一ペタワット一秒の破壊力

 メガレウス攻略作戦の数時間前。

 仮眠に入る前の出来事だ。


「アストライアが囮に? 断固として反対だ」


 コウは断言した。

 エメはアストライアに敵が集中すると仮定し、迎撃体勢を整えたいと申し出たのだった。


「囮ではないね。敵の選択と集中を仮定すると、アストライアが狙われるのは必然なのだ」

「師匠?」

「アリステイデス級のような強襲揚陸艦やキモン級は軍事基地艦、戦闘艦の一種だ。だがホーラ級は本来後方の兵站を担う艦の一種。敵が攻めの起点を作るのはここしかない」

「しかし……」

「エメ提督の名は敵にも知れ渡っている。有名税だね」


 コウは歯噛みした。ぞっとするほど昏い目をしている。

 もうエメを危険な目には遭わせたくないのだ。


「敵はメガレウスを護衛に専念するだろう?」

「メガレウスを護るためにも攻めておく場所が必要なのさ。こちらが危機ならその分メガレウスへの攻略部隊が減るからな。能動防御戦略の一環としてアストライアへの攻撃が発生するとエメは予想したのだよ。あくまで可能性の話だがね?」


 そう言われると返す言葉がない。

 同席したファミリアたちが不安になるほど。こんなコウは珍しい。


「双方、メガレウス周辺に同時展開する余裕はないさ。戦場が広域過ぎるからね」


 コウは少しだけ目を瞑り、覚悟を決めた。


「あらゆる手を使って万全、盤石に。アストライア。俺の構築した兵装、ありとあらゆるものを準備だ。電子励起爆薬以外の全ての制限を解除して万難を排してくれ」


 ありとあらゆる――この命令は至上かつ危険なもの。エメたちにはすぐにわかった。


『承知いたしました』


 アストライアは嬉しそうだ。コウが全力を出せ、という命令は珍しい。


 そして命じられたからには、あらゆる代物を出し惜しみはしない。彼女は兵器開発統括超AIの端末なのだ。


「エメとアストライアにはもう二度と手だしはさせない。火傷じゃすまさない。死ぬほど後悔してもらう」

 

 淡々と告げる。

 どうやらコウのトラウマを思いっきり刺激してしまっている。

 

 その宣言を内心嬉しく思う二人だった。


「へい。ではお嬢さん方に手を出す連中は痛い目に遭わしてお帰り願う方針でいいんですね?」


 ドーベルマン型のファミリアが尋ねてくる。背後には多くのファミリアが控えていた。


「手を? みなご……ごほん。灰燼にする勢いで。アストライアとエメに手を出す連中にはタナトスの抱擁を、ってところかな」


 選ぶ言葉は気をつけないといけない。殺意は伝搬する。

 この場合、コウ自身が選ぶ言葉を間違えた。意図せずにより強すぎる言葉を使ってしまったのだ。


 タナトス。ギリシャ神話の死そのものを擬人化した神。タルタロスの一番奥深くに鎮座する冥府の神だ。

 ヘルメス、ヘパイトスなどギリシャ神話について調べたコウがとっさに浮かんだ神でもある。


 「タ……タナトスですかい……」


 ドーベルマン型のファミリアが思わず絶句した。テレマAIである彼らはギリシャ神話の逸話の影響を強く受ける。


 アストライア。正義と公平の天秤を司る女神。次にタナトス。いわば死そのものを望んだ。


 二人に手を出す者たちはすべからく公平に死を与えよ。

 そういう解釈をしたのだ。


 ビッグボスがここまで言うとは。――彼らは本気を感じた。


「へい! 聞いたかお前ら? ビッグボスはできうる限り敵を塵と化せとお望みだ」


 にやりと笑うドーベルマン型。我が意をいたりといった模様。

 鏖殺せよと、彼らのボスがいうのだ。その命に従うまで。


 極道の若頭みたいな犬型ファミリアだった。興奮する配下のファミリアたち。


 何やら誤解が生まれたかもしれないが、そのままにしておく。

 どのみち主戦場ですらないアストライアを狙う敵など撃退するなどと生ぬるい対処ではいけない。触れたら火傷では済まないと思い知らせないといけないのだ。


「いざとなれば私たちもエポナで出るにゃ」

「そうですよ。アストライアは護ってみせます」

「頼んだ。……今やここは俺達の家のようなものだからな」


 照れくさそうに小声で言うコウに二人は笑顔になった。ここは彼らの家。そして家族なのだ。

 

