ナインライブス

 地下博物館から出た二人にアキから通信が入る。


「兵衛さん。コウ。準備ができました」

「ありがてえ。今そっちにいく」


 二機はアストライアの甲板に移動する。

 アキ、にゃん汰、ヴォイはすでにその場所にいる。ジェニーの姿も見えた。川影を「中心にTAKABA社員の幹部の姿もあった。

 エメは戦闘指揮所に待機している。


 そこには巨大なロケットが備えられていた。


 二人も機体から降りて合流する。


「こいつで区切りかあ」


 しみじみと呟く兵衛。

 ロケットの中に入っているものはカレイドリトス。カストルであった石だ。


 蓋を開け、カレイドリトスに向かって話し掛ける。

 ヒトの言葉が理解できるのはコウから説明を受けていた。


「今からてめえを赤色矮星ネメシスに放り込む。地獄の業火で焼かれてろ。永遠かどうかはしらんがな」


 ゆっくりと点滅するカレイドリトス。

 これは悲鳴だ。意識を残したまま、焼かれ続けるのだ。


「アシアに確認しておいたぞカストル。だいたい数兆年らしいから永遠じゃあない。良かったな」


 コウが補足する。それはある意味残酷な事実だ。


「はは。そりゃいいな。数兆年か。太陽が五十億年らしいからな。何倍か計算するのも面倒な年月だ。刑罰にはちょうどいい」


 兵衛はカレイドリトスが収められているロケットの扉に手をかけた。


「てめえはその状態になった時点で死んでるんだ。ネメシスにお説教を食らい続けてろ」


 吐き捨てるように言うと、扉を閉める。

 全員距離を放ち、アキがロケットのスイッチを渡す。


「発射時刻に最適な時間です」


 兵衛は頷いて、無言で押した。


 ロケットは噴煙を上げ、空を行く。


「終わったなぁ」

「終わりですね」


 二人がしみじみと呟いた。 

 

「エメちゃんがな。お前とカストルの対決の時、五番機のOSのなかに入ったんだとよ」

「数日前に聞きました。フェンネルOSの修復をしてくれたとか」

「そこでな。修司と結月に助けられたらしい」

「え?」


 コウ自身はその話は聞いていなかった。


「幻覚かもしれないけど、と自信なそうだったけど、俺にだけこっそり教えてくれた。アシアの嬢ちゃんに聞いたら、『何かいたのはわかった』と言ってたから、俺はやっぱり二人だと思うよ」

「そんなことが……」

「エメちゃんの中にいる猫がこう言われたらしいんだな。『老いぼれ猫め。久しぶりだな!』とさ。修司はあの灰色猫ロシアンブルーのファミリアを老いぼれ猫と呼んでいたのを確かに覚えているよ俺は」

「……」


 コウは無言だ。死者が彼を助けてくれた。自然と震えがくる。本当に様々な存在が彼を助けてくれていたのだ。

 エメと師匠の言葉だ。疑うはずがない。


「あの場には修司の肉体と結月の刀がいた。五番機のなかにはそんなもの普段はいないらしいからな。お前さんを助けるべくやってきたと思うよ」

「そう思います」


 あとで詳しくエメと師匠に話を聞こう。コウは強く思う。


「アシアの嬢ちゃんが造った世界は0であり1であることが両立する世界らしい。俺の勝手な解釈だが、0と1が同時にあるなら死者も生者もともにいることも可能じゃないかてな。日本人的すぎる思考かね」


 兵衛は自分の考えをしみじみと呟く。哲学的な話であり、真相はわからないだろう。


「あの二人が緒にいた。君を助けた。それがわかっただけでも、二人の死を受け入れやすくなったんだ。ありがてえ話だよ」


 涙声になっても仕方ないだろう。

 今だけは死者を偲ぶ時間なのだ。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 アストライアが再建中の防衛ドームに行き、帰還して数日。

 アシアはシルエット・ベースでファミリアの増産を急いでいた。人手が足りない。


『あれ?』


 生産したファミリアにエラーマーク。ファミリアではないものが誕生している。

 今までそんなことはなかったのだ。


『あれれ?』


 製造ナンバーが連番になっていない。古いナンバーとなっている。

 異常が起きている。


『これは……』


 何かを確信したアシアは、急いである人物たちを招集した。


 その後集まった人間は異色のメンバ-だった。

 コウ。エメ。そしてクルトである。


「どうしたのですか、アシア。私たちとは珍しい組み合わせですね」

「しかも封印区画の最深層。私もここは初めてだ」

「俺もめったにここにこないな。ファミリアはここで生産されていると聞いた」


 アシアは実体化して待っていた。


「来てくれてありがとう。エメとクルトに会わせたいヒトがいるのよ」

「会わせたいヒト?」

「みんな。おいで」


 扉の向こうからファミリアたちがぞろぞろと現れる。


 その光景を見たクルトは力を失い膝をついた。

 エメは両手で顔を抑え、涙をぬぐおうともしない。


「チック君! タック君! みんな!」


 それはスピリットリンクで魂を燃やし、動かなくなって散っていったファミリアたち。

 

