乗りやすさも性能なんだ。それだけはカタログスペックだけじゃ測れない。

 TAKABAを移転するI250防衛ドームの建造が進められた。貝状のシェルターという外観からニューシェルと呼ばれる。社員は拠点地に愛称を付ける場合が多い。

新たな三カ所にそれぞれ名称が付け加えられる。


 当面の機能は二つの防衛ドームで補う予定だ。

 北西部にあるP128防衛ドームであるノースビーチ。北部森林地帯近くにあるO012防衛ドームのフォレストシティで運用中だ。


 コウたちはアストライアとともに建築資材の搬入だった。

 防衛ドームのシェルターはシルエット・ベースでないと生成できないのだ。


 彼らを兵衛のシルエットが出迎えた。

 兵衛も現在、青色のラニウスCに乗り換えている。

 

 コウは五番機で兵衛と合流。クアトロ・シルエットやアサルトシルエットたちが資材の搬出を行っていた。


「かなり大きな防衛ドームですね」

「ああ。アシアの嬢ちゃんがな。どうせ再建するなら大きなほうがといってくれてな。ありがてえよ」


 防衛ドームも八割ほどはもう完成している。今回の資材で完成となるだろう。


「建物もかなり出来ていますね」

「倉庫機能と生産機能を持つ26号、27号、28号の製作所がようやく着工したからな。シルエットや車両生産はここだ。船舶関係はI128ノースビーチでやる。P012フォレストシティではここが完成するまではシルエット生産だ」


 防衛ドームの機能分担も進んでいるようでコウも安心した。


「こっちへきてくれ」

「はい」


 コウが案内された場所。それは――


「ジャンクヤード?」

「地下博物館に名称変更だな。ジャンクヤードの表示が扉はそのままだぜ」


 くくく、と笑いながら兵衛が言う。


 中に入った。

 

「これは……!」


 残骸のように打ち捨てられいた数々のシルエットが再生されて保管されていた。

 巨大な展示ケースに格納されている。


「驚いたかい。せっかくなんだ。シルエットの歴史として保存しておこうと思ってな。再建に出資するからうちのも展示してくれと他の会社からも打診があったんだよ」

「いいと思います!」


 コウもこの構想には興奮が抑えきれなかった。彼の出発点でもあるのだ。

 シルエットの動作練習をしていた場所も、様々なシルエットが展示されている。


「これも修理してくれたんですね。ありがとうございます」

「礼はいいよ。当然だ」


 コウが見覚えのある機体。それはかつてマンティス型のケーレスを倒すために盾にしたベアだった。

 レールガンなどという未知の射撃兵器に対し、この機体はよくもってくれた。修理して引き取りたいと兵衛に申し出ていたのだ。


「フッケバインやフェザントまである」

「クルトさんやケリーさんが是非にとな。資金まで出してもらってちと申し訳ねえがな」

「いや、ここに置かれるのは嬉しいと思いますよ」

「そうかい。それならいいんだがなぁ」


 二機は地下博物館を進む。


「え? まさか……」


 五番機が足を止めたその先。

 それはコウが五番機と出会った場所。


 出会った頃の五番機とまったく同じ外観をした機体がそこにあったのだ。

 カメラの保護ゴーグルのみ修復されているようにみえる。武装は――結月の太刀だ。


「驚いたかい?」

「リストア機ですか?」


 TSR-R1の系譜は相当な進化を遂げている。初期とはまったく別物といってもいいものになっている。その別物にしたのはコウ自身だからこそわかるのだ。

 ここにあるのは間違いなく、コウが出会った最初期のラニウスだ。


「いいや。これは俺が乗っていた機体なんだ。お前さん風にいうなら、ラニウス一番機だな」

「一番機…… これが……」


 コウは息を飲む。愛機のルーツがそこにあった。


「当時のラニウスは売れなくてなあ。人工筋肉が仇になっちまって整備性に難ありという評判になっちまった。最初こいつが完成したところでマーダーに襲撃されてな。二番機から八番機の初期ロットのうち、五番機が暴走してここに捨て置くしかなかった。MCS暴走案件は廃棄という決まりがあったしな」


 以前にも聞いた話だ。スクラップするには忍びないとここに放置された五番機が、コウを救ったのだ。


「最初は八機だったんですね」

「移転先で追加生産してよ。結局五十機も造らなかったな。人工筋肉の構造を採用した機体を残すために汎用性を重視したファルコを造ってね。こいつはそこそこ売れた」


 懐かしそうに呟く兵衛。コウによるアシアの技術解放までは創意工夫の連続だった。


「ファルコもアクシピターも生産縮小。うちもラニウスを主力でいくことにしたよ」

「え? どうしてですか」


 アクシピターはいわばラニウスの後継機だ。設計が古い機体が残るのは道理に合わない。


「それがなあ。はっきり言っちまうが、アクシピターは勝率も悪く縁起が悪すぎる。何よりもう俺が造りたくねえ」

 

