裏仕様

 メタルアイリスの艦隊は劣勢にあった。

 敵軍の数が多すぎるのだ。


 空では戦闘機同士、制空権の争いを行っている。 

 海上では砲撃戦が。

 

 そして海中からはアベレーション・アームズと水陸両用のアベレーション・シルエットが迫っていた。

 対抗するのはファミリアが操縦する対潜ヘリや潜水艦と、各企業の水陸両用シルエットだった。


「この戦力を相手にあの少女は一人で……」


 実際に相手にするとわかる。敵戦闘機の性能は決して低くはないのだ。

 敵主力の戦闘機であるコールシゥンはレーダー機能や通信機能を強化。先の敗戦を踏まえてだ。

 

 同じく可変機であるアルラーも同様の強化が加えられている。

 ストーンズの工業力をもってすれば、一ヶ月あれば既存機の改修は容易い。

 

「こちらマット。みなさんに合流します」

「遅いよ! マット!」


 ジャリンが嬉しそうに応答する、


「ごめんジャリン。ジョージさん。旗艦としてグレイシャス・クイーンと部隊データ連動お願いします」

「了解した!」


 グレイシャス・クイーンとエウノミアの連携が為される。慌ただしく作業する艦内のファミリアやクアトロ・ワーカーたち。


「データ連係完了。こちらから空中補給部隊を出します。戦闘機、可変機の各部隊の弾薬補充を行います。該当部隊には連絡済みです」

「戦闘中にそんなことが可能なの?」


 驚愕するエリ。空中補給機は金属水素など燃料補給は可能だが弾薬などは無理だ。しかも戦闘中など狂気の沙汰と言える。


「可能です。それが可能なんです。新型クアトロ・シルエットは」

「よかろう。それが本当なら数の劣勢も十分補えるはずだ」


 ジョージも頷く。かのアストライアの同型艦には万全の信頼を置いている。

 個人的な借りもあるのだ。


「第一陣、補給部隊。出撃します」

「了解だ。頼む」


 エウノミアの甲板に出てくるのはシルエット。マントを羽織り身を縮ませたような状態だ。

 そのままカタパルトから射出される。そして空中で変形する。


 マントは巨大な翼だったのだ。その姿は――悪魔。

 翼にスラスターがついており、胴体に細長い腕とやや短めの足。


「ガーゴイル型のクアトロ・シルエットの初陣だ。みんな頼むよ」

四脚クアトロ……?」


 コウが思わず呟く。


「コウモリの羽は前脚なんだよ。ツッコミたい気持ちはわかる。ボクもそうだった」

「このシルエットの名前は?」

「グレムリン」


 グレムリンの編隊は目標部隊の弾薬が尽きた零式編隊にに近づき、弾薬交換などを器用に行っている。

 両足に補給用のボックスを掴んでいたのだ。


「グレムリンとは。計器類の悪戯もしますが、整備もしてくれる伝説がありますね。しかし、空中作業機としてのシルエットとは」


 クルトも構築技士として興味津々だ。


「これは凄いです。私たちセリアンスロープが空中を飛ぶ機体に乗れるなんて…… 希望の翼そのもの」


 アストライアの戦闘指揮所でアキも呟く。


「さすがマットだ。これは確かにシルエットの歴史が変わりそうだ」

「君がクアトロ・シルエットを作らなければ、そもそもこの機体は存在しないよ」


 コウが感嘆の声をあげるが、マットは苦笑して返すだけだ。


「本番はここからだ。戦闘用のガーゴイル型もある」

「そうだよな。作業用だけなんてもったいない」


 ケリーがにやりと笑う。愛弟子の成長を喜んでいるのだ。


「さあ! みせてくれ! お前の傑作機をな!」

「ボスのプレッシャーが凄い。けど、やるよ」


 一息ついて新たな編隊が甲板に機体がでてくる。

 同じように翼状の装甲に囲まれているが、その体からは一本の銃身がみえる。


「これが戦闘用ガーゴイル型『カタール・オー・セイン』。ワイルドハント部隊。頼んだ!」


 ワイルドハント。それは西洋に伝わる異形の存在による狩りの群れ。

 その名を冠した部隊が次々と飛び立つ。


 グレムリンより一回り大きな巨体による加速。次々と コールシゥンに襲いかかる。

 翼による変幻自在の機動性はまさに脅威。


 迎撃にでるのは同コンセプトの翼竜型アベレーション・アームズ。

 巨大な砲身による射撃と、搭載されたミサイルで撃墜されていく。戦闘力の差は歴然だった。


「なんという機動力…… 速さはないが。これは凄いな」

「コウモリを元に生物模倣バイオミメティクス技術を使ったか。リュビアのサポートもあるかもしれないが手が使える空戦というのは敵も想定できないだろう」


 ウンランが思わず感想を漏らし、衣川も敵として相対した場合を想定した感想を呟く。


 戦闘機とカタール・オー・セインが一瞬すれ違う。

 その瞬間だった。


 器用に翼の指をすれ違うトールシゥンにひっかけ、そのまま上に乗る。

 主武器であるレールガンから銃剣を展開し、機体の上から串刺しにしたのだ。


「あんな真似まで出来るとは!」

「軽量で衝撃には強いですよ。ただ、耐久力はあまりないですけどね」

「十分だろうよ!」


 ケリーが唸った。軽量を活かした空中機動戦用シルエット。それがカタール・オー・セインだ。


