遠距離絶対撃破マン

 五番機とボガディーリは距離を詰める。

 相対する二機。五番機はいまだ鞘の内。ボガディーリはシャシュカを片手で構えている。このサーベルは柄が短いのが特徴だ。


 ボガディーリはシャシュカをぶら下げている。

 

 これは無形の位じゃないか。

 コウは戦慄を覚える。自然体に近いこの構えは、逆に言えばどの攻撃がくるかわからない。

 様々な場面を想定した型を重視する居合いとは対極の格闘技なのだろう。


 五番機は腰を落とし柄に手をかけた状態だ。

 地面を擦りながらスラスターで加速する。地面には無数の火花が散った。

 抜き撃つ斬撃。ボガディーリはその刀を剣で交差させ、受け流しながら反撃する。


 滑るように右手を押そうシャシュカに対し、さらに加速して体当たりに切り替える五番機。その体当たりさえ、勢いを利用して流す形で回避する。

 腕を絡め取られそうになる。


 そのまま突進すれば機体の右腕を持って行かれるところだった。


「これが生身なら投げ飛ばされていた、か」


 ボガディーリは常に歩き、距離を伺っている。

 対してコウは、軸足を中心に彼我の向きを調整するだけだ。


「剣による射撃、か。よくいったものだ」


 剣の軌道さえ両者は大きく差がある。

 五番機は扇状を意識しながら攻防一体を意識した抜き撃つ軌道。


 対してボガディーリは切っ先を楔型の軌道に対応させ、円錐状の間合いとなる。


「く。やりにくいな」


 ヴァーシャが楽しげに呟く。苦戦を強いられる戦いなど久しくなかったのだ。

 腰を落とした姿勢に軌道の読めない剣筋。スラスターで腰を落としたまま移動などシルエットならではの戦い方だ。

 非常に手強い。


 腰を落とした相手を受け流すのは難しい。射出される抜刀は力任せによる斬撃ではない。

 鞭を相手にしているようなものだ。


 コウもまた未知の格闘技を応用した動きに手こずる。手首のスナップを活かした斬撃と、歩行がキモなのだろう。

 柳に風、を実践したかのような動き。受け流すことを考慮した技は得意だが、相手はさらに特化しているように思えた。


 ゲームで言う当て身技をしてきそうな雰囲気すらあるヴァーシャ。迂闊に近づけないが、抜き撃つという技法上、術理的には相性がいいのもわかっている。


 返しが基本か。ならば――


 五番機は再度スラスターを最大噴射。すぐに止める。腰を落としスラスターによる加速の慣性だけで突進する。

 コウは人間では不可能な動きで詰めることにしたのだ。


 斬撃のタイミングを確信し、ヴァーシャは抜刀に備える。


 互いの剣が交差するその瞬間、五番機が再度スラスターを吹かした。


「何!」


 鞘から抜刀された剣は軌道を描かず、鋭い突きとなってボガディーリを襲う。

 シャシュカで受け流そうにもスラスターを利用した突きを絡め取ることはできなかった。シャシュカは仕事を果たし、絡め取るがそれが仇となる。


 甲高い金属音とともにシャシュカは砕け、ボガディーリの胸部装甲を貫いた。戦闘機の機首であろう部位が破壊される。

 即座に装甲をパージし飛行機ユニットを外したが、回避したとは言えなかった。


「見事だ」


 ヴァーシャはコウに告げた。

 間違いなく一本取られた。武器を破壊され、追加装甲を剥がされた。

 これではもう変形もできない。


 彼の敗北であることを素直に認める。

 紛れもなく機体、乗り手ともに近接戦闘は圧倒的。その間合いの取り方は場数を踏んでいることを実感させる。


「刀が良かったからな」


 アルゲースの作った電磁刀でなければ無理な力業だったろう。


「関係ない。武器の強弱など言い訳にもならん。近接兵装の充実が課題と明らかになったよ」


 相手の武器が優れているなどと、そんな言い訳は戦場では通用しない。


「次は射撃戦といこうか」


 ボガディーリが主砲を構える。

 五番機は後ろにあとずさり、距離を取り新型のバトルライフルを構えた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


