戦後体制に向けて

 講和成立より一ヶ月が経過した。


 区画の数分の一を喪ったP336要塞エリアは急ピッチで進んでいる。

 コウも動いている。P336要塞エリアそのものとの約束なのだ。


 商社やそれぞれの企業の独自ルートを使い、再建素材を大量に買い込んでいる。

 一部の傭兵もそのまま残り、復興業務を手伝っている。自分の機体で済む分、安いものだ。


 今日はシルエット・ベースにいるコウも呼ばれ、ブリコラージュ・アカデミーにA級構築技士。そしてジェニーたちメタルアイリスの幹部が集結した。

 

「ストーンズは防衛ドームも想像以上の数を我々に譲渡しました。このシェーライト大陸から一時撤退も視野に入れているかもしれませんな」


 フユキがモニタを使って、大陸の状況を説明する。シェーライト大陸こそ多くの企業があり、かつての主戦場だった大陸なのだ。


「大勝利だ。しかし問題もある。勝った途端、わらわらとユリシーズに参加表明する企業が多すぎたよ。俺の一存で受付中止にしてるぜ」


 ケリーが憤慨気味に言う。

 苦しいときは傍観、中立で勝利した途端に参加は虫が良すぎる。

 

「そういうものです。戦後体制はユリシーズを中心に、アシア大戦参戦と終戦後参戦という形になるでしょうね」


 ウンランがなだめる。


「中立ならいざしらず、ストーンズにいってしまった奴らも多いからなあ」


 兵衛が苦笑しつつ現状を指摘する。


ユリシーズに参加せず様子見していた企業も多い。とくにP336要塞エリアが半壊したときがきっかけとなり、ストーンズ勢力についた企業も少なくない。

 あの状態からの逆転は予想も出来なかったのだろう。


 判断を誤った経営者と評価するべきか。

 逆にあの惨状を見て立ち上がり参戦した企業もある。彼らは幸いだった。


 そしてメガレウス攻略作戦から講和までの時間も速すぎた。戦況の優劣の判断は数週間かかるだろうと思われていたのだ。

 参加表明する暇がなかったという言い訳はあちこちで聞く。駆け込みで参戦できたのは僅か数社のみ。


「特区はシルエット・ベース。そしてP336要塞エリアと軌道エレベーターがあるR001要塞エリア。そしてこれら重要拠点に近い防衛ドームが一等地となるだろう。こちらへ移転を希望する新規参加企業ほど重要拠点から遠い場所になるが、理解してもらいましょう」


 バリーが大陸図を画面に映して説明する。


「シルエット・ベースはスカンク・テクノロジーズが研究機関として移転に。BAS支社のアルビオンはそのままです」


 ケリーはユリシーズを結成した立役者だ。特区であるシルエット・ベースに参加は当然だ。いち早くアストライアの救援に駆けつけたこともあるが、最大の理由は別にあった。

 スカンク・テクノロジーズは自社生産は意欲的ではない。構築技士養成に力を入れていた企業だ。BAS社のアルビオン支部はパンジャンドラム部と揶揄されている。

 つまり経済活動的にはまったく脅威はなく、むしろ技術的な面で確保されなければいけない企業だった。


「P336要塞エリアにはクルトマシネンバウ社が継続で王城工業集団公司社を移転。ギャロップ社とアイギス社もそのままです」


 空のクルトと陸の王城工業。そしてギャロップ社は引き続きセリアンスロープのためのシルエットを生産。アイギス社は必要に応じて兵器を生産する生産専門部門ともいえた。

 再建とともに再開発も進め、大企業を四社導入できる工業都市になった。


「R001要塞エリアは御統重工業と五行重工業。そしてゼネラル・アームズとBAS社なります。アトゥグループとランドストローム社は最寄りの防衛ドーム三カ所に分散して移転します」


 海の守りは戦争で重要な役割を果たした御統と五行の両日本系企業だ。常に連携している二社でもある。

 ゼネラル・アームズとBAS社も同様だ。


 軌道エレベーターに近い防衛ドームも一等地だ。アトゥグループもランドストローム社も勝ち組といえるだろう。


「TAKABA社が見当たらないが?」


 クルトが気になったようで口を挟む。


「TAKABAは旧TAKABAがあった防衛ドームを区画拡大して再建することになりましたよ。I250工業系防衛ドーム。社員に愛称によるとニューシェルです」

「新規で防衛ドームの再建なんて無茶いってすまねえなあ」

「そして周辺の防衛ドーム二カ所もTAKABA社の管轄になりますね。それでも生産規模は要塞エリアの工場にやや劣ります」

「だろうね」


 御統の衣川が頷く。工業系要塞エリアの強みは生産設備が豊富なことだ。


「うちはもともと中規模企業だ。それぐらいでいいんだよ」

「シルエット・ベースとも近いのはいいね」


 ジェニーも鷹羽兵衛がコウの近くにいるなら安心できる。

 本人たちが納得しているなら問題ない。アシアの技術解放に応じて最適化された重工業防衛ドームになることだろう。


「さきほどもいった通り新規に参加し移転を希望する企業は多数あるが、参戦タイミングや功績によって異なる。そこは俺とケリーがやろう」

「バリーとケリーが? アシアじゃないんだ」


 コウは疑問に思った。功績や参戦タイミングなどは超AIが平等に判定すると思っていたのだ。


「AIに責任まで押しつけるわけにはいかんだろ? 最後の判断は人間がするんだ。振り分けされて全員が納得はしないだろうし、俺達が護るべきアシアに敵意がいっても馬鹿らしいからな」

