人機一体へ至る事
「距離を取って射撃戦に持ち込むつもりか」
カストルもDライフルの威力は知っている。
ラニウスは大きく弧を描きながら離れていた。地平線内にいるが、二キロ以上離れただろう。シルエットサイズでも剣の間合いに持ち込むのは容易ではない。
「剣に決まっているだろう。まがい物を斬り伏せるんだ」
五番機は刀の鞘に手をかけ、抜刀できる状態だ。ブラフではなさそうだ。
「距離を詰めて抜刀? もう少し合理的に考えるヤツだと思っていたがな」
どうやら修司はコウを買いかぶり過ぎていたらしい。
カストルにとっては都合が良い。剣術ではどうやっても勝てないので、得意の居合いの技術で勝負を賭けたというところだろう。だが居合いでも修司のほうが実力は上だ。
「しかもこの後に及んで居合いか。抜くという動作。一手多いぞ。こちらは最速で振り下ろすのみ」
「そうだろうな」
コルバスの装甲筋肉による斬撃速度は、今アシアにあるシルエットのなかでも最も高いものだろう。惑星間戦争時代のシルエットよりも
対抗できるのはそれこそオリジナルのフラフナグズのみだ。
「ゆくぞ」
五番機が加速する。
その姿勢にカストルは眉を潜めた。
コウは遠き昔を思い出す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
仕事帰りに偶然居合いの師と出会ったコウは河原にいた。
春の穏やかな日。多くのツバメが空を飛んでいる。
「見せたいものって?」
「飛燕返しという技をね。お前が好きそうだなって」
コウは苦笑した。確かに派手な技名は好きだ。
とはいっても居合いの練習は地味であるし、派手な技名は型の組み合わせが多い。
「かの佐々木小次郎で有名な燕返し。流派によって色々な言い方があるさ。燕廻しなんて言い方もあるね。元の技は虎切刀とも一身一刀ともいわれている。当流は飛燕返しだ」
コウは頷いた。飛燕返しは学んでいる。
「剣術の名称は同じ、技はまったく違うなんてよくあることさね。月影やら村雲、八重垣やらね。みんなそんな名前が好きなんだろう」
師は苦笑する。かなりお年を召された方だが、気さくな人物だ。
「いろんな技が消えていくのさ。居合いの昇段試験には役に立たないという理由でね。お前は段に興味ないから、ちょうどいいさ」
確かにコウは段位に興味なかった。
「さて。では見せるとするか。これが私の好きな<飛燕返し>さ」
小柄な師の姿がさらに低くなる。
舞っている燕に飛び込むように――
驚いた燕は急上昇し、姿を消した。
師は地面に突っ伏していた。慌ててコウが駆け寄る。転倒したかに見えたのだ。
立ち上がり嬉しそうな顔をする。
「ほらね」
手のひらには燕がいた。
「そ、それは……」
驚愕するコウ。離れ業というレベルなどではない。
師はすぐに離しし、燕は飛び立った。
「ふふ。できるかどうか不安だったよ。これはね……」
術理を聞いたとき、無理だと思った。
技に限界はないだろう。だが人間の行う技には限界がある。
「理想型は私でも無理さ。人間が機械の体になったら出来るようになるかもね」
師が悪戯っぽく話すその言葉はいまだに忘れられないのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その歪な姿勢とその飛行。
鞘に手をかけたままの極端な前屈姿勢だ。
その姿勢のまま右脚のつま先をやや前に片膝立ちのような姿勢を変えず、地面をひきずりながら加速してくる。左脚は後方に伸ばしつま先の先端のみ地面に触れており、火花を散らしている。
柄に手を掛けている状態は変わりなく、抜刀に転じることはいつでも可能のようだ。
「なんだ、あの低い姿勢は?」
ただの居合いではないのは明白だ。五番機のカメラは突き刺さるような光を発して、まっすぐにコルバスを捉えている。
先ほどの倒れた状態のラニウスと同様、低い姿勢の敵というのは斬りにくいのだ。
