戦闘システム強制再起動

 一足一刀の間合い。

 互いの機体の距離は離れていない。


 コルバスが剣を下げて構える。

 肩に斬り込んでこいとばかりの構え。――妙剣。


 シルエットでは剣術の微妙な駆け引きはできない。登録動作が基本だからだ。

 とはいえ、多くのパターンを収録できる汎用性がある。


 どの技と組み合わせているのか読めない。

 五番機も刀を青岸、中段に属する構えで対応している。カストルは隙の少ない打ち込みを狙うはずだった。


 五番機は横切りで斬り込む。切落きりおとしを狙っていると踏んだからだ。

 カストルもその手は予想外だったのだろうか。瞬時に構えを変え、刀を払う。


 コルバスは五番機にそのまま体当たりを行い、五番機はそのままあとすざる。

 重量差がまともに響いた格好だ。


 互いが上段斬りの撃ち合いになりそうなところを、コウは防御に回す。


「まったく大した拾いものだったよ。マーダーに命じ鷹羽兵衛を捕縛する予定が逃げられたが、最後まで戦っていたこのパイロットの肉体を手に入れることができたのは僥倖だよ。構築技士でもあり、お前に圧倒できる技術を持つこの肉体をな」


 兵衛が歯噛みする。カストルが言っているのはこの防衛ドームが陥落したときの話であろう。

 ある意味彼の身代わりになったようなものだ。 


 コウは返事をしない。敵のペースに乗せられることを怖れた。呼吸が荒くなるのを感じる。

 正直、勝つ自信がなかった。


 まずいな、と見ている兵衛は思う。

 苦手意識が露骨に出ている。兵衛と結月は思いもしなかった修司の顔に動揺し、敗北した。


 コウは違う。彼らほどの動揺はない。

 むしろ実力の差を痛感していることが非情にまずい。そのせいで剣が鈍り、迷いが出る。苦手意識といってもいいだろう。

 修司自身剣道四段でもあり、若い頃から兵衛の指導を受けている修司と比較するのは酷な話だ。


「横斬り狙いだけでは勝てないぞ。納刀でもしたらどうだ」


 コウは答えない。納刀を行っている最中に斬られて終わる。ゲームではないのだ。


 コルバスは大きな翼を広げるような形に一瞬見えた。

 上段に構える。


 コウには見覚えがある、この構え。――否。その優雅な位。


金翅鳥王剣きんしちよう”おうけん。――花のこころ……」

「よく覚えているな、コウ」


 カストルは顔を歪ませ笑う。


 金翅鳥王剣は一刀流に連なる流派の業。極意、心得の一つといっていい。その形は様々だ。金翅鳥こんじちようとはインド神話にあるガルーダのことだ。

 修司は結月と同じく北辰一刀流であったので、五点形の一つである上段の金翅鳥王剣を好んだ。


 それは剣術初心者のコウでさえ、美しいと思った優雅な構えだ。

 

 花のこころとは修司が好きな言葉の一つ。

 花はその美しさがあり、蜜がある。蝶や蜂を引き寄せるのは己の中味のためだ。剣も同様。大切なのはその本質であり、上段下段中段、いかような構えよりも大切なのは勝を取る利である。