「そういうことか。うん、こちらで責任持たないとな」


 自分の未熟さを反省する。判定は責任を伴う。バリーの言うとおり、いかに公平とはいえ、人間が責を負うべきなのだ。


「どんな判断したって受けとるほうの解釈で感情も変わってくる。そんな雑事でアシアを煩わせることもなかろう」

『ありがとう。ケリー。バリー。数字では出ないところまで考慮すると、そういってくれると助かる』

「いいさ。慣れてるしな!」


 ケリーはなんどもそういう判断をしてきたのだろう。性格も豪快ゆえに、恨まれることもあったに違いない。


「大所帯になった分、苦労するわね。これからもよろしくね、アシア」

『うん。私も手伝うからね』


 そういって戦後体制に向けた企業所在の割り振りは進んでいった。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「アシア大戦における兵器開発も終わりだな」

「兵器開発も落ち着くのか。次はどうなるんだろう」


 コウはぽつりと呟いた。

 アシア大戦中においては、常に必要性や必要になるであろう状況を想定した構築が行われた。


「知らんのか」


 ケリーが意地悪く笑う。


「兵器開発が始まるんだよ」


 その言葉にその場にいる全員が苦い笑いや、ため息をついた。

 人類の歴史が証明しているからだ。


「え?」

「かつては状況を打破するために開発された兵器。ネメシス戦域では技術解放によって構築できる兵器が増えましたよね。地球の歴史を紐解といて見ても大戦中に活躍した兵器は事前から研究したものが大半。戦時に開発された要素は革新的ですが実用化に間に合わないことがしばしばです」


 クルトが解説する。


「ツインリアクターにしても、新マテリアル生産法にしても既存の兵器にほぼ影響なかったでしょう?」

「確かに……」


 R001要塞エリアのアシアを解放し手に入れた技術。新型のパワーパックや新素材はほとんど適用できていない。


「敵も同様のはずです。アベレーション・アームズにアベレーション・シルエット。実験的に導入しながら、どれが最適か研究していた。本格的な兵器運用はこれからでしょう」

「双方蓄積した技術で新型機体を構築し牽制しあう。そのなかで空母爆弾や宇宙からの質量兵器問題も出てきた。しばらくは睨み合い、通常なら冷戦ってヤツになる」


 クルトのアベレーション・シルエットに対する予測とケリーの歴史からの予想だ。


「通常なら?」

「この惑星の技術解放の元締めはアシア、ひいてはお前に権限がある。あのどでかいレーザーみてビビったぜ」

「そ、それは……」

「お前の判断は正しい。無制限に解放してみろ。惑星間戦争の繰り返しとなり、ソピアーがリセットした意味までなくなっちまう。さすが俺の弟子、ってところだな!」

「今や僕達の弟子ですよ」


 ケリーが自慢げに言い、ウンランが小さく抗議する。コウの構築するプロセスや概念は、彼らから教わったものだ。


「違えねえ」

「アシアもいっていましたよ。今回の技術解放が大きなもので最後、と。一番権限の大きいアシアだったそうなので」

「実際やれることはかなり増えたな。試行錯誤しているが、与えられたパーツが多すぎる」


 航空関係専門を自負する衣川も嬉しそうだ。


「俺達が新しい兵器を作る。余った余剰兵器は第三国へ輸出されるというのは地球と変わらんがね」

「……そういえば最初に教わったのがそのことだった。技術解放が進むと兵器開発が進み、余剰兵器が紛争を引き起こすと」


 初めてアストライアに出会った時、師匠に教わったことだ。


「大戦があったからなおさらだ。俺達は防衛力を高め、ひいてはストーンズ率いるアルゴナウタイ全体とやりあうために兵器を構築する。ほかは何より駒が足りねえ」

「確かに。他の大陸はマーダーに対抗するための戦力もない状態だ」


 ケリーの発言にバリーが肯定する。マーダーは彼らの中では旧式兵器だが、他の大陸ではいまだ脅威。対抗するための戦車すらない状況だ。


「ここが一時的に平和になったところで結局他の二大陸でも戦争中。人類が押されている。抵抗している傭兵組織はあるが、肝心の傭兵機構本部が行方知れず。俺達に助けを求めてきているんだよ。幸い本部がなくてもオケアノスが管理しているから傭兵機構そのものは機能しているがね」


