オーバード・フォース

 上空から飛来し海面に着水するエイレネ。


『みんなお待たせ!』


 エイレネの天真爛漫な明るい声が、海戦中の味方に響きわたる。


 それぞれの艦隊が大きく動く。


 前方には騎士のように立ちはだかるBAS社のグレイシャス・クィーン。

 中央には不沈空母たらんとするゼネラルアームズのエンタープライズ。

 その両舷を護る五行重工業のジュンヨウとアトゥのジャンヌ・ダルク。

 最後尾にはエイレネが殿を預かる形だ。


 そしてそれぞれの企業艦に、護衛艦隊が周囲を取り巻く。

 荘厳たる大艦隊の完成だった。


「予言は成就された。<夜明けの軍勢オーバード・フォース>が遂に到来したのだ」


 アトゥのキーフェフが呟く。aubadeオーバードはフランス語が元だ。夜明けを意味し、夜明けに別れる恋人たちを意味する詩からきている。


 エイレネより米英仏の企業たちが所有する艦隊が完成し揃えば、惑星アシアを救う戦力が集結すると言われていたのだ。

 夜明けとともに希望がくる。マルジンもそう告げていた。


「その通り。大洋オケアノスよりマーダーに侵略された惑星アシアを救う、夜明けの軍勢。いつか聞いたおとぎ話フェアリーテールに過ぎない。戦闘機も飛ばせない我々は皆、そう思っていただろう。ああ、ジャックに見せてやりたいものだよ」


 エンタープライズのロビンが感慨深げに言う。何よりオーバード・フォースのために尽力していたジョン・アームズのジャックがいないことが無念だった。


「これで英米仏日。名だたる海洋国家企業群による艦隊が結成された。ストーンズなど何するものぞ」


 ジョージがパイプを燻らせながら呟く。彼もまた、この日を待ち望んでいたのだ。


「そのにちなんですが、ここにいてもいいんでしょうかねえ」

 

 エリが不安げに呟く。行動を共にしていたエンタープライズの右舷になんとなくついたが正解だったようだ。ノリである。

 それでも当然の如くオーバード・フォースとしてカウントされていることを不可思議に思っていたが、周囲は当然といった様相を見せている。


『いいに決まってるでしょ! でも私が日本系の神様名乗ると問題あるよね。巫女服とか甘ロリ着たいなー』

「なんでそこで甘ロリなんですか!」


 ノリノリの美少女AIの変な知識に驚くエリ。


『ピンク髪の神様なんていないよね?』

「コノハナサクヤという神様いますよ。桜のような、という意味で桜色をしていてもおかしくないですね。繁栄と木々の神様。船の守り神でもあります」

『それいこう! データベース確認。美少女っぽいしイけそう!』

「エイレネ。その話はあとで」


 アベルが苦笑しながら止める。

 あのアベルがツッコミ役になっているということ自体がジョージには驚愕すべき事態だ。


「は。いけない。戦闘中でした」


 エリも慌てて反省する。


『艦船に造詣が深い五行重工業が参加してくれたら力強いよね。オーバード・フォース構想はより完璧になる。本来はマーダーによる地上侵攻に対して制海権を人類側が掌握し反撃に出る構想だったの!』

「貴女はそのために我らを導きAカーバンクルによる艦隊を造られようとした。技術封印されているそのなかでもあなたは粘り強く資材、技術を提案してくれた。我々を導き、だからこそ実現できたのです」


