束の間の休息
P336要塞エリアに戻ったコウは休息として数日過ごした。といっても五番機の整備やブリコラージュの思案で時間はあっという間だ。
今日は昼に合流したエメとにゃん汰とブルーの三人で買い物を行う。以前アキのみとなった買い物の埋め合わせである。
臨時指揮はフユキが行っているので不安はなかった。
夜はテラスにいた。
色々な出店が用意され、人間からファミリアまで多くの傭兵たちがつかの間の休息を取っている。
コウがきたのは初めてだが、ローテーションでこのような休息を取ることは推奨されているらしい。
今日はブルーが公開ラジオをやるようだ。
目的の人物を見つけ、向かう。
そこにはヴォイと、ヴォイの膝の上に乗っているエメ、そしてにゃん汰がいた。
「待たせた」
「こっちは先にやってるぜ!」
ジョッキを掲げハチミツジュースで一杯やっているヴォイだった。
「コウとはこういう場所では珍しいにゃ」
「そうですね。でも楽しい」
「そうだな」
コウは注文を取りに来たファミリアにいくつか食事を頼むと、皆と会話することにする。
「五番機はどれぐらいで終わりそうかな?」
「メンテは終了したぜ。もう飛行用追加武装も用意してある」
「前線からはコウには陸戦仕様をお願いされている」
エメがぽつりという。
一人突出しがちなコウを強制的に部隊行動させる矯正器具のような扱いであるが、前線には五番機用の装備として人気が高い。
決して戦車隊やラニウス隊との連携が苦手なわけではないのだ。
「陸戦仕様、悪くはないんだけどな。やっぱりレールガンが性に合わない。エネルギーあそこまで喰うとな」
うんうん頷くにゃん汰。やはりコウには実弾だ。陸専用の火砲の開発も考えたことはあるが、自由に動きたいコウの意思を尊重している。
「ツインリアクターで贅沢なもんだ」
「AK2のほうが戦いやすいよ。にゃん汰とアキの調整してくれたね」
「そこで持ち上げなくてもいいんだぜ?」
「本音だ」
「照れるにゃー」
コウの言葉は間違いなく本音だ。レールガンに使うエネルギーがあるなら機動力に回したい。
「皆はコウが突出するのを怖れているから、それだけは忘れずに」
「ああ」
皆と言っているが、エメ自身の願いであった。
「完成した新型ライフルもヴォイに渡してあるにゃ」
「それは楽しみだな」
「ありゃ凄いぜ。俺までビビっちまった」
ヴォイが太鼓判を押すほどの性能ということだ。
「それは楽しみだ」
新型ライフルを開発中なのは知っていた。いよいよ実戦投入となる。
「みんなで食事でアキが留守番だと荒れそうだな!」
「アキは前回コウとエメを独占したから当然にゃ」
「あとでフォローしとくよ」
「それがいい。貧乏くじは心がささくれるからな!」
遠くでブルーが手招きしている。
それはコウに向けられているものではない。にゃん汰にだった。
「今日は私がゲストにゃ。解説係だにゃ」
「大役だな。ここで聞いている。がんばれ!」
「頑張るにゃ!」
意気揚々とブルーのもとに向かう。
「帰りはどうするんだ、エメ。にゃん汰のエポナか?」
「うん」
「護衛しようか?」
「大丈夫。コウはここの護り、アシアを護って」
「わかった」
コウはブルーの公開ラジオ放送のほうをみた。
「今日は特別ゲスト。武器カスタマイズのスペシャリスト、にゃん汰さんです!」
「にゃん汰と申します。よろしくお願いしますね」
眼鏡をかけ知的な美少女に早変わりしている。
「ね、猫被りだ」
「いっちゃだめ」
エメが思わず笑った。
「しかし変わったお名前ですね」
「実は私、惑星間戦争時代のセリアンスロープなのです。この名はビッグボスが命名してくださった大切な名前……」
どよめきが開場を覆う。笑うものなどいなかった。皆うらやましがっているようだ。
「俺、外の空気を吸ってきていいかな」
恥ずかしいのだ。
「ダメ」
エメに袖を引っ張られ無理矢理座らされる。
「今日ぐらい諦めな。にゃん汰の晴れ舞台だぜ」
