ユゴニオ弾性限界も衝撃インピーダンス界面対策もバッチリです!

 それはずっと続けていた研究。

 コウの弱点が露呈された今、対策が急務となった頃の話。


 にゃん汰が後方勤務になったときのことだ。

 アキが新ライフルのコンセプトを打ち明けた。にゃん汰はデータを確認する。


「プラズマを発生させるためにエネルギーは少々喰いますけどね」

「これは実銃扱いでいい。プラズマ点火時しかエネルギー消費しない。あとは弾頭に磁力発生装置を内蔵しているぐらいかにゃ?」

 

 図面を見たニャン汰は即座に見抜いた。

 電熱砲。プラズマの燃焼速度で一気に加速させる。プラズマを発生させる電力次第で初速は決まるが、それでもレールガンに比べたら微々たるもの。

 

「はい。そうです。アシアとアストライアとアルゲースの手も借りました」


 にゃん汰とアキの目下の課題。

 アベレーション・シルエットが取ってきた中距離射撃戦だ。コウの一番苦手な中、遠距離戦をどうするかだった。


 既存の銃を改造し、コウ専用に洗練させようにも既存の銃で彼女たちの持つ兵装はレールガンしかない。

 そしてコウは大電力を使うレールガンは苦手とするし、彼女たちも使わせないようにしていた。そもそも二人ともレールガン嫌いである。


「コウは斬りにいってしまいます。そこで逆に考えました。相手から近付かせてしまえばよいのです。そのためにはコウに遠距離絶対撃破マンになってもらいます」

「またアキがヤンデレこじらせて思い切ったこと考えたにゃ……」


 アキもたまに考え込んでとんでもない兵器を作る。ガンスミスの性だろうか。


「誰がヤンデレですか。五番機の機動力なら距離は取り放題。離れたら死ね。近付けば相対速度でお互い近付くのですから、あと斬り伏せればいいのです」

「どっちにしろ死ねといってるにゃ。強制二択怖いにゃ」

「逃げ惑って死ぬか、近付いて近接にかけるか。相手に選ばせましょう。そのための武器がこれ。Dライフルです」

「そのDはどっこから来たにゃ?!」

「破壊、デストロイでもディストラクションでも爆轟デトネーシヨンでもどれでもいいです。DDダブルディーライフルは…… 中二チックですからやめましょう」

「そのほうがコウは喜ぶような? げふん。なんでもないにゃ。でね? この砲弾は何? 物騒すぎるよ」


 にゃん汰が真面目モードに入る。

 設計された砲弾が既存とはまったく違うのだ。


「Dライフルの要、流体金属弾。アンチフォートレスライフルで培った技術のフィードバックでようやく目処が立ちました。金属水素を使ったMAHEMマヘム――磁気Magneto流体力学Hydrodynamic爆発性Explosive弾薬Munitionの一種ですね」

「流体金属の形を磁力発生装置で行うのね」


 電熱砲で飛ばした砲弾の磁力発生装置の電磁界によって、流体金属を変形させ槍状にしてぶつけるという仕組みだ。


「現在の装甲材は合金と、プラズマ触媒を挟んだナノマテリアル、ボロフェンやグラフェンによる2.5次元積層化ナノセラミック板で挟んだもの。装甲筋肉は金属水素をプラズマ媒体にし、材質はナノセラミックや高密度金属ガラス。いわば複数の装甲をまとっている状態。これらをウィスで高次元化しているので生半可な侵徹体では機体内部まで貫通できません」

「それを一気に貫くと。二種もの流体金属の侵徹体を使って」

「金属水素の密度は液体水素の十二倍しかありません。そこでアマルガム――二種の金属水素混合物アマルガムを作ります。金属水素と相性が良い、破壊しにくく粘りがあるタンタルとニオブを中心とした粉末を使い、中心部分は金属水素とタングスンテン粉末が主です」


 アマルガムとは水銀を使った合金を主に示すが、アマルガム自体に混合物という意味がある。

 金属水素はアマルガムと同じような特性があることは21世紀の時点で判明していた。アキはこれを利用することにしたのだ。


「装甲と侵徹体がぶつかったとき、お互いが塑性流動を起こし、いわば疑似流体金属と化しユゴニオ弾性限界を超えて装甲を貫く。だけど最初から流体金属の矢、いえ。槍ね。それなら効率良く装甲のみを疑似流体にし、穿孔できる」

