レジーム・チェンジ

テセウスの船

 P336要塞エリア西の荒野で数機のシルエットが戦闘を行っている。

 模擬戦だ。


 離れた場所にアストライアが待機しており、いつものメンバーの他に、戦闘指揮所からその光景を見守っている者がいる。

 ケリーと衣川がそこにいる。


「ラニウスD型に乗っているのは鷹羽さんだね」


 衣川が確認する。もう一機の機体に乗っているのは黒瀬だ。


「はい。戦闘機は試作段階ですが、たー君にお願いしています」


 たー君は長年兵衛を支えてきたハイタカ型ファミリアなだけあり、二人の息もぴったりだ。


「君も同じような構想を抱いていたとはね。嬉しい限りだよ」


 衣川が目を細めて微笑む。


「お前ら。それはいいが、色々と詰め込みすぎじゃないか?」


 ケリーが苦笑いだ。小言が言い足りないのだ。


「コンセプトはシンプルにしていますよ! アナライズアーマーの戦闘機が複雑化したのは否めませんが」


 そういわれることは覚悟していたコウが言い訳をする。


「戦闘機が分離して、飛行ユニットをシルエットに受け渡すのはいい発想だと思うぜ。戦闘機がそのまま行動できるのもな! だが、その戦闘機がシルエットを載せたりする必要があるのか。ちと欲張りすぎじゃないか」

「アルビオンが造ったレッドスプライトが予想以上に使いやすかったんですよね」

「ああ。あの英国野郎か……」


 ケリーは渋々納得した。BAS支社アルビオンということはアベルのことだ。

 彼としてはレッドスプライトは色々言いたいことはあるが、有効だったことは確かな戦闘機だ。


「サポート戦闘機のボレアリス。これなら四発機になっても仕方がないと言えるね」

「はい。二発はラニウスの追加装甲を兼ねたスラスターとして使います。ただ、色々計算通りにいかなくて」

「そりゃ仕方ない! 構想そのものが無茶だからな!」


 ケリーは容赦ない。コウ自身も認めているようにボレアリスに詰め込みすぎなのだ。

 

「それにな。キヌカワ。お前さんも何だ。あの機体は」

「新型機のアラマサだよ。鷹羽君に手伝ってもらった装甲筋肉採用機だ」

「いや。アナライズアーマーの戦闘機のほうだよ!」

「アコルスのほうか…… ふむ」


 珍しく衣川が答えに窮している。


「空飛ぶ戦車でも造るつもりかよ!」


 衣川が新しく構築したシルエットとアナライズアーマー。コウも驚くほどのギミックを有している。とくにDライフルを三門搭載なのだ。

 一門はシルエット用。二門は戦闘機用に改装したDキャノン。戦闘機のパイロットにはこの手の戦闘機の扱いには定評があるハイノが選ばれている。


 コウが分離形態を軽戦闘機として位置づけたのに対し、衣川は重戦闘機として両立させている。

 

「この機体はね。アベレーションシルエット対策に構築したものなんだ」

「異形のシルエットか。あのシステムならこちらの想定外なものが出てくるだろうな」

「この二機の組み合わせでドラゴンスレイヤー。龍さえも屠る覚悟でね。こら。コウ君内心笑っただろ」

「い、いいえ」


 大仰すぎる名前ではあると思うコウだった。

 中二とは決して言うまい。人のことはいえない。


「あの規格を使えば、シルエットの制限を超えることができる。ならばどのような機体がでてくるか。それを想定した場合、大型機だと思ったのだよ。恐竜のようなね」

「アベレーションアームズからの発展ってことか」

「そう。マーダーとシルエットの利点を活かした裏仕様のシルエットが出現してからではもう遅い。そのためのドラゴンスレイヤーなんだ」

「思い切った事をしたな!」

「何をいっている。君が構築している機体も、新技術を相当に盛り込んだものらしいじゃないか」

「お前らほど合体とかにはこだわってないからな! 素のシルエット能力を向上させることに集中しているよ」


 ケリーが意地悪く笑った。自信ありげな新作なのだろう。


「まだ完成してないんですか?」

「もう少し待て。もちろん第一号機はジェニーだからな」

「早く見たいな」

「お前はまずD型に専念しろ」


 コウもケリーの作る新型機は大変気になるが、指摘され慌ててデータ取りを行うのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ラニウス、とくに五番機はあまり軽量化しないようだね。新型のフレームと装甲筋肉を中心としたバージョンアップか」