 キーフェフは地球では湾岸警備用の戦闘船を指揮する有能な男だった。

 この宇宙の果てで再び艦隊を指揮することができるようになるとは思わなかった。それぞれの艦長も同じ思いだろう。


「ユリシーズは企業の互助組織だが、我々は違う。惑星アシアをストーンズから取り戻すことを目的としている。その思惑は傭兵機構すら敵に回すかも知れない」


 ジョージが核心を語る。


「ユリシーズとは別枠にオーバード・フォースでも連携したいのだよ。エリ氏。五行も参加してくれまいか」


 ロビンも同様に思っているようだ。彼の傭兵機構に対する不信は極まっている。


「え? 本当にいいんですか?」

『来てくれないと泣いちゃいそう』

「我が女神も哀しみますよ」


 アベルが苦笑しながら言う。

 五行とはR001の軌道エレベーター奪回作戦時に友軍として戦っており、彼もその高い技術力を評価している。


「はい! わかりました! 本社の許可もすぐでそうですしね! あ、でてました。五行も参加します」


 なし崩し的に五行も参加することになった。

 五行重工業本部もリアルタイムで通信を傍受。ユリシーズとは別の同盟関係、対ストーンズの大艦隊連合は彼らも切望していた。即座に飲むようにエリに指示したのである。

 アシアを救うための制海権掌握は彼らも構想はあったのだ。


 何より兵器開発AIであるエイレネのサポートを受けられる可能性がある。多数の構築技士を擁する企業として是が非でも入りたい同盟だ。


 エイレネとしてもしてやったりだ。制限された技術と物資でAカーバンクルの空母やドリル艦、様々な試作機を造った五行は、技術封印で制限を受けている彼女自身参考になる。

 BASもトンデモ兵器ばかり造っているが、五行は独力で作り出してきた。表にでていないだけで相当な試作機があるだろう。相当な変態企業ともいえ、個人的に楽しみでもある。


「我らオーバード・フォースはビッグボスたるモズヤ・コウ。そしてエメ提督の直属組織として運営したいと思います。異論がある方は?」


 アベルが皆に確認する。エイレネの所有権はコウにあり、コウとともにアシアとエメは在る。


「あるわけがない。彼がいなければ、我々はいまだに艦上戦闘機すら構築できなかっただろう」


 ロビンが即答し、各艦長も同意する。

 コウの知らぬところで、謎の大勢力が生まれつつあった。


「本人の知らぬところでこんな大きな組織を結成していいのかな」


 エリがさすがに不安になる。コウとエメに一言もなさそうだ。


「我々は導き手のアイドルとしてのエイレネの、熱心なファン。そして親衛隊みたいなものです。そしてエイレネの所有者たるビッグボスと、アシアの巫女エメ提督も同様に応援し守るのですよ」


 アベルがにこやかにウインクする。


『私たち三姉妹の所有者はビッグボスだし? ストーンズからはアシアの騎士として認識されているから私たちの盟主にはぴったりだよね』


 エイレネがうんうんと頷く。


『ではこの方針でいきましょう。オケアノスに登録申請、即座に承認されました。ではまずは目の前のアルゴナウタイ艦隊を迎撃しましょう』


 さらりとこのネメシス星系を管理するオケアノスの承認まで取り付けるエイレネ。


「了解しました。それでは自走爆雷運搬艦であるエイレネは補給任務へと移行します」

『トリトン部隊はこちらで補給できるよ! 四企業の弾薬もほぼ共通してるから問題なしだけど、こちらには作業機がないので注意を』

「こちらから作業機を出しましょう。二百機程度です」


 ロビンが即座に指示を出す。


「おや? 敵艦隊は散開。後退しつつあるようです」


 エリが告げる。


『私がきたから姉さんたちのレーザー砲を警戒したのね! 私は作れないんだけどね! ま、いっか』

「明らかにそのブラフのために合流しましたよね。我が女神よ」


 付き合いの長いアベルは真意を見抜いている。

 Aカーバンクル採用艦ですら一瞬にして撃破するレベルのレーザーをエイレネが搭載している可能性を考慮していると、アルゴナウタイにとって援軍如きで踏ん張る理由はないのだ。


夜明けの別れオーバードですな。なに、またすぐに逢瀬――再戦しヤり合うことになるでしょう」

「女神の前でいささか品がないですねキーフェフ艦長。だが敵も海軍の重要性に気付いてしまった。近いうちに再戦はありましょう」


 キーフェフの言葉に苦笑するアベル。

 

ケツを見せている相手に、どんどんカましてやろうか」


 にやりと笑うジョージ。品がない。もう一暴れしたいようだ。


「オーバード・フォースとしての初陣だな。追撃戦に移行する」


 ロビンのシンプルな号令にそれぞれの艦長が頷く。


 巨大艦隊オーバード・フォースによる猛攻が始まった。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 五番機はかつてTAKABAが存在した防衛ドームに到着した。

