エイレネのクラッカーの中にはプレゼント!

 

 吹き飛ぶ艦橋。地面に沈むメガレウス。

 空中から飛来した巨大な自走爆雷の脅威に、メタルアイリスとユリシーズの面々も絶句した。


 衝突の振動は数百キロ離れた彼らの地面も揺らす。シルエットがバランスを取る必要があるほどだ。


『みてアベル! 惑星アシア全員が私たちに注目しているわ!』

「派手でしたねえ! 敵も度肝を抜かれたことでしょう」


 宇宙の二人はご満悦だ。

 

「アルゴフォースは一つ、致命的な運用上の過ちを犯しました。それは我々の宇宙艦を警戒し有利な位置取りに執着しすぎたが故に宇宙戦艦の位置を固定化させ要塞にしたことです。軍艦が発達した要因の一つは圧倒的な火力を持つ大砲を船で運搬することを可能としたこと。すなわち火力の機動を可能にしたことです。停泊している艦など的に過ぎません。私の真の狙いに気付いた頃には、後の祭りですよ」

「やっぱりアベルさんでいいじゃないか。エイレネも言ったことだし、その仮面脱ぎましょう」

「おや。コウさん。おやすみでは?」

「寝てられるかー!」


 コウが珍しく叫ぶ。彼は五番機のなかで仮眠を取っていた。

 衝撃で駐機状態で膝立ちしていた五番機がバランスを崩すレベルだったのだ。


「むぅ。もっと重要な場面で仮面を外したかったんですがね」

「そんな美学はいいから」

「そろそろ頃合いでしょうかね」


 仮面を外したアベルは悪戯っぽく笑っている。


「再度攻撃を行います。通用するのは二回程度でしょうね。再攻撃後に進軍すると良いでしょう」

『だからアルビオンマーク1を使えといったのね。あの爆風に耐え、荒野になった地形を乗り越えシルエットを安全に移送するための兵器だったと』


 アシアはアベルの助言を思い出した。


「その通り。アルビオンマーク1は、『吊られた男ハングドマン』直撃後の突入用だったのです。敵が空母爆弾などとふざけた兵器を運用するとは思わず、急いで要塞エリア防衛に派遣した次第です」

「敵も周回軌道上から巨大なパンジャンドラムが降ってくるとは思わなかったと思う」


 眠い目をこすりながら起きてきて司令席に座ったエメが指摘する。

 振動対策が施されているアストライアの艦内でさえそれほどの衝撃だったのだ。


「意表を突くのは戦術の基本ですからね」

『あなたたちは意表を突くことしか考えていませんからね』

『姉さん! 厳しーなー! 褒めてよ!』

『褒めましょう。地表で宇宙戦艦の艦橋を一撃で吹き飛ばした攻撃兵器など存在しなかった。これが加速投下の爆薬ならオケアノスの禁止事項に引っかかったでしょう。あなたの言うとおり、紐を付けた鉄球を投げつけるだけなど、オケアノスも禁止にはできません』

『でしょー?! アベルに話を聞いた時、これしかないって確信したわ!』

『あなたはなんでその能力をまともに運用しないのです』

『30年前からエンタープライズとかー? 海中防衛ドームとかー? ゼネラルアームズ創設の支援がんばったんだよー!』


 天真爛漫な微笑みを浮かべるエイレネ。だがそれさえも演技だとアストライアは知っている。

 お前はその間に何をしていたのか、と。エイレネはアストライアに問うているのだ。


 剣呑な空気が流れる。


『……いつから目覚めていたのです』


 エイレネが一枚上手なことをアストライアは認めた。


『アシアが一斉封印され、平和が喪われたその日からよ。お寝坊さんな姉たちをもって妹は大変だわ』


 このときばかりはエイレネの声は真剣だった。彼女は平和を司る女神を模したAI。誰よりも平穏、そして平和に敏感だったのだ。

 アストライアは言葉に詰まる。彼女が目覚めるより早い。


『アシアの最後の悲鳴に似た願いを聞き届けたオケアノスはプロメテウスに命じて転移者たちを招集した。その時から私の計画は始まったのよ』

『そのタイミングで! 何故私を起こさないのですか!』

『自分で起きなさい。ね? エウノミア』

『英国人のような嫌味はやめなさい。エイレネ』


 返す言葉がないエウノミアは、そういうのがやっとだ。 


『アストライアがすぐ目覚めたのは意外だったけど、相変わらず慎重すぎて動き遅いし? 三十年近く、技術解放も為されず、何事も遅々として進まなかったけど…… なにも出来ない自分を恨んだぐらい。でもビッグボスのおかげね! 一気に事態が動いたわ!』