 五番機は大きな右旋回を行いながら距離を取る。

 シルエットは背中にスラスターがついているので、背後への移動は遅い。


「君のほうから距離を取るとは。一気に斬りつけてくるかと思ったが」


 意外に思ったヴァーシャは素直に感想を述べる。

 ラニウスの機動性なら一気に加速して勝負を決めると思っていたのだ。


「射撃戦なんだろ?」

「付き合ってくれるのかね? これは嬉しい。――ならば全力だ」


 コウを追うように移動するボガディーリ。銃は両手で構えている。

 機動力のある二機のシルエットに大きな差はない。三発機であるボガディーリのほうが加速力はある。


 間合いを詰められ、ボガディーリが射撃する。回避行動を取っているため全弾命中とはいかないが、半数は直撃を受けた。

 電磁装甲が発動し、いくつか爆発が生まれる。電磁装甲内の媒体が感応。プラズマによって衝撃を殺したのだ。


「弾速が予想以上だ…… しかも威力がある。なんだあれは」


 ラニウスCの追加装甲に複数の弾孔が生まれている。

 一部は追加装甲を貫通し、通常装甲にまで達していた。


 ボガディーリが持つ機関砲は威力、速射性、射程全てを兼ね備えているようだ。


「……解析完了。あれは電子熱化学砲のエレクトロ・サーマル・ケミカルガン一種。砲身内を磁気プラズマでコーティングし電気点火した砲弾を射撃する、ウンランさんが造ったホバタン勁風の主砲と同じ構造を採用している。機関砲でね」

「あんなものを機関砲に?」

「初速が安定してるし、消費電力はレールガンと比べものにならない程効率は良い。初速は2.300m/s程度。大口径レールガンとほぼ同等。口径を抑えて初速と連射を重視した兵装」

「もっと距離を取るしかないか」

「こんな狭い場所だと、どこも必中圏内」

「それでも、だ」


 五番機は粘り強い加速を維持する。

 スラスターによる戦闘速度を維持しながら決して足を止めない粘り強い持続力に舌を巻いた。


「あれほど長時間スラスターを吹かせるとは。ツインリアクターによる性能だな。加速力はこちらが上だが、持久力は比べものにならん。……あれも欲しいものだ」


 ツインリアクターの技術は軌道エレベーターを解放したアシアによってもたらされたもの。ユリシーズ構築技士のみにしか所持していない。

 距離を取ろうとする五番機。すぐ追いつけると思いきや、縦横無尽に駆け回っている。


「この76ミリMP機関砲は射程もある。ダメージレースで負ける気はしない」


 ヴァーシャがコウに告げる。新開発の兵装による自信の現れだ。


「そうだろうな!」

 

 全てが高いバランスで成り立つMP機関砲。

 よくみると大きな円形状のドラムマガジンを装備していて装弾数も侮れない。


「コウ」

「心配するな」


 コウは移動し続ける。

 構える銃は大型、長砲身のバトルライフルだった。


「その武器は電子励起爆薬ではないな。形状が違う」


 電子励起爆薬を使ったライフルがヴァーシャの尤も警戒する兵装だった。一撃で機体が破壊される怖れがある。

 だが、あれは欠点も目立つ。反動が強い上にリロードが目立つ。長射程兵器であるがゆえに、近接戦闘には向かない。長い砲身が仇となる。


「あれは封印した。ストーンズに奪われたら洒落にならないからな」


 何より閉所で使う兵器ではない。近距離で着弾したら五番機さえも危うい。


「賢明な判断だ。だが、いくら大口径でも通常弾ではな!」


 五番機が構えているバトルライフルは中遠距離用だ。


 コウが珍しく、ふっと自信ありげに笑った。


「通常弾、か」


 五番機が引き金を引いた。


 即座に着弾し、ボガディーリの右胸部装甲が爆発した。胸部装甲がごっそり剥がされる。

 ダメージは機体内部に浸透し、その衝撃でノックバックを起こしかけた。


「な……んだと……!」


 バランスを即座に立て直すが、今度は脚に着弾する。

 左大腿部の装甲が弾け飛び、再びよろめいた。


「なんだ! そのライフルは!」

「このライフルのコンセプトは遠距離絶対撃破マン、らしい。名称はDライフル。仕組みは俺が造ったわけじゃないから内緒な」


 コウがヴァーシャに笑いかけた。してやったりという表情だ。

 ヴァーシャが機体のダメージを確認し呆然とする。


「どんな弾頭だというのだ。この威力は……」


 シルエットを操縦しながらも被弾時の画像を即座に呼び出す。

 装弾筒サボから飛び出た侵徹体は、流体金属そのもの。矢ではなく非常に長い槍状に変形して着弾していた。


 金属水素を何らかの技術で流体金属の槍として成形し、そしてそのままでは密度の低い金属水素の質量を増す工夫を施している。

 紛れもなく砲弾の一種。


「電子励起化された物質は使っていない。普通の弾だぞ?」

「嘘をつけ! そんな通常弾があってたまるか」


 悪戯っぽく言うコウにムキになるヴァーシャ。

 アシアのエメが後部座席で薄く笑う。


 これは皆で造り上げた、コウの弱点を補う兵装。

 最大の強敵相手に効果を発揮したのだ。

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