 衣川が隣で端末を操作しているコウに尋ねる。


「ええ。ラニウスはやはりある程度の装甲が必要だと思いまして。カストルのコルバスとの戦闘でスラスター利用の抜刀で腕が壊れそうでしたしね。ただ……」

「ただ?」

 

 珍しくコウが浮かない顔をしている。


「最初見つけた五番機から相当いじっているんですよ。ここまでいじってしまうと元の部品はMCSぐらい。五番機といってしまってよいのか悩みます」


 対コルバス戦で課題も多く見えた。五番機のみならず、A型やB型の課題もだ。


 五番機そのものを原形を留めない程、改修してあることが気になった。廃棄場改め博物館となったラニウス一番機をみてその想いが強くなった。

 頭部の修理も行った。ラニウスのセンサー、フレーム、装甲筋肉、内部の各アクチュエイター。交換していない部位を探すほうが難しい。

 元のパーツといえるものは本当にMCSぐらいだ。


「それはずいぶん哲学的な悩みだね」

「そんな大げさなものではないんですが」

 

 コウは苦笑した。五番機を強化する。それが原点であり、今後の目的でもある。


「いいや。それは哲学だよ。古代ギリシャからのね。テセウスの船という。テセウスのパラドックスともいうね」

「古代ギリシャ?」

「同一性の哲学だよ。英雄テセウスが使っていた船がアテネに残されていた。随時、朽ちた木材、櫂を全て交換した。果たしてその船はテセウスの船といえるのか?」

「そ、それは……」


 古代ギリシャから同様の疑問を持っていた人物がいたことに驚くコウだった。


「同じとは何か。の問いだね。様々な解はあるが、端的にいえば源流である何がを考えるとそれはテセウスの船なんだ。人間の細胞だって十年も経過すれば総入れ替えだが、人間が変わるわけではないだろ?」

「そうですね」


 思わず振り返るとやはりエメと目が合った。唇を笑みの形にし、頷いた。


「同一性を持つのは最初の個体であるかどうか、その個体名であるかどうか。ばらして組み直したときどちらがその個体なのか。様々な問いも発生する。主な原因は物体の時間経過があるからともいえる」

「同一性と時間ですか」

「同一性を規定しているものもあるけどね。我々の時代ならパソコンのOSといくつかの構成部品が変更されたら別個体と認識された。飛行機なら胴体。自動車ならフレーム。シルエットならMCSを交換しようがMCSのデータが引き継いだらそれはその機体だし、逆にMCSのみ入れ替えてベアに載せたらそれはベアだろうさ」

「確かに。自分でも調べてみます」

「それがいい。そういう思想は構築にも役立つだろう。五番機は五番機だ。これで少しは気が晴れたかい?」

「ありがとうございます」


 衣川も嬉しそうに頷いた。コウが愛機を大事にする、愛機とともに成長しているのは知っている。良い方向になるだろう。

 そしてコウの成長とともにシルエットは少しずつ発展するのだ。


「ラニウスは鷹羽君ならではの設計だからな」

「ラニウスのコンセプトは装甲が厚い割には高い運動性と重心。そして接近戦を有利にするための豊富なセンサーです。その発想は兵衛さんならばこそですよね」

「そして君がデトネーションエンジンによる機動性を加えたと」

「直線番長的な性能ですけどね」

「ふむ? ならばジョン・ボイドのエネルギー機動性理論も調べてみたまえ。戦闘機における力学的エネルギーを最も消費しにくい旋回方法の理論だ」

「その人は?」

「米軍のF-15、F-16、そしてF-22の設計思想に大きく影響を与えた理論だよ。空戦で必要な旋回とは最大加速でも最小旋回でもなく、最も効率的に小さく旋回できるか、だ。D型とボレアリスの開発にも役立つだろう」


 最小旋回では、大きく減速してしまう。戦闘機の攻防において大きな欠点を有することになる。この機動性理論は運動エネルギーを維持したまま高度も速度も落とさず旋回することに重点に置いている。最高速度だけあっても意味が無いのだ。


「わかりました」

「私もサポートするけどね。何せ四発機だからな。地球には無い戦闘機となる。実に楽しいよ」


 戦闘機さえ満足に作れなかった時代を衣川は思い出す。 

 地球にいた頃さえ出来なかった夢を叶えるといわんばかりに、含み笑いを漏らす衣川だった。

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