終戦

敗北けたか」


 アルベルトは無表情に呟いた。


 ヴァーシャより連絡があり、カストルが死亡し講和が成立。

 三十分後までに戦闘を停止せよとの連絡があった。


 そこで通信が切れた。よほど急ぐ理由があるらしい。


 メガレウスに侵入したメタルアイリスの部隊も撤退しつつある。

 

「この場にいる我々は逃げることはできんな」


 アルベルトはメガレウス戦闘指揮所の中。

 敵の潜入部隊はこの場所の制圧が目的だ。


「各自。戦闘を中止せよ。野外に展開している部隊は帰還を行え。講和が成立した」


 敗北したの言うべきなのだろうが、今更感もある。


「包囲されている者へ。投降すれば命は助かるはずだ。ムダに命を捨てることはない」


 大型爆弾を使った彼が生きて出ることができる可能性は少ない。

 ならば将として出来ることはすべきだろう。生粋の技術者たる彼だが、せめて脳裏に浮かぶ世界史の指揮官たちのように振る舞おうと思ったのだ。


「我々はどうなるのでしょうか?」


 不安げにオペレーターが呟く。


「私たちは何を差し出したのか。これからどうなるのか。私自身何も知らされていないのだよ。まずは不安と戦わないといけない」


 自暴自棄になってはいけない。

 賭けには負けた。しかし、勢力的には未だ彼らのほうが優位なのだ。


「メタルアイリスから通信です。付近にいるシルエットのようです」

「繋げたまえ」


 実働部隊の人間だろうか。自分たちの命運がかかっている人物である。


「聞こえますかアルベルト」

「クルト君か」


 思わぬ人物からの通信だった。正直好ましい交渉相手ではない。

 クルトは私情を入れないよう努めている。彼の会社を壊滅させたのはアルベルトだ。

 古い旧知でもあり、投降を呼びかけたこともある。


「大人しく投降しなさい。あなたたちの身柄を一時確保した上で、後日アルゴフォースに引き渡します」

「それは意外かつありがたい提案だが、何故だね」


 P336要塞エリアに対し行った作戦を考えると厳罰に処されるのは明白だ。


「ヴァーシャが提示した講和の条件の一つです」


 ヴァーシャが! 

 その言葉を聞いて驚愕したのは何より本人だった。動揺を隠すべく平然とした顔を保とうとする。

 思いもよらぬ言葉だった。先ほどの通信では何も言わなかったのだ。

 

アルベルトとヴァーシャの間には友情は生まれていたが、実利を取ると思われた。

 先ほど何も言わなかったのも余計な情報が漏れないようにするためだろう。


 一生頭にはあがらないだろうが、恩をいつか報いることを誓う。


「わかった。投降しよう。我々の敗北だからな。現時刻より三十分後でいいかね? 停戦合意が為された以上、我々に戦闘の意思はない」


 この後に及んで流れ弾で死にたくはない。少し長めの時間を告げる。

 会社を失い多くの社員を亡くしたクルトが、自分への殺意を抑えているのは理解できる。


「承知しました。では三十分後にファミリアたちが内部に入ります。彼らの指示に従いなさい」


 クルトは淡々と告げるとと、メガレウスから脱出を始めた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 メタルアイリス、そしてユリシーズの直属部隊は戦闘を中止し、画面を注視している。

 バリーの演説が始まるのだ。


『ユリシーズ及びメタルアイリスの同士に告ぐ。アルゴフォースが敗北を認め、講和が成立した。我々は勝利したのだ!』


 全軍に響き渡る声。バリーの堂々とした映像。


『彼らはQ019要塞エリアとQ221要塞エリア、付随する防衛ドームを我々に全て譲渡。この地より撤退する! これが我々の勝利の証。この地を取り戻したのだ!』


 あちこちで歓声があがる。遂にストーンズがこの地から撤退するのだ。


『各隊に指示は出ていると思うが継続している戦闘を終了せよ』


 銃声も徐々に止む。戦闘する必要が無いことを敵も察したようだ。


『決して領土のために、要塞エリア欲しさに戦ったわけではない。アシアを――自分の居場所を守るために戦った。多くの死者も出した。だが、我々人類は初めてストーンズの軍隊に勝利した!』


 メガレウス部隊も一時引き下がる。

 確かにアルゴフォースのメガレウス周辺部隊も、撤退を開始していた。


『多くの戦死者たちに追悼を。そして感謝を。彼らが礎になったからこそ、我々の勝利はあった。みな本当によく戦い抜いてくれた』


 バリーはいったん区切り、再び語り出す。


『俺からは最後だ。まだまだ戦いはある。次の戦いに備えなければ。P336要塞エリアの復興もしなければならない。今後も、皆で成し遂げよう。では次は――』


 バリーが目配せし、次に映像が映ったのはアシアだった。


『このたびの戦争の発端はストーンズ――アルゴナウタイ及びアルゴフォースが私の身柄を要求したことに端を発しました』


 ファミリアたちが画面を食い入るように見つめている。

 彼らでは救い出すことが出来名かった、惑星を管理するAIの姿。


『それどころか軌道エレベーターに封印されている私まで解放してくれた。私を再封印することは敵にとっても困難と断言できます』


 アシアの姿も成長しているものになっている。


 もしそれを行う場合、メタルアイリスを一瞬で制圧せねばならないということ。

 現状のストーンズの戦力では不可能だ。


『今や私には寄り添うべき者がおり、その事実は皆さんとも今後寄り添える続けるということです』


 ファミリアたちは人間と寄り添う。それは超AIも変わらない。


『多くの戦死者を出してしまいました。とても辛く哀しい事です。ですが彼らが道を切り拓いてくれたことを忘れてはいけません。未来に続くその道を私たちは行きます。守り、伸ばすため皆様も協力してください』


