コウの過保護を舐めてはいけない
「敵の空中空母はもう一隻。
エメがそう呟いた瞬間だった。
敵の空中空母が爆散した。
メガレウスに近い上空を通過しようとするタイミングだった。
「え?」
「敵空中空母、撃破を確認」
アキが映像を出しながら告げる。
『機動工廠プラットホームはもう一隻あるんですよ、エメ』
アストライアが悠然と笑う。
「エウノミア!」
「こちらエウノミアのマティー。こちらの大口径レーザーの名はテンコウ。コウに頼まれてね。エメ提督の射撃許可と同時にこちらも準備しておいたよ」
「マットさん!」
エウノミア艦内マットからの通信だ。
「ワイルドハント部隊の一部もそちらに送る。アストライアより後方の位置しているからね。動きは取りやすかった」
『わたくしも機動工廠プラットホーム。構築済みの兵器なら同様に作成してみせますよ。一部の部品は数時間前に受領したばかりですけどね』
ここぞとばかりにエウノミアも現れる。兵器開発より兵站任務に重きを置く艦ではあるが、同型艦でもある。作成はお手の物だ。
コウから指示でアストライアは即座にエウノミアに同様のものを造らせたのだった。
『一部の部品はアルゲースでないと作成不可能だったのです』
光増幅器や反射鏡など一部は高い加工技術を持つアルゲースのサポートが必要だったのだ。
アルゲースは惑星間戦争時代ではない。太古の開拓時代の技術と智慧を合わせ持つロボット。技術封印された今だからこそ、既存の技術を工夫し造り上げることができる。
『正確な射撃でしたね。相当な効果的な位置での撃破です。メガレウスへの増援部隊への威圧効果にもなったでしょう』
「射手は私だからな。テンコウほどの威力を再現できるようになるとは感慨深い」
リュビアが胸を張る。
かつてこのレベルのレーザー光線が、各惑星間を飛び交っていたことを思い出したのだ。
『まがりなりにも超AIのなれの果てでしょう、貴女は。それぐらいの仕事当然です』
『なれの果てとはずいぶん失礼な物言いだな、エウノミア!』
「ありがとう! リュビアさん!」
「ふ。まあな」
エメから素直な謝辞を送られて戸惑うリュビア。照れ隠しにぶっくらぼうとなる。
「こちらトルーパー4のエイラ。戦車隊と連携し敵地上部隊に対し展開いたします。上空は……お願いしますね!」
「プレイアデスの黒瀬だ。コウに頼まれているからな。空は任せろ!」
エメの信頼する二人がともに出撃する。エイラはエポナにAK3。僚機はエポス。
プレイアデス隊は黒瀬率いるヨアニアに、ファミリアが操縦する戦闘機アエテーだ。
アストライアからメガレウス攻略に向かっていたはずだが、コウに頼まれてすぐに戻れる手筈だったらしい。航続距離の長い重戦闘機ならではの行動だ。
ファミリアの戦車隊や装甲車部隊も展開している。
「ビッグボスに頼まれたぜ! ファミリア装輪装甲車部隊、遠距離射撃準備完了だ。P336要塞エリアではお留守番だったからな! 憂さ晴らしさせてもらう!」
大量の装輪装甲車が物陰に潜んでいる。
装輪装甲車部隊は瓦礫の山には不適と判断され、P336要塞エリア防衛戦では離れた場所からの間接砲撃支援を適度に行うだけであった。
「凄い数ね……」
「我先にきたみたいだにゃ」
「メガレウス攻略部隊に回さなくていいのかな……」
エメが不安を覚え始めた。
『予備選力の一部だから大丈夫よ。さすがのコウも公私混同は少ししかしないわ』
アシアが現れ、コウのフォローをする。エメのことを頼まれたのは彼女も同様だ。
「少しするんだ」
『そこはね。コウは過保護だからね』
アシアは苦笑する。
「コウの過保護を舐めてはいけない」
エメの声は若干震えていた。
「
アキが告げる。五十キロ近くになればアストライアと撃ち合いになるだろう。
「前線観測員、敵戦車部隊にターゲットマーカーを設置していってるにゃ。重戦車中心で進軍速度は速くないにゃ」
「近付く前に押し返せる火力はあると思う」
高次元投射装甲相手に爆風の威力は微々たるもの。それでもダメージは積み重なるとそれなりになる。
エメが装輪装甲車の武装を確認し、絶句する。多くの車両が徹甲弾仕様の直撃狙いだったのだ。牽制ではなく、破壊を目標としている。
「アストライア対地攻撃準備!」
アストライアも航行不能とはいえ、高性能な対地ミサイルを準備している。
全長8メートル弱ある大型高速滑空ミサイルだ。リアクター搭載型で電磁バリアやある程度の対空射撃には耐える仕様になっている。
「近寄るまでにどれだけダメージを与えることができるかな?」
『撃破可能です。何故ならば――』
「おう。こっちも準備できたぜ!」
「ケリーさん?」
通信にシルエットベースへ避難しているケリー。
さらにウンラン、衣川のA級構築技士が現れる。
