敵対者には砲弾を。ブラック・プティングも添えてね!

「コウ。常在戦場の精神はどこへいったの」


 脱力したコウに容赦ないアシアのエメ。心なしか怒っているような口調だ。若干嫉妬混じりと言えなくもない。


「おっと。そうだ。……しかし疲れた」

「上出来。会話も出来たし険悪な雰囲気にもならず、相手を完封した」


 ふっと笑う。実際コウはよくやったと思っている。


「良好? しすぎたような気もする」

「会話を達成するという意味では成功」


 敵と共感しすぎるのも面倒だが、コウは喪われた命、自分の立場を忘れることはなかった。

 アシアのエメには十分だった。共感した理由も大変はアシア、そしてエメのためでもある。これを責める気は一切ない。


「あとは地上がどうなっているかだな」

「わかった。遮断を解除。情報召集を再開……」

 

 アシアのエメの表情がみるみる曇る。


「コウ…… 状況は相当悪化した……」


 歯切れが悪く、顔が蒼白になっている。

 

「十分程度しか経過していないだろ?」

「あのね。落ち着いて聞いてね。――結月さんが戦死。兵衛さんも撃墜された。両者とも一騎打ちで敗北」

「なんだって! ありえない!」


 声を荒げてしまう。


 結月が戦死。あれほどの剣士をどうやったら倒せるというのか。

 コルバス二機とアクシピター二機。突出したコルバスを相手にした、双方対決であろうこともわかる。


「結月さんはプロメテウスの火を使った模様」

「どうして……」


 プロメテウスの火はパイロットの強い意志がなければ発動しない。

 相当追い詰められていたと思われた。


「わからない…… ごめんなさい。機体は爆散している。兵衛さんはビルから落ちて、ブーンたちが地面に激突する前に救出したみたい。ただ、精神的なショックが強すぎて川影さんが下がらせた」


 鷹羽兵衛にとって、孫に続き孫の嫁まで亡くしたのだ。いくら剣士とはいえ、戦闘は不可能だろう。


「くそ。俺が暢気に会話しているから……」


 後悔と体の震えが止まらない。


「違う! それは違う。コウの役目はここを守りきること。ブルーとミュラーさんを倒した強敵まで撃破したのに。あなたは神様じゃない。その物言いは傲慢」

「……く」


 このような非常事態に敵と会話していたのだ。

 もどかしさが心を支配する。


「私も神様じゃない。助けられるものなら全員助けたい。そもそも神様なら戦争なんて起こさせやしない。でもそんな泣き言をいっていても解決しない。今できることをやるの」

「アシア、エメ…… すまない」


 コウは気付いた。コウがもし批判されるとしたらアシアとエメも同罪だろう。

 自分たちは神様ではないのだ。


「二人とも一騎打ちで負けた。コウは一騎打ちに割りこむの?」

「俺が間違っていたよ。ありがとうエメ」


 自分がヴァーシャと一騎打ちで負けたとしても、その場所にいない者のせいにはしないだろう。

 己に言い聞かせる。


「あとでお説教」


 元気づけるように薄く笑う、アシアのエメ。


「わかった。でもあとでな」

「うん。たとえ地上が全滅しても、この場所を守り抜く覚悟で」

「ああ」


 それでも、と思う。理解はする。自分のなかで処理できなかった。それはある人物への想い。

 コウは顔を手で覆い呟いた。


「すみません…… 修司さん……」


 ぽつんと呟く。アシアのエメは哀しそうに見つめていた。


 彼が大切にしていたものを、守れなかった。

 その事実は鋭い刃となってコウの心に突き刺さった。


「コウ」

「大丈夫だ。――ヴァーシャはいった。一人でも多く生かすべき。それが俺のために死んでいった者たちへ報いることにはならないか、と」

「うん」

「今なら言えるよ。今になってわかるなんて馬鹿な話だけどさ。死んでいった人たちにはもう逢えない。言い訳もできない。最後まで戦った人たち、人間やファミリアのためにも俺はストーンズに屈するわけにはいかないんだ」

「うん」

「戦い抜いた人たちがいて、今の俺がある。後悔することになるかもしれないけど、それでも戦い抜くよ」

「私は最後までコウと一緒だよ。たとえそれがどんな結果でも」

「ありがとう」


 戦い抜く覚悟。

 今はもういない人たち、そして今生きる者。その思いを噛みしめて決意を新たにするコウだった。

 


