ソードダンサー

 コウとヴァーシャ。二人の会話は続いていた。

 人見知りなコウだったが、不思議と緊張はあまりなかった。ネット越しのSNSで見かける同じ趣味の人物と直接話せた。コウにはそんな感じさえする。


「私がストーンズについたのは、アシアを守るためだ。私は敬愛しているのだよ。私をこの星系に呼び、構築技士としての資格を与えたアシアとプロメテウスをね」

「ヘルメスも、だろ?」

「そうだ。超AIの存在は我らに福音をもたらし、導いてくれる存在だ」


 極秘のヘルメスまで把握している眼前の青年は間違いなく、この星系の中心人物だ。

 ヴァーシャは内心の動揺を押し殺し、ポーカーフェイスを保つ。


「だが傭兵機構の連中はアシアを道具としてしか見ていない」

「ああ。クソな連中だ。助けるような動きも見せずに数十年も」


 思わず頷いた。そして敵と思いっきり同調してしまったことに気付いて、後ろを振り向くとアシアのエメが苦笑していた。

 アシアは傭兵機構を恨んではいないが、発言の否定もしない。あるのはコウへの感謝だけだ。


「そうとも。クソだろ? 君が現れなかったらストーンズは全施設を制圧し、アシアを解析、思うように操っていただろう。リュビアのようにね」

「ヴァーシャ。あなたのせいでそれが加速していたかもしれない。今の意思無きリュビアのように」


 リュビアの意思はセリアンスロープになって彼らの元にいるが、そこは黙っていく。


「そうさせないために私がいるのだよ。この惑星を制圧し、ヒトの生命活動の維持を約束させる条件にアシアの協力を取る。アシアが協力的になればストーンズが今のアシアの意思を殺す必要もない」

「やる気がない傭兵機構を勝利させるよりも、その方が早いか」


 また意図を理解してしまう。アシアを守るため、というのなら傭兵機構に頼ることは出来ないのだ。

 ヴァーシャの言うことは合理的であり、引き寄せられる。


 アシアのエメの、優しいまなざしに気付く。 

 背後にアシアのエメがいる。間違うことはない。


「本当に話が早いじゃないか。君も我々につきたまえ」

「大切なヒトがたくさんいるんでね。ストーンズについたら殺されてしまう」


 ストーンズ、とくにマーダーはテレマAIを率先して破壊する性質を持つ。


「ふむ? 誤解をもう一つ正しておこうか。私の名において、ネレイスを一人、セリアンスロープを三人、ファミリアを五人保護している」

「な……んだと」


 これはコウも予想外だった。

 そしてヴァーシャはファミリアを含めて全員、人と表現している。これもコウにはやりづらくなる理由の一つだ。アシアのエメもその事実は知らなかったようだ。驚愕の表情を浮かべている。


「何を驚く必要があるかね? どうでもよい人間より守りたいヒトを優先するほうが大事だろ? 私は彼らの安全と権利を保護を要請できる程度には献身はしているし、認められている。私は私に寄り添ってくれる者だけが大事だ。人間だろうがその他大勢のために労力を惜しむ気にはなれんよ」

「……」


 彼の考え方に近いと、コウ自身自覚はあるのだ。


「私の死後も彼らの安全を確保するためにもう少し奉仕は必要だがね? 君も連れてきなさい。私と同様の保護権限は与えられるはずだ。二人ならばストーンズへの要求も大きく出来る」

「俺と周りだけ助かるわけにはいかないさ」


 悪魔の誘惑。コウは傍目でわかるほど揺れた。

 アシアのエメも辛かった。それは彼女たちを守るための葛藤だからだ。


「それにストーンズがファミリアやセリアンスロープを殺さないと言う事実が信じがたい」

「ストーンズにとってマーダーと違い、どうでもいいのだよ。価値があるかどうかの話だよ。役立つなら社会を維持するため利用する。役立たないなら奴隷にするか管理の邪魔なので殺す。彼らも無人機械しかいない惑星で人間ごっこをしたいわけではない。私の補佐というだけで、彼らにはその価値が生まれている。殺す理由にもならない」

