整備兵泣かせの新基軸てんこもり機体

「コウの位置情報途絶えました!」


 アキの悲鳴に似た報告。

 予想していたことだ。エメは慌てない。


「ヒョウエさんと同じく呼び出された。ここまでは想定内。――アシア。あなたなら五番機と同期できるでしょう?」

『できるわ。だけど、それはコウの意思に反することとなる』

「コウは貴女には何もいっていない。私たちも何も聞いていない!」


 エメの言葉は力強い。迷いがなかった。


『……位置情報だけ転送する』


 アシアが折れた。確かにエメの言うとおり、彼女もコウからは何も聞いてはいないのだ。


 位置情報が地図上に表記された。


「五番機の位置情報確認。進行方向、推測……」


 エメが呟く。


「まずいぞ! エメ! コウを行かしてはならん!」


 エメの口から師匠が珍しく叫ぶ。


「進行方向の先にあるのは、間違いない。コウとアシア、そして私と五番機が初めて会った場所だ!」

『かつてTAKABAの本拠地があった工業系防衛ドームの廃墟。今コウが向かっているのは間違いなくその場所でしょう』

「つまり…… まずい。あの半神半人ヘーミテオス。もしかすると……」


 エメが目を閉じ、師匠から意識を取り戻す。


「師匠。落ち着いて。もしその推測が本当でも誤っていても、コウに動揺を与えかねない」

「そうだな。私ともあろうものが。すまないエメ」


 師匠も己の動揺を恥じた。


「いいえ。せめてコウに補給を受けさせたいんだけどね。何か手立てはないかな……」


 コウは最前線で連戦続きだ。


「エメちゃん、聞こえる?」

「え? フラック?」


 少年整備兵のフラックだ。この少年もコウを兄貴分として慕っている。


「こちらサンダーストーム。今から五番機の補給や応急修理を積み込んで急行します。マーちゃん! シルエットごと乗り込んで! 修理はマーちゃんがやるんだ」

「フラック! あんたいつの間に!」


 弟の行動に驚いたマール。コウにほのかな憧れを抱いている少女は、確かに動揺していた。


「マーちゃんがオロオロしている間に用意しておいたよ。ブルー姉ちゃんの機体勝手に使うからあとで怒られるだろうけど」


 弟は違う。彼は兄貴分のコウのために何が出来るか考え抜き、助けになるべくいち早く最適な行動を取ったのだ。


「わかった! いってくるね、エメちゃんの分まで!」

「お願い! マーちゃん! フラック! ブルーはそんなことで怒ったりしないから安心して」


 サンダーストームがレールカタパルトから射出。

 加速しながら舞い上がる。最高速度はマッハ2近くまで向上している。


 これもエメの救援時に感じたもどかしさによる改良だ。

 撃墜されるたびに再設計されていくこの機体は、以前より遙かに性能は向上している。


「こちらエッジスイフト隊。念のため上空より護衛にでる」

「了解しました。お願いします」


 この二人は戦災孤児でファミリアたちに育てられていた。

 ファミリアたちにとっても子供のようなものなのだ。


「アシア。コウに伝言を。それは――」

『わかったわ。必ず伝える』


 コウを想う気持ちは同じ。アシアはその伝言と真意を受け取った。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 五番機は地上すれすれで飛行していた。敵に見つからないようにだ。

 

「コウ兄ちゃん! 聞こえる? 今からそっちに行くから!」

「フラックか? 俺はいい。すぐ戻れ!」

「ろくに補給もしないのに何いってるのさ! エメちゃんたちどれだけ心配してると思ってるんだよ」


 それを言われると返す言葉がない。


「停止しなくていい。スラスターではなくローラーダッシュに切り替えて。あとはこっちでやるからさ! 終わったらすぐ帰るよ!」

「ん? サンダーストームで来たのか!」


 頭上に飛んできたサンダーストーム。五番機は着地しローラーダッシュで滑走に切り替わった。


「C型追加装甲パージして! 新型の飛行ユニットも完成したから!」

「了解!」


 五番機が即座に追加装甲を解放する。地面に転がっても気にせず走り続ける。


「用意はいいかい? マーちゃん!」

「いつでも!」


 サンダーストームがバトルペッカーを投下する。

 

「ラニウスC型。――整備兵泣かせの新基軸てんこもり機体。AとBは素直で良い子なのに。何せ追加装甲を装備していないほうが運動性能が高いんだから!」


 A型とB型とC型の最大の違いは四肢のスラスターだ。

 腕部と脚部の形状が違いどの機種も汎用追加装甲は装着可能だが、飛行型追加装甲はC専門だ。

 コウに言わせればC型を最初から作りたかったが、当時の技術では出来なかったのでB型を構築したという。


「はは。そういうふうに構築ブリコラージユしたからな」


 マールのぼやきにコウは薄く笑う。

 

 スーパーハイテン鋼や最新ハイブリッドシステムを採用した車両の修理が面倒だとぼやく板金屋の親父を思い出したのだ。

 新しい技術の導入は学習も強いることが往々にしてある。車から医療、事務やPCまで技術は常に変化し、進化していく。


 C型はTAKABAと御統重工業の協力を得て完成した機体でもある。飛行型を装備した前提で構築した基本性能で確認し、余剰追加装甲を捨てることで加速と運動性能を高めるように計算していた。