 上段でも下段の心持ち、下段でも上段の心持ちを得、形に囚われない様。真の位を秘して勝を得るのだ。


 むろんコウの学ぶ流派でも様々な理念はあるが、それを具現化するには彼自身の業は届かない。


「それでもやるしかない、かっ!」


 お互い仕掛ける。五番機はできるだけ相手と距離を取り、両腕を狙う逆風の太刀。

 しかし、その刀は封じられる。コルバスの太刀が峰に絡まるように押さえ込んでいた。


「くっ」


 何が起きたか瞬時に理解するコウ。これも切落の一種だ。

 そのまま腰を落としたコルバスは胴中央を突き穿つ。


「お前の肉体には傷はつけんよ。利用価値は高そうだからな」


 コルバスの突き刺した刀はまっすぐに背面まで貫く。

 人間でいえば鳩尾にあたる部位から斜め上。MCSの真下を通ってリアクターがあるパワーパックだけを正確に破壊したのだ。


「突きだと!」


 コウが目を見開き驚愕する。その位置からの刺突は想定していなかった。


 貫いた五番機を刀ごと天に掲げるコルバス。


「所詮オオガラスにはモズ如き勝てんということだ。お前自身がはやにえだな」


 そして両腕を大きく振り下ろし、五番機の機体を振り飛ばした。

 百メートル以上の瓦礫の山に背面から激突する五番機。

 リアクターが停止し、衝撃緩和機能がないMCS内でコウは強く頭を打ち、額から血が流れ意識が遠くなる。


「俺は油断はせんぞ。残心は大切だ。なあ、コウ」


 瓦礫の中でくの字のまま動かない五番機に対し、カストルは冷静に言い放った。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「俺では勝てない、か……」


 自分などが修司に勝てるわけがないのだ。

 意識が薄れつつある。手に力が入らない。


 あれは俺じゃないよ。コウ。


 遠くで声が聞こえた。幻聴に違いない。

 それは修司の声。


 その声に応える気力はすでにない。

 朦朧とする意識のなかで聞いた幻覚に過ぎないのだ。


『……り返す。あれは修司ではない』


 五番機の声。


「五番機?」


 画面には残心を行い、油断せずこちらを見張っているコルバスが移っていた。


「ああ…… そうだな」


 レバーを握る手に力を込める。


 修司さんならこんなとき、どう思うだろうか。

 あのゲームの最中、よく口ずさんでいた言葉が脳裏をよぎる。


決してnever屈しない。givein絶対にnever屈しない。giveinNever Neverにだ Never……」


 急速に意識が冴え渡る。


「あいつは近付くはずだ…… せめて一太刀でいい五番機。あいつに浴びせるぐらいの出力は出す手段はないか……」


 愛機に語りながら、確認する。プロメテウスの火は使わないがMCSの予備エネルギー全てを使い切る手段を模索する。

 右手が一瞬動けばよいのだ。


『パイロットの戦闘意思を確認。フェンネルOS深層ディーププログラム解放。プロメテウスの火の潜在能力ポテンシヤルアビリティ を発動します』

「五番機?」


 五番機のフェンネルOSが見たことがない挙動を始めた。


『潜在能力『不撓不屈』を発動します。フェンネルOS、処理限界に達しました。パイロットとの同調率43%にまで低下。反応速度と拡大知覚性能が大きく低下します』


 MCSのコンソールパネルが輝く。

 眼前には近寄ってくるコルバスの姿が見えた。


「何が起きている……?」


 それはコウ自身さえ知らない事象。

 両手で刀を振り上げ、今振り下ろさんとするコルバス


『戦闘システム強制再起動リブート・フォース。これより戦闘行動を続行します』


 五番機は告げた。

 不撓不屈の心を持つ戦士の宣言。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 カストルの乗ったコルバスは慎重に五番機に近付く。


「機体の無力化だけは、な。思い出すよ。こいつはいつもゲームとやらでも一発逆転系が好きだったな?」


 修司の記憶をたぐるように思い出すカストル。

 コウは修司にとっても、剣術の話しもでき、ゲームも遊べる弟分。会社の先輩後輩を超えた関係だ。


「倒れた相手というのは存外やりづらい。動かないとわかっていてもな」


 戦場では何が起きるかはわからないのだ。


「腕部からいくか」


 微動だにしない五番機に、一撃を加えるために刀を振り上げる。


 爆発音が響く。

 五番機の装甲がパージされたのだ。


「何?!」


 五番機の保護ゴーグル超しにカメラアイが不気味に光る。

 振り下ろされる孤月。


 コルバスにしてもなんとか凌ぐのが精一杯である。胸部装甲が切り裂かれ、装甲筋肉が何本か切断された。


「そりゃそうだ。あの程度で五番機あいつは止まらねえ」


 動き出した五番機を祈るような眼差しで見つめる兵衛。


 五年前の暴走。五番機は乗り手さえ不在でも戦い続けた意思の持ち主。


「てめえは、パイロットさえ居なくても戦い続けたんだ。なあ? 五番機よ。コウが戦うってんなら、てめえは倒れるわけがねえさ」


 自らが構築し、コウが改良を続けた五番機。

 兵衛は動き出した五番機に不思議とは思わなかった。

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