「シルエットベースの防御網の一部を改装した! シルエットベースの管理がアストライアに戻っているからな。みんなで協力したわけだ!」
「競争といっても良いけどね? コウ君直々に頼まれたら断れないよ」
「それぞれ異なる極超音速滑空兵器を設計。誰が一番効率のよいダメージを出せるか、規格を決めての競争。なかなかに面白い提案だった」
構築技士の皆さんは避難中で暇だったのかな、と少しだけ思うエメ。
『皆様が構築した兵器を少数量産、配備させていただきました。山脈麓付近のミサイル武装用
アストライアがとりまとめて皆に即席のミサイルを構築させたようだ。
これもコウの提案で、直近では出番のなかった彼らは奮闘した。
「シルエットベースの防衛大丈夫かな」
『ご安心を。P336要塞エリアを防衛し、リュビアから発射されたミサイルを外したことで彼らはまだ正確な位置すら把握できていません』
「うん…… なんか凄いことになってないかな…… どれだけみんなに頼んだのコウ」
『改めて言いましょう。コウの過保護を舐めてはいけません』
砲撃が始まった。
次々と飛翔していくシルエットサイズのミサイルたち。
:どれだけのミサイルが使われたのか。想像もできないほどの火力だ。
「激戦続きで忘れていたけど、シルエットベースの防衛網だけで凄い火力だよね」
『簡単な話です。以前はP336とR001要塞エリア。海上。そしてキモンとアストライアそれぞれに戦線は広がっていました。今は海上の敵艦隊とメガレウス守備隊、そしてこのアストライア攻略部隊。戦場は限定的になっており、火力も集中させやすいのです』
アストライアが解説する。
『P336要塞エリアに対し同時に飛来する空中空母の行動を封じたのは山脈の防衛網や列車砲による防衛網の火力もあってこそです。Aカーバンクル搭載艦を撃墜したのですからね』
敵の戦力が大きすぎて、味方の火力を少々過小評価していたことをエメは反省した。
Aカーバンクルを搭載した空母を僅かな時間でミサイルや砲撃だけで撃墜した事は偉業ともいえるレベルなのだ。
「敵航空戦力、プレイアデス部隊と交戦開始。後方、R001より増援を確認。挟撃になります!」
アキの報告が入り、画像が映し出される。
R001軌道エレベーターがある要塞エリアから、零式の編隊が飛来していた。
「こちら五行重工業のマリです。ビッグボスからの依頼を受け、R001要塞エリアの防衛部隊を一部派遣しました。軌道エレベーターの守りも盤石ですのでご安心ください」
現在は敵艦隊とやりあっている五行のジュンヨウから通信だった。
エンタープライズと連携し、敵艦隊を押している。
「ありがとうございます。エリさん」
エメは礼を言う。現在R001は遅れて合流した企業群の直属部隊や傭兵部隊が護衛している。
一種の傭兵都市の様相を見せていた。
「敵は戦略としての選択と集中を過った。戦力が潤沢なら広域化を目指すべきだったのだよ。よほどの指揮官不足とみえる。むしろストーンズの組織としての構造的な欠陥かもしれないね」
師匠の言葉にエメは頷いた。メタルアイリスも指揮官が豊富とはいえないが、各企業の方針が補ってくれている面もある。
「アストライア方面へ侵攻した部隊の殲滅。こちらにこれほどの火力が集中しているとは思わなかっただろう。こちらも豊富な予備戦力に救われたな」
師匠が不敵に笑う。予見通りであり、想像以上の結果であった。
「うん。でもね。コウは少し過保護過ぎるんじゃないかな……」
エメはそっと小声で呟く。
エウノミア、シルエットベース、P336要塞エリアのみならず、R001要塞エリアまで。
各方面からの援軍に、エメは恥ずかしくなってきたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「空母二隻が一瞬にして破壊されただと……」
「レーザー兵器のようです」
オペレーターの声が強ばっている。荷電粒子砲ですら、溶解しながら爆発するという現象は起きない。
「惑星間戦争並の大威力のレーザー兵器まで完成させていたというのか、敵は」
メガレウスで指揮を執るアルベルトが呆然とする。
「機動工廠プラットフォームアストライア。――我ら最大の障壁。攻撃目標の選定は間違っていなかった。しかしながら想像を上回る能力だったようだ」
アルベルトは思考を巡らせる。カストルがその艦影を確認したとき即座に脅威と見抜き、優先せよといったことを思い出す。
今更ながら慧眼に値する判断だ。
「存在が非常識そのもの、か。然り」
カストルの寸評を思い出す。そして現在あの機動工廠プラットフォームは三隻確認されているのだ。
「だが、何故メガレウスに使わない? 鹵獲が目的か。カストル様と連絡はまだ取れないのか?」