 バリーが嘆息する。エイレネは局地といったが、まさにローカルエリア内での平和といえるのだ。


「助けはしたいが……」


 コウにもわかる。メタルアイリスやユリシーズに他の大陸の面倒まで見る余裕はない。


「俺達は企業だ。金を積まれれば売る。現在五つほどの勢力があるんだよな」


 ケリーが現状を告げた。


「五つ? そんなに?!」

「ここは俺が説明しよう。まずストーンズとアルゴナウタイ。これはわかるな。アルゴフォースはカストルのシェーライト大陸方面軍といっていいだろう」


 バリーが惑星アシアの地図を呼び出し、解説する。


「ああ」


 戦い抜いた相手だ。あの戦力でも方面軍なのだ。援軍の大艦隊をみてもストーンズ全体の総戦力、そして生産力は相当なものだ。


「次にアルゴナウタイ系の傭兵組織だ。犯罪者でファミリアから睨まれてる連中が多かったが、今は金次第で向こうにつくやつもいる。傭兵機構経由で参戦しているようだからユリシーズの企業が傭兵機構に兵器を卸せば、俺達の兵器もアルゴナウタイの兵器も買えるだろう」

「傭兵相手に売らない、というわけにはいかないもんな」

「新型は売らないぜ。せいぜい手に入るのは金属水素貯蔵型のシルエット程度だろう。そこは俺達も考えるさ。言葉は悪いが古い兵器の在庫処分先ということでもある。客を選ぶぐらいはできるさ。逆にこいつらはアルゴフォースのシルエットは買えるだろうな」


 ケリーが補足する。

 

「なるほど。それだけでも安心しました」

「三つ目は俺達だ。ユリシーズ直属傭兵と、防衛組織であるメタルアイリス正規軍だな。状況を見ながら部隊派遣も検討しないと」

「私たちは国でも慈善事業でもないから、そこまで積極的に派遣はしない方針。今はね。ただ二大陸完全制圧されると私たちも分が悪い。最後は結局この地方に攻めてくるはず」


 ジェニーも積極的な派兵は反対のようだった。


「そこで四つ目のユリシーズとメタルアイリス側の傭兵組織だ。傭兵機構を通さずに参戦できる仕組みを作りたいところだ。肝心の傭兵機構が信用できんからな」


 二人の言葉にコウも頷く。傭兵機構は良くも悪くも中立だ。


「そして最後の組織こそ傭兵機構本部だ。金さえ払えばどちらの組織にも人やアンダーグラウンドフォースを仲介し派遣する。本部機能は行方不明とは言え、組織全体はやはり惑星アシアそのものを長年運営していた連中ともいえる。その意向の影響力はいまだ大きい」

「彼らとも交渉するはめになるでしょうね。こっちに要塞エリアの運営権を丸投げしたのは彼らだけど、返せ徒言い出すかも知れないし」

「そうなったら戦争だな」


 漁夫の利というヤツだろう。疲弊して総取りを狙うなどと考えているかもしれない。

 そうなったらコウも徹底抗戦するかもしれない。


「難しい話になりそうですね」

「なに。国家という概念が希薄な時代でよかった。傭兵組織が五つあって、企業の配置換え。それが惑星アシアにおける戦後体制の基幹だろう」

『希望的観測ね、バリー』

「アシアがそれをいっちゃあお仕舞えよ」


 バリーが渋い顔をする。簡単な話、で済ませたい。


「俺の予想だが、真の戦後体制構築――体制転換レジーム・チェンジはまだこれからだ。きっと大きな波があと一回か二回ある。もうこの世界は傭兵機構では回せないだろう」

「どうして?」

「以前はケーレス、違うな。マーダーと傭兵の戦いだった。だが今は違う。人間組織同士の戦いだ。そこはやはり今までと違うさ」

「それもそうか」


 以前にはない組織。それがアルゴナウタイ。半神半人率と洗脳され管理された人々の、ストーンズのための軍隊だ。


「二つの大陸では国家を興そうという動きもあるらしい。自分たちの要塞エリアや防衛ドームを守るためにね。アシア大戦前と後の世界。動乱の時代はこれからかもしれないんだ」

『理解してるじゃない』

「だからそこは否定して欲しかったよ、アシア」


 バリーの理解に安心したアシアと、肯定されむしろ絶望的な気分になるバリーだった。


「俺はしばらく大人しくしとくよ」

「そうしておけ。コルバスに乗ったエースパイロットの半神半人を倒したお前は今やマルジンとともに賞金首になってるだろうからな」

「え? なんでマルジンが?」

「メガレウスを一撃で半壊させる手段を実現したヤツはそりゃ警戒するだろう。アイデアを編み出した犯人がお前だとしてもだ」

「しばらくシルエット・ベースに引き籠もるよ」


 アストライアに引きこもってゆっくりしたい。コウの願いだった。


「約束通り僕らと勉強の時間だねコウ君」

「鍛錬の時間でもあるぞ」


 ウンランと兵衛が待ち構えていた。


「うむ。アカデミーで存分に学んできたまえ」


 リックがにやりと笑い、決定事項のようだ。


「やっぱり勉強かー」


 コウの悲鳴に一同笑うのだった。

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