「ふん。加速段階をあげてきたか」
始動の飛行より加速が進んでいる。速度を上げるための姿勢だろうか。
回転デトネーションエンジンによるスラスター推力を段階的に上げてきている。
コウは最初両足のスラスターのみで飛行していた。現在は背中のスラスターも発動している。
時速900キロ程度だ。
「もう一段階、加速がくるな」
予想通り、あっという間に距離を詰めてくる。歪な姿勢も変化していた。
上体を伸ばし、地面に接地するかの如く水平となっている。下肢でのみの力で平衡を保っている状態だ。
カストルはコウの軌道を予想する。
普通ならば脛斬り狙い。剣士が忌み嫌う戦術だ。
効果的であるがゆえに、固執するものも現れ明治剣道に弊害をもたらしたことまである。
脛斬りがくるとわかっていたら対応は簡単だ。飛んで真っ二つにするか、蹴飛ばすか、下段から斬り上げてやればよい。
コウの性格ではあり得ない。奇策は好むが負い目が生じるような戦術は嫌うのだ。
あの姿勢から取れる剣の軌道は限定される。横斬りか袈裟か。加速した体当たりで姿勢を崩してくるのも居合いならありだ。
加速をつけた突進だろうか。それとも信念を捨て勝ちを取りに脛斬りか。加速は今や1100キロ。地上では超音速には至らない。
「やはりさらに加速か!」
コルバスが嬉しそうに叫んだ。読み通りだ。もし減速するなら側面や背面狙い。
目の前のラニウスはさらに加速したのだ。
ならば普通に真っ向斬りでよい。タイミングを合わせて振るのみだ。
穿ち貫いてもリアクターが動くならパワーパックごと両断するのだ。MCSごとコウを斬ることになるかもしれないが、その時は仕方がない。
カストルがコルバスを操作するためレバーのボタンを押す。
コルバスは腰を据え一歩前に踏み出し、剣を振り上げ――タイミングを合わせるつもりだった。
目の前に五番機がいた。
背面スラスターはあの速度で全開ではなかったのだ。スラスター全開の加速で時速1500キロを超えている。紛れもなく速度域は超音速。
その加速のなかで五番機は踏み込んでいる。コウはその速度域のなか、機体を制御しきっていた。
カストルは瞬きなどしてはいない。五番機が軸足を前に踏み出し、抜刀体勢に入り、大きく上体を伸ばすのが一瞬見えた。
空を舞う鳥のように羽ばたいたかに見えた。
「なに?」
閃光が疾る。
目の前にラニウスがいた。すでに抜刀し振り抜いた後であった。
遅れて轟音が響き渡る。音よりも疾く――音速を超えたのだ。ソニックブームが巻き起こり、噴煙が舞う。
五番機は背部の他に左右腕部のスラスターを最大全開にし、音速を超えた。
腕のスラスターを同時に全開。抜刀と鞘引きを、爆轟の力でもって行ったのだ。
コルバスの刀を握った両拳が空を舞う。手首から切断されていた。
恐るべきその技は一足一刀の間合い外からの奇襲。
踏み込み前屈の姿勢から大きく伸ばした上体と右腕。鞘引きを使った円の軌跡でもって、間合いの外から両拳を狙った斬撃を置くように振るっっている。
「なっ!」
カストルが絶句する。何が起きたか理解できなかった。
コルバスが斬撃を放つため両手の剣を頭上に掲げる、いわば斬撃の予備動作。
両腕を掲げ、両拳が頭上にいくまでのほんの僅かな瞬間を捉えた。
振り抜いた五番機の右腕がきしむ。装甲筋肉が悲鳴をあげているのだ。
爆轟を用いた最大加速による斬り上げは下手をすれば右腕部を引き千切ってもおかしくない。
すかさず鞘から手を離し両手で刀を握る。限界にまで振り絞ったその勢いを力に変えて、無声の気合いとともに渾身の袈裟斬りを放つ。
コルバスの手首のない左腕の上腕部を装甲ごと斬り飛ばし、腰にまで孤月の刃が食い込んだ。
「コルバスは最速だろうな。ならばそれを超えるに。――神速に達するしかないだろ?」
最速を超える――四肢の制御さえも
