これより敵艦内にパンジャンドラムをありったけ流し込みます!

 ジェニーのタキシネタがメガレウスの甲板に降り立つ。


 シルエットに変形できる余裕が生まれたのだ。

 バリーと通信を開始する。


「航空優勢を確保。メガレウス周辺はね」

「そうか。よくやってくれた」


 甲板での敵もほぼ掃討を完了し、残存部隊も一時撤退した。

 油断はできないが、順調に作戦は進行している。


「敵の数は余裕あるはずなのに、どうして撤退したのかしら」

「そりゃコウのやらかした、あの巨大レーザー砲のせいだろ。このまま数を減らすより、再度数を揃えて反撃してくれるさ。航空優勢はせいぜい一日持つか持たないかだ」

「でしょうね。私たちの補給も限度がある。向こうは別大陸から新戦力も兵員もどんどん補充されるんだから」


 二人は状況を分析した。敵は巨大空母を一撃で破壊され、いったん要塞エリアに撤退。再度の戦力立て直しを図っているようだ。

 メガレウスも一日二日は持つという判断だろう。


 アルゴフォースの強みは他大陸や制圧した拠点での大量生産と、動員できる人員にある。

 一度ストーンズにつかまった人間は専門の治療を受けないと区分分けされ管理されるが、それらが全てパイロット候補でもある。


 傭兵とファミリア頼りのメタルアイリスやユリシーズの企業直属の部隊とは根本的な動員数が違うのだ。


「甲板の天蓋付きのエレベーターも破壊できそう。エイレネとフユキが悪巧みしているわ」

「敵も可哀想に。また理不尽で悲惨な死に方をするぞ。きっと」


 バリーが肩をすくめた。

 エイレネが関わると想像を絶することが起きる。


「エレベーターを破壊したところで、下の格納庫で待ち伏せされるのがオチだよね。どうするのかしら」

「一番の激戦区画になるのは間違いない」


 通常の空母なら甲板と直結するエレベーターはないが宇宙艦である。同時展開用に甲板にもエレベーターは存在する。

 格納庫と直結しているのだから、それなりの戦力が待ち構えているのは当然といえた。


「こちら戦闘工兵部隊フユキ。天蓋部及び甲板エレベーターへの工作作業完了しました」

「しかし上からは無理だろ。どうするんだ」

「上から可能ですよ。エイレネが大気圏再突入。上空から着地用グラウンドアンカーを使います。甲板部にいる部隊は一時離れて下さい」

「……」


 バリーもジェニーも無言だ。自走爆雷運搬艦パンジャンドラムキャリアーが次に何をしでかすか、考えたくなかった。

 甲板にいるシルエットが次々と飛び立ち、また地上へ降りていく。


『お待たせしたね! もうすぐ私たちも到着するわ!』

「そうですね。宇宙を周回するのも飽きてきたところです」


 元凶の二人組がバリーに通信を寄越す。


「次はどんなトンデモ兵器なんだ。また自走爆雷か?」


 投げやりでうんざりした感を出すバリー。


「ご安心ください。エイレネは物資コンテナを投下してすぐに海上へ移動します」


 アベルがにこやかな笑顔で請け負った、


「そうか。わかった」


 少し安心する。コウは惑星間戦争時代レベルのレーザー砲などという代物を引っ張り出してきた。

 このエイレネはもっと非常識な武器を作っているに違いないと思っていたのだ。


 コンテナに入る程度ならただの自走爆雷パンジヤンドラムだろう。


「ん? ちょっと待て」


 そう言っている傍から、エイレネが降下してくる。グラウンドアンカーを投錨し、甲板部分に直撃させた。

 派手な音を立てて格納庫へ落下する天蓋部分。


 エイレネは艦のウェルドッグにあたる部分から巨大なコンテナを大量に投下する。十以上はあるだろう。

 形状は横長の、自動拳銃の弾倉にも似た形だった。


「エイレネ。あれに何が入っているんだ」

『私は今自走爆雷運搬艦パンジヤンドラムキヤリアーだからね!』


 エイレネが何故か自慢げに胸を張る。


 コンテナの扉が自動的に展開した。

 四メートルサイズのパンジャンドラムが順番に転がり、破壊したエレベーター跡へ次々と飛び込んでいく。


「これより敵艦内にパンジャンドラムをありったけ流し込みます!」


 アベルが先ほどと変わらぬ笑顔で言った。

 その笑顔に狂気を感じる一同。


「丸ノコ形状なんでよ。艦内の隔壁バルクヘツドは邪魔でしょ? 丸ノコでひたすら転がり続けて切断することが目的のパンジャンドラムです。もちろん敵にも突撃していきますし爆発もします。この丸鋸形状サーキユラーソー型自走爆雷の名称は『ムーン』です!」