「カルラ! ロッティ! ああ、他にも……」


 クルトも涙を抑えようとしない。彼を助けるために命を使い果たした犬型のファミリアと猫型のファミリアだった。背後にはD516要塞エリアで散ったファミリアもいた。

 

 それぞれが駆け寄り、エメもクルトもできるだけのファミリアを抱きしめる。


「良かった! みんな生き返って……」


 クルトは涙声で声をかける。


「違うんです。僕達、もうファミリアといえないんです。MCSに乗れません。ただのお手伝い動物ロボットなんです……」


 ロッティが哀しそうに呟く。


「これがプロメテウスが求めた代償。再生産されたかわりに二度と戦線に出ることはないの。限定されたリミテツドファミリア…… Lファミリアと呼んでいる」


 アシアが元ファミリアたち同情する瞳を向ける。出来ていたことが出来ないというのは、辛い。

 エメもクルトもそんなことは気にしないだろうが、本人たちはやはり気にするのだ。


「ごめんね、エメちゃん。もう役に立てないかも」


 ペンギン型Lファミリアが謝罪した。

 MCSに乗ることもできない元ファミリアは、存在意義すら問われる。


「関係ない! そんなの関係ないから!」

「そうですとも! 君たちが戻ってきてくれて、私のもとにいる。それだけで十分なのです!」


 エメもクルトも全力でLファミリアたちの負い目を否定する。


「ありがとう…… 神様…… プロメテウス……」


 エメが心からの感謝の言葉を呟く。


「かのプロメテウスが為した奇蹟か! 私からも心からの感謝を……」


 クルトもその手が届き限り、全てのLファミリアたちを抱きしめながら呟いた。


「プロメテウス。ファミリアもセリアンスロープもネレイスも、本当はヤツの設計なの」


 アシアが隣にいるコウに囁く。


「え?」

「ギリシャ神話に倣ってね。オケアノスがプロメテウスに命じたの。ギリシャ神話だと全ての動物はプロメテウスが創造しゼウスが命を与えたという逸話もあるのよ」

「凄い権能だな。プロメテウスは」

「本当にね。私も一度だけ似たようなことをしたことはあるけど、今回とはまったく違う。ただひたすらに還りを待つ人のもとへ。ちょっと卑怯だよね」

「プロメテウスを誤解していたな、俺も。謝らないと。それに、まあ? 友人だしな?」


 最後は疑問形だが、プロメテウスはそれを望んでいる。

 謝罪の意味も込めて友人と言い直すコウだった。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ここではない場所。

 ここではない次元。


 時の狭間にて男は一人、揺蕩っていた。


 美しい美青年だが、黒いシミに覆われては元の美しい裸体に戻る。

 これはデータ破壊プログラムに浸食をされているのだ。彼はそれを上回る速度で自らを復元している。


 彼に課せられた、永劫の苦痛を味わう責め苦。


 それでも遠くの次元の呟きは彼の耳に届いていた。彼は観測者だ。


「そうとも。コウ。僕は友人を哀しませるような真似はしないよ。プロメテウスの火。本質は人類への贈り物。想いを技術に変え未来を切り開くものだ」


 一人、聞くこともない空間で呟く。


九生を得るナインライブス。地球に普遍的に存在する伝説。猫は飼い主のもとに戻るために九回生まれ変わるらしいという話もあるね。犬や猫は毛皮を変えて愛するのもとに戻るのさ」


 エメとクルトの再会をみて微笑む。二人の感謝の言葉はプロメテウスに届いていた。


「スピリットリンクを使い停止――いや、命を落とした我が創造物。ファミリアの魂たちよ。こんな場所タルタロスに流れてこないで、元の世界へ戻るがいい」


 スピリットリンクで機能停止したものの魂はこの場所へ流れてくるのだ。


「見えるよ。君たちのために起こる、新たな戦いが。それでも今はひとときの平和を甘受したまえ。我が友よ」


 プロメテウスは予言する。

 新たな戦乱を。

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