これがTSW-R1-05Cであるラニウス高機動型の神髄。その疾さは神速に至る。
百舌鳥の爪と嘴は我が子を守るためならば大鴉さえ撃退しうる。カストルはそれを知らない。
「なんだ、今の技は! 知らんぞ!」
明らかに洗練された業だ。思いつきで仕込まれたような動きではない。
本人も修練し、獲得した技術をシルエットに反映したものに違いない。
コウの師がみせてくれた
あまりにも非現実的な
一時期夢中になって練習もしてみたが、当然ながら人間の身では不可能。
腕立て伏せの状態からつま先だけで走ることができないのだから当然だ。まず腕立て伏せから手を離した状態で抜刀する練習を行ってみたことを思い出す。
だが彼らなら出来る。その動きが登録された五番機と、その術理を理解するコウが乗り手が故に。
彼らの経験がその領域に導いたのだ。
「これが奥伝形。剣舞<飛燕返し>」
コウの奥伝形とは師から伝授された、今や流派として伝授されることもない喪われた型であり技だ。
上がっていく斬撃のための拳の動きを燕に見立てる。
五番機はその両拳が上がる途上を捉え抜き撃ち、斬り裂いた。
這うように飛ぶ燕の低空飛行よりさらに低く、かいくぐるように奔る。そして急上昇する燕さえ捉える抜刀。その急上昇に転じる瞬間を見極め、斬撃の軌道を置いておく。
斬撃が速かろうと遅かろうとその抜刀の軌道に巻き込まれるのだ。
その二つを組み合わせたものが師から教わった奥伝形である剣舞の飛燕返し。
居合いの飛燕返しとは名前こそ同じなものの、まったく異なるこの業を師はコウにだけ伝授した。昇段に必要がない技法は廃れていく。興味が無いコウこそ伝えるに相応しいと思ったのだ。
これは師が流派を興した殺陣師から教わったもの。戦国時代より伝わる剣舞だったという。かつては実践された技だったのかも知れない。
この奥伝形が目指すものは、いわば先の先。究極の対の先ともいえる
「剣舞だと……」
「剣舞混じりの居合いは正道にはほど遠い邪道でね。今まで修司さんにも披露する機会も無かったさ」
修司にも見せたことがない、邪道の技。剣舞ゆえ一種の魅せ技だと思っている。
コウが剣舞を学んでいたのは知っている。修司自身見たことはないし、何より実戦的になりうる代物だとは思いもしていない。
「腕はもらった。プロメテウスの火もムダだぞ」
プロメテウスの火を使えば肘打ちや膝蹴りも致命傷となりうる。
しかし左の上腕部ごと切り飛ばし、刃を胴体に食い込ませ、その動きさえも封じているのだ。
「そんなもの誰が使うか!」
五番機はそのまま肩からの体当たり。加速の勢いはそのままにコルバスに打撃を与えるほどの突進力だ。
コルバスはその体当たりを正面から受け止めた。転倒しようものなら、確実に終わる。
「体当たりは想定してなかったか? 戦場では何が起こるかわからんぞ。――俺とお前の違い。それは実戦の差だ」
コウが気付いた事実。それは圧倒的な実戦の差だ。 構築技士としても剣士としても場数が違う。
司令官のコルバスが最前線に出ていたとは思えない。コウはこの場所でケーレスと死闘してから、五番機に乗って戦い続けていた。
寝ても覚めても五番機の強化方法を模索していたコウと、渡されるまま最強のコルバスに乗っていたカストル。
「俺達がやってるのは剣術の型試合ではなくシルエットでの戦闘だ」
カストルはまだ理解していない。コウと彼との差を。
「剣の腕前はシルエットの操作にも影響する! 貴様との差は歴然だ!」
現実に納得がいかないカストルが絶叫する。
加速が付いている五番機といえどコルバスを押し倒すには至らない。
体当たりとは予想外だったが、重量差は圧倒的だった。
「そうだろうな。だがシルエットでの理解では俺には及ばない。操作するという行為もな。シルエットは乗り手の可能性を切り開く人間拡張工学の究極系――人機一体へ至る
修司ならきっとシルエットに合わせた動きを追求していただろう。人間の可能性を追求し機械の肉体を通して行えることの自在化。それがシルエットの本質。
