周回軌道上からパンジャンドラム!
周回軌道上からパンジャンドラム!
マルジンの堂々とした宣言に聞いた者全てが戦慄し、凍り付いた。
「敵は混乱間違いなし! 皆様はその間にメガレウス攻略のための部隊を編成してください」
「味方も混乱間違いなしね!」
ジェニーは確信を込めて言った。
「ちょっと待て! パンジャンドラムって自走する爆雷だろ? メガレウス攻略なんかに使えるのかよ!」
アリステイデス艦長のロバートが声を上げる。当然の疑問だ。
「その質問はもっともです。あくまで自走爆雷ですよ。かつて超高速で敵防御陣地にぶつけ破壊するために生まれた兵器。そのコンセプトと何ら変わることはありません」
「だがメガレウスは荷電粒子砲に耐えうる装甲を持つ。爆雷でダメージが通るならこんな苦労はしていない!」
「ロバートさん。落ち着いて下さい。敵に叩き付ける自走爆雷『
「ゆ、有線で直径80メートルだと…… アストライアの10分の1の大きさもあるのかよ!」
バリーが呟く。アストライアと同型艦であるエイレネも全長約800メートルある。地球ではありえない大型艦だが、シルエット基準でみれば中型艦に相当する。
それでも直径80メートルは尋常ではない。
「資材倉庫の宇宙戦艦の装甲がなくなっていたのはこのせい……!」
『わたくしの容疑は晴れたようですが、嬉しくないですね』
リュビアとエウノミアには思い当たる節があった。
地下工廠からは戦艦が作れるほどの材料がなくなっていたのだ。
「ぶっつけ本番で成功するのかな?」
「突入シミュレーションはすでに行っております。宇宙爆雷である
「あの時の攻撃か!」
『まさかこんなことに使われるなら許可などだしませんでした』
コウとアストライアが思い出す。弾道軌道上での高速移動を行った際、弾道パンジャンドラムでの攻撃をメガレウスに仕掛けたのだ。
全て迎撃されたが、それも想定内とアベルが言い切っていた。
「現在エイレネは周回軌道上を第一宇宙速度で航行しています。そこからスカイフック型の軌道エレベーターのように。フンドウ、つまりクレーンの鉄球の要領を用い
「極超音速スカイフックの原理か! それを攻撃に使うなどと!」
宇宙分野に詳しい衣川が原理を推測し、感嘆する。
「先ほど説明した通り、この『吊られた男』の直径は約80メートル。運動エネルギーを利用した質量兵器として威力は電子励起爆薬にも劣らない威力を発揮します」
『オケアノスの禁止事項対策は?』
『でっかい鉄球ぶん回すだけよ? 精密誘導兵器ですらない。狙い澄ましてドーン! とぶつけるだけ! 兵器の分類に入らないと思うの』
エイレネは笑顔で解説する。
「恐ろしすぎるだろ! なんてこと考えやがる」
「ですから発想自体はビッグボスとヒョウエさんですよ?」
コウとヒョウエが通信で顔を合わす。
「て、てめえ。アベルよぅ。あんなの酒のネタじゃねーか!」
「マルジンです」
「そんなことはどうでもいい! 糸車みたいだからヨーヨーみてーだなって言っただけだぞ、俺は! あとはコウ君だ!」
「ちょっと待ってください。確かに周回軌道から巨大ヨーヨーでメガレウスを定期的に殴り続けたら面白いなーとは言いましたが! あれは理論値でアリステイデス級の宇宙艦でないと無理だと!」
パンジャンドラム『メロス』と同様、食事の際にコウと兵衛が悪ノリで新型パンジャンドラムの構想を話した出来事だ。単なる思いつき、である。
その思いつきの実現に邁進する人間がいるとは誰が予想できるだろうか。
『私イヤです。その役割』
『同じく』
普段会話に参加しないアリステイデスとペリクレスの管理AI、ライブラ1と2が抗議する。
「コウ。講義がまだ足りないようだな」
リックがマジギレしそうだった。血管があったら浮き出るレベルだろう。
激怒しているセントバーナード型の表情は本気で怖い。
「待ってくれ。アカデミー完成前の話だ! 俺は関係ない!」
「コウ君。言い訳は無用だ。僕も補習の必要性を感じている。ヒョウエさん。あなたもだ」
ウンランが眼鏡をかけ直しながら、冷酷に宣言する。
「お、俺もかよ?!」
「私も講師として参加するよ。君たちは発想が自由すぎる」
御統重工業の衣川も参戦を宣言した。ケリーは腹を抱えて笑っている。
「誰もしない発想を可能にする。これが英国流です」
「普通は実行する前にやめるような発想をな!」
バリーが素で応じる。戦闘機を垂直に飛ばした国だということを今更ながら思い出す。
『人間でさえ無茶だと言う! だからこそのザ・グレート・パンジャンドラム・キャリアー! これでストーンズの意表をつくのよ!』
ふふんと美少女が現れ、胸を張った。
『誇り高き機動工廠プラットフォームをなんてものに改造するのですか!』
アストライアが一喝する!