「俺は最前線にいるから引き返せない。フユキさんたちの工兵部隊にも工作をお願いしておくよ。前線にアストライアは必要だが、不必要に前に出てはいけないよ、エメ」

「うん!」


 エメは頷いた。

 前線に出るなといわないだけ、大きな前進だ。


「あとは…… そうだな…… 」


 思案にふけるコウを横目に、エメはアストライアと即席構築する兵器の相談を始めていた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



前線観測員リーコンより連絡。敵陸上部隊動き始めました! 陸上戦艦の残存部隊を集めたようです」

「哨戒機も敵要塞エリアの動きを察知したにゃ」


 アキとにゃん汰の報告にエメは頷く。


「総員迎撃用意。アストライア。準備はいい?」

『万全ですよ。そしてコウの過保護を舐めてはいけません』


 アストライアが珍しく悪戯っぽく微笑む。

 その笑顔に安心を覚えるエメだった。


「コウの過保護を舐めてはいけない。多分きっと、凄いことになるから」


 エメは自分に言い聞かせるように呟いた。


 現在のアストライアの任務は最前線における補給基地だ。

 弾薬や修理などを行うために補給部隊を展開している。背後からはトラックや補給の輸送機がひっきりなしに飛来し、艦内ではマールとフラック、多くの作業用シルエットが応急修理や交換作業を行っている。

 

 野外ではクワトロワーカーたちが弾薬の補給を受け持っていた。

 実際に最前線にいる部隊に対し、数倍もの兵站部隊がいる。その人員をシルエットで補っているのだ。


「哨戒機より連絡。Q019要塞エリアとQ221要塞エリアより敵飛行空母発進。護衛部隊多数にゃ」

「メガレウス救援に回さずこちらか。メガレウスの位置はともに二つの要塞エリアのほうが近い。戦闘機を飛ばせばいい。二隻は予想外だったけど、ここまでは予想通り。アストライア。制限解除命令を下します」


 コウに託された新兵装。エメの名をもってのみ解除できる。

 

『兵装展開を開始します。大口径レーザー名称オニキリ。発射準備開始』


 レーザーは光学兵器の代名詞とも言える存在だ。

 可干渉コヒーレンスとは波動の干渉を示し、コヒーレント光を収束させ、その凝縮したエネルギーで目標を破壊する。光速のため回避は不可能だ。


「レーザー? レールガンじゃないんだ」


 惑星間戦争時代の宇宙艦では確かにレーザーは多用された。一瞬の照射で敵小型兵器を破壊するためだ。

 超高速で戦闘を行う宇宙空間では、大口径はレールガンや荷電粒子砲のような質量をぶつける兵器のほうが有用だった。


「砲身設計は私ですよ」

「うちは内部構造の調整をアルゲースとしたにゃ」


 コウはレーザーガンを厭う。理由は簡単だ。にゃん汰とアキ自身を不要品とまで言わせた光学兵器をできるだけ使いたくなかったのだ。

 彼女たちもその配慮は嬉しかったが、このオニキリには全力を尽くしたのだ。


 コウの思いの本質は彼女たちを心情を尊重すればこそ。

 にゃん汰もアキも遙か過去の謂われなど、もはやどうでもよい。コウは十分に彼女たちを尊重してくれている。

 自分たちのトラウマがコウの足かせになってはいけないのだ。


『ただのレーザーではありません。この超高強度レーザーであるオニキリは出力は千兆ワット――一ペタワット。照射時間一秒。威力は一ペタジュールとなります。理論値ですけどね」

