隠者の悪巧み
ブルーの感じた異変。
それは最前線で戦闘を行う者たちもうっすらと感じていた。
この要塞エリア全体の施設が味方してくれているのだ。
敵にしたら見るものすべてがトラップに見えるだろう。
別の場所でファミリアたちもその事実に気付いた。
「おい。これって…… ストーンズとの開戦当初のアレに似てないか」
「間違いありません。私八十歳だけど、体が小さいから当時は役に立てなかった。だからよく覚えている」
小さなハムスター型のファミリアがいった。
今彼女は半装軌車の支援車両にいる。
「あのときも色んな施設が味方してくれた。敵は無人機のみだったから。だからその対策にストーンズは半神半人と鹵獲した人間や傭兵を使い始め、施設は中立を保った」
「なんで今になって味方してくれるんだろう? 助かるけどさ!」
「わかりません。あのときは作業用のシルエットやモーターの車しかなかった。大量のファミリアが命をなげうってマーダーを倒していた。そんな不毛な時代」
ハムスターは哀しそうに当時を思い出していた。
「聞いている。構築技士さんたちが地球からきてくれて、装甲車とか戦車作ってくれたんだよな。今は戦闘機まである」
「うん。――やっぱり要塞エリア施設そのものが味方しています。ほら、あれをみて」
工場区画のクローラークレーンが自動でが動いている。
車両そのものは有線で繋いで自律行動している、本当の意味でのロボット。ファミリアも不要だ。
クレーンの先端をなハンマーに換装して敵にぶつけて戦っているのだ。
Aアクシオンから生み出されるパワーと、その装甲は要塞エリアのビルと同様の頑強さを持つ。
ただの重機がファミリアも搭乗していないのに意思を持って戦っているのだ。
「ちょっと聞いてみましょうか。誰の命令で動いているか。――確認したわ。自分の意思で、って返答が来ましたよ!」
「まじかよ!」
「ビッグボスの要請らしいですよ! 各施設、友人としてお願いされたから、自分の判断で戦っているって」
「友人として?! それ凄いニュースだ! みんなに広めてくれ」
「わかったわ!」
ビッグボスの命令で、要塞エリアの施設そのものが僚機と化す。
そのニュースはエースが倒され、消耗戦を強いられた前線に、援軍の情報とともに強い力を与えたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「侵入シルエット二機、撤退中」
「何が起きた…… アシアのエメ! なんで死んだ目をしているんだ!」
封印区画を闊歩する大量のパンジャンドラムと歩行地雷。
直視してしまったアシアのエメの瞳が死んでいる。
「あまり見たくなかった光景があったの。封印区画が汚染されて」
「汚染だと。何か変な兵器でも使われたのか!」
汚染とはただ事ではない。振り返り、アシアのエメの手を取るコウ。
我に返ったアシアのエメが正気を取り戻す。手は離さない。
「ごめんね。取り乱した。えっと汚染といっても変な兵器じゃないよ。うん、変な兵器か……」
「落ち着いて」
「うん。ありがとう」
コウの手に籠もる力が増す。
手を離すことはない。
「友軍のシルエット戦術工作シルエット『マーリン』がコルバス二機をたった一機で撃退した模様。ヴァーシャも撤退を開始」
「聞いたことがないシルエットだが凄いな。コルバスを撃退するなんて。どんな魔法を使ったらそんなことが可能になるんだ?」
「私が動揺したのはそのせい。マーリンが大量のパンジャンドラムと歩行地雷を封印区画に散布した模様。ワンダリングモンスターのように遭遇した敵に襲いかかる」
五番機のモニターに映し出された封印区画の光景。
静かに転がるパンジャンドラムたちと、不気味な音を立てながら歩き、ときには天井に張り付くエイリアンのような歩行地雷。地獄のような光景だった。
アシアのエメがこの光景で目が曇るのは当然と言えよう。コウは理由を理解した。彼でもこの光景は嫌だ。
「魔法は魔法でも召喚魔法でパンジャンドラムか。あれが歩行地雷? 封印区画をダンジョン化か……」
エンカウントしたら襲ってくる
「魔術師マーリンの名を名乗るだけのシルエット。マルジンさん怖い」
「ああ。怖い」
同意し励ますようにさらに手に力を込めるコウ。
内心嬉しいアシアのエメだが怯えたままのフリをする。
「私たちも当分出ることができないかも」
「それはまずい」
「私は二人きりでも大丈夫だよ。食事程度の物資なら持ち込めるし」
アシアのエメは若干嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。
「そういう問題じゃないから!」
何故か焦るコウ。
『はいはい。お楽しみのところごめんなさいね。あのパンジャンドラムはマーリンシステムという、友軍機からは距離を取る仕様になっていますよ。メタルアイリス及びユリシーズ所属機には襲いかかりません』
アストライアが呆れ気味に割りこんできた。
コウが慌てて手を離し、モニターに注視する。アシアのエメの頬は思わず膨れっ面だ。