「そういう連中だったな」


 弾丸のように打ち出されたシルエットたちを思い出した。彼らは市民階級だったが、弾扱いで死んでいった。


「すまないがその提案は無理だ。何よりヒトが死にすぎた。俺と一緒に戦って死んだ者もたくさんいる。今更俺が寝返ったら顔向けできない」

「視点を変えたまえ。これ以上戦い続けても、多くの者が死ぬのだぞ。ならば君の判断一つで、一人でも多く生かすべきではないか! それが君のために死んでいった者たちへ報いることにはならないか?」


 これから死ぬ者。その言葉はコウの双肩に重くのしかかる。


「それにだ。君たちメタルアイリスの犠牲で最大の受益者はのうのうと第三者を決め込んでいる傭兵機構だぞ? あいつらは生粋の人間至上主義者。彼らが運営する世界ではテレマAIは幸せになれない。そう思わないか、コウ」


 コウの急所を狙い撃つヴァーシャ。


「人間というだけでそんなに偉いのか? それとも君は惑星アシア人類全てを救うか? ただ、人間というだけで」

「そんな大それたことは考えていない」


 そういうのがやっとだった。


「君は地球にいた頃、地球の裏側の飢餓で苦しむ人々のために何かしていたか? どうだ。アシアと身近な人、そして君のために戦ってくれる者を守る方が君の利益になると思うんだがな」


 コウには応えられない。


「コウ…… 駆け引きに使われるドア・イン・ザ・フェイスの一種だよ。大勢を救えという大きな要求と、身近な人なら守れるという小さな要求。極端な事例を出して、コウを惑わせている」


 アシアのエメは呟く。コウは駆け引きが苦手で若く、未熟。

 そこが不安だった。思わず小声でアドバイスをする。


「ありがとう。アシアのエメ」


 小声で感謝する。


「自分たちだけのことを考えると魅力的な提案ではあるし、悩まないとはいわない。だが、あえて即答しよう。断る。――理由は立場の違いって奴だな」

「そうか。だがその答えは満足のいくものではある。十分だ。ありがとう」


 交渉は一回のみではないのだ。

 魅力的な提案と彼は確かにいった。死者に対する感情的な拒否でもない。全人類を守るために戦うなどいわれるより立場の違いという回答も気に入った。


 彼はメタルアイリスの幹部であり、自分はアルゴフォースの幹部である。

 間違いない。自分と同種の人間。それがわかっただけで十分だ。話し合う機会があればいつか再び交渉も可能だろう。


 コウは何故自分が感謝されたかは理解できなかった。

 やりにくいことこの上ない相手だ。


「あなたとは別の形で会いたかったよ」

「私と君は何度か会うことになるさ。死ななければね。もちろん戦闘は全力で倒しにいく」

「それはこっちも同じさ」


 不敵に笑うヴァーシャに、思わずコウも同じ笑いを浮かべてしまう。


「さて。これからが本題だ。君の勧誘は仕事でもあったのでね」

「本題?」

「我々には共通点がある。興味は構築、そして戦闘技術だ」

「確かに」


 精神を疲弊するような言葉の駆け引きより構築や戦闘に関する話題のほうがコウとしても助かるのが本音だ。

 そして彼個人としても聞きたいことが山ほどあるのだ。


 アシアのエメは内心ほっとしていた。きっと順序が逆ならば、コウはより動揺にしていたに違いない。

 それをしなかったということは、彼の関心は本当に構築と戦闘技術に偏っている。


「あなたの格闘術、システマだっけ。軍隊格闘術と聞いた。どんな武術なんだろうな」

「術理でいえば君の国の合気道が一番近いかもな。むろん様々な武器を使う想定もある」

「合気道!」


 思わぬ答えだった。実際に投げ飛ばされた経験もある。


「普通に勝負して勝てるとは思わないが、やるだけやるさ」


 コウが学んだ剣術は警察、自衛隊出身者も多くいた。剣道のみならず空手や柔道の有段者など無数にいる。

 生身で彼らに勝てるとは欠片も思わない。


「生身なら私は君を即座に殺せると思う。だがシルエット戦はまた別だ。操縦しないとダメだからな。そこは君が一番よく知っているだろ?」

「ああ」


 コウは認めた。生身で強ければシルエット戦で同じだけ強いとは限らない。シルエットで操縦するのは、また別の話だ。

 