 今ではただの廃墟に過ぎない。

 荒涼とした、広い廃墟も変わりはない。遠目に大きな建物の残骸が見える。このドームの機能は地下しか残っていない。


 ここは定期的に転移者が現れる場所でもあり、かつてはマーダーの勢力下だった。


 懐かしい、とは思わない。

 あの時は生き残るためには必死だった。アシアの声が偶然聞こえ、師匠に出会えた。

 明日へとつながるジャンクヤードの扉を開けると、五番機の姿がそこにあった。


 彼が倒したケーレスのマンティス型の残骸も見える。この中からAスピネルを取り出したことを思い出す。


 慎重に、警戒しながら指定された座標に向かう。

 記録が確かならそこにも建物の残骸がいくつかあるのみで、とくに大がかりな仕掛けを隠す場所はないはずだ。


 着地し歩行だ。ローラーダッシュはあくまで市街地での事故防止用や戦場の長距離移動用である。高速移動時の被弾は簡単に転倒につながる。


「よくきたな」


 通信がつながった。低い男の声。カストルだ。

 遠目に建物の残骸の影から、コルバスが出てきたのが見えた。


 甚大な損壊を負ったコルバスはヴァーシャの手によって改修が施された。かつて骨のようだったフッケバインは、鹵獲されアルベルトの手によって重装甲機に生まれ変わった。


 カストル用にカスタマイズしたコルバスは運動性を維持したまま、極度の重装甲機仕様に生まれ変わっていた。その外観は分厚い甲冑をまとった騎士のようでもある。総司令官であるカストル保護を最優先した設計思想ともいえよう。葉月が愛用していた、グラムの試作だった電弧刀を手にしている。肉厚の刃が鈍く輝いていた。


「兵衛さんは無事か」

「殺しはせんよ。そこをみろ。貴重なA級構築技士は我らにとっても使い道があるのでな」


 離れの別の建築物があったであろう瓦礫にうつ伏せになったアクシピターが倒れていた。

 背後から一撃を受け、リアクターのみ破壊されたのだろう。背中のスラスターや飛翔用のユニットが破壊されている。


 コウは内心驚愕する。背後からリアクターのみ破壊する。圧倒的な実力差がなければ不可能な芸当だ。

 カストルはそれほどまでに強いか、と。


 それを可能にするほどの奇襲、卓越した戦術が可能な男だということ。

 搭乗している機体はフッケバインをもとにした最高級の運動性能を誇るシルエット。近接戦闘能力は五番機を上回るのだ。


「生きている証拠は?」

「ふむ? 余計なことを喋られると困るが、私の回線を通じて声を聞かせてやろう」


 アクシピターはメインリアクターを破壊されている。MCSに搭載している最低限の予備バッテリーのみ稼働しているはずだが通信ぐらいは出来るはずだ。

 直接兵衛と通信できないのは、カストルが妨害しているからだろう。


「コウ君か! 俺ァどうでもいい! すぐに逃げてくれ。キミだとそいつに勝てない。そいつは……」


 兵衛の声のみがした。途中で遮断された。


「せっかくの勝負に水を差さないでもらおうか。正々堂々と戦いたいのでな」


 カストルの口元が歪んだ。


「そうだな。お前を倒して終わりにしよう」


 五番機は腰を落とし、臨戦態勢に移る。

 コルバスも刀を抜いた。かつて千葉結月が使っていたものだ。


「できるかな、お前に?」


 射撃戦を行う気はない。十キロ離れていない距離だ。剣の間合いにはまだ遠いが、コルバスもラニウスも僅かな時間で距離を詰めることが出来る間合い。

 

 装甲筋肉をラニウスの数倍も使用し、いわば強固なロープを幾十に束ねた鎧を纏っている構造のコルバスに対し、Dライフルはやや相性が悪いと言うこともある。

 カストルもヴァーシャが開発したMPライフルだろうが、それでは近付く前のラニウスを倒しきることはできない。


 お互いが距離を詰める。

 コルバスは正眼。ラニウスは腰を落とした抜刀の構え。

 

 二機の人型兵器は、それぞれの乗り手に応じた構えを取る。

 それは乗り手と機体の最適化の果て。追求した結果だ。


 コルバスが外套を脱ぎ去り叫ぶ。コルバスは加速した。


「なあ! コウ!」


 その妄執の狂気に歪んだ貌こそ――修司。かつてのコウの先輩であり、恩人その人の貌であった。

 コウの目が見開かれる。


 コルバスの装甲筋肉を駆使した、鋭い斬撃。

 五番機の居合いでは応撃できぬほどの、はやさ。


 故に五番機は斬りは狙わない。抜刀した刀を掲げ受け止めようとする。

 コルバスは構わず振り抜く。間に合うか間に合わぬかは関係ない。抜く、という動作がある以上は居合いでは不利だ。


 金属が砕かれる音が響く。

 コルバスの斬撃を受け流すことはできなかった。

 