 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 損壊が激しいシルエット。

 瓦礫の海を必死に逃げ惑う。カナリーである。


「不思議と…… いいえ。不思議ではない。みんなが助けてくれている」


 神様の加護があるかのように、カナリーは逃げ延びていた。


 彼女を追い詰めた敵に、いきなり標識が二つに折れ敵シルエットを真っ二つにした。


 隠れようとした建物。集中砲火を受けた瞬間、天井がない、半壊の扉が閉まった。 

 下水用のメンテナンスホールに脚を取られ、もがく敵シルエット。


 しかし敵は執拗だった。

 クルィーロ・カザークを中心にカザークたちが追跡してくる。


「追い込みの狩りのようね。さすがストーンズに選ばれた精鋭エリートなだけはあるわ」


 苦々しく呟いた。

 ブルーは確実に敵の勢力下に追い込まれるように、包囲されている。


「結月さんが戦死、兵衛さんが倒された。ダメね。皆の心も折れそうだけど、今の私じゃ何もできない」


 P336要塞エリアは絶望的な状況だ。

 最強と名高い兵衛の敗北がとくに効いた。


「私まで倒されたら…… いけない。悪い方向に考えては」


 逃げられてはいるが、敵はその圧倒的な数の優位を活かし、彼女を追っていた。

 カナリーは鹵獲したい機体なのだろう。むろん、中のブルーもだ。


「万事休す、か」


 瓦礫の山に追い立てられた。

 もはやこんな場所は戦車すら乗り込むことは不可能だろう。


「諦めるのはまだ早いですよ! ブルー!」


 可能な機体がカナリーを掴み、移動する。

 バルムのエポナであった。


「バルム! こんな場所まで!」

「ビッグボスから頼まれましたからね」

「何してんの、コウ。でもありがとう」

「礼を言うのはこの包囲網を抜けたあとから!」


 集中砲火を受ける二人。

 エポナが盾となり、カナリーの前に立ちはだかる。

 クルィーロ・カザークが斬り込み、逆にバルムが切り伏せる。

 背後にいたカザークが、エポナの後ろ脚を切断した。


「バルム!」


 カナリーは弾切れだ。

 銃剣をカービンに装着し斬りつける。


「すみません…… ここは私が囮になります。早く逃げてください!」

「ダメに決まっているでしょ! それに私一人じゃ逃げ切れない。二人で戦うの」

「しかし……救援が」


 絶体絶命とも言える状況。


『さあ反撃の時間です! 敵対者アドヴァーサリィには砲弾を。ブラック・プティングも添えてね!』


 突如、公開放送が流れてきた。発信者は――不明。

 薄暗い部屋のなかに仮面を被った男が一瞬だけ映し出された。


「誰?」

「味方か? 発信源、シルエットベースです!」

「救援といってもここまでは無理ね。あとブラック・プティングは私、絶対無理」


 食べたことのあるブルーが顔をしかめた。豚の血と脂身をこねあわせたソーセージは人を選ぶ。

「結構いけると思うんですが」

「あなたとは解り合えない。哀しいわバルム」


 彼は狐型のセリアンスロープ。当然平気だろう。


「しかしこんな場所に来ることができる支援車両は……」

「戦車でも無理。航空機は蜂の巣。打つ手なし、か」


 バルムがそう言おうとした瞬間だった。


「あ、いたいた! フェアリーブルー! 今からそっちにいきます!」


 ファミリアから通信が入った。


「え? あなたたち。こんな場所戦車でも無理よ! どうやって私たちを運ぶのよ!」

「大丈夫だわん!」

「はい! お任せを!」


 通信に前部座席にボーダーコリー型。後部座席には猫のソマリ型がいる。

 彼らは自信満々だった。


「彼らはどこから…… この付近の地下鉄道網?」

「軌陸車か? しかし我らを運べる車両など……」


 包囲網は徐々に迫る。

 渓谷のようにうねった地形となっている瓦礫。


「うわあ!」


 背後に気付いたカザークが瓦礫の山から滑り落ちる。

 後ろからきた不気味な自走爆雷の直撃を受けたのだ。


「なんだ、あれ」

「触手?!」


 奇妙な自走爆雷は、周囲を絡め取り巻き込む巨大な鞭のようなものが無数についている。

 別の自走爆雷が回避したはずのカザークを絡め取り、もろとも自爆した。


「味方だと思うけど気持ち悪いわね…… なにあれ」

「新型パンジャンドラム『うなぎのゼリー寄せジヤリドゥイール』です! 敵だけをあのセンサーで敵を絡め取り、爆発する爆雷です! 結構美味しいらしいですよ!」


 聞き慣れない食べ物の名前に画像を検束してみたブルーの顔が引き攣る。名状しがたき料理が映し出された。


「嘘だ!」

「僕なら絶対ごめんですね。そろそろつきますー」


 緊迫したなかで暢気な会話をしているブルーとファミリア。


 瓦礫の山の上にいたカザークたちが逃げるように散開する。ジャリドゥイールではない新たな脅威。

 もっと恐るべきものが近付いてきた。


「ね。大丈夫だったでしょう?」


 地響きのような履帯の駆動音。


「なに…… あれ……」


 巨大な鉄の壁が現れ、まっすぐにブルー達の元へ近付く。。

 カザークのパイロットたちもまた衝撃を受けていた。側面にいるからこそ、その異形が嫌と言うほどわかる。


 陸を往く装甲そのもの。側面の砲塔が火を噴き、カザークたちを狙い撃つ。


「だってこれ。超壕兵器ですからね」


 ドヤ顔で呟いたボーダーコリー型のファミリア。


 姿を現した巨大な尾輪と車体と同等の大きさの履帯を装備している


 そびえ立つ壁のような、巨大な菱形ロムボイドの鉄塊。

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