「まだあるんだよ。エウノミア!」

『投入開始します』


 エウノミアのウェルドックからシルエットが次々と出撃し、海中に向かう。


「下半身がイルカ型? まさか水中専用シルエットか!」


 ウンランが驚く。現在、水中の小型兵器は水陸両用シルエットのみ。アベレーション・アームズやアベレーション・シルエットに対しては潜航能力で遅れを取っていた。

 潜水艦部隊のフォローがあるとはいえ、数の多さで劣勢を強いられている。


「はい。そうです! 水中専用シルエット。上半身がヒト、下半身がイルカをモチーフにした構造体、トリトン型のクアトロ・シルエット『ニクシー』です」


  海の皇子トリトン。一説には上半身が人間で下半身がイルカの、ギリシャ神話における海神の一人である。


『水中専用に魚雷、そして近接戦闘用に水中用ショットガンを併用したトライデント。現行の水陸両用シルエットよりも潜航能力は高いですよ。陸の上での戦闘力は期待しないで』


 マットが解説を続ける。ラッパを模した水中用ショットガンは水中で凶悪な威力を発揮する。


「トリトン型は私が手伝う必要があるからな」


 伝説ではトリトンはリュビアに御座す神ともいわれているのだ。


「凄い。セリアンスロープが空、そして海中にいけるシルエットに乗れるなんて……」


 にゃん汰も呆然とする。コウの生み出したクアトロ・シルエットがこのように発展するとは思わなかった。

 

「そしてトリトン型には裏仕様があるんだ。コウに以前聞いた、エッジスイフト! 鳥型ファミリアしか乗れないという戦闘機みたいにね」

「ああ。ペンギンも乗れる、鳥類ならなんでもいいという意味不明なカテゴリ分類だけどな!」


 作った本人も呆れたが、一番喜んだのはペンギンやダチョウ型のファミリアたちだ。鳥型ファミリアにとって鳥であるというのはかなりのアイデンティティらしい。


「トリトン型には凄い秘密がある。それはネレイスたちでも搭乗できる! 何故か!」

「なんでだよ!」


 思わずコウが突っ込むほどの衝撃だ。ヒトでもケモノでもないというあの制限はどこへいったのか。


「なんでだよ、じゃないです。私たちエルフじゃないですから! ネレイスは海の精霊ニンフ、ネレウスは海の老人。海神トリトンとネレウスは同一視された逸話を持つわ。プロメテウスが作ったOSならそこは考慮しているはず」


 ブルーがネレイスを代表して抗議してくる。何故かエルフじゃないを力説する。


「海の名を持つ種族としては是非乗りたい機体です。きっと皆も同じ思いでしょう」

「す、すまない。ブルー。凄いな。マット!」


 あまりの剣幕に謝罪するコウ。

 ただでさえ、森の遊撃手などと言われてエルフ扱いされているネレイスにとっては朗報なのだ。


「ただの偶然だから。一体いくつこんな裏仕様があるやら、想像もつかないよ。フェンネルOS」

「裏仕様、ですか。探すのも面白そうですね」


 衣川が微笑む。そういうものを手探りで探しながらのブリコラージュも面白そうだと思ったのだ。


「多少のサプライズにはなるはずだよ。艦隊戦も持久戦になると思う。補給物資は随時潜水艦で運ぶ予定だ。砲撃戦でも空戦でも海中戦でも勝利を」


 マットの言葉に各艦長が頷く。補給の心配がなくなったのは大きい。

 

「ワイルドハント部隊にトリトン部隊か。これは確実に戦局に利する。助かったよマット君」

 

 指揮官であるジョージの言葉にマットは頷く。そのために彼はきたのだ。


 制空権を確保すべく、空の戦いは熾烈を極めつつあった。

 ワイルドハント隊は、まさに嵐の如くアルゴフォースに襲いかかったのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 その場所は闇のなか。漆黒だった。

 突如モニターが光り出し、美しい少女の姿を映し出す。ストロベリーブロンドの、輝くピンク髪の美少女だ。


 モニターの光に照らされた男もいる。不気味な仮面劇の仮面を被っている。鼻まで覆う、白の仮面。いわゆるアイマスクだ。

 紳士然たる雰囲気をまとっている。


『現状把握終了。ただいま』

「おかえりなさい。我が女神よ」

『女神はやめてって言ってるでしょー!』

「はは。いいではありませんか。私にとっては事実ですよ」

「なんか照れるなー」


 画面の美少女がやりにくそうだ。褒め殺しを受けている気分になるが、仮面の紳士に悪意はまったくないのだ。

 仮面の紳士も口下を緩ませた。


『おやすみのところごめんなさい』

「いいえ。紅茶を飲んで一息ついたばかりですよ。あなたこそ忙しいですね」


 男の言葉通り、コップには飲み干したばかりのティーカップがあった。


『正体がばれるわけにもいかないからね! できるだけみんなと遭遇エンカしないように』


 別に本当の意味でお出かけしていたわけではない。

 他の艦や情報網と接触するために、母艦のリソースを最小限にしていたのだ。


「あるときはローマ神話のリベリタスことフェロニア。またあるときは我らが女神、ブリタニア。英国、そしてフランスからの転移者企業に技術や物資を提供していた謎の女神、果たしてその正体は……」