ヴォイが意地悪く笑うのだった。
「はい。敵のアベレーション・シルエットですが、瞬間火力を出すために継戦能力がおろそかになっています。また、戦車と相性が悪いので戦車部隊で対処するとよいでしょう」
BGMの合間にメタルアイリスの戦闘状況や有益な情報を流すことにしているのだ。
現在警戒するべき兵器はやはりアベレーション・シルエットだ。
コウも知っている。このにゃん汰こそが素に近いということを。
彼にあわせて語尾ににゃと付けるのは、遠い未来に飛ばされて孤独だったコウの不安を和らげるための優しさなのだ。
「エメ。何か食べたいものはあるか?」
「このパフェ食べたいな」
「そっか。じゃあ俺も同じのを頼もう」
「うん!」
嬉しそうなエメ。手を挙げて注文を取りに来た狸のファミリアにパフェを二つ注文する。
「エメに頼りっぱなしで何もしてやれないなあ」
コウがぽつりといった。彼女を最前線に立たせているのは間違いなく自分だ。
「頼っている? コウが私に?」
驚いたのはエメだ。
「ああ。自覚なかったのか」
「いつも守ってもらっているのは私」
ヴォイがエメの頭を撫でながら優しく言う。
「コウはな。エメを戦場、しかも最前線の司令官にしたくなんかないんだ。本当はシルエットベースにでも籠もって欲しいと思っているんだぜ」
「でも」
「まあまあ。エメが俺達と一緒にいたいのはわかる。それにコウにはエメが必要なんだ。それに甘えてしまっているコウが自己嫌悪になるの、俺にはわかるぜ」
アストライアで出陣したとき、ヴォイ自身卒倒しそうになったのだ。代われるものなら代わりたかった。コウの気持ちは痛いほどわかる。
「ヴォイの言うとおりかな。しかし俺が指揮を執ったら多分もっと被害が大きくなる。エメほどの力はないんだ。その責任は本来エメが負うものじゃない」
コウは知っている。エメは自分の指揮で心を痛めていることを。
今や提督だ。多くのファミリア、そしてセリアンスロープやネレイス、人間まで死んでいる。彼女が負うべきものではないのだ。
「コウ。私に頼っていいんだよ」
コウの本心を知って心の奥底から力が沸いて出る。あとはそう。師匠のいう通り、コウのパートナーになるためにはせめてあと8年、いや7年……
「これ以上頼るわけにはいかないかな。本音をいうと安全な場所に居て欲しいけど傍に居て欲しい。だから五番機の後部座席に乗せたいぐらいだ。だが、あそこほど危険な場所もないしなあ」
師匠から預かった大切な娘さんなのだ。師匠がなかにいると言っても最近姿は現さない。いつ消えるか不明だし、もう消えているかもしれない。絶対守り抜かなくてはならない少女なのだ。
他の人間を載せるつもりはないが、エメならいいと思える。
エメは五番機の後部座席ときいて、内心心臓が止まるような驚きを受ける。
それはきっと、コウの最大限の信頼の証の一つ。五番機の後部座席など、アシアぐらいしか乗ったことがないだろう。
「乗る! といったらコウ困る。必要があれば乗る。それまでは私は自分のできることをアストライアと一緒にやる」
「ありがとうエメ。頼りないお兄ちゃんですまないな」
「コウお兄ちゃん…… たまに呼んでいい?」
「いいよ」
コウから思わぬ言葉が出て、エメは頬を赤くした。嬉しいのだ。だが妹ポジションで終わる危険性もある。それは絶対避けたい。コウの身内になるのが最初。使うのはたまに、だ。
一番近い女性は誰だろうと思う。アシアは別格だがAIだ。やはりブルーなのだろう。アキとにゃん汰は同じぐらいであり、むしろ家族的な関係を築いていると思う。
自分が異性として意識されているとは一切思っていない。あと6年だ。
コウは何やら考え出したエメを微笑みながら見守った。
早く戦局を打開し、このアシア大戦を終わらせたい。
だが終わりの道筋がいまだに見えないのだった。
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