秘密主義
「よくぞやった。まさに痛快だ。褒めて遣わすぞ。アルベルト」
「ありがたきお言葉」
画面の先のカストルに跪くアルベルト。目の前の戦果をみれば、どれだけの被害を与えたかわかる。
空母爆弾一つで勝敗は決まっていたかもしれないのだ。敵も侮れない。
もっとも、そうでなければここまで苦戦しなかっただろう。今のカストルはメタルアイリスに対しての過小評価はない。
アルベルトは万が一に備え、メガレウスで待機中だ。
「新型機の降下が始まったな」
隣にいるヴァーシャに尋ねる。
「まず空母護衛のアルラーとその改修型シーサヴァ・アルラーです。空母護衛任務後、そのまま編隊がP336要塞エリア内外の制空権を確保します。後続部隊に問題がなければ地上制圧作戦に参加させます」
アルラーの強化型である
「先頭の空母は集中砲火されるのはわかっております。機動力のあるアラクネ型二百機と間接攻撃用のアベレーション・シルエットをその倍程度。さらに重装備の新型バトルシルエットであるストレリツィと空挺降下対応の機兵戦車ルイサークを三百セット。ともに火力重視の機体を投下します」
「二種の戦車とシルエットの同時展開、さらに支援機の組み合わせというわけだ。それだけでメタルアイリスは戦慄するだろうな」
「次に二隻目の空母よりパラシュート降下で新型アサルトシルエットのカザークを展開しています。約二千機、これが我が軍の主力です」
「装甲筋肉を採用したアルゴフォース標準機。まったく、ようやく顔見せか」
装甲筋肉を使用していた機体はアルゴフォースには鹵獲したレイヴンとコルバスしかなかった。
アクシピターをもとに簡易生産をした機体がカザークだった。
「はい。最後にこの空母のカザークの強化型クルィーロ・カザークを中心にレイヴン部隊も投下します。護衛としてバイヴォーイ ・オホートニクですね。こちらは金属水素生成炉を使用した、新型可変機です」
「今回は私もでるぞ」
そのために三隻目の空母に乗り込んだのだ。
「承知しております。カストル様にはご愛用のコルバスを用意しております」
「意外だな。お前なら自分が創った最新型シルエットを用意してくれるかとも思ったが」
「私もコルバスの性能には一切異論がありません。カストル様がご搭乗されるならなおさら。それに最新型はいささか癖が強く」
「バイヴォーイ ・オホートニクを発展させたカスタム機。私も興味はあったのだが?」
「ありがたきお言葉。いずれ試乗していただけるかと」
「楽しみにしているよ。何やらずいぶんと熱中していたようだからな」
カストルの肉体も構築技士のものだ。構築技士としての造詣も深い。
ヴァーシャが睡眠時間を削って造り上げた最新機には非常に興味がある。
とくに最近のヴァーシャは構築技士用区画に閉じこもって熱心に機体を調整していた。
敵機体からさらなるヒントがあったというのだ。一度自分の機体を要塞エリアに送り返し、再調整ならぬ再構築を施したのだ。
「ご期待に添えるものになるよう鋭意努力いたします」
「うむ。ではそろそろ我らも出撃準備をするか。お前は単独行動か?」
「はい。カストル様にはバルドが護衛につきます」
「よかろう。我らも後に合流する。お前ほどの手練れが負けるとは思えぬが」
「何かあればすぐに後退、合流する所存です」
カストルは鷹揚に頷いた。戦術、戦略面では盤石の信頼がある。
問題は構築に絡んだときだ。その時だけは、注意する必要がある。
今や構築技士の身。熱中する理由もわからなくはないが、そんな彼がみても度が過ぎる所がある。
アルベルトの火砲に向ける愛情が、兵器全般に降り注がれているようなものだ。
そして極端な秘密主義かつ実績主義なのだ。
性能を確認するために競合させ、より優れたコストパフォーマンスと判断した場合のみ量産に踏み切る。
今回投入される新型シルエットは以前より量産開始していたこともある。アルゴフォース初の量産機シルエットであるカザークを決定するにも非常に時間を必要とした。
アクシピターがもたらされなければもっと時間がかかっただろう。一度決定してまえば、あらゆるラインを使って短時間に大量生産を行い数を用意したのだ。
ガザークはアクシピターよりも装甲を厚く、装甲筋肉の数をさらに減らした中装甲の機動力優先をしたアサルトシルエットとして設計。金属水素貯蔵型であり、エネルギー兵器の運用は苦手とする。
奇しくもTAKABAで販売しているラニウスAと近い性能になっている。
強化型のクルィーロ・カザークは装甲筋肉の数を増やしたエース用だ。レイヴンは非常にコストがかかるため、その隙間を埋めるものといえる。
それまでは敵を欺くため、各地の戦線を旧来の兵器とアルベルトの兵器が開発した兵器を中心に運用していた。
ヴァーシャは自ら指揮するこの作戦に、ようやく全種投入を決意したのだ。
「いままで奇想天外兵器にさんざんしてやられたからな。次はこちらの番だ」
苦々しい敗戦を思い出し、カストルは顔をしかめた。
「同じ思いですよ。カストル様」