もし体の動きに直結するパワードスーツならコウは即座に生け捕りにされていたに違いない。しかしシルエットは乗り物だ。車やバイク、飛行機と同じ。機体一つ一つに癖があり構造が違い、乗り手もまた使いやすいように工夫を行う。
不動智に語られる『
用意された機体をそのまま使っているだけのカストルは、修司が持つ技術や知識の表層をなぞっているにすぎない。コウは看破したのだった。
「人機一体だと! 貴様如きが!」
修司の記憶があるがゆえカストルはコウを格下としか思えない。その先入観も邪魔していた。
押し続ける五番機。加速のついた衝撃までは殺しきれない。真正面から受け止めているコルバスは、踏ん張ってはいるものの押され、後退し続けていた。。
五番機のバイザーがコルバスの顔に突き刺さるか如くに間近に迫る。破損した五番機がモニターにアップで映し出される。
破損した保護ゴーグルから垣間見える、無機質な並列二眼がじっとコルバスを通してカストルを見据えているようだった。
「くっ」
思わず恐怖を覚えたカストルはうめき声を発する。
双方の両脚に接地した場所から火花が煌めいている。
次の瞬間視界から五番機が消えた。
「どこだ!」
上空を見上げても、背後にもラニウスの姿は見えない。背後のカメラも機影はなしだが通信強度は高い。
近くにいることは間違いない。焦燥感がカストルを襲う。
「修司さんなら俺を見失うこともなかっただろう。お前は所詮まがい物の石ころだ」
五番機が落下する。五番機は上空。
コルバスの頭上のほぼ垂直。完全な死角である頭部の真上にいた。
五番機は地面を蹴り上げスラスターで垂直に急上昇を行い、空高く舞い上がっていたのだ。
「実を言うとなカストル。懐かしかったよ。また修司さんと話せた気がして。しかし礼は言わん。終わりにするぞ」
心情を淡々と語るコウ。
その言葉に兵衛は胸を打たれる。まさしく彼も結月もまた同じ思いを抱いた。そしてその罠にはまってしまったのだ。
コウは近くにいる。だが、四方におらず、見上げても五番機の姿がなくカストルの焦燥感が募る。
確認していない場所。それは垂直の真上のみ。そのことの気付いたカストルは息を飲む。
コルバスの頭部が首を後ろ倒しにし、垂直に空を見上げる。
剣を両手に持ち替え、落下するラニウスがそこにいた。
コウはフッケバインやバズヴ・カタの生産も委託されている。構造を知り抜いていた。胴体の首筋にあたる部位の装甲筋肉は薄く、その下にはMCSの後部座席がある。
「貴様ァ!」
絶叫。迫る剣先。割れたゴーグルから見下ろす不気味な二眼。そしてそれがカストルが見た最後の光景。
「石に
スラスターを発動させ落下する位置エネルギーも利用し、五番機はコルバスの頭頂部の裏、装甲筋肉が薄い首筋に剣を突き立てる。
その切っ先は狙い通り正確にコルバスのMCSの後部座席。ストーンズのカレイドリトスを収める装置を貫き、粉砕した。
修司の肉体が絶叫を上げ、事切れたかのように項垂れ、動かなくなる。
コウは気を抜かない。そろりと剣を引き抜き、コルバスから離れ刀を構える。
両腕がない機体が動く気配はなかった。そして姿勢が崩れ、コルバスは地に伏せ倒れる。
五番機は静かに納刀し、佇んだ。シルエットの後部座席を破壊しただけだが、コルバスが動く気配は見せない。
コルバスを動かすパイロットはもういない。
修司を悼む言葉はない。既に見送ったのだ。
カストルにかける言葉なぞ持ち合わせてもいない。
最初に語るべき相手。それは――
「みんな。ありがとう。勝てたよ」
コウはアストライアに向けて呟くように報告した。
彼を最後の一瞬まで支えてくれた、大切な人たちがいるその場所に向かって。
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