 兵衛がぶっきらぼうに言う。とくに最後が本音なのだろう。

 アクシピターは兵衛自身が二度敗北し、結月が死亡した機体だ。敵アサルトシルエットの主力カザークの基礎になってしまった経緯もある。何より二度もストーンズの手に渡っている。

 縁起の悪さでは群を抜いているのは確かだ。


「それは……」

「ラニウス自体はな。使いやすいとは評判だったんだよ。整備性が仇になっているぐらいでな。A型になって人工筋肉から装甲筋肉へ移行したことで防御力も格段にあがり、アサルトシルエットとしての地位も確立した。これだけ普及したら大抵の場所で整備できる」

「アクシピターはピーキー過ぎた性能だったのかもしれませんね」

「乗りやすさも性能なんだ。それだけはカタログスペックだけじゃ測れない。結果論だがなぁ」


 カタログスペックなら総合性能はアクシピターのほうが優秀と断言できるレベルだったろう。とくに飛行能力に優れ機動力が優秀。運動性も高いエースパイロット用として期待されていたのだ。

 ラニウスが勝てるのは装甲圧と加速力、そしてセンサーの豊富さぐらいだろう。


 運動性能や機動性は最高ではないが高い次元でバランスが取れている証拠だ。

 制御しやすく、周囲の状況が確認でき、被弾しても安心感がある。そういう目に見えない部分が、多くの人にとって『乗りやすい』ことになるのだろう。


「それに車だって昔の名称とコンセプトが復活するなんて日常茶飯事だったろ。大切なのはオリジナルがもつコンセプトだ。今のラニウスは初期のラニウスとまったく別物だが、それでも剣士用という理念は変わっちゃいねえ」


 コウもその言葉には同意する意味で頷く。


「一番機見てたら本当にそう思ってたよ。下手に凝るもんじゃねえってな。初心に帰るってことだ」

「はい」


 乗りやすさも性能。カタログスペックを重視し、絶対性能を追求しがちなコウには耳の痛い話だった。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 一番機の前で二人は長らく語り合っていた。


「次はどんな風にラニウスをバージョンアップさせるんだ? もう方向性は決まっているんだろ?」


 兵衛は興味津々だ。


「とはいっても構築したのは兵衛さんですし」

「何いってやがる。ありゃもうお前さんの担当だよ。今の形にしたのはお前さんだ。自動車だってバイクだって最初の設計者とマイナーチェンジの担当者は違うだろうが」

「わかりました。ラニウスCはツインリアクターをもう少し詰めます。装甲材質も見直ししないとですね。飛行用の追加装甲は衣川さんに手厳しく教わっています」

「あの人は飛行機関連は熱心だからなあ」


 わざわざ手厳しく教わっているというコウに対し、兵衛は苦笑いだ。思い当たる節があるのだろう。


「ラニウスCブロックⅢってところか。それに応じてラニウスAとBも少しいじることになるな」


 戦闘機にのみ適用されるバージョンアップを示すブロック。シルエットの規則では単純にⅠとⅡとバージョンアップするごとにあげていく。

 構築技士に航空機関連者が多いゆえ、航空機用語も多い。


「他にも何か考えているだろう?」

「まだ構想段階ですが…… アナライズ・アーマーを使った戦闘機とラニウスCの発展型を組み合わせたラニウスD型を」

「ん? ファミリアに乗ってもらうのかい?」

「そうですね。復座ならぬ複乗型の多目的戦闘機形態。サンダーストームをよりコンパクトにしたものを。多目的戦闘機形態で移動し、追加装甲をA型やB型のラニウスに渡し、サポートできる多目的戦闘機として戦闘が継続できるように」

「C型は単体として完成しているからなあ」

 

 飛行型、そして追加装甲を外した高機動型。当面は細かい調整のみとなるだろう。


「アサルトシルエットとしてのラニウスは積載量が低く武装をが少ないのが欠点ですからね。いっそアナライズアーマーとしての支援戦闘機を造ろうかなと」

「ファミリアと連携を深め、部隊運用するか」

「シルエットは地上、空はファミリアに。戦争では無く小規模な戦闘を想定した小部隊運用を検討しています」

「ふむ。なるほどな。完成したらうちで生産することになるしな。楽しみにしているよ」

「はい。お願いします」


 目の前の一番機。

 ここから全てが始まり、今や戦闘機との連動も視野に入った。

 可変機とも異なる方向性。いや、可能性だ。


 この可能性を見いだしたのはヴァーシャからの戦闘機では無く飛行機としての可変機という構想からだ。

 コウは一人では無く、ファミリアの力を借りることで方向性を考えた。


「どこまでラニウスが強化されるか、俺自身も楽しみなんだよ。こいつぁ色々助けられたなあ」


 しみじみと呟く兵衛。

 

 二人は一番を眺める。

 出会った頃の五番機とまったく同じ形状のシルエットは、静かに佇んでいた。

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