「はい。ここまで来ると金属の材質は誤差。問題は砲弾に使う材質の密度です。金属水素だけではダメなんです」

「金属水素だけじゃ質量がない。そこでタンタルとタングステンを混ぜて質量を増す仕組みなのね」

「付け加えるなら金属水素が爆轟を起こします。ユゴニオ弾性限界の高い多層化ナノセラミックはこれで吹き飛ばし、プラズマも超えていくのです。侵徹体はかならず爆轟が起き、地球時代のAPFSDSのように薄いところだと車体ごと貫通することもありません」

「金属装甲のユゴニオ弾性限界はせいぜい4GPa前後。ナノセラミックス装甲部分はユゴニオ弾性限界は20GPa以上。流体金属の特性に加え爆燃と燃焼で吹き飛ばす。その後に待つプラズマ熱に対しては、質量の違うもう一種の金属水素アマルガムの侵徹体で。威力は運動エネルギーも加わるから……」

「磁気流体力学爆発性弾薬です。ユゴニオ弾性限界も衝撃インピーダンス界面対策もバッチリです! 」

「かすっても爆轟が発生し装甲を削っていく」


 APFSDSに代表される運動エネルギー弾。そのAPFSDSは装甲表面を疑似流体にするということで冷戦以前の戦車の特徴であった傾斜装甲を文字通り過去の物とした。

 重要なのは装甲の厚さであり、セラミックに代表するユゴニオ弾性限界の高い物質と金属装甲の組み合わせや衝撃インピーダンス界面を利用した装甲が侵徹体への対策となる。


 しかしながら傾斜が意味がないといってもAPFSDSでも極めて浅い角度、水平に近い状態で命中すると跳弾を起こす場合もある。

 また傾斜と硬度差の違う材質を組み合わせた複合装甲では、異なる材質の衝撃インピーダンス界面の装甲が侵徹体を弾き、別の方向へ偏向、弾芯を消耗させるのだ。

 主にモジュール装甲で使われるが、欠点は一度被弾したら装甲を交換する必要がある点にある。


「理論値では電熱砲を使い、砲口初速3000m/s。約マッハ10ですね」

「推進剤も金属水素と液体酸素を混合、一種の一液式液体装薬にして使うわけか。電子励起爆薬とは比較にならないけど、あれはもう使えない」

「はい。エポナの損壊はコウに強い危機感を与えました。でもこちらなら安心です」

 

 電子励起爆薬はアーテー対策として運用されたが、シルエットには過剰すぎる威力だった。

 小型水爆を打ち込むレベルであり、エポナですら半壊させる。鹵獲された危険性を考慮すると封印もやむを得ない。

 Dライフルは要塞エリアのシェルターを破壊するほどの力はないが、シルエットや戦車をより効率的に破壊することを狙ったのだ。


「砲弾に使う二種の金属水素アマルガム、これらの燃焼速度の調整が秘訣ってことね」

「そこで姉さんの出番なんです」

「待って。この砲弾の装薬調整私がやるの?」

「はい! 弾薬を作るのはやはり姉さんではないと」

「アストライアが基礎を作ってるから、やりやすいけどさ…… これ結構手間だよ!」

「はい! お願いします!」


 アキは一番面倒な部分を姉に託すことにしたのだ。

 耳をぴょこぴょこさせている。


 妹の無茶振りに苦笑するしかない。だが、やりがいのある仕事だ。彼女はワイルドキャットなのだ。新型砲弾を作り出すのも自分の役目だという自負もある。


「それに五番機用調整もまだです。あくまで、試作を作っただけですから」

「もう作ってるの?」

「ええ。私だってガンスミスです。これが本業ですから」


 アキもまた同じだった。


 そこからにゃん汰の試行錯誤が始まった。

 まずDライフルの重量配分と反動制御。次に弾頭の調整だ。


 新型弾頭をエポナで試射したアキが、呆れたようにぽつんと呟いた。


「姉さん。貫通力が二割増しに上がっているんですけど何したんです?」

「二重構造の金属水素アマルガム。表層は装甲貫通用。機体構造を破壊する芯の侵徹体をレニウム多めにしただけにゃ」


 二種の流体金属に混ぜた金属は、二段目のほうを貫通力重視に調整したようだ。


「またそんなレアメタルを…… 中心部の侵徹体をより密度が高い物質を使い変化をつけたのですね」


 地球でもレニウムは本当の意味でレアメタルだ。タングステンの年間生産量は約9万トン、タンタルが2000トン前後でレニウムで僅か50トン前後。レアメタルのなかでも特に稀少な部類に入る。

