ウェーブライダー
高度約二十キロ。成層圏と言われる領域。
航空機の一団が空を飛んでいた。
アルゴフォースが開発した高高度哨戒機「ルジャーンカ」。ツグミの意だ。
護衛機として編隊を組んでいるコールシゥンだ。
アシア大戦序盤、情報戦に遅れを取ったアルゴフォースでは高高度哨戒機の導入は急務だった。
メタルアイリスのイーグルアイと同様、高高度哨戒機を導入したのだ。
先発隊は壊滅した。
『
「敵機接近! 異形の戦闘機が降下してきます!」
ルジャーンカより通信が護衛部隊に入る。
「上空だと? 宇宙からか?」
「そのようです。大気圏再突入を行っている部隊がいます!」
宇宙から地表百二十キロ地点まで降下することを大気圏再突入と呼称する。地表百キロからは宇宙と呼ばれるのだ。
衛星速度での突入になるため、機体先端の温度は数万度に達する。戦闘機の類いではないだろうと予想された。
「あの爆雷を投下した宇宙艦からか! 迎撃するぞ。今ならウエポンベイを展開することも、パイロンから対空ミサイルをぶら下げることも不可能なはずだ。大気圏再突入中に攻撃を仕掛ける。座標を示せ!」
大気圏再突入では、空力加熱によって機体と大気の分子がぶつかりあい、プラズマを発する。機体は衝撃とプラズマによる高温に包まれるのだ。
ウエポンベイを展開すれば内部のミサイルが焼かれ、パイロンからミサイルをぶら下げていたとしても突入の衝撃をまともに受け、誘爆するだろう。
「了解です! 敵機体、形状捉えました…… なんだこれ…… 変形した!」
降下中の敵機は細長い飛行機のようだった。大きな口があり、そのなかに円錐状の機首が隠れているようだ。
「どうした!」
「画像、転送します!」
細長い飛行機から変形したもの。小型のカナード翼がせり出し、翼は胴体と一体型に近いダブルデルタ翼の戦闘機だった。
機首がせり出し、尖った形状となる。
「ロックオンアラートだと? あの降下中の敵から…… うわぁ!」
コールシゥンのパイロットが悲鳴をあげた。ミサイルが直撃したのだ。
「ミサイルだと? どこからだ」
「ば……ばかな! 主翼だ! 主翼と胴体の上にミサイルを搭載してやがる!」
降下中の敵戦闘機は主翼の上にミサイルを装備していた。遠距離から対空ミサイルを発射したのだ。
「おかしいぞ。あの戦闘機。エンジンが縦二列に? ぎゃあ!」
護るべきルジャーンカも遂に撃墜され、護衛コールシゥン隊は散開し逃亡を開始した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エイレネより降下中の戦闘機レッドスプライト部隊、敵の哨戒機部隊を撃破しました」
にゃん汰の通信に頷くエメ。
「アベルさんでは珍しい普通の戦闘機だったね」
『普通? とんでもない認識ですよエメ。主翼と胴体の上に対空ミサイル、縦列二段のジェットエンジンに、下腹部にはロケットエンジン二基搭載の複合機構です』
「え?」
『熱圏から中間層での戦闘を意識した超高度戦闘機。口に見える孔はプラズマ対策ですね。成層圏に突入し大気圏内なると円錐状の部分がせり出し、戦闘機のような尖った形状になるようです』
レッドスプライトとデータリンクしたアストライアが解説する。
『胴体下部のロケットエンジンは大気圏から離脱と加速の補助。ジェットとロケットの複合エンジン機とはなんとも変態的な設計です』
「もう一回宇宙にいけるの?」
『増槽を装備すればいけます』
「凄い。地球に入った後は変形したよね」
『突入時はウェーブライダーです。胴体で衝撃波を受け流すブレンデッドウィングボディになっています。衝撃波の上を波に乗るように進んでいるんですね』
ブレンデッドウィングボディとは主翼ど胴体を一体化する飛行機構造のことだ。
本来のウェーブライダーは翼を極小かなくし胴体で衝撃波を受け流すリフティングボディ構造だ。
ブレンデッドウィングボディも同様の発想で生まれた、いわば全翼機との中間のような構造である。
レッドスプライトの機体構造はウェーブライダーの役割もこなせる設計になっていた。
「だから主翼の上にミサイルを」
『そうですね。胴体下部に付けていると衝撃によって発生するプラズマをまともに受けてしまいます。あえて上部に装備したのでしょう』
通常のハードポイント、パイロンは主翼や胴体下部に設置される。理由はいくつかあるが、航空機からの投下を前提にしたものだからだ。
対空ミサイルとは思い切った設計のレッドスプライトだが、過去にそういう構造の戦闘機案はいくつか存在した。主に英国の戦闘機であるが、ほとんどの場合は計画プラン段階で止まっている。
「波乗りかあ。シルエットも載せられるかな?」
『エイレネにシルエットはありませんが可能でしょう。先端こそ衝撃で数万度のプラズマに包まれますが、それ以外の表面温度は数百度程度です。複合動力によってシルエットも載せて降下できる程度の出力は維持できそうです』
データを解析したアストライアが推測する。エイレネとアベルの二人の力業なら可能だろう。
