残り一秒生き抜いて

 鮮血が飛び散ったMCS内部。

 コルバスの剣先がまっすぐ正面からアクシピターの胸部を貫いていた。


 中にいる結月の腹部にはちょうど剣先が届いてしまっている。

 アクシピターの脚部装甲は装甲筋肉で覆われて厚い。それでも易々と貫いたのはカストルの技量だろう。

 

 コルバスが剣を引き抜こうとする。


「やめろぅ!」


 兵衛が絶叫した。

 無造作に剣は引き抜かれ、血振りを行う。引き抜かれた同時にさらに血を吐く結月。


 カストルはフードを被り直していた。


 虚ろな瞳でモニタを凝視する、結月の姿があった。

 結月は不幸にも生きていた。


 その瞳は光が失われつつあるが、闘志は喪っていない。


結月は己の甘さを憎んだ。これは彼女の失態。

 

 残心を解かないカストル。

 剣先はなお、結月のアクシピターに向けられている。


「運が良かった。貴様ほどの使い手を殺すことができた」

「まだ生きてるわよ、私……」


 不覚だった。

 あり得ない人物がそこにいた。

 このままでは死ぬに死ねなかった。――女として。剣士として。


 力が入らない腕でレバーに力を入れようとする。

 意思さえあればMCSは応えてくれるのだから。

 

「……神でも…… 悪魔でも…… いい…… 力を貸して…… 一秒でもいい…… 一刀振り……た……」


 声にならない呟き。


 せめて一太刀浴びせなければならなかった。


『プロメテウスの火を発動します』


 その声に応えた――アクシピターは死にゆく乗り手の願いを叶えたかった。

 応えてしまったのだ。


 結月は己の機体に微笑んだ。アクシピターが彼女の魂を燃やしたのだ。


「十秒……もくれたのね……」


 光り輝くアクシピター。

 微笑み、目力を再び宿しレバーを握る結月。アクシピターは彼女に活力まで与えてくれたように思える。


「ふん、プロメテウスの火か」


 カストルにしてみれば欠点の多い、つまらない機能だ。

 アクシピターは胸部装甲がMCSまで貫通している。超音速の加速をしようものなら、加速で即死するだろう。

 

