそれが不気味に思えた。


「古来、戦争の引き金は理不尽な要求だ。それも意図的に起こされる場合が多い。挑発には乗るな」

「どうだかね。ABCD包囲網のように原油の禁輸、鉄屑さえも売買が許されずに兵糧攻めにされてからでは遅いんだよ。たとえどんなに平和的に解決しようと粘り強く交渉していたとしてもね」


 衣川には珍しく口調が荒い。交戦現場にいたことが大きいのだろう。


「彼らの要求書をこちらに」


 エメもいつものように無表情だ。


「これね」


 ジェニーが転送し、エメが確認する。

 端末を操作して宣言する。


「私の個人資産で一億ミナ振り込みました。コウと黒瀬さんの受け渡しは拒否。いかなる交渉も受け付けません。話し合いたいことがあるなら、それはアストライアにいる私が伺います」

「エメちゃん! ちょっと待て」

「すでに振り込みは終了しました」

「これはメタルアイリスの問題よ、エメちゃん! あなたまでコウに影響されたの?」

「愚劣な挑発です。金で解決し、それで終わるならそのほうがいいでしょう。問題は解決しなかったその先なのです」

「というかその資産はどこからもってきた!」


 惑星アシアの資産や通貨はオケアノスの一元管理に等しい。

 個人で動かせる額ではない。


「内緒です」


 実はコウの持つ権利はエメ、にゃん汰、アキ、ヴォイに全て移管されている。

 アシアがそういう手筈を整えていたのだ。

 

 コウの持つ莫大な技術解放の資産に比べれば一億ミナは大金ではあるが、動かせない額ではない。

 エメの頭に手を置き、頭を優しく撫でるコウ。エメの独断の行動だったが、緊張が解けた。彼女はコウの意に沿ったことをしたのだ。


「これで引くとは思えません。我々アストライアはメタルアイリス隊より一時離脱。独自に動きます」

「我々御統重工業も同行させてもらおうか。これは君たちだけの喧嘩ではない。金銭もこちらにも負担させてくれまいか」

「いいえ。金銭は問題ありません衣川さん。同行の件は了解しました」

「落ち着け。お前らそんなに喧嘩っぱやかったか?」


 バリーが慌てる。

 コウがおかしい。いつもならこんな即座に決断はしないはずだ。相談もしてくるし、周囲を巻き込まないように慎重に行動をする。

 さらに衣川まで静かな怒りを感じる。ユリシーズのA級構築技士のなかでもっとも温厚な老人が、だ。


「バリーたちに迷惑かけないようにするさ」

「ふざけないでコウ。現時点のエメの行動で十分私たちの心労はマックスよ」


 エメとわざと呼び捨てにすることで、怒りを露わにするジェニー。


「いい? あなたたちもメタルアイリスなの。パトロンなのは十分わかっている。それでも、よ」

「申し訳ありませんジェニー」

「そんな覚悟を決めた目で謝罪されても受けられないわエメ。よくお聞きなさい。明日は私とバリーで交渉を行うから。それでもいいたいことがあるなら参加しなさい」

「……わかりました」


 しばらく考え、エメは承諾した。


「なんなの。コウ。何があったの。教えてよ。怒らないから。お願いよ…… キヌカワ氏まで激怒するような出来事って何なの?」


 懇願するようなジェニーの声は疲れ切っていた。正直にいえばコウたちの態度が予想できないものだった。

 彼らだけで傭兵機構本部と戦闘開始しそうな勢いなのだ。


「そうだ。それがわからないと交渉もできやしない。何がきっかけだ」


 バリーもアストライアの異変に気付いている。一本の矢になったような、強固な意志さえ感じる。


「コウ。戦闘記録を転送してもいい?」

「わかった。戦闘記録を転送しよう。これはあくまで傭兵機構及びロクセ・ファランクスと俺個人の私闘になる、かもしれない。だからメタルアイリスを巻き込みたくないんだよ」


 エメが戦闘記録を転送し、ジェニーとバリーが納得した。

 これはコウが激怒するのもやむを得ない。

 無残にMCSを狙い破壊された装甲車群。アークエンジェルのパイロットの発言。すべてを確認できた。ヒトは殺していないという発言が胸に突き刺さる。


「……馬鹿野郎が。俺でも喧嘩売るぜ」

「まったく。アシア人がみんなこんな考えだと思わないことね」


 二人が呆れた。これはファミリアを主軸とするメタルアイリスでは決して相容れない内容だ。

 リックが内容を知ったら即座にメタルアイリスから離れアストライアに乗り込むだろう。


「もっと厄介なことが起こりそうな気がするんだ。これだけじゃなくてね。その時は巻き込みたくないんだよ」

「厄介なことって?」

「……勘だよ。五番機に乗っている場合のみだが、強く感じる違和感。これはアルゴフォース相手の時にまったくなかったものなんだ。そんな曖昧なものでメタルアイリスを巻き込みたくないんだ」

