欠陥兵器
「コウ。敵が距離を取り始めたな」
「わかった。こちらも射撃戦でいく」
ヤスユキとコウはそれぞれDライフルを構える。戦闘機のハイノも敵シルエットへ狙いを定めて射撃を行う。
残りはエンジェル一機とアーク・エンジェル一機に、後方上空で俯瞰しているアラトロンだ。
コウはアーク・エンジェルに。ヤスユキはエンジェルに狙いを定める。
レールガンの射軸を外す回避行動を取りながら、飛行を開始する二機。
五番機もアラマサが乗ったアコルスの飛行速度に引けを取らないほどの加速だ。
「ちぃ。あんな速度だせるのかよ。ラニウスは地上用の接近機だったはずだ!」
加速性能が高くないエンジェルはアラマサの的だった。
Dライフルの流体金属弾の直撃を受け、胸部装甲が爆発する。
「うぉぉ! 隊長、敵の武器は未知の兵器のようです! エンジェルの装甲を貫通してきます!」
ありえない現象が目の前で起きた。未知の兵器にパイロットが怯える。
「全員下がれ! 撤退だ!」
アンティーク・シルエットの装甲を貫通する射撃兵器があるならば話は別だ。リュークは撤退を決断する。
威力を計算するとアラトロンですら無傷とはいえまい。接近戦なら致命傷を負う危険性もある。ラニウスは剣術機と記憶しているが、敵機は超音速で飛翔している。何かの実験機としか思えなかった。
撤退を開始しようとしたアラトロンはラニウスへカメラを向けた。
「なんだと!」
五番機が眼下に迫っていた。追加装甲をパージしている。
視認してから数秒の時間で、だ。あり得ない加速だった。マッハ2に達している、砲弾のような速度である。
「逃すと思ったか?」
冷酷に言い放つコウ。
アンティーク・シルエットは高性能機でも地上ではせいぜいマッハ1程度の速度しか出せない。人型兵器に大気圏内での飛行速度を求めなかった。非合理だからだ。
TSW―R1C高機動型は違う。距離を取る敵を確実に斬るため加速を追求した。長時間の飛行は不可能だが、数秒あれば十分なのだ。アンティーク・シルエットは効率重視の設計であり、五番機は加速を最優先した機体だ。技術水準は劣っていてもコンセプトの違いは埋められるはずもない。
体当たりするかのように五番機ら放たれた突きが、アラトロンのMCSを正確無比に穿ち抜く。
「ぐはぁ」
リュークが信じられない思いで腹部を見る。切っ先が計ったかのように体を貫通していた。もがき苦しんだ挙げ句、吐血し絶命した。
「アストライアの言った通りだったな。――五番機でこいつらと戦える」
五番機は刀を振り回し、アラトロンを地面に向かって投げ飛ばす。
隊長機が撃破されたロクセ・ファランクスのアンティーク・シルエットのエンジェルは慌ててアラトロンを回収しに降下する。
アーク・エンジェルは身を翻し、逃走した。。
「次は――」
五番機はDライフルに持ち変える。仲間の回収に向かったエンジェルよりも、逃げ出したアーク・エンジェルに狙いを定めたのだ。
「は? 一機撃墜されただけで逃げるのか? ふざけんなよ!」
ハイノも思わず叫んだ。飛行して逃走するアーク・エンジェルに対し、追尾飛行に移り、攻撃を開始する。空中にいた五番機も同様に狙い撃つ。
「集中狙いかよ! 隊長機の回収に向かった機体がいるだろ!」
アーク・エンジェルのパイロットが、仲間を売る行為同然の、理不尽な願いを口にする。
「俺を囮にしないでください!」
アーク・エンジェルの装甲が徐々に破壊されていく。アラトロンの回収に向かい。囮扱いされたエンジェルは助ける気さえ起きない。破損した機体を抱え、撤退した。
エンジェルの高位機なだけはある。装甲の堅牢さに思わず舌を巻くコウだったが、彼らにしてみればレールガン砲弾程度では傷付くはずもない強装甲。あり得ない現象が起きているのだ。
「威力偵察でここまでする必要があったか! 答えろ!」
怒気をはらんだ声で問い詰めるコウ。
「シルエットのMCSは直接破壊していない! 意図的にはヒトは殺してないぞ」
「装甲車だってファミリアが乗っている!」
「だからヒトじゃないだろ? 無人機だ!」
アーク・エンジェルのパイロットが涙声で回答する。
パイロットの発した回答に、アストライアにいるクルーたちが蒼白になる。
アキとにゃん汰は諦めに似た嘆息をこぼした。旧来のアシア人では珍しくない思考である。セリアンスロープも同様の扱いを受けていた。
ケリーと鷹羽兵衛と衣川は、三人とも青筋を立てて画面を睨み付けている。たー君が兵衛を宥める始末だ。
エメは顔を覆った。彼の思考は理解できる。師匠とて同様の考えがあることは受け入れていたのだ。きっとコウには耐えられないだろう、とも。
コウは無言で引き金を引き続ける。
アーク・エンジェルの手脚が弾け飛び、機体は落下する。
「ま、待ってくれ! 投降する! 投降するから!」
地面に落ちたアーク・エンジェルに向け、見下ろすように撃ち続けるコウ。
ラニウスのバイザーの奧からかすかに見える、保護ゴーグルの奧にある二列並目のカメラが自分を見下ろしている。パイロットには殺意さえ感じた。歯がかちかち鳴り続ける。