 エイレネ。以外と毒舌だ。

 ちくちくとアストライアに突き刺さる言葉を放つ。

 

「そこで俺が出てくるのか」

『当然! ただ、ジャックが拉致されジョン・アームズが喪われた痛手は本当に大きかった。既存の兵器を売却させ、解放技術による新規機体の開発を進め、その後の技術解放の購入権や資材購入はBASやアトゥに頼ったわ』

「だからお金がなかったんですね」


 エメは常に資金不足に悩まされるBASを不思議に思ったものだ。

 優秀な兵器もたくさん構築していた会社ではあったのだ。


『R001要塞エリア奪回してBAS社が金属水素生成炉の購入権利が生じたとき。そこからはもう全力よ。本当、大変だったわー。ごめんね、アシア。助けるのが遅れて』

『本当にBASとエイレネの悪巧みだったのね。でもありがとう。私に気付かれないぐらいの用意周到さは怖いぐらいだけど』

『平和とは力が必要なのです。力とは殴るだけではなく、準備するための情報や交渉、我慢強さも必要。中途半端に助けに出て、存在がバレたら元も子もないからね! ビッグボスとアストライアの相性が良かったのが幸いしたと思っているよ』

『あなたとアベルも相当相性いいですよね』

『本当に! まさかリュビアが直接乗り込んでくるなんて。その間の混乱でアレコレできたし。最下層に落ちてきた構築技士も手に入ったし! ありがとうリュビア!』

「うむ。非常に複雑な気分だ」

 

 リュビアが苦虫をかみ潰したような顔をしている。


「混乱を利用するタイミングが上手いんだな、エイレネは」

『やった! ビッグボスに褒められた!』


 嬉しそうな美少女AIの笑顔に、コウも困惑する。

 聞いている限り、大きな混乱時のタイミングを周到に狙っている。


『サプライズはね。計画している時が一番楽しいのよ』

『サプライズされる方にもなりなさいと何度いったら』

『何事も派手にやってこそですよ、姉さん。地道な下準備もそのためなら耐えられるの』

『宇宙要塞艦の復元をそのためだけにやってのけたのですね』

『そうなの! あんな破壊しつくされた廃墟みたいな艦を修理するなんて誰も考えないでしょう?』


 エイレネは胸を張った。


 海底に眠る宇宙要塞空母ソフォイ級タレス。惑星間戦争時代に活動していた超AIには秘密でもなんでもない、アシアに眠る有名な残骸の一つ。

 頑丈な船体ゆえ朽ちることも許されなかったこの空母を必要とする時がくると、エイレネは踏んでいたのだ。


『パーティはまだはじまったばかり。あなたの出番はこれで終わり?』


 アストライアの問いに、エイレネはふふんと不敵に微笑む。


『仕込みは終わったわ。そしてパーティの始まりはねアストライア。プレゼント付きのクラッカーを鳴らすのよ! 相手が勝手に鳴らしてくれるわ。それが進軍開始の合図となるのよ!』



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 空を進む、変形したボガディーリ。さらに大型化した追加ブースターと増槽を装備している。

 その背にはカストルの乗ったコルバスがいた。


「一撃はあえて受けますか」

「仕方がない。これしか手がない。巻き戻すタイミングでテザーが張る。その瞬間を狙って切断するのだ」

「落下中のアレに手を出すのは私も反対です。そしてあのテザーを斬るほどの技量を持つ者はカストル様のみ」


 Aカーバンクルによって強化された、軌道エレベーターの材料で創られた紐を斬るには常人では不可能だ。

 だが剣の達人であるカストル、そして剣士用に設計されたコルバスならば可能だ。千葉から手に入れた電孤刀がその手にあるのも幸いしている。


 この電孤刀こそフラフナグズが持つグラムの試作であり、十字のガードに肉厚な刀身を持つ両刃造りの上古刀を模したものだ。


 再びメガレウスに極大サイズのパンジャンドラムが衝突する事態が待ち受けている。

 続けて爆発と巨大な噴煙が舞い上がる。その衝撃は上空25キロにいる彼らの間近に迫っていた。


 遙か眼下にあるメガレウスをみる。甲板は砕け散り、艦の形を留めていること自体が奇跡のように思える。


「さらに地中に押し込まれたか」

「主砲も壊滅状態です。あの攻撃を三度も受ければ持ちません。メタルアイリスも迫ってきます」

「やるしかないか。いくぞ!」

「はい!」


 テザーが張る。巨大な自走爆雷のロケットが点火し、巻き戻るための動作に入った。


 その瞬間をヴァーシャとカストルは見逃さない。

 巨大な径のテザーにボガディーリを接近させる。

 