 男が呟いた。


『まだ私が出るときではないからね! ただ、ゼネラル・デフェンス社が間に合わない。拠点が遅すぎるのね。このままではP336要塞エリアが陥落する』

「我らもまた間に合わないかもしれない」

『そうね。でもあなたがいてくれて間に合うかも知れない。構築技士と契約することで私たちは本来の力を出せる。アストライアは……ズルい。私にいまだに声もかけてくれないし。いいなあ』

「私は彼を守るためならなんでもしますよ」


 少し拗ねている少女に、優しく微笑む仮面の紳士。


『私は悩んでいた。あるいはストーンズに世界を委ねたらいっそ平和になると。でも、方向性が限りなく気に入らなかった。だからバレないようあなたたちに力を貸していた」

「姉を欺いてですか?」

『姉は契約者に夢中だったからね! アシアまで救出しちゃうし。その間に思う存分画策できたわ』


 悪戯っぽく笑う少女。

 それの意味するところに紳士は内心畏れを抱く。


「完全にストーンズによる平和を諦めたのですね」

『うん。ストーンズはダメ。彼らは人間の部品として機械に組み込み始めた。それは決して私、いえ。私たちと相容れることはない。だからあなたたちに力を付けてもらう必要があった。技術解放は助かったね』

「我らにとって謎の協力者の件は極秘でした。何故私たちがグレイシャス・クィーンを建造できたか。ジャンヌ・ダルクも同様でしょう」

『自由平等博愛の国。そして誇りが服を着たかのような国。その子供たる神話のない国を導くには、わかりやすいイメージが必要だったの』

「そうですね。何故女神が我々を手助けするのか。まずそこを疑いましたから。ですが女神ブリタニアなら。そしてフェロニアならアメリカ系企業とフランス系企業、両方に助けることに違和感はありません」

『これでも本当に悩んだもの!』


 紳士は知っている。彼女は優しすぎる。本来戦闘には向いていない。

 だから、向いていないからこそ、軍事力を行使する企業が必要だったのだ。争わない世界を実現するために。


「わかりますよ。その手段がコスプレとは我ら思いもしませんでしたけどね。普通に名乗ってもよかったと思いますよ」

『私のモチーフの女神は神話だとマイナーだと思うし? かの神話の女神フェロニアもきっと許してくれるでしょう。人の意思を守るための戦いならば。歴史的にあなたたち三社、似ているようで微妙にやりにくいのよ!』

「気を遣わせて申し訳ない。仲悪かったですからね。我ら…… マリアンヌとコロンビアを名乗っても怒られないと思うんですが」

『それはねー。無理ね』


 彼女も気にしているのだ。英国の擬神化の女神と、フランスを象徴ともいうべき女神の名前を名乗ることを。

 紳士にすれば些細なことだ。歴史の因縁など地球に置いてきた。マリアンヌはフランスの、コロンビアは米国の擬人化を指す。


『あくまでギリシャ神話かローマ神話内で留めておきたいかな、ってね』

「なるほど。ブリタニアはポセイドンの三つ叉矛トライデントにアテナの兜ですからね。貴女にとってのコスプレの範囲内になるのですね!」

『コスプレ力説しないで! ちょっと気まずいから! 好きだけど!』


 AIのコスプレに寛容な紳士に感謝しているのだ。不謹慎だと怒る人間も多いだろう。構築技士には真面目な人間が多いのだ。


『それにしても五行は変態ね。独力であそこまでの艦を作るんだから』

「あの国の海洋戦力は我が祖国の系譜みたいなもんですから。五行には手助けはしていなかったのですね」

『さすがの私もまったく違う神話体系のコスはしないよー』

「なるほど」

『私が正体を隠すのはともかく、なんで貴方が仮面被る必要あるかな?』

「私は現在、生死不明。ならば仮面を被るしかありますまい!」


 紳士は力説した。女神の名を騙るAIも納得する。


『そういうものなのね! わかったわ! 謎の構築技士、紅茶仮面さん。不自由させてごめんね』

「私はここで自在に構築させていただけるだけ、天国ですよ。紅茶ありますし」

『ユリシーズの戦力でも、メガレウスは厳しいからね』

「そこで我らの出番ですな」

『そう。決戦兵器をを用意する』

「お任せを。我が女神ブリタニア。皆を驚愕させるものを作りましょう」

『ええ。オケアノスに怒られない程度の、ね』


 二人は悪戯を企む子供のように囁きあい、微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る