 アクシピターの斬撃を躱す。太刀筋が読めなければ無理な芸当だった。


「十秒、生きられるか?」


 即死状態のはずだ。意識があるのは剣士としての矜持だろうか。


「三秒経過。こちらもプロメテウスの火を使うとしよう」


 プロメテウスの火を最初に目を付けたのは彼だ。

 様々な要素を研究した。


 MCSもしくはAスピネルを破壊するという仕様があり、十秒後に爆散する以上後出しが有利なのは当然だった。

 コルバスもまた同様に光り輝く。


 お互いスラスターは使わない。一足一刀の間合いを測りながら刃を打ち合わさず、お互いの隙を狙う。

 千葉のアクシピターが繰り出すその剣先は鶺鴒せきれいが如く、次に繰り出す技を読ませない。


 だがコルバスもまた難なくその動きについていっているのだ。


「くっ」


 血を吐きながら間合いを詰め勝負を賭ける結月。剣先を落とした下段星眼からの相手腕部を狙い、踏み込んだ。

 アクシピターも即座に同様に構え、お互いが交差する。


「裏切とはな!」


 裏切とは技名。誘引籠手と呼ばれるその技は右籠手を空け誘い、その撃ってきた右腕を打つ技。

 コルバスの右腕が武器ごと吹き飛ばされる。


 カストルはあえて結月がこの技を使ったと悟った。


 コルバスは背後からすかさずもう一本刀を取り出し、冗談からの抜刀を行う。抜付と呼ばれるその基本技は、結月も見覚えがあるものだ。

 アクシピターの双腕が吹き飛ぶ。勝負はあった。


「……そりゃ二本持っているか……」


 自嘲するように笑う。血はもう止まらない。

 意識を確保するのももうむりだった。


 コルバスは左手で剣を構え、残心を止めない。


 ごめんなさい。修司さん。兵衛さん。

 コウ君、あとは頼んだわ。


 視界に霞がかかり、意識を喪う。


「七秒経過。先に逝ったか」


 それでも執念とは恐ろしいものだ。コルバスの右腕を切り落とし、奪い去ったのだ。


 結月の意識はそれでも、瞳に力を取り戻す。

 吐き出す血を抑えもせず意識を覚醒させた。


「終わってない!」


 鮮血とともに絶叫する。

 スラスターが爆燃を巻き起こし、コルバスに迫った。


「ちぃ!」

  

 袈裟斬りを飛ばす。刃は胸部装甲を貫き、根元まで突き刺さった。

 衝突の衝撃がコルバスを襲う。

 そのままビルから突き落とす勢いだ。最大加速を続けている。コルバスもスラスターで対抗するしかなかった。あと少し遅れていたならともにビルから落ちていただろう。

 

 刃は抜けなった。焦りを覚える。もしアクシピターに腕部があったら相打ちになっていただろう。


「カストル。ならね」


 アクシピターの顔はコルバスを下から覗き込むように、見据えていた。

 

 結月は薄く微笑む。それはカストルが見惚れるほど美しい微笑み。


「そこは飛込胴よ?」


 不出来な弟子に言い聞かせる師のように。

 または、カストルに伝えたい言葉だったのだろうか。


 その瞳に憎しみの輝きはなかった。

 残り一秒、最後の一瞬までまで生き抜いた、誇り高き剣士のかおだった。


 ありがとう。私のアクシピター。


 そこで彼女の意識は途切れたのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


「結月!」


 兵衛が絶叫する。千葉結月のアクシピターは爆散した。

 コルバスのプロメテウスの火も停止する。


「結月…… 何を見たんだ……」


 個人通信だった。結月が我を忘れるほどの衝撃が何だったのか。

 最後までわからなかった。

 

「甘いぜ兵衛! 卑怯と思うな!」


 兵衛は呆然とするあまり、アクシピターも隙だらけだった。


 バルドの流体金属剣で袈裟斬りし、剣を爆発させる。

 虚を突かれた兵衛のアクシピターは剣圧と爆風で吹き飛ばされ、ビルから落下した。


「てめえほどの男が我を忘れるほど大切なら、箱にでも仕舞っておけ。くそ、これで決着だと思うなよ」


 バルドが吐き捨てた。

 落ちていく兵衛を見下ろしながら。


「その程度で死ぬタマじゃないってのは知っているからな。次こそ決着だ」


 ビルは百メートル以上はある。MCSの衝撃緩和機能と搭乗したシルエットの性能ならば、即死はしないと確信があった。


 踵を返し、飛び上がる。カストルの元へ飛んだ。


「ご無事ですか? カストル様」


 コルバスも呆然と立っているように見えたのは気のせいだろうか。


「大丈夫だ。爆発如きで傷一つつかんよ。だがコルバスの右腕を持って行かれたな」


 装甲も薄く傷が入っている。

 紙一重の回避をお互い繰り返したのだ。


「危なかったですね」

「ああ。もし一緒にビルから落下していたら最後の爆発によって地面に叩き付けられていただろうな。その場合は無傷ではすまん。悪あがきとは言うまいよ」


 最後まで彼女はカストルを倒すつもりだったのだ。

 彼の機体がコルバスでなければ可能だったかもしれない。

 勝負には負けたのだ。


「凄腕の剣士だった。――千葉結月。忘れぬぞ」


 脳裏から離れぬ、最後の微笑み。


 落ちているアクシピターの両腕とその刀。それはアルゲースの技法を元に作り出されたものだ。

 コルバスはその刀を拾い、己の武器とした。


「これはもらっておくぞ。ヴァーシャも交渉中か。連絡が取れん。我々も向かうぞ」

「はい!」


 二機の大鴉は飛びだった。

 封印区へ向かうために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る