「申し訳ございません! カストル様とはまだ連絡が……」
「ヴァーシャもか」
「はい。同じく連絡が取れず、現在地も不明です」
思わず歯噛みする。完全に負け戦だ。
もはやメガレウスの戦艦機能としての機能は失われつつある。
唯一の救いは軍隊全体の指揮系統は生きており、二カ所の要塞エリア、そして多数の防衛ドームより随時援軍が派遣されているということだけだった。
「簡単には墜ちはせんよ。……先が見えないことが辛いな」
アルベルトは弱音を吐いた後、艦内のシルエット部隊に矢継ぎ早に指示を出す。
籠城戦はこちらに有利。艦内に侵入する敵を撃破に専念するのみだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
メガレウス艦内にメタルアイリスの各部隊は突入する。
抵抗は激しいが、それよりも彼らに衝撃的だったのは内部の被害だった。
「艦全体が歪んだか?」
「Aカーバンクル採用、惑星間戦争時代の戦艦でもこれほどのダメージとは……」
誘爆阻止用の隔壁を下ろそうにも、途中でつかえている場所がところどころ見受けられる。
衝撃による歪みが原因だろう。
整備などもシルエット基準で行う。通路もシルエットサイズと人間用サイズがある。降りて白兵戦ということはまず想定してしない。
シルエットを基準とした戦場ではプラズマバリアや爆風の衝撃波など、生身の肉体では耐えられないからだ。
巨大戦艦であるためシルエット用の小型格納庫や旧世代兵器用の巨大格納が様々な場所に配置されているが、あちこちでシルエットの残骸が転がっている。
『
「戦闘指揮所かAカーバンクルのリアクターさえ抑えれば……」
「そこが一番難所だっての!」
メタルアイリスのパイロットたちもわかっている。
アルゴフォースか現在も使えるシルエットを編成し、要所要所を固めている。
艦内そのものが巨大な迷宮のようであった。
各所で制圧すべく部隊が次々と投入されるが、敵もあえて取らし奪回する手を取るなど駆け引きが続いている。
「みな。潜入は慎重にな」
甲板の上にはコウが戦闘を続行している。
上空にはタキシネタ隊の編隊が見える。ジェニー達も制空権を取るために死闘を繰り広げているのだ。
「こちらラニウス隊。第二ポイントから潜入します。ボスは船外にいてください。何かあれば呼びますから!」
「ジェイミー、頼んだ!」
「ええ。一暴れいってきます!」
初老のネレイスであるジェイミー。今やコウの頼れる片腕になりつつあった。ジェイミーさんと呼ぶと他人行儀と怒られることもしばしばなので、呼び捨てになっている。
シルエットパイロットとしても良き先輩であり、戦場で磨かれた戦術眼に助けられることも多い。
第一部隊はフラフナグズ率いるクルト社の部隊だ。
接近戦特化の機体での斬り込み。多少の被弾はものともしない。
「こちらアストライア。戦闘を開始しました」
アキから連絡が入る。
その直後、遠くで巨大な爆発がした。エウノミアのレーザー砲テンコウの仕業だった。
「鬼切と天光は役に立ったかな」
あえて日本刀の名称にしたのは、決意の現れだ。
「味方まで動揺していますよ……」
アキが呆れた声でいった。
敵空中空母を一瞬にして撃破したのだ。味方まで驚愕する。ビッグボスの非常識さが伝説になりつつあることをコウは知らない。
「あとでバリー司令から小言がありますよ。絶対に。私からは釈明は入れておきましたけどね」
「面倒をかけたなアキ。エメとアストライアを護るためだ。仕方ないさ」
必要な兵器だったのだ、と自分に言い聞かす。
少しやりすぎたかな、とは内心思っているのだ。
「俺は戻らなくてもいいかな?」
「不要です。現在、残存勢力の掃討に移行。殲滅に追い込む状況となっています」
コウの指示を得たファミリアたちはあらゆるアルゴフォースの兵器を駆逐する勢いだ。
「え? 速くないか」
「え、じゃありません。コウがやったことですよ」
灰燼やらタナトスやら意味ありげな言葉をあれほど使ったのだ。
ファミリアの戦意は高い。現在撤退中の敵部隊に対し火力を集中している。
「そ、そうか。エメもアストライアも、アキたち危機がないということでいいな」
「はい。ご安心ください。私たちも問題ありません」
「頼んだよ」
敵の戦力そのものは健在だ。油断はできない。
メガレウス周辺では原野での大戦車戦が繰り広げられ、空からは途絶えることがない高性能戦闘機が飛来しメタルアイリスを攻撃している。
それでも戦況はこちらが優勢といえる状況であり、メガレウス攻略は進んでいる。
本当に順調といえるのだろう。
自分でも理由が思いつかない、胸騒ぎがするコウだった。
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