「数字が大きすぎるね」

『コウのいた時代の戦車の装甲を破壊するにはMJ必要と言われていました。文字通り桁違いの威力です。そしてコウは私たちを護るために解放したのですよ』

「うん」


 主戦場はメガレウス近辺だ。もしアストライアを狙うとするならば、敵主力はありえない。

 ならば最大火力をもってして、畏怖させる。手を出したら火傷ではすまないぞ、と。

 それがコウの狙いだった。


『惑星間戦争時代のレーザーと同水準、アーテーが搭載する荷電粒子砲の数倍の熱量、メガトン級の破壊力を持ちます』

「凄い……! それだけの威力だとメガレウスも撃破できるんじゃ。ホーラ級で一斉射撃するとかで」

『欠点がそれを許しません。無理やりの大出力。一発発射するとアストライアのエネルギーは八割消費します。その状態では航行不能になるのです。そしてこの程度の威力ではメガレウスの装甲は抜けません。レーザーは対策も容易なのです』


 惑星間戦争時代の装甲材を使用している軍艦には大抵、超高温対策や金属コーティング、誘導体や反射するマテリアルが導入されている。


「そっか」


 エメは残念そうに呟いた。対抗手段は多いほうがいいと思っていた。


『あの程度の空中空母なら一撃ですよ?』


 あの程度と言い切ったアストライアには自信がみなぎっている。


「現在の技術から作られている空中空母相手には!」

『そうです。絶大な破壊力をもたらすでしょう』

 

 コウのいた地球でも数ペタの出力は実現可能だったが、それはフェムト秒と呼ばれる単位の極僅かな時間。千兆分の一秒単位での照射に過ぎない。熱量のジュールで換算すると二十Jにも満たない数字である。

 用途はレーザー核融合炉や分子の世界に干渉し、未知のマテリアルの研究などであった。


「減衰問題は?」

『解決しておりますよ』


 アストライアは明らかに喜んでいる。

 強制的な人類の活動停止から技術封印。ようやくここまで復元できたのだ。全盛機に比べると他愛のない技術だが、それでも金属水素に並ぶ革命的な技術復元だ。


 荷電粒子砲と同じくレーザーも大気内で使う場合は問題が多い。ブルーミング現象と呼ばれ、メガジュール級のレーザー光は大気を屈折させ、レーザー光の威力を大きく減衰させる。

 この減衰問題も地球時代に大幅に解決されている。超短波を利用したレーザーパルスによって大気中の原子を瞬時にイオン化。パルスから生み出される電磁波とプラズマファイバーを均衡させることにより大気のレーザー光を収斂させるのだ。


 秒単位での照射を可能にしたのはR001のアシアによって技術開放された超高性能なOPCPA(光パラメトリックチャープパルス増幅)装置や金属水素からのエネルギー供給、Aカーバンクルリアクターの合わせ技だ。

 単砲身にみえるが、内部は百数十本の複合砲身が内蔵されており、レーザー光を目標地点で収斂させている。


『そのかわり、一秒照射しないと本来の威力はでません。射撃手の準備も完了しています』

「オマカセヲ。エメ」


 ポン子が射手席に座っている。

 コウからもくれぐれもエメの守りを頼まれている。例え子守ロボットとして自壊しても果たさなければならない任務だった。


「ショウジュンアワセ。ショウシャカイシ」


 空飛ぶ空中空母に照準が合わさった瞬間、照射した。1秒間。音もさえもなかった。

 あっという間に船体が融解、爆散した。

 Aカーバンクルのリアクターごと破壊され、金属水素も誘爆したのだろう。


 周囲を護衛していた敵の航空機も巻き込まれ多くが爆発、墜落して撃墜された。。

 何が起こったかわからない。それぐらい一瞬の出来事だった。


「本当に一秒。凄い……」


 エメも絶句した。

 示威行動にしても絶大な破壊力だ。アルゴフォース以上に、ストーンズ全体に衝撃を与えるだろう。

 コウ、何をした! と絶叫しているバリーの姿も見える。どうやら説明していなかったようだ。

 アキが通信で釈明している姿が見えた。

 

『航行システムダウンしました。プラズマバリアも張れません。回復は二十分後です』

「威力は凄いけど…… 確かにメガレウス相手には使えないね」


 動けず、防御能力の落ちたアストライアなど即座に撃破されてしまう。

 エメにも容易に想像ができた。


「あと一隻。コウが私たちのために解放してくれた全力。この最大火力を活かして戦況をが有利にしないと。あとは私たち次第」


 コウはあえてこのレーザーを封印していた。それは痛いほどわかる。

 

 彼の思いを無駄にしてはいけないのだ。

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