講和成立と停戦合意

「まずは互いの重要人物が搭乗しているMCSを交換だ」

「わかった」


 五番機はコルバスからカストルの破損したMCSを引き抜き、ボガディーリは丁寧にアクシピターのMCSを引き抜く。

 戦闘中別の機体への換装も容易なMCSだ。シルエットなら造作もない作業だ。


 お互いMCSを地面に置き、相手のほうに滑らせる。

 五番機が兵衛のMCSを受け止め、カストルは破損したMCSを受け止めた。


「兵衛さん!」

「手間かけちまったな」


 ヴァーシャは念のためMCSのハッチを開ける。

 崩れ落ちた姿勢の無傷の修司の肉体があることを確認。無造作に後部座席のカレイドリトスを収納した装置を取り出し、五番機の方向へ放り投げた。

 満足そうに頷き再びハッチを閉じる。


「この肉体の保存のため、アクシピターはもらっておくよ」


 保存のためといっているが、アクシピターを入手し嬉しさを隠しきれないヴァーシャ。

 あとで構造をじっくり分析するのだろう。前回入手したものからどれだけ洗練されているか楽しみで仕方ないのだ。


「ち。仕方ねえな。負けたのは俺だ。もっていけ」


 二度も奪われた形になるアクシピターだ。

 さすがに兵衛自身辟易している。新たな技術の一部が敵の手に渡ることになるのだ。


「双方の捕虜交換によって、たった今講和は成立し次の段階――停戦合意を確認したい。それでいいな、バリー司令」

「その通りだ。ヴァーシャ」


 講和が成立した。

 現在双方の軍が交戦中。次に行われるものは停戦合意、そして指示。ようやくこの段階を踏めるとも言える。


 ストーンズとの三十年以上に渡る戦争初の、人類組織勝利による講和。大きな歴史の一ページとなるだろう。


「停戦合意を即時告示。停戦指示はお互い三十分後指定でどうか」


 大陸の半分を巻き込んだ大規模戦争だ。停戦には多少の時間がいる。

 即時停止を完璧にこなすのは双方無理な話だ。


「よいだろう。問題はない」


 互いに軍人だ。話もスムーズに終わる。

 ヴァーシャはすでに敗北を認めた。ならば条件闘争をしている間も惜しいのだ。


 終戦へ向けて確実にプロセスを踏んでいることにバリーも確信する。


「この地域におけるアルゴフォース全部隊の撤退は二週間を目処に行おう」

「なにぃ? 十日ぐらいでやれるだろ」


 言われるままも癪なので、カマをかけるバリー。


「我々は敗北した側だ。それぐらいは受け入れよう」


 あっさりとヴァーシャは飲んだ。余裕を見ての二週間だったのだろう。


「それでは交渉連絡の窓口は明日から設ける。細かい調整や連絡はその部門でやらせてもらう」

「こちらも異論はない。同様の部門を創設し対応しよう」

「話は以上だな。ではこれで私は戻らせてもらう」


 アクシピターを抱え、ボガディーリは去って行く。

 隙だらけだなと、コウによからぬ考えがちらりとよぎる。

 

 狙い撃つことも容易だが、そんなことをすれば戦争は収拾がつかなくなる。

 少し考え、やめた。


 講和を優先すべきだ。何より五番機のダメージも大きい。

 

「本当に終わったのか」


 自分でも半信半疑だ。カストルを倒してから急展開すぎる。


「終わったんだよ。ビッグボス。おまえのおかげでな」


 そう言われてもピンとこない。


「戦争終結宣言を、停戦後に行う。やれやれ。もうこんな大役はごめんだぜ」

「あなたに任せて正解だったわ。バリー」


 ジェニーが微笑む。自分ではユリシーズとの交渉など思いもしなかっただろう。


「あとでたっぷり労ってもらうさ。じゃあ準備を始める」


 バリーは改めて気を引き締めた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 五番機はまだ廃墟にいた。


 地下にあるジャンクヤード。五番機と出会ったその場所に。


 見覚えのあるシルエットたちはそのままだ。ベアやエレファント。試し切りした廃材の数々。


「ここから全てが始まったんだなあ」

「そうですね」


 兵衛は五番機の後部座席に座っていた。


「そういや大剣一本であのマンティス型のケーレス倒したんだって? 最初期のラニウスで無茶すぎるぜ」


 現在使われている装甲筋肉ですらない、ただの人工筋肉。装甲効果など一切ない。それも数年廃棄場で放置されていた機体だ。

 当時の戦力ではレールガンを搭載しているマンティス型を倒すにはシルエット三機はいる。それだけで無謀さがわかるというものだ。


「今更そんなこと言わないでください」


 呆れたような兵衛に苦笑するコウ。

 師匠と必死に訓練した時間を思い出す。


「アシアの声が聞こえ、師匠と五番機に出会えた。だから生きているんです」

『普通私の声は聞こえないんだけどね。波長があったというのかしら。結局助けられたのは私のほうだけどね!』


 アシアが現れ微笑んだ。


「なあ。アシアの嬢ちゃん。相談があるんだけどよ」

『あら。ヒョウエが珍しい。何かな?』


 アシアがモニターに現れる。


「ここにAカーバンクルを持ってきて、防衛ドーム再建てのはできないか。転移者はいずれここにまた現れる。保護もできるようになると思うんだ」

「いいですね。それ。地下施設は生きているし」


 地下にある施設は全て通常のAスピネル、シルエットや戦車と同じ動力で動いている。強度はAカーバンクルに比べるまでもないが、それでも地下施設を維持し続けている。

 そのおかげでコウは命拾いしたようなものだ。


 Aカーバンクルは倒した空中空母に使われていたものをいくつか鹵獲している。問題なかった。


『シェルターも今なら作れるし可能だよ! いいね。それ。今まで再建されたドームもないし。第一号ならここがいいね!』


 アシアも喜んだ。コウと出会った地。

 コウと彼女と交わした約束した場所。そして彼がその約束を叶えてくれたのだ。


『でもそれは先の話ね。コウ。まずはアストライアに戻りなさい。皆が待っているよ』

「わかった。すぐに帰るといってくれ」

『うん!』


 コウが帰る場所はアストライアなのだ。


「んじゃ帰るか。家に」

「そうですね。でもちょっとだけ」


 五番機はコルバスから取り返した結月の刀を携えていた。


「ここに結月さんの刀、置いてもいいですか」

「そこは?」


 兵衛がみたら何もない場所だ。


「この場所に五番機があったんです」


 一番修司に近い場所は肉体ではなく、ここのような気がしたのだ。


「なるほどな。そこに置いてやってくれ。頼む」


 兵衛も同じ思いだ。製造中の五番機に語りかける孫の姿を思い出し、不覚にも涙目になる。


 五番機はそっと刀を地面に置いた。


「すぐに戻ってきます」

「俺もだ」


 二人がいるかのように話し掛ける。


 五番機は再び地上に戻り、ゆるやかに移動、飛行に移る。

 アストライアに帰るのだ。

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