 スーパーアースたる惑星アシアは含有量、生産量も多いが、ストーンズが鉱山を襲撃したことをもあり、現在価値は高騰している。


「こっちはいわば決戦用砲弾。通常用としてニオブとタングステンにした砲弾も用意してあるけれど、威力は九割ぐらい。金属水素を二層じゃなくて一層にした普及版も試作中にゃ」


 ニオブはタンタルと近い性質を持ち、延性に優れた金属だ。密度としては鉄に近い。

 砲弾の構造としては口径よりもアマルガムのための配合が重要となる。


「通常弾でも私が設計したものより威力高いじゃないですか! 十分です!」

「そこはほら? ワイルドキャットの意地みたいなもん?」


 にゃん汰はDライフルの普及も視野に入れている。安価な砲弾はそのためにも必要なのだ。

 補給できない砲弾など、兵装としては使い物にならない。

 

「あとは五番機用として調整するだけにゃ」


 にゃん汰は眠そうに答えた。実際あまり寝ていないのだろう。

 アキが想定したより一割は増しているであろう威力の砲弾を完成させていたのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


 ヴァーシャが続けざま回避行動を取るが、五番機のバトルライフルは正確に狙ってくる。


「ダメージレースか。俺も負ける気がしないな」

 

 今度は肩部の装甲をもっていかれる。

 一撃が重い。戦車ですらあと数発で装甲が剥がれるだろう。


「それはそうだろう!」


 ヴァーシャに焦りが生まれていた。

 彼の兵装は威力、連射力ともに相当優れているはずだった。


 相手の攻撃はそれを上回る。一撃の破壊力が桁違いだ。かといって速射性もそれなりにあるだろう。

 このまま距離を取れば、撃墜されるだけだ。


 近付くしか――そう思うこと自体罠だとすぐに悟った。


「そういうことか! 考えたな」


 相手の意図が読めた。

 それしか選択肢がない。加速して距離を詰めようとする。


 先に五番機が動いていた。武器を持ち替え、抜刀状態に入る。


「動きの始点の動きを見極めることが重要、か」


 距離を詰めようと前進すれば、五番機も詰める。前進からすぐ後退動作は不可能だ。

 そしてそれだけの僅かな時間で距離を詰めることができる性能が五番機にはある。


「また鞘の内か!」


 剣の軌道が不明だ。相手の攻撃を起点にして絡め取りカウンターを仕掛けるシステマとは相性が悪い。

 この状態なら腕を狙うか? シャシュカを抜き、円錐の間合いを作り出す。


「どこを守っている?」


 円錐状の間合いに入ると絡め取られる。

 ならば――


「くぅっ」


 抜刀された電弧刀『孤月』が、斜め頭上から振り下ろされた。袈裟切りである。

 胴を抜く横斬りと突きを警戒していたヴァーシャは死角を取られてしまう。


 シルエットの頭部を半分を持って行かれ、右肩から右腕を切断された。

 装甲筋肉対応シルエットの接続部を正確に斬り抜いたのだ。

 

 金属音とともに、広間に転がる頭部上部と右胸部位。

 サブスラスターも破壊され、メインスラスターも損傷している。機動力は大きく損う状態にされてしまっている。


「装甲筋肉対応シルエットは胸部ごと腕部を交換する…… それを狙ったか」


 構築技士でないと不可能な発想だ。


「……その規格考えたの俺なんだ。すまない」


 それを聞いて、ヴァーシャの表情が固まる。

 出力の低下したスラスターを全開にし、大きく弧を描いて出口付近にまで移動した。一切停止せずに動き続けるところはさすがの凄腕だ。


「私の完敗だ」

 

 ヴァーシャにとってシルエットの構造の事実を知り得た満足感の方が強い。

 この惑星にきて初めて、心から愉快に笑うのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「教示願いたい。何故脚部ごと交換などという新規格を作った? 変形機構の種明かしをしたんだ。それぐらい教えてくれてもいいだろう?」