五番機がDライフルを連射する。流体金属砲弾の前にアーク・エンジェルは無力であった。
弾倉が空になり、予備弾倉を交換する。
「コウ。そろそろよせ」
ヤスユキが止めた。
「もう風穴が空いている」
アーク・エンジェルの胸部には大きな孔が空いており、仰向けに横たわっていた。
「そうか。無駄撃ちしたな」
つまらなそうに答えるコウにヤスユキはぞっとした。ここまで感情がないコウは初めて見た。
激怒した、ではない。激怒を通り過ぎて冷徹になっている。
「残存部隊に告ぐ。アストライアと合流し、ファミリアのコアを回収だ。最優先で取りかかれ。後続のアサルトシルエット隊。すまないが手伝ってくれないか」
「了解!」
コウの怒りに共感している、ネレイスのジェイミーがすぐに呼応する。続くネレイスたちもだ。
彼らもファミリア、セリアンスロープと同じく生み出された創造物である。そんな扱いを受けたことも少なくない。
「全機仕留められなかったか」
コウにしては珍しく、自ら下した判断の甘さを悔やんでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三機はアストライアに戻り、戦況を分析した。
「納得いかねえな。一機撃破しただけでアンティーク乗っている連中が撤退かよ」
ハイノがぼやく。
「アンティークは未知の科学で製造されており極めて強力だ! それゆえに欠陥兵器なのだ!」
ケリーが理由を説明してくれる。彼もまたやるせない思いを抱いている。
「欠陥兵器? 完成度の高い兵器として設計されたから当時大量生産されたのでは?」
コウが疑問を口にする。
『当時、ですから』
「アストライアの言うとおり! 現在の技術ではアンティーク・シルエットは修理も補給もできない! 当時の技術が使えないからな。応急処置が関の山さ。レールガンは現行技術のものだろうよ」
「そういうことか。破損する怖れがあるから、一発の被弾で慌てて撤退しようとしたと。芸術品なら飾っておけ」
逃げた敵の理由を知り、コウが思わず吐き捨てる。
兵器として優秀でも補給も修理も行えない場合は欠陥兵器だろう。
一カ所壊れただけで価値が大きく下がり、戦闘行動に支障が出る。そんな兵器に乗りたい傭兵はいない。
「五番機からは逃ることはできなかったようだがな! いい気味だ!」
さんざんファミリアを虐殺したくせに被弾した程度で撤退したアラトロンに、ケリーも思うところがあるようだ。
「格下狩り気取りでやってきて返り討ちで逃げ帰ったんだな」
ハイノも嫌悪感をあらわにする。嫌悪感を催すタイプの敵であった。
「アンティーク・シルエットは芸術品、骨董品。よくもまあ名付けたものだよ」
「だから破壊されたアンティークでも高い値段がつくんだ! 修理できねえからな。スカンクも直すのに苦労したぜ」
スカンク・テクノロジーズに保管されているアンティーク・シルエットのスカンクは、稼働こそしないがケリーの良き友人でもある。
「威力偵察部隊は大目玉だろう。普及品のエンジェルとはいえ、完動品は高額だ」
「ざまぁとしか思いませんがね」
衣川の言葉にヤスユキが吐き捨てる。襲撃者の被害など知ったことではないという怒りもある。
「下手したら俺達に損害賠償を請求してくるかもしれないぞ」
「そうなりゃ全面戦争だな! やるか!」
「売られた喧嘩だ。喜んで買うぜ」
ケリーの言葉に兵衛が殺気立つ。
「ロクセ・ファランクスはそこまで浅慮ではないと思いますが。彼らが引き下がるとも思えません」
エメも思うところがあるようだ。口にする内容は厳しい。
「我々に対し、いかなる理由で威力偵察が必要だったか。事実関係を確認する必要はあります」
「P336要塞エリアは傭兵機構本部が我々に丸投げしたところから始まりだからな」
エメだけ慎重に考えているようだ。バリーは今までの経緯を振り返る。
アシア解放のための二面作戦。要所を押さえるために攻略したことによってメタルアイリスがP336要塞エリアを所有する発端となった。傭兵機構に引き渡そうとしたら、運営を彼らに押しつけたのだ。
「最悪の最悪を想定しよう。嫌な予感がするんだ」
「わかった。アストライアだけでも戦えるようにしないと」
『承知いたしました。傭兵機構本部と事を構える場合、メタルアイリスに迷惑をかけることになりますから』
コウとエメはアストライア単独でも戦う覚悟をしている。アストライアは事実と受け止め、想定を開始する。
アストライアも傭兵機構を信用していない。アストライアにいた初期メンバーは傭兵機構がアシアを助けようとしなかったので自ら動いたという経緯もある。
「おいおい。それは先走りだろ。――ないとはいえんか」
バリー自身は杞憂だと思っていたが、己の思考に疑問を持つ。
彼もまた、何か手を打つ必要性を感じていた。傭兵機構への不信感は彼自身にもある。
「連中はなあ。まったく、面倒なことにならなきゃいいが」
傭兵機構本部と付き合いの長いケリーはため息をつく。交渉の場で何度も喧嘩した相手である。
嫌な予感しかないのだ。
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