 ロケット噴射する二連丸ノコ爆雷といったところであろうか。内部隔壁の主な目的は防火用だ。Aカーバンクル採用ではあるが、外部装甲ほどではない。

 隔壁破壊と潜伏した敵排除の二つの目的に特化した自走爆雷だった。


「味方は大丈夫なんだろうな!」

「マーリンシステムがあります。ご安心を」


 敵味方識別装置IFFをつけている限りは攻撃しないシステムを搭載している。友軍を攻撃することはない。


「側面の破壊した侵入経路から甲板部の格納庫へ辿り着けるような状況ではありません。我々は何もせず見ているだけですな」


 フユキが補足した


 大量のパンジャンドラムを吐き出したコンテナの一個目が空になった。残りのコンテナはまだ大量に積まれていた。

 次々と艦内に注ぎ込まれるように飛び込んでいく自走爆雷。


 ジェニーは少し離れた空中から憐憫に似た眼差しでメガレウスを眺めていた。


 最初の爆音が聞こえてきたのは数秒後の出来事だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 メガレウス艦内への両舷にある兵器運搬用エレベーターハッチ破壊による潜入経路確保。

 そしてアストライア攻略部隊の襲撃。


 それぞれが発生してから一時間以上が経過しようとしていた。


 アストライアにあるシルエットから通信が入る。その人物の名にクルー一同緊張が走った。

 アルゴフォースのカストルからだ。


 全員が最大限の警戒をする。


 アキに目配せし、エメが出る。迷わず通信を繋いだ。


 画面にはMCSに搭乗した、外套を着た男が座っている。

 結月を殺した男、カストル。アルゴフォースの総司令官だ。


「これはこれは。エメ提督自らとは光栄だな」

半神半人ヘーミテオスの方がバリー総司令ではなく、私に? 何の用でしょうか」

「これを見よ」


 カストルが駆るコルバスの視点。

 剣先を突きつけられたシルエット。鷹羽兵衛のアクシピターだった。


「ヒョウエさん!」


 エメが叫ぶ。


「話は簡単だ。君たちのなかのエースパイロット。コウ・モズヤと話しがしたい。一般人に紛れてパイロットをしているのだろう? この回線を繋いでくれればいい」


 エメの額に嫌な汗が流れる。

 本音では即座に拒否したい。


「わかりました。少々お待ちを」


 兵衛が人質なのだ。エメは迷わなかった。

 この事実を知らせなかったら? もっと哀しいことが起きるに違いないのだ。


 五番機の通信への呼出音が鳴る。最重要緊急エクストリームエマージェンシー呼出音コールだ。

 エメからだったが、彼女は自分の危機だけではこんな通信はしてこないとわかっている。尋常ではない事態が発生しているのだ。

 コウはすぐに戦場を少し離れて友軍のいる区域へと移動。通信に出る。


「エメ! 何かあったか?」

「コウ。聞いて。敵のカストルから通信。ヒョウエさんが人質になっている。繋げていいタイミングを教えて」

「兵衛さんが人質?」


 兵衛がまたも破れたということ。

 その事実がコウには信じがたい出来事だった。


 エメが迷わず連絡をくれたことにコウは感謝した。現在地は問題ない。


「すぐに繋いでくれ」

「わかった」


 通信がつながり、白装束の男を確認する。外套を深く被り、顔は口元しかわからない。


「お初にお目にかかる。アシアの騎士コウ・モズヤ。私はカストル」


 あえて聞きづらくしたかのような低い声。

 内緒話のようであった。


「コウだ。兵衛さんは無事か?」

「無事だとも。ほら」


 背面のリアクターのみ破壊されているアクシピター。

 相当な腕の差がなければこうはいかない。

 

 カストルは何者か。結月を倒し、あの兵衛をこうまで圧倒するとは。

 

「コウ君。来るんじゃねえ……」

「兵衛さん!」

「おっと。ここまでだ。ヒョウエが乗っているMCSの予備動力は生きているからな。通信会話と周囲の映像ぐらいは確認できる」

「何が目的だ?」


 ジャックのように洗脳するなら、コウと会話などしないだろう。連れ去るだけでいい。


「決闘を申し込もうと思ってね。結月と兵衛だけでは物足りないんだ」


 安い挑発だ。


 それでもコウのなかに怒りの感情が生まれる。

 だが、敵は強敵。冷静に判断しないといけない。


「なに。貴様が勝てばヒョウエは返ってくるし、来なければ連れて帰るだけだ。どうする?」

「今すぐそちらに向かう。どこにいけばいい?」

 

 迷いはなかった。


「一人で来いよ?」

「無論だ」


 たとえ敵陣のなかでも一人で行かねばならない。


「よし。ならば。――この座標だ」


 地図の座標が転送された。

 その示す場所か、どこなのか。すぐに理解し、絶句する。


 カストルは嘲笑するかのように唇を歪めた。


「決着を付けるには最高の場所だろう?」


 何者かは知らないが、非情さと緻密さを併せ持った強敵だと認識した。

 最悪の相手と確信する。

 

 それはコウにとっても因縁の場所だからだ。


「異論はない。今すぐいってやる」


 通信が途切れた。


 五番機は戦場を離れる。友軍が見えないところで自機信号を遮断。

 目的地へ向かった。


「またあの場所へ行くことになるとは、な……」


 感慨深いものはあった。


 五番機は迷わず向かう。

 師匠と五番機、そしてアシアと初めて出会った始まりの地へ。

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