『その機能はエンタープライズに移譲しちゃったの。今はあっちのほうがその機能は必要だからね。こちらの機能は復元中で完全復旧には時間がかかるのよね』
『そんなあっさりと……』
『あなた、相変わらず思い切りがいいわね』
絶句するアストライアと呆れるエウノミア。
『アシア。姉様たちは使い物にならないかもしれません。ちょっと刺激が強すぎたかもしれませんね? 部隊編成を速やかにお願いします』
『わかったわ。これが成功すれば敵は身動きが取れなくなるわね。その間に最適解の部隊を編成してみせる。コウたちは少しでも休息を』
動じないアシア。遂に決戦兵器が投入される時がきたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「敵の部隊編成が思ったより緩慢だな。三時間も経過すれば小競り合いが始まるとみていたが」
数時間経過しても敵部隊が来る気配はない。
カストルやヴァーシャの予想では、三時間も経過すれば制空権争いのための航空戦が始まると予想していたのだ。
「こちらは防御を固めることができます。敵のダメージも甚大なのです。理論通りとはいかないでしょう」
本拠地であるP336要塞エリアの被害は甚大だ。
いくら増援があったとしてもそれは海上での話。海上の宇宙艦を移動し、部隊を再編する即応部隊は厳しいだろう。
「そうだな。作戦は失敗したが敵のダメージは浅くはない。だが制空戦闘すら発生しないのは何故だ」
「まずは空の総力戦といったところですか」
制空権を取ったほうが有利なのはネメシス戦域でも同様。
メガレウスを要塞として利用しているが、彼らの背後には二つの要塞エリアも控えている。戦闘機の数は決して劣ってはいない。
「カストル様! 至急の報告です」
「どうした」
オペレーターの緊迫した声が響く。
「画像を! 六時の方向、メガレウスの船尾方向から巨大な飛翔体が!」
映し出された画面には高温で赤くなっている巨大な糸車状の爆雷が映し出された。
空力加熱状態だ。分子と分子がぶつかりあい、プラズマとなって機体表面温度は高温となっている。
「ヨーヨー?」
「見た目はヨーヨーですな」
全員、形状は見覚えがある。地球の玩具だ。二つの円盤を糸車状に軸で繋ぎ紐を繋いだ遊具である。
歴史は古く、その原形は古代ギリシャにはすでにあったとされる。
自走爆雷であることは明白。三人は動じない。ある意味慣れたのだ。
「画像が近いな。いつものアレだろ?」
半ば呆れながらも大きさが気になるカストルが呟く。
「違うのです。あの爆雷は直径80メートルあります」
ヴァーシャは眉をひそめた。この大きさはさすがに予想しなかった。
「すぐに迎撃しろ。主砲も使え」
「了解です!」
すぐにオペレーターからの続報が入る。
「ダメです! レーザー、対空ミサイルまったく通じません!」
「なんだと?」
「あれは有線で母艦と繋がっているのです! おそらくはAカーバンクル搭載艦と!」
「機動工廠プラットホームなら確かにAカーバンクルだな。主砲しかないか…… 念のため、周辺部隊を後退させろ!」
「了解です!」
迫る有線の宇宙自走爆雷。車輪部分のロケットが展開され点火し、でたらめに上下左右に動き始めた。
精密射撃ゆえ、主砲を外してしまうメガレウス。
「ダメです。円盤部分のロケットででたらめに動いています…… ですがこの速度なら着弾地点、わずか数キロ先の模様です。残り三分で着弾します!」