「確かにMCSは六感七感まで引き出すというが…… お前が言うんだ。間違いなく何かあるはずだ」

「俺は超能力者じゃないぞ」

「EX級の構築技士がMCSに乗っている場合のみ感じる勘を信じるなって? それこそ無茶言わないで」


 二人も真剣に捉えている。その勘に対し異議を唱えようとはしない。


「私たちはコウと征きます。メタルアイリスと別行動を取るのが当然かと。傭兵機構本部はこの惑星の管理者でもありますから。私もコウと同意見。皆さんを巻き込みたくないのです」

「だからそれが早まるなっていってんの! もう! 管理者だろうがなんだろうが納得いかない場合は売られた喧嘩を買うだけよ」

「そりゃそうだ。とりあえず、明日の交渉次第だ。な、エメちゃん。急ぐな」

「わかりました」

「コウもな!」

「わかった。心配かけて済まない」


 そうして通信が終了した。

 バリーとジェニーは顔を見合わせ盛大にため息をつき、ユリシーズも含めた緊急会議を決定した。

 対応を誤ると、アストライアのクルーが何をしでかすかわからない不安があった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「エメ。ありがとう」

「気にしない。これはもともとコウから預かったお金」

「使い道に異論はないさ。エメが交渉に使ってくれて何よりだ。っと頭撫ですぎたな。ごめん」

「いいよ」


 エメは内心嬉しかった。

 彼女はコウの意に沿った行動を取ることができた。それは何よりも大事なこと。


「みんなを巻き込みたくないところが本音だが、今更だな。一緒に戦ってくれ」


 コウは戦闘指揮所にいる者に声をかける。


「いいってことよ。仲間外れにされたら一生恨むだろ。このメンバーなら」

 

 ヴォイが笑いながら流す。


「そうだにゃ。放置されたら猫は一生恨むにゃ」

「犬もですよ」

「私も」

「わかっている。何が起きるかまったくわからないが…… この違和感は本物だ。プロメテウスか。ヘパイトスか? 誰かわからないが五番機のなかに乗っていると誰かが心の奥底から囁くみたいな?」


 コウは言葉にならない言葉を探す。


「屈するな……? かな。そんな思いが。何に対してかはわからなかった。しかしアンティーク・シルエットと交戦して確信した。こいつらに、だ」


 コウは自分のなかのイメージを伝えることに苦戦する。


「それほどまでに強い思念はどこからくるんだろう。それが勘みたいになってコウに伝えている?」

 

 エメもその勘を信じている。どこからきているのか知りたかった。


『私とアストライアじゃないことは確かかな』

『違和感があれば直接話します』

「だよな。こんな勘で部隊を動かしてはいけないんだが、明日か……」


 もう少し時間が欲しかった。


 機は熟した


 また声無き声がする。


 誰だ。明日がその機というのか?


 心のなかで問うたが答えはない。

 

「傭兵機構の動向、アシアはわかるかい」

『そういえば傭兵機構本部と話してないな。ごめんね。あんまり関わりたくなくて』

「関わらなくていい」

『当然です。彼らは貴女に対し何もしておりません。話す価値などない』


 アストライアは手厳しい。

 アシアを放置していた傭兵機構に耐えかねて極秘裏に動き出したことが、コウと行動を共にする発端だ。


「奴らから身柄を要求された黒瀬さんもこちらで匿おう。衣川さんが合流する前に。すぐに手配してくれ。エイラ、頼んだ」

「了解です!」


 エイラもトルーパー部隊を預かる身。すぐに黒瀬へ通信を開始する。


「明日か。もう少し準備する時間があればよかったんだが」

「傭兵機構本部ですもんね。確かにメタルアイリスを巻き込むわけにはいかないです。私たち、そして彼らもまた傭兵機構に属する身なのですから」

「そうだ。だから傭兵機構に属していない俺だけの話なら気楽なんだけどな」

「もう遅いにゃ。私たちにとっても関係ない話じゃないにゃ」

「そうですね」


 にゃん汰とアキの目には明確な敵意がある。

 惑星間戦争時代の思いもあるし、何よりコウの敵は彼女たちの敵なのだ。


「五番機で単機駆けするわけにはいかんさ。ま、お前さんならやりかねんがな」

「囲まれて撃たれて終わりだろうからな」

「こらこら。本気で検討するんじゃない」


 コウは皆と笑いながらも、答えを探していた。

 機は熟した、その言葉が意味するものを。

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