「君のもたらした装甲筋肉。そしてTAKABAのアクシピター。そのおかげで私の作りたいシルエットに近づけたよ」

「ラニウスにこだわっている理由か」


 ヴァーシャとしても望むところに話を振るコウ。


「構築談義もいいものだ。よかろう。ただ、一つだけ聞きたい。君は何故その最初期型のラニウスにこだわるのだ。思い入れはあるが、君はそのラニウスとともに成長している。この世界のシルエットもね」


 ラニウスと一緒に成長している。

 そう指摘され、コウは納得した。理解者を得た気分だ。多分、それはきっと相手も同じなのだろう。


「俺はこの世界に転送されたとき、人間に殺されかけてな。ファミリアとアシア、そしてこの五番機と一緒に生き延びたんだよ」

「それで人間側に立つのかね?」


 これもヴァーシャにとって思いがけない重要な情報だった。同郷の人間に殺されかけたというのはただ事ではないが、彼のいた国でも治安はよくない。気に入らないとか口論で殺し合いがあってもおかしくはない。

 それは人間の、一つの側面だ。それはきっと彼のなかでも大した問題ではないのだろう。


「さっきあなたが言ったのと同じ。人間のためじゃない。助けてくれた、アシアとファミリア。そして俺とともにいてくれるヒトたちを守るだけだ」

「私と君は表裏一体かもしれん」


 動機の本質はアシアのため。ともにいる者たちのため。二人の最初の動機は一緒なのだ。


 手段が違った。

 

 組織を造り上げ、アシアを救出したたコウ。

 一番強大な力に依って立場を確立したヴァーシャ。

 それが立場の違いを鮮明にさせているだけなのだ。 


「否定はしない。俺はこの惑星と常に一緒にいた、このラニウスといつまでも戦いたい。構築はそれを可能にしてくれる」

「わかるよ。実にわかる。君は、新しいシルエットを作ってMCSを入れ替えるのをよしとしなかったわけだ。私と同じだ。効率なんぞ糞食らえだ。私はこの愛機とともに成長する」