「三分ではメガレウスを動かすこともできんか。念のため全員、衝撃に備えよ」
カストルが対衝撃機構の作動を命じる。
「アー! 自走爆雷回避行動をやめ、推進行動に移行、猛加速しました! 艦に直撃します!」
予想しなかった爆雷の挙動にオペレーターの声が上ずる。
『吊られた男』はロケットの向きを垂直にし、光り輝きながら高速回転で落下速度を増した。
P-MAXを発動させたのだ。
「くそ! 舐めた真似を!」
「直撃します!」
直径80メートルの巨大な自走爆雷が直撃する。
中にいる兵器たちが艦内で乱れ飛び、戦闘指揮所にいる人間すべてが跳ね飛ばされる。
背面より突入する『吊られた男』。巨大な艦橋に直撃し、一撃で吹き飛んだ。巨大な船体は後方からの衝撃に耐えきれず、船首から地面に沈む。
炸薬による爆発はなかった。あくまで質量兵器としての攻撃。
だがその衝撃は周辺の空気をプラズマ化させ、大爆発を発生させる。巨大な対流雲が発生し天を衝く。
ほんの僅かに遅れて響く轟音と衝撃波が周囲に伝搬し、周辺部隊を弾き飛ばす。
大地は夜の水面を思わせるほど波打ち、揺れている。天体衝突における地表が液体のような挙動を示す現象に似ていた。
「生きているか、お前ら」
カストルが周囲に声をかける。
メガレウスの能力をもってしても、戦略指揮所への衝撃を吸収することは出来なかった。
「無事です」
「なんとか」
「オペレーター、全員行動可能です」
ヴァーシャ、アルベルト、そして艦内クルー代表がそれぞれ声をあげる。
「被害状況を確認中…… 艦橋は消滅…… いえ。吹き飛ばされた状態。主砲も使用可能なものが残っているかどうか」
地上で宇宙戦艦の艦橋を一撃で吹き飛ばした例など、存在しない。
宇宙では、超高速度の衝突による損壊は多かったといわれる。その対策のためのAカーバンクルによる高次元投射装甲でもあるのだ。
「カストル様! 攻撃したと思しき敵艦から通信が!」
「しばし待て」
カストルは立ち上がり、よろめきながらも司令席に座り直す。
「繋げ」
通信に出た暗い一室。その先に移る仮面の人物に見覚えがあった。
思わず額に青筋が浮かび上がる。
「また貴様かマルジン。降伏勧告か? 無駄だぞ。まだ貴様らを蹂躙する戦力は十分にある」
「チッチッチ」
人差し指を立て横に振るマルジン。
口元が邪悪な笑みを浮かべ、人差し指を立てながらメガレウスの面々に告げる。
「ワンモアターイム!」
通信が切断された。一同、絶句したままだ。
艦中央に埋め込まれた自走爆雷の紐が引っ張られる。空中に舞い上がった。
ロケットが再び点火し、引っ張られるように空へ向かっていった。
「もう一回?」
one more timeの意味。
カストルが言葉の意味を噛みしめる。
「ヨーヨー……」
「なんてことだ! あれはヨーヨーの如く巻き上がり、再使用可能ということか!」
その場にいたもの全員が恐慌状態に陥った。
「すぐに対策しろ! そしてあの男を殺せ! 必ずだ!」
「待ってください。落ち着きましょう。まずは対策を。メガレウスが地中に埋まって身動きが取れないのです」
「周辺部隊の戦車隊ですら爆風で吹き飛ばされましたぞ! どう陣形を組めばいいやら……」
「ええい!」
オペレーターの一人は正気に戻り、アルゴナウタイ本部に連絡する。
状況を確認したアルゴナウタイは、すぐに対策を施した。
マルジンの賞金額が一桁上がった。
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