 五番機の頭部左側のバイザーが切り裂かれ、保護ゴーグルが破壊される。

 砕かれた保護ゴーグルの向こう、ラニウスの左目に当たる二つのカメラが剥き出しとなり、一つが破損する。


「ほう。動揺もせずあの斬撃を受け止めるとは。成長したか、コウ」

「修司さんの真似事はやめろ。カストル」


 危なかった。息を飲み、思考が停止しそうになるが対応できたのはエメの言葉。不動智を噛みしめていたからだ。

 体がとっさに動き、五番機が応じてくれた。


「さして驚いてはいないようだな。察しはついていたか?」

「いいや?」


 修司の肉体とは思いもしなかったが、納得はした。

 兵衛も結月も、それだけ動揺したのだ。戦闘など出来るとは思えない。


「不動智――石火之機。思い出させてくれた人がいる」


 何があっても動じるな。そして即座に対応せよ。


 エメと師匠はこの場所、そして二人の敗北を知り推測したのかもしれない。

 そして兵衛と結月の敗北した理由が、カストルのその姿であったことは間違いない。ようやく再会できた肉親や恋人を、誰が迷わず斬ることができようか。


「相変わらず本か。そんな暇があれば剣を振れと何度もいったよな?」

「修司さんの記憶、経験はそのまま、か。知識で知っていたとはいえイヤになる」


 修司であったものは修司ではない。頭では理解している。

 しかし、恩人とはこれほどやりにくい相手はいない。自分でも刀を振り抜くことができるか疑問だった。


「その通り。わかるだろ? お前に勝ち目はない。道場では一切勝てなかったお前が、な」


 カストルの言葉にコウは戦慄を覚えずにはいられなかった。

 それは紛れもない事実であったからだ。


 五番機は後ずさり、距離を取る。

 納刀は行わない。そのまま八相に構える。


「言葉もないか? 結果は目に見えているからな」


 対応できるということと、反撃できるということは違う。

 純粋な斬り合い、駆け引きでは圧倒的に不利だ。


「シルエット戦では違うさ」


 機体の操縦と剣術は違う。

 たとえ、機体の動きに対し色濃く反映されようとも。フェンネルOSは優秀、そして繊細すぎた。


 モニタの映像が乱れる。

 カメラが一つやられたのだ。だがもう一つは生きている。兵衛は善くも目であるメインカメラを二眼二組の四眼形式という構造にしたものだと思う。


「珍しい構造だったな。四眼とは」


 カストルは思い出したようだ。これは初期のラニウスの特徴でもある。


「そういうことだ。カメラ一つの破損では大した影響にはならない」

 

 兵衛に理由を尋ねたことがあった。

 もちろん故障対策ではあるが、元々は生粋の反骨心を具現化したもの。戦場を戦い抜く意思を込めたという。

 

 モチーフは伝説の武将。体は黒金、左目に瞳孔が二つあり、かつて関東を掌握しようとして体制に反逆した武将に倣ったのだ。

 その武将は晒し首になっても叫び続け、体を寄越せ、もう一戦するぞと叫び続けたという伝説まである。兵衛はその凄まじい戦意にインスピレーションを得て構築したのだ。

 

「視界が狭くなるはずだ。仕掛けてやろうか? いつものように。俺からな」

「好きにしろ」


 不敵に笑うカストルに対し、コウは吐き捨てた。意味のない言葉だ。

 実力差があるコウ相手に、いつも修司は先に仕掛けてきた。

 後の先が重要なことは有名だが、後の先に執着しては勝てるものも勝てないのだ。


 シルエットに登録された動きはパイロットの、乗り手の意思が反映される。

 

 次にどのような動作を繰り出すか。二人は互いの動きの読みあおうとしていた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~カクヨム版解説。


2022/09/01 追記。

当初から試作機として登場していたフッケバインが、宿敵機に相応しいものになりました。

アルベルトの手によって鹵獲され、解析されアレンジされたコルバスが、P336要塞エリアで腕部を失い、パンジャンドラムたちにお手玉にされ被害も甚大。

パイロット保護の観点からヴァーシャの手によって高運動性を持ちながらも重装甲機に生まれ変わりました。

骨のような機体(フッケバイン)から装甲筋肉と硬い装甲板を持つ高運動重装甲型へ。

五番機もそうですが、コルバスも大きく変遷したその姿を小山先生に描いていただきました!


葉月の愛刀もグラムの試作、デザインは上古刀や明治時代の砲兵刀、戦国時代に造られたという水月レイピアを参照にしています。

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