 人間たちやネレイスもその言葉に頷いている。


『すべてのものに感謝の言葉を贈ります。ありがとう。そして今は勝利を分かち合いましょう』


 アシアは皆にそう語りかけ、映像は途絶える。


 ディケの艦内では拍手が鳴り響いた。


「お疲れ様。バリー。大手柄よ」


 ジェニーがにこやかな笑顔で肩に手をかけてくる。


「そりゃビッグボスとエメちゃんにいってやれ」


 コウの非常識さとエメの行動力に救われたのだ。

 自分で為した業績とはあまり思えない。


「あの二人は別格すぎるよねー」


 ジェニーはバリーがいなければ戦争は無理だったと思っている。コウは自らを過小評価するがバリーも似たようなものだ。似たもの同士でもあるのだろう。


 とくにコウはアシア救出作戦から今までに散々驚かされてきた。

 彼が来るまではこの惑星アシアは管理AIたるアシアを救う術すらなかったのだ。


 彼らが功労者だと知る者は多いが、表舞台に出さないと決めた。

 二人がそう望んでいるし、片方は十にも満たない少女に過ぎないのだ。


「平和とは次の戦争までの準備期間である、か」

「いきなり嫌なこといわないでよバリー」

『私を呼んだ? 呼びましたよね?! 平和といえば私! 私といえば平和!』


 エイレネが嬉々として現れる。

 メタルアイリスでは一番平和とはほど遠い存在に思われているエイレネだった。


『帰りなさい』


 ディケがとりつく島もない。


「エイレネ。ローマ神話のパクス。意味は戦争と戦争の間、だったよな。平和を勝ち取ったで、でいいのか? この場合」

『そうですよー。バリー総司令の言葉通り平和を勝ち取ったのです。そして平和とは次の戦争までの準備期間という意味でもあります』


 平和を語らせたら止まらないAI。それがエイレネである。


「汝平和を欲さば戦への備えをせよ、か。昔の格言は重いな」

『理解が早くて助かりますバリー司令。今からこの地域の経済や環境を立て直し、より大きなストーンズとの戦争に備えなければいけません。敵に攻撃される可能性の少ない期間。それが平和なのでしょう。局地、短期間かもしれませんが遂に平和といえる状態を取り戻したのです』


 いつもは明るく天然キャラの平和を司る女神も、このときばかりは真剣だ。

 一地域とはいえようやく為しえた平和なのだ。


「局地だよなあ。他の惑星どころか、二つの大陸も戦争中だというのに。俺達だけ平和でいいのか」

『他の大陸も放置はできないでしょ? だからこそ平和のうちに力を蓄え、敵に侵攻されないための絶大な軍事力を積み上げる時なのです。少なくとも指導者の平時は戦争ですよ』

「やだなぁ」

『他大陸のマーダーに侵攻され住処を喪った人々の避難場所、安寧を与えることはあなたたちメタルアイリスとユリシーズにしかできません。アルゴフォースの言うとおり建国も一つの手です』

「平和の女神からの助言は重いね。国になるのはやだなあ。な? ジェニー」

「イヤねー」

「難しい話はあとでしよう。イヤでもたくさんするからな」

『平和のことならいつでもお呼びください。それはきっと困難で地道で、理解されない孤独な道筋でしょう』


 にこやかな笑顔で消えるエイレネ。笑顔と内容が一致しない。


「やれやれ。平和の女神も皮肉屋になっちまったか。コウにでも押しつけたい気分だな」


 バリーが苦笑する。エイレネが言いたいことも理解できるのだ。


「私はコウ君を見に行くわ」

「おう。英雄の帰還だ。いってやってくれ。あいつが戻ってこそ本当の終わりだ」


 うっすらと乾いた笑みを浮かべ、バリーは司令席に深く座り込む。


「あー。疲れた」


 あまりに暢気な言い方に、思わず笑うクルーであった。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コウも五番機のなかでバリーとアシアの演説を聞いていた。


「ようやく終わった、か」


 思えば惑星アシアに転移して、もう一年以上経過している。

 長い戦いだった。


「まだ実感湧きませんね」


 兵衛に語りかけるが返事がない。後部座席を見ると鷹羽兵衛は眠っていた。

 連戦と、修司の結末を見届けて疲れているのだろう。


「やらないといけないことはいろいろあるけれど戦争そのものが終わったわけではないか」


 コウ自身も認識している。

 あくまで戦闘が終結したのはアルゴフォースとメタルアイリス及びユリシーズのみであり、他の大陸は殺戮機械が横行し、人類さえ分裂してしまった状態であることを。


「まずやるべきは相棒の修理だな。五番機。もう少しだけ待っていてくれ。最優先で修理する」


 コウはMCSに語りかける。

 五番機はその呟きに応えるかのように加速した。

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