「今までシルエットを載せる飛行機がなかったのが不思議かもしれない」
『本来なら上に載せる必要はなかったですからね。RCSなど無意味になり、被弾面積も大きくなります。格納するサンダーストームや
宇宙での戦闘禁止を考えると、宇宙から戦闘機とシルエット同時投下は恐るべき戦力となるだろう。エイレネはさらに先を見据えていたに違いない。末恐ろしい妹だった。
「レッドスプライト隊、そのままメガレウス攻略に参戦するとのこと。中間層からの急降下は敵も予想できない」
エメは宇宙にいるエイレネから通信を受ける、
宇宙から戦闘機が飛来するとは敵も予想しないだろう。
エメはアストライアの言うとおり、敵の意表を突くことだけに専念したような兵器ばかりだという感想を抱いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
破壊工作を行っている戦闘工兵部隊を援護するべく、シルエットの集団が戦っている。
敵は可変機であるアルラーと、その上位版であるシーサヴァ・アルラー。
そして敵の最新鋭可変機であるバイヴォーイ ・オホートニク。可変機は人型のまま戦闘も可能な厄介な敵だった。
メタルアイリスに対抗するほど空戦可能な可変機の数はアルゴフォースと比べ少ない。
だが、対抗しうる能力を持つシルエットは一騎当千に値するエースばかりである。
「く。数が多い!」
メタルアイリスの可変機は金属水素生成炉、多くはエース用だ。貯蔵炉を採用した可変機は五行の零式やBASのバザードはあるが機数は比べものにならない。
アルゴフォース特有の事情が有利に働いている。ファミリアやセリアンスロープはおらず、シルエットに載せた方が効率がよく、物資に困らないからだ。
「無理をしてはいけません」
囲まれた五番機を、クルトがフラフナグズで参戦し、大剣の一撃で敵を仕留める。
「おうとも。俺らもいるぜ」
兵衛もアクシピターで参戦していた。
「助かります! ここはなんとしてもフユキさんたちを護衛しないと!」
「城攻めたあ、内部に入って制圧する必要があるからな!」
兵衛は城攻めに例えたが、もはや動くことのない要塞だ。
城に例えてもいいだろう。
「甲板に次々と防衛が降りたっている。一気に駆け上がりたいところだが…… 今やると蜂の巣だ。戦闘機の上にでも乗ることが出来ればいいんだけどな」
甲板は敵が最優先で制圧したのだ。艦内からの戦力もようやく出撃可能となる。
「タクシーが必要かい? ビッグボス! 宇宙からきたばかりだが、手伝うぜ!」
タイミング良く通信が入る。みたことのない犬型ファミリアが現れた。
「タクシー?」
「アルビオンのレッドスプライト隊だ。たったいま宇宙から降下したばかりだが、俺達ならシルエットを載せることができるぜ! 他の連中も降下中だ!」
レッドスプライトが編隊を組んで降下していた。高度20キロ以上よりさらに高い位置からの対空射撃を受け、アルラーの編隊が次々と撃墜されていく。
「宇宙からかよ! すごいな!」
エッジスイフトに乗っているニワトリ型のファミリアが叫ぶ。
交戦中の味方戦闘機も驚く場所からの登場だった。
「すまない。俺を乗せて上まで上がってくれないか?」
「あいよー! こいつは垂直離着陸機。ホバリングも可能だぜ! 安心して乗ってくれよな!」
「さすがアベルさんだな」
レッドスプライトがコウの頭上で待機したので五番機はすかさず飛び乗った。
大気圏脱出用のロケットエンジンはシルエットを搭載した場合、非常に有能な補助動力となる。
「急上昇してくれ!」
「あいよ!」
コウの目的を察したクルトと兵衛。
「私もお願いします」
「俺もだ!」
「任されてよ!」
「きゅう!」
雌の白猫型ファミリアとハムスター型ファミリアが降下し、二人を拾う。
急上昇中は三人とも射撃武器を使っている。レッドスプライトは大型の機体ながら運動性は高いのだ。
「これぐらいでいい。ありがとう!」
上空5000メートルあたりで飛び降りる五番機。同じく続くアクシピターとフラフナグズ。
メガレウス甲板上には多数のアルラーがシルエット形態で迎撃陣形を取っている。
艦上から眼下の敵を牽制しているのだ。
真上からの奇襲は想定外――降下中の三機は周囲を牽制射撃を行いながら回避行動を取っている。
着地と同時に三機のアルラーが両断され真っ二つとなる。
「ま、真上からか!」
「早く排除を!」
防御陣形の一角を崩されたアルラー隊に動揺が走る。
腰を落とした五番機が一閃。今度は胴薙ぎでアルラーを破壊する。
腰を落として戦う五番機の戦術は、通常の歩行の延長上で斬り合うアルラーたちにとっては非常に戦いづらい体勢だ。
「いまだ。甲板上を取るぞ!」
一瞬の混乱。
このタイミングを好機とみたジェイミーが号令をかける。
レッドスプライトはウエポンベイに内蔵された対地攻撃ミサイルで援護し、弾幕を張る。
メガレウスを巡る戦いは激しさを増していく。
まさに決戦ともいうべき戦場と化しつつあった。
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