 隠すようなことでもない。機密度といえば飛行機形態の装甲筋肉採用のほうがよほど重要だろう。


「人間の構造で考えると、腕と背中は筋肉でつながってるだろ? 腕と背中が独立していたら装甲筋肉なんて意味がないじゃないか」

「三角筋と僧帽筋、広背筋だな。なるほど、理に叶っている」


 シルエットの部位ごとの互換性を維持したまま、肩と腕の筋肉を再現しようとした結果だろう。

 格闘術であるシステマは姿勢と歩行、そして呼吸が重要だ。呼吸は筋肉を効率的に作用させるためでもある。


「シルエットは人間の可能性だ。人間の器官は必要としないが、何故そのような構造になったか。そこは把握する必要があると思った」

「その意見に賛成だ。君の構築技士としての可能性は、剣士であるということなのだな。そしてそれを補う者たちがいる。それが君の強さか」

「そうだよ。だからあなたの軍門に降るわけにはいかないんだ。囚われのアシアに救われ、小さな女の子が俺のために提督なんざやってる。無力を感じるよ」

「エメ提督だな。勝利条件を提示し、我々に布告した少女。この惑星にきて初めてまともな指揮官と対峙したと思っているよ」

「指揮官なんかにさせたくないんだけどな。アシアに兵器の生産なんてのもさせたくない」

「彼女たちの意思だろう。君が無理強いさせてるとも思えない。好意を無下にするものではないぞ」

「そうなんだが……」


 コウも歯切れが悪くなる。ヴァーシャに理解されるとは思わなかった。


 コウ。あとでまた色んな意味でお説教決定。

 アシアとエメ、二人で。


 アシアのエメの金色の双眸から冷たい視線で睨まれていることに気付かない。


「その武器もだ。あれだな。フェアリーブルーと一緒にいたワイルドキャット。その手によるものだろう」

「俺には武器作りに関して自慢の女神が二人いてな。彼女はその一人。もう一人は凄腕のガンスミスだ。凄いだろう?」


 コウが答えた。

 本人の言うとおり、自慢げだった。自慢したかった。理解してくれる者に。


 さらにエメの眼が細くなったことには気付いていない。


 ヴァーシャは頷いた。ヴァーシャも認める武器だ。それほどの助手がいたら彼もどれほどに助かるであろうかと思わずにはいられない。素直に羨んだ。


「見事な武器だ。君の弱点を補う方向で常に開発している。AK2のように。だがその刀は違うだろう?」


 AK2は今やメタルアイリス標準武器となっている。

 そこまで把握しているのだ。


「刀はいにしえからこの惑星にいる匠によるもの」

「君一人の力ではない、か。その人物から構築のノウハウを?」

「構築に関してスパルタな女神様だ。俺みたいな知識がない人間が構築できるのも彼女のおかげだ」

「スパルタ女神とはかのアストライアか。冷徹な天秤の担い手という印象だが」

「厳しくて根がお人好しな可愛い女神だけどな。自走爆雷を作っては怒られる」


 コウは自嘲気味に笑った。ヴァーシャも回転する糸車状を思い出し、苦笑いを浮かべた。侮れる兵器ではない。

 アストライアに教えるか本気で悩むアシアのエメだった。


「自走爆雷は君の手によるものか。そうだとは思ったが、謎が一つ解けたよ」

「俺の手だけじゃないぞ。俺が造ったのは対マーダー戦にしか投入されていない」

「なんだと?! 軌道エレベーター戦以降数々の自走爆雷があったはずだ。あんなふざけた兵器を作る奴が他にもいるのか」

「いる」

「なんてことだ…… そうか。BASの連中か」


 ヴァーシャは知りたくもない真実を一つ知ってしまった。一人だけならまだ理解できる。

 二人もいるとは、それだけ奇想天外兵器がやってくる可能性があるのだ。


「是が非でも君を連れて帰りたいところだが、今の私は敗北者。今は引こう。すぐに再会できそうだ」

「もう来ないでくれると嬉しいが」

「次は君本人を鹵獲だぞ。コルバスが二機、こちらへ向かっている。半壊の私は戦力ならないが、それでも三対一だ」

「残念だったな。コルバスは鷹羽兵衛とそれに匹敵する剣士が迎撃にでた。これでさよならだ」

「そうはいくかな? 結果はあとでわかる。ではまた会おう」


 ボガディーリは最深部の広間から撤退した。

 半壊の機体に追撃する気にはなれなかった。彼は敗北を認めたのだ。


「ヴァーシャの撤退を確認。出口に向かっています」


 アシアのエメが告げる。

 コウは大きなため息をつき、座席から滑るように脱力した。

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