ヴァーシャも珍しく苦笑する。
眼下にあるP336要塞エリア。
護りの要所であるここを抑えれば敵の本拠地、シルエット・ベースまであと僅か。
最後の空中空母からアルゴフォースの精鋭部隊が降下していく。
今までの部隊と違うのは全てパラシュート不要の高性能機だということだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
噴煙はまだ収まらず、土埃のなかメタルアイリスの防衛部隊は展開している。
上空にはアルラーとそのの改良機が制空権を確保している。
そのアルラーが次々と撃墜される。ブルー率いる狙撃部隊だ。
「こちらブルー。狙撃部隊配置完了。まずは対空射撃。オッケー? ビッグボス」
「オッケーだ。頼んだ、フェアリーブルー」
「頼まれました!」
次ににゃん汰の画像が現れる。
「こちらエポナ。トルーパー1より。市街地戦準備完了。瓦礫の山は簡単に飛び越えるにゃ」
「そういって足下をすくわれないようにな。無理はするな」
「了解にゃ!」
地上部隊はコウに報告が行く。
アシアのエメはファミリアと連動し指示しているからだ。
「噴煙が収まりつつある。敵部隊、解放された天蓋部より侵入開始。全機体、パラシュートはなし。着地と同時に作戦開始する模様」
背後から声がする。
「着地地点は消滅した都市区画部位周辺。ここを拠点に敵部隊を集結させるつもりかな」
「そうだろうな。降下機兵やアラクネ型もこの部分を目指しているようだ」
コウはシルエットの状況をモニタリングしている。
「こちらトルーパー2! コウさ.……ん! 至急お耳に入れたいことが!」
狐耳のセリアンスロープ、バルムから通信が入る。コウ様と言わないようきつく言い含めているので、どうもやりにくいようだ。
だが今はそんなことをいっている状況ではない。
「どうした」
「降下機兵と交戦。敵新型のアサルトシルエットなのですが…… これがどうやらラニウスのようです。敵も果敢に近接攻撃を仕掛けてきます」
「なんだと!」
敵がラニウスを量産とは思わなかったコウが叫ぶ。
「はい。袈裟斬りで倒した敵からも確認しました。ラニウスAの構造に酷似した構造に装甲筋肉を内蔵していました。装甲強度はラニウスAより上だと思われます」
バルムはアルゲース作成の電弧刀を装備している。
敵アンティークシルエットを倒した功績でエポナに搭乗している、エースでもあるのだ。
「ラニウスAか…… 皆に指示を出す。アシアのエメ、敵新型アサルトシルエットに対し距離を取るように。そして目標を合わせ射撃、決して一対一に持ち込むなと」
「わかった」
皮肉なものだ。自分が一番苦手とする戦い方を、友軍に伝達することになってしまう。
それでもコウはブルーたちからラニウスの弱点をイヤというほど叩き込まれている。彼が決してそのような状況にならないように、だ。
「バルム。報告感謝する。慎重に戦ってくれ」
「はっ!」
データを確認し、嘆息を漏らす。
「ラニウスAに匹敵する機体が二千機もか。メタルアイリスだって五百機も配備されていないってのにな!」
敵戦力の質の高さに焦燥感が募る。
バルムのデータ映像とリンクし敵の動きを確認する。確かにこれは装甲筋肉特有の柔軟性を持つ動きだった。
「敵は……強いな。決して屈してはいけない」
ふと、唐突に思い出す昔の記憶。
それは修司とのゲームで遊んでいた記憶。
修司が笑いながらコンテニューボタンを押す。再戦だ。
「く。相変わらずゲームは強いな。まだ諦めないぞ!」
「ゲームは余計です。剣で僕が修司さんに勝てるわけないし」
コウは苦笑する。
「Never Give In Never Never Never!」
「なんですか。それ」
「イギリスのクソったれで偉大な政治家の言葉さ。屈するな。絶対に!って意味になる」
「クソったれで偉大な政治家ですか。イギリスかあ。よくしらないです」
「この言葉には続きがあってな……」
続きが思い出せない。
後ろから不意に声がする。
「コウ? 心配?」
「大丈夫。ネバーギブインネバーネバーネバー、だ」
「格ゲーやってるときたまに呟いてる言葉だね。うん、屈しない。絶対に!」
「呟いてたっけか」
「うん!」
コウとエメはたまに地球時代のゲームで遊んでいる。エメはコウの苦手な浮かせる系コンボが得意なのだ。
コウの独り言をエメは全て覚えている。
「本当は飛び出して戦いたいんだ。でも、今はダメだ」
ここを守ることができるのは彼だけなのだ。
「前線に出ることができないもどかしさ、か。エメ。強いな」
エメは今までずっとこんな思いを耐えていたのだ。
そしてバリーも。
「ううん。そんなことない。私が強いならコウはもっと強い」
アシアのエメは柔らかく微笑み、否定した。
「皆を信じることも大事なんだよ」
「ああ。指揮官としての先輩のアドバイス、肝に銘じる」
コウは本気でそう思うのだった。
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