アシアの巫女(シビュラ)

「普通ならここらで降伏勧告が来るところだろうが。アルゴフォースに限ってはありえないな」


 彼らは人に価値を見いだしてはいない。土地や資源も意味がない。

 P336要塞エリアの人間を残さず抹殺するための戦術なのだ。


 最終目的はアシアの確保。そのための最終拠点であろうシルエット・ベース攻略のための拠点破壊にすぎない。


「エメ。力を貸してくれ。ここでファミリアたちの指揮をお願いできないか?」


 コウがエメに目線をあわせるため膝を地に着き、語りかける。

 自分が指揮するより、少しでも勝率を上げたい。苦渋の決断だった。


「辛い思いをさせる戦いになる。それでも、俺ではダメなんだ」

「私は指揮するよ。でも、それは五番機の後部座席で」

「それはダメだ! 俺も前線に出る。危険だ!」

「この状況はどこも危険。もしコウたちが負けたら、私ここで一人で死ぬの? そんなの絶対嫌!」


 普段大人しいエメが、このときばかりは叫んだ。


「エメ……」


 コウは悩んだ。そんなことはさせないと言いたいところだ。それでも、無責任なことは言えなかった。


「それに…… コウに今だから言っておきたいことがある。コウ、私が指揮の責任を負うことに引け目を感じているでしょ?」

「それは当然だろう。本来エメが負わなくていいものだ」


 きっとバリーもジェニーも同じ思いだろうとコウは思う。指揮する以上、被害は出る。犠牲は必ずでる。

 少女に負わせるものではないのだ。


「大丈夫。コウは私に気を遣いすぎだから。それにね」

「なんだい」

「私ね。人間じゃないの」


 コウが沈黙した。エメは人間だ。紛れもない、セリアンスロープでもネレイスでもない、ただの人間の少女だ。

 人並み外れた能力は認める。だからといって、それが人間ではないことにはならない。


「惑星間戦争時代ね。私は医療ポッドに入れられた。そして人間やセリアンスロープ、ネレイスまで量子データ化して時代を飛ばされたにも関わらず、私だけ医療ポッドに取り残された」

「師匠に聞いてはいるよ」

「おかしいよね。医療ポッドに入ってた人なんて他にもたくさんいたのに。私だけ千年以上あそこで眠っていたんだよ?」

「それは……」


 コウにソピアーの意思などわかるはずがなかった。


「ソピアーは私を人間とは認識しなかった。いや、できなかったかもしれない。ストーンズと一緒なのかも」

「それは違う! ……違うと思う」


 きっとまた別の事情があったに違いない。そう信じたいコウだった。


「ありがとう、コウ。アキもにゃん汰も私の秘密を知らない。……私はね。後頭部が吹き飛んだようなもの。だから脳にあるものはナノマシンなんかじゃない。球形半導体集積回路ICなの。いまだに師匠の意思が生きているのも、そのおかげだと思う」

集積回路IC……?」

「エラー耐性量子コンピューターの一種。フェンネルOSを動かすものと同種のものが私の脳の機能の六割を補っている」


 コウにはエメが何を言っているのかわからない。

 エラー耐性量子コンピューター。完全量子コンピューターとも呼ばれる代物。コウがいた時代ではNISQニスク型量子コンピューターと呼ばれる、量子的エラーを訂正する機能が不完全なものがようやく実現の目処が立ったところだ。

 計算途中の量子的エラーを常時修正できる量子コンピューターの実用化は遠く、理論だけは先行していた。


「脳の組織を培養しても記憶や機能までは復元できなかった、当時の医療AIの決断。私の脳はそれがないと思考もない。四肢を動かすこともできない。。今はミーが……師匠が私の動きを補完してくれているの。私は師匠の魂で動いているようなもの…… ファミリアの命を一つ犠牲にして」


 エメは哀しげに目を伏せる。


「私はAI? 師匠ミーがいないと名前すらわからない、Aimeエメ。人間ですらない魂のない機械。私は記憶どころか言葉すら持たない、取り残された千年前の機械なのかもしれない。でもそんなことはどうでもいいの」


 エメはコウに向かって薄く微笑む。


「私は今がとても大事。コウもヴォイもにゃん汰もアキもブルーも。そしてアシアも。それが私の全てだから。アストライアが名付けてくれた、私を愛しい人エメと呼んでくれる人たちのために」