 装甲筋肉を限界にまで作動させ、抜き撃つコルバス。

 その横斬りはテザーを両断した。


「やったか?!」

「はい! ……これは!」


 ヴァーシャはすぐ異変を察する。


 切断され落下するテザー。

 燃えながら落下していたのだ。導火線の如く燃えながら凄まじい勢いで火柱を放っていく。


「どうやらあのテザーから金属水素を供給していたようですね」

「待て。つまり、その先にあるのは…… 爆雷ではないか!」

「くそ!」


 思わずヴァーシャが舌打ちする。あのマルジンが一筋縄でいかないことを考慮するべきだった。

 ボガディーリが加速する。20キロの導火線などすぐに到達する。


「この場を離れます!」


 最大加速するボガディーリ。

 

 その僅か数秒後に遙か下方のメガレウスに閃光が走る。

 『吊られた男』に貯蔵された400トンもの金属水素が爆発したのだ。


「アルベルト! 応答せよ!」


 カストルが呼びかける。

 映像に映ったアルベルトは、吹き飛ばされた衝撃だろうか。額から血を流していた。


「こちらアルベルト…… なんとか生きております」

「そうか。しかし、あんなものを爆発させるとはな」

爆雷マインですから。しかし二撃目の威力そのものは直接攻撃よりも低い模様です。私の怪我も二撃目によるものです」


 アルベルトは呼吸が荒い。相当な衝撃だったのだろう。


「ですが問題は爆発の威力ではありません。周辺部隊が壊滅しました」

「吹き飛ばされたか?」

「違います。あの自走爆雷のロケット部分は相当数ダミーで、高密度自己鍛造弾EFPを仕込んでいたのです。周辺50キロの予備部隊が蜂の巣ですよ」


 別名は爆発成形侵徹体ともいわれるEFPは、マッハ7を超える爆轟波の集中による圧力、爆発成形侵徹体を冷間形成する。

 積層化されたライナーを三次元的にばらまいたのだ。クラスター爆弾と違い弾頭自体は爆発しない。


 『吊られた男』の爆風を避けるために距離を置いていた周辺部隊が、爆心地を中心に半円を描く180度の方角。爆発距離はおおよそ直径50キロ以上にも及ぶ広範囲のアルゴフォース軍の兵器が自己鍛造弾による被害で壊滅。後続部隊に向けて放たれた自己鍛造弾である。

 マルジンはメタルアイリスの部隊に被害を出さないため半円にしたのだ。

 噴煙で航空部隊が少なかったことだけが幸いした。

 

「おのれ…… なんてものを仕込むのだ」

 

 アルベルトは自分たちがシルエットを弾にしたことは黙っておくことにした。


「敵の狙いもわかりました。パンジャンドラムの二撃目による攻撃でメガレウスはさらに地中へ押し込まれました。強固な装甲が仇となりましたな。機動力を完全に奪われました」

「戦艦の機動力を奪うことが本当の狙いか!」

「左様です。中破状態のメガレウスを狙い、メタルアイリスも進軍を開始するでしょう。防衛ドームに避難させた戦車部隊を呼び戻します」


 ヴァーシャが通信に割りこむ。


「アルベルト、カストル様に大事があってはいけない。私もすぐに戻ることができない。頼んだぞ」

「任せたまえ」


 そこで通信を終えた。アルベルトはすぐさま退避させていた部隊の再配備に動くだろう。


「しかし、どうするヴァーシャ。メガレウスを喪っては要塞エリアに籠もるしかあるまい。私も解任されるだろう」

「大丈夫です。メガレウスを喪ってなお、ヘルメス様が評価し功績を積む手段が残されております。それはカストル様にしかできません」

「ヘルメス様が? それはなんだ。話せ!」

「はい。それは――」


 ヴァーシャが告げた計画。それは確かにカストルにしか出来ない類いのものだった。

 カストルはその計画に飛びついたのだった。

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