「あなたもか」


 コウは思わず笑みをこぼす。同士を見つけたのだ。

 MCSを入れ替えるほうが早いし効率がいい。ただ、コウはそれを由としなかった。目の前の男も。


「やっぱりコウとヴァーシャ。相性がいい。良すぎる。わかっていたけど、ね」


 それはヴァーシャにもいえること。

 故に危ういのだ。


「装甲筋肉の採用がその例だ。こんな動きができるようになった」


 ヴァーシャのボガディーリは銃を腰にぶらさげ、二刀を構える。


「お目汚し失礼」


 攻撃態勢ではないのはわかった。コウはボガディーリの動きがみたかった。


 二刀をくるくると華麗に舞わし、最後はぴたりと構える。

 しなやかで人間らしいその動きは装甲筋肉ではないと不可能だった。


 柔軟性を表現するその動きは実戦用ではない。


「これがこのサーベル、シャシュカを使う剣舞だ」

「剣舞! 確かにその動きは装甲筋肉じゃないと無理だ」

「余興として登録していた動きだが、装甲筋肉の有用性を示すためには必要でね」


 納得した。戦闘用に登録する動きは別にある。コウも五番機に色々仕込んでいるのでわかる。


「凄いね。剣舞」


 後ろから小声でアシアのエメの感嘆が聞こえる。

 その一言がコウに対抗心を湧かせた。


「エメ。知らなかったのか。俺もできるぞ」

「え?」

「日本式だけどな」


 居合の道場は剣舞の稽古もしていたのだ。

 ヴァーシャにも見せたい。そんな気持ちが湧き上がる。


「よいものを見せてもらった。俺も日本式の剣舞を披露しよう」

「ほほぅ?! 日本の剣舞とは! 是非演じてくれたまえ」


 予期せぬコウの答えにヴァーシャの声が上ずった。剣舞など登録している奇特なパイロットなど自分一人だと思っていた。

 是が非でも見たい。自分とは違う、剣舞。同種かつ系統が違うもの。ヴァーシャはそれに目がないのだ。


「ああ。――アシアのエメ。すまない。こんなことに付き合わせて」

「いいよ」


 アシアのエメは気にしていない。この雰囲気を壊したくない。そう思っている。


 コウは登録した剣舞を検索する。

 何をやるか。曾我兄弟か本能寺、あとは――

 脳裏で候補がよぎる。


 剣舞とはいうが、実際には刀のほかに扇子や槍を使う。以前登録した短めの舞を思い出し、その動きを呼び出した。

 居合いの師匠に学んだ、剣舞。コウもまた型として登録していたのだ。


「城山」


 コウが呟き、五番機はゆっくりと抜刀と構えを繰り出す。その詩吟の名は決戦の舞台を現したもの。

 包囲され孤軍奮闘となった場面。剣が折れ愛馬がなくなって力尽きた、とある幕末の敗軍の将を詠んだ詩。

 その途中までを再現した動き。一分弱程度の演舞だった。


 五番機は居合いの型を元にした動きを数度繰り返す。

 ヴァーシャはその動きをじっと見入っていた。動きが止まるとコウが語りかける。


「俺の剣舞はこんな感じだ」

「型の連続か。舞とはいえまい。ずいぶん実戦的だな」


 ヴァーシャは感嘆した。その動き一つ一つ、型のようだ。実戦を想定した動きに見えたのだ。


「途中までだな。最後は自決の演技で終わるんだよ。ハラキリする」

「何故ハラキリを?!」


 ヴァーシャが驚き、思わず笑った。コウの言い方がおかしかったのだ。

 日本人の考えることはよくわからない。


「孤軍奮闘、愛馬まで喪った将が命運を悟って自決するんだ」

「なるほど。具体的だ。実際の戦闘を再現した舞なのだな。面白い。君とそのシルエットは実に面白い」

「面白いのはあなたもだろう? どうやったら可変機に装甲筋肉を採用できるんだ」


 コウはダメ元で聞いてみた。秘中の秘だろう。


「何事も裏仕様がある。つまり設計者が想定していない運用で構築するのだよ」


 教えてくれるのか。本当に構築の話だけが本命らしい、と内心驚く。


「というと?」

「このボガディーリの変形機構は、AIによる自動設計が基本ではない。一から設計したのだ」

「それは相当、時間のかかる作業だ……」

「大変だったさ。そしてそこまでして仕様の穴を見つけたのだ。それは戦闘機として設計しないこと、だ」


 その作業が大変だとわかるのは、C級構築技士で情熱がある者のみ。B級以上の構築は、素案をAI任せる。

 メタルアイリスでいえばアベルやマットだろう。


「戦闘機じゃない?」

「ああ。パイロンもウエポンベイもない。その制御機構に費やす、浮いた処理能力のリソースを装甲筋肉に注いだのだよ」

「つまり戦闘機ファイター風の飛行機エアプレーン、と。戦闘機として動くはずのOSリソースを装甲筋肉の制御に、か。勉強になる…… よくそんな秘密を教えてくれたな。いや、感謝するけどさ」

「私を楽しませてくれた礼だ。構築技士同士の話はいいものだ。たとえ敵同士でもな」


 ヴァーシャはシャシュカを構える。


「次は実戦といこうじゃないか」

「承知」


 五番機も柄に手をかける。話はした。

 あとは戦うのみ。


「次は何を見せてくれるか。楽しみで仕方がないよ」

「それはこちらの台詞だ」


 二人は顔を見合わせる。双方、互いに興味があるのだ。

 相手が何を繰り出すか。どちらの技が優れているか。そして、どちらの構築が優れているか――


 ただ、それを知りたかった。

 五番機は柄に手をかけ腰を落とし、戦闘態勢に入った。

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