「マーリンシステム? それは助かるが」
『詳細は後ほど。そこで兵糧攻めの心配もなければ、他の構築技士と交代もできますよ』
「むぅ」
『そこ膨れない。アシアのエメ』
「せっかくコウが敵にアストライアで惚気ていたのに、もう教えてあげない!」
『それは重要な情報です。至急伝達を……』
「またね!」
通信が無慈悲に遮断された。
「つまんない」
「良かったじゃないか」
少し拗ねたアシアのエメと胸をなで下ろすコウ。
そこに思わぬ人物から通信が入る。
「コウ? マルジンさんから通信!」
「繋いでくれ!」
薄暗いMCSのなかからマルジンが現れた。
仮面の男だが、輪郭はあの男そのものだ。
「こんにちは。ビッグボス」
やはり変声機を使っているようだ。
「アベルさんでしょう? 仮面なんか被ってないで姿を現してください!」
顔の輪郭からバレバレだ。しかし切なる願いはスルーされた。
「何を仰る? それはそうと時間稼ぎはしておきました。アシアのエメ。敵の航空目標は滑走路です。現在も復旧作業中だとは思いますが急いで。今はこちらで抑えていますから、エッジスイフトなら離陸できます」
「わかりました。滑走路復旧にさらなるリソースを割り振ります」
「今回投入した戦力はあくまで時間稼ぎ。逆転の決戦兵器とはなりますまい。あと一日持ちこたえてくれれば…… 逆転の目はでます。ビッグボス、私ができるのはここまでです」
「ありがとう、マルジン。あと明日には何が?」
何か事情があるのだろうか。コウも偽名に付き合うことにした。彼はアベルその人だとは確信する。
「夜明けの光とともに地平線の向こうから希望が表れます。それは女神の導きによるもの。それにより我らは勝利します」
「まるで伝説の予言者ね、マルジン。それは女神ブリタニアが用意した戦力?」
「そうですよ。かの女神に導かれし同志がいます」
マルジンは口下に笑みを浮かべた。
「ある程度時間は稼げたはずです。メタルアイリスの皆様が到着するのも時間の問題。――あとは士気の回復を図り、乱戦で持たせましょう。敵は補給線が薄い。短期決戦ですからね」
「了解だ。ありがとう、マルジン。その予言は皆に言って良いのか?」
「いいですとも。ではまた会いましょう」
通信が途切れた。
アシアのエメと話すことにする。
「夜明け、か。なんだと思う?」
「ジョン・アームズとゼネラル・デフェンスの合同軍のことじゃないかな。でも彼らの生き残りはジョン・アームズが陥落した以来一切音信不通。BASのジョージ提督だけが彼らと連絡を取れるの。これもBASか……」
「悪巧みばかりしてるな、BAS」
「本当。英国にあった伝説の
「知らないな、それ」
「自走爆雷作ったりトンチキ兵器ばかり開発した人たち。あの国の海軍は本当に…… いえ。ノーコメントにしとく」
英国海軍の小部門DMWDは様々な発明や兵器を実用化したことで有名だ。
キワモノ兵器ばかり言及されるが対潜ロケットや、艦船用ロケットバッテリーの開発、機雷防御のための磁気消去システムはノルマンディー上陸作戦に大きく貢献している。
「えー」
「コウの国の海軍だって一族、傍流みたいなものだよ?」
「まじか……」
地球の日本の軍隊に詳しくないコウは絶句する。
「事前に何をするか、教えて欲しいな」
「そうだね」
コウはバリーの気持ちがわかった気がした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……コウ君。聞こえるかい?」
「兵衛さん! ご無事で。結月さんのことは知っています……」
兵衛からの通信が入った。やはり声に力がない。
「俺も人のことぁいえねえ。目の前に居て何もできなかった。だがな。サシでの決闘で負けたんだ。結月のためにも、これ以上は言うな」
「はい」
一対一の対決ならコウも割りこむことは出来なかっただろう。
「それでな。情けねえ話だが、アクシピターの修理は終わるんだが俺が使い物にならねえ。そこでコウ君。俺とその場所を変わってくれないか。封印区画の護りぐらいはできらぁ。何かあったらすぐ呼ぶよ」
「しかし、その状態で前線には!」
「俺と川影ならそこへいける。二人だ。無心になって斬り込みにいくのもいいが、こういうときは死にたがりになりやすいからな。大人しくするためにも、な」
死にたがりになるという心境はコウにもわかった。確かに兵衛のためにも、この場所を託すほうがいいかもしれない。
「わかりました」
「そのかわり二人ちゃんと休息取るんだぞ。夜戦は気が張るからな。少しだけでも休んでおけ。お嬢ちゃん。コウ君をよろしくな」
「はい。任せてください」
エメの返事に兵衛は頷き、通信が途切れた。
「コウ。ジェニー黒瀬さんや黒瀬さんたちも到着する。クルトさんも、そろそろだよ」
「そうか。いくぞ、エメ。予言者が告げるんだ。希望はきっとやってくる」
「うん!」
状況の打開が見えてきた。
迫る市街地夜戦に備え、コウは気を引き締めた。
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