 整備兵にとっては共通部品が減り、四肢のスラスター、デュアルリアクター採用など特殊機構が満載なC型の整備は厄介だろう。


「笑いごとじゃなーい!」


 そういいつつもマール自身笑っている。コウが笑って話し掛けてくることは珍しく嬉しかった。


「だから素の装甲が大事なんだけど…… ほら! レールガンが何発か追加装甲を貫通している。処置するからそのまま走っていて」


 ラニウスC型は中装甲と装甲筋肉で防御力はそれなりにある。重量比に対し装甲性能を追求した機体ともいえる。

 だが最前線に斬り込む戦闘スタイルのコウをみていると、周囲が心配し緊張が耐えないのだ。

 未だに機動力を落とし、装甲が厚い陸戦型を強く推奨されるのはそのせいだ。


「手間かけるが、頼む!」


 マールのバトルペッカーは背中の銃型応急処置装置を取り出した。ビーム状の熱線を放射を開始する。

 熱した金属に金属ガラス基やナノマテリアルなどを混ぜた応急処置を噴射。装甲を即席に補強するのだ。


 五番機の正面装甲や腕、足に噴射。さすがコウだ。背面からの被弾はなさそうだ。

 もう一つ補修ユニットを取り出し、二丁装備した。射出されるビームの色が変更する。

 二つのレーザー銃を用いレーザー冷却を行い、先ほど噴射した金属を瞬間的に冷却していく。わずか十数秒の処理だ。

 的確に装甲の亀裂部分を埋めていく。


 マールの腕前も確かなものだ。一切原則しない五番機の機体を確実に処置していく。

 

 応急修理が終了し、腰にある弾倉に、Dライフル用弾頭をセットする。

 最後に念のため金属水素を最大限に補充し、作業を終了した。


「終わったよ! 私は外した装甲を回収する! 先にいっていて」

「コウ兄ちゃん。今から新型C型の追加装甲を投下する。こちらの信号と同調させて!」

「アナライズ・アーマーの応用装備、完成したのか。アストライアは仕事が早いな」


 陸戦仕様型のアナライズ・アーマーは性能は高く、周囲の評判も良かったが装着に時間がかかった。

 問題だと考えたコウは改良案を模索していたのだ。


 それは電磁誘導による追加装甲の瞬間装着。

 ウィスを使えば比較的楽に設計できることがわかったのだ。


「投下開始!」

「おう!」

 

 サンダーストームが本来爆弾を積んでいる左右のウエポンベイからコンテナが投下される。

 コンテナは空中で分解し、ラニウス用追加装甲が現れた。


 腕、足に装着され最後に胴体と腰の部位に追加装甲が施される。

 飛行ユニットが背中に装備され、ラニウスC飛行型が完成する。


 メインスラスターや腕部、脚部のスラスターはラニウスC高機動型――つまり素の状態の自前で装備している。

 内蔵こそできないが、各部位にスラスターがある前提で設計されているのがラニウスCなのだ。他にこの機構を採用している機体はTAKABAのアクシピターのみである。


「ご武運を。コウさん!」

「兄ちゃん! 負けるなよ!」

「おう。ありがとな、二人とも。護衛のみんなもな」


 二人を護るべく、エッジスイフトが後方を巡行していることに気付いていた。


 コウが通信を通じ優しく微笑む。その微笑みこそこの姉弟への最大の報酬であることをコウは知らない。


 五番機は再び低空飛行に移った。


 五番機のモニタにアシアが現れる。

 怒ってはいないようだ。優しい視線を感じる。


『応急処置は終わったようね』

「位置情報はアシア経由か。それなら仕方ないな」


 コウも怒ってはいない。アストライアにいるみんなは、彼のために出来ることはないか常に模索してくれたのだ。


『手助けはしないけど、見守っているわ。そしてエメからの伝言を伝える。私からはそれだけ』

「わかった。エメはなんて?」

『信じている。たとえ、絶対に何があっても動揺せず冷静に対処を。不動智で』

「たとえ、絶対に何かあっても、か。不動智とはね。ありがとう。アシア」


 アシアはにっこり笑って通信を切った。悲痛な顔などしない。彼女もまたコウを信じているのだ。


 コウは苦笑した。彼が学んでいる流派、その一人に贈られた有名な書物だ。内容が懐かしく思い出される。有名な僧が書き残した剣術にも通じる書物だ。

 彼自身の精神が剣禅一致とはいかないが、目指すべきものを模索するには剣に関する様々な本は読んでいる。

 

 エメも彼に影響され、様々な剣術の本を読みふけっていた。

 だから一番彼に伝えたい言葉を、その一言に込めたのだろう。


「動じず俯瞰ふかんし無心で、大きな流れをる……できるかな。いや、エメがくれた言葉だ。何かあるはずだ」


 エメが何を危惧したかわからない。

 わざわざ難解な書物を引用した。ただの応援ではなく、エメが必死になって考えた具体的な助言だろう。


 多分彼女自身も確証がない、何か。


「全てが終わったら一度読み返すかな。いくよ、お前のなかにデータはいれてあるはずだからな」


 珍しくモニタが光る。五番機が答えたようだ。五番機自身も会話もできるが、極力は行わない。


「いくぞ。何があっても。――動じない。そして応じてみせるさ」


 目的地はまだ遠い。戦線から遠ざかっているので戦闘に巻き込まれることはないだろう。


 五番機は二人を振り返ることなく目的地に向かい飛翔し続けた。

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