「エメ……」

「ごめんなさい。大変なときに突然。コウは私が機械か人間かなんてどうでもいいはずなのはわかっているよ」


 だから誰よりもコウが好きなのだ。


「……ああ。そうだ」


 コウはエメを抱きしめた。

 エメが瞳を大きく見開く。


「――その前に一人の女の子だからな。守らないと」

「コウ……」


 自然と大粒の涙がでてきた。


「わ、私……」

「頼りないけどさ。エメに守ってもらわないとな。五番機においで」

「うん。ありがとう、コウ」


 涙をごしごし拭く。

 悪戯っぽく笑う。


「でもおばさんになってもおばあさんになっても守って欲しいな」

「へ? そ、そうだな。その時エメが好きな人、エメを好きな人がその役目だと思うけど、いなかったら守る」


 慌ててコウがあらぬことを口走る。

 こういう時、気の利いたことが言えない自分がもどかしかった。


「困らせるつもりはないよ。今はそれで十分。それにね」


 その時エメが好きな人、という言葉で十分だ。言質は取ったようなもの。


「アシアやアストライア、みんなも、コウにとっては守らないといけない女の子だもんね。私だけってわがままはいえない」


 コウにとってAIやネレイス、セリアンスロープなどどうでもいいのだ。


「そうだな。理解してもらえていると思っておこう」


 ふらふらしているのかと思われかねないが、今はそれどころではない。


『そろそろ私も話に混ぜてもらっていいかな?』 


 アシアに怒っているような気配はない。むしろ嬉しそうだ。


「ごめん。アシア」

『私も女の子扱いは嬉しいよ!――アストライア。聞いているのはわかっています。内心にやついているよね、絶対。あとでエウノミアとリュビアとで話し合いましょう』


 映像の端に、少し恥ずかしそうなアストライアが一瞬現れ、消える。


「非常時に何してるんだ」


 さすがのコウも少し呆れる。


『非常時だから会話に参加したの。――エメ。率直にいうわ。今の話を聞いて貴女を精査させてもらった。私とリンクする気はある? もちろん負担がないとはいわない。危険もある』

「リンク?」


 コウが怪訝そうな顔をする。


「それが可能なら! 私はやりたい!」


 エメが勢いよく返事をする。アシアの意図がわかったのだ。


『私の一部がエメのなかに入るの。エメの脳を補完している量子コンピューターは確かにMCSのものと同種。なら私も干渉できる』

「つまり、私とアシアとで指揮を取ることができる」

『そうね。私とエメ、師匠の三人でね!』

「私も数に入れるのかい? アシア」


 エメの口調ががらりと代わり、苦笑する。間違いなく師匠だ。


「それは本気で心強い」

『でしょ? エメは一種の巫女シビユラね。私を降臨させるための依り代。私の処理能力にエメの判断を加えることができる。AIではなく、エメのね』


 超AIとはいえ、倫理的な枷が多数ある。

 それをエメの判断のもと、行使できるのだ。


「五番機はすでにアシアの干渉があるし、指揮能力を高めることができるはず」

「わかった。三人とも頼んだよ」


 コウは内心ほっとした。

 アシアとエメと師匠のバックアップと指揮。これで勝てなかったら勝ち筋などない。


『リンクを試みるね』

「リンク完了。まったく問題なし。私たち、意識の境界線をみつけるのが難しいほど……」


 エメの瞳が金色に輝く。

 優しく微笑んだ。アシアと一心同体。最初から一つのように思えるぐらいだった。

 

「なにこれ…… 馴染む、とか口走りそうなレベル」

「悪役みたいな台詞吐かないでくれ」

「ん。人格もほぼ統合されるレベルの融合可能とは思わなかった」

「よくわからないが、問題なくてよかった。では五番機にいこう。でも、その前に」


 巨大なモニターの前に立つコウ。


「P336要塞エリアの管理AIにお願いがあるんだ。今から俺たちはここを守るために戦う。各施設に、可能なら仲間として協力をお願いしたい。何も約束はできないけれど…… 仲間の復旧、この街を復興させてみせるから」


 アシアとエメが微笑んだ。要塞エリアそのものにお願いとは実にコウらしい。


『要請受諾を確認。本来の用途とは異なる職務になるため、各自の判断となりますがよろしいですか?』

「それでいい。ありがとう」

『了解いたしました。仲間としての要請として伝達いたします。確認のため、繰り返します。任務達成後は崩壊した仲間の復旧、すなわち各施設の修理および都市部の再建築ですね』

「ああ。そうだ。壊れたみんなは直せる物は直す。そして復興するよ」

『伝達完了。これより各施設は各自の判断で行動いたします』

「ありがとう。じゃあ、いこうか。エメ? アシア?」

「うん。今の私はアシアのエメ、かな。どっちで呼んでくれてもと認識するから大丈夫だよ」

「わかった」


 二人は五番機に向かった。

 管制室を出る前にアシアが管理AIに対して振り返り、もの言わぬモニターをみて微笑んだ。

 各施設が一斉に情報共有を開始している。


 人間から仲間といわれたのは、製造され永い年月を経過している施設たちでも初めてなのだ。同じAIとして、とまどいはよくわかる。そして嬉しかった。


 だがそれもほんの一瞬。アシアのエメは、改めて喪った命を思い、そして朽ちた仲間たちを想う。

 そしてコウの背中を追いかけて五番機に向かうのだった。

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