リバースエンジニアリング
戦艦メガレウスの構築研究所施設。
カストルのほかにヴァーシャとアルベルトが利用し、ここでブリコラージュを行うのだ。
何度も大画面の映像を繰り返すヴァーシャ。とあるシルエットが気になっているのだ。
自軍の映像だけではなく、メタルアイリスの放送を傍受した映像も小さく映し出している。
「おやヴァーシャ。熱心に画像を見ているね」
趣味というものがあるのかわからない程、無表情なヴァーシャが念入りに何やらチェックしている。アルベルトも気になった。
「ああ。どうも気になる機体があってね。こいつだ」
映っているのはTAKABAのラニウスだ。
「このTAKABAのラニウスがおかしい。最新のラニウスCのはずなのに、頭部が最初期型のままなんだ。つまり新造機体ではなく改造機体の可能性が高い。また戦闘記録をみるとリアクターを二つ積んでいるとしか思えない出力性能がある…… 何者なんだろうか、とね」
ずっと画面とにらめっこしているヴァーシャ。
「戦艦内部のシルエット整備格納庫の構造をあらかじめ把握していたようだ。珍しいが艦船の設計経験がある構築技士かもしれない。エースかつ構築技士ならば鷹羽兵衛とも思ったが、彼の機体はアクシピターだ。ラニウスではない」
「君はアクシピターを大層気に入ってたね」
「素晴らしいよ。フッケバインのように採算度外視の特別機ではない。アクシピターは装甲筋肉と機械駆動、そしてコストのバランスが取れている」
「リバースエンジニアリングの粋を極めて研究していたね。君の祖国はそういう技術が発達していたものな。今度の量産機はアクシピターを元に作ったんだろう?」
「そうだとも。あの機体を参考に私なりに発展させた機体をいくつかね。私専用のもあるし量産体制に入ったものもある」
「アクシピターをどう改造したらあそこまで異なる外見の機体になるのか。だがあの機体は素晴らしいな」
傭兵から持ち込まれた一機の最新シルエット。それがアクシピターだ。
ヴァーシャは基本性能を確かめたあと、リバースエンジニアリングを行った。分解し、解析しながら工程を遡ることによって兵器をコピーする技術である。
フッケバインは四肢のみ。あとはアルベルトが膨大な装甲筋肉の数から推測し胴体を設計しコルバスを完成させた経緯があるが、今回は完全体を分解できた。その後傭兵に返却したが、該当の傭兵は先月行方不明になったという報告があった。
基本的にシルエットの部品は登録されているものだ。完全体さえ手に入れれば、再現は容易い。ブリコラージュで開発される兵器の欠点でもある。
「アクシピターはTAKABA製シルエットの完成形だと思うよ。だからこのエースパイロットがいまだに旧式のラニウスに乗っているのが不思議なのだよ」
ヴァーシャが興味深く見ている機体を再度見る。思わずアルベルトは鼻で笑った。
アルベルトは見覚えのある機体をみて納得したのだ。こいつならそれぐらいやるだろう、と。
「こいつか。アシアのナイト様じゃないか。それぐらいやるだろうな、この男は」
「待てアルベルト! この機体とパイロットについて何か知っているのか?」
珍しく腕を掴まれて驚くアルベルト。こんなに慌てるヴァーシャは珍しい。
「失礼。もし知っていることがあれば教えて欲しい」
そんなことを気にするアルベルトではない。同志を見つけた気分だ。
「君も知るべきだろうね。このラニウスのパイロットこそがアシアを救出しこの惑星アシアに技術開放した、A級以上の構築技士だよ。S級かEX級かは知らないがね」
「なんだと……」
以前アルベルトからA級以上の構築技士の存在を聞いてはいたが、画像の機体のパイロットだとは思いもしなかった。
「このラニウスの進化とともに、この惑星のシルエットは進化しているといってもいい。彼がA級構築技士たちに技術を広めたのだよ」
「どうしてそういえるのだ」
「最初のアシア防衛からの因縁でね。試作の超重戦車をドリル戦車にやられた。バルド君も倒されたな。二回目のアシア解放にも彼はいたよ。そのたびにあのラニウスも進化し続けた」
「ほう」
「構築技士としても侮れん。数々のドリル兵器や電子励起爆薬を搭載したパンジャンドラムの設計は間違いなくこのパイロットの仕業だ。私が発想で負けたと実感したのはこいつだけだ」
「君がそこまで言うのか」
「電子励起爆薬さえも管理していると思っていいぞ。その証拠はこれだ」
アンチフォートレスライフルを構える五番機の姿が映し出された。
「私も個人的興味で追っていてね。ファンといってもいいかもしれない。情報は集めているんだ。彼はなかなかに慎重だよ」
「そこまでわかるのか?」
「メタルアイリスが搭載している兵器で電子励起爆薬を使った兵装が広まったかね? ほとんど報告がないだろう。最後にあったのはアラクネ型に使われた戦闘のみ。彼は自軍のなかでも危険物と判断したようだな」
「そういう配慮できる者のほうが厄介だ」
軍事強国の人的被害は補給品の誘爆も多い。小型の核兵器なみの威力を持つ電子励起爆薬を一般兵装として使うには危険と判断する慎重さを持ち合わせている証拠だ。
とはいえ
「そうだとも。我々が奪って使える可能性は皆無とみていい。さらに言うなら超高性能なクアトロ・シルエット二機がこのライフルを使っている。セリアンスロープのためにクアトロ・シルエットを構築したのもこのナイト様だろうな」
「君の言葉通り急激に進化したシルエットの歴史そのものなんだな」
「間違いなくね。発展したのはこの男が起点だ」
アルベルトにとってもコウは宿敵だった。念入りに調査はしていたのだ。
「最初はイかれた英国人かと思ったがヘンタイな日本人が正体だった」
ドイツ人だったアルベルトは英国や日本の変人はそんな評価だ。
「人種まで把握しているのか」
「バルト君に聞いてみるといい。彼の副官がコルバスに乗ってプロメテウスの火を使い、それさえも斬り倒した男だぞ」
「なんだと……」
魅入られたかのように五番機を眺めるヴァーシャ。
「ふふ。君も彼を気に入ったようだね。どうだろう。君の秘蔵のコレクションでも数本わけてくれ。さすればラニウス画像コレクションも進呈しようではないか。今なら私の注釈もつけるぞ」
ただの冗談だ。アルベルトこそヴァーシャを友人と感じるほどには世話になっている。ヴァーシャの唯一の趣味である酒のコレクションを寄越せとは魂を寄越せといっているようなものだ。
「わかった。至急準備してくれ。注釈も是非見たい。礼はする」
「お、おう…… わかった。では私も今からそこで準備をして転送してから自室に戻るとしよう」
ヴァーシャはそこで浮かんだ疑問をぶつけた。
「何故、この男を賞金首にしなかった? 君ならストーンズに進言して余裕だっただろう?」
「簡単さ。彼が生きている限り、シルエット、そして兵器の可能性が広がるからだ。殺すのではなく、泳がせ、様々な技術を吐き出させ、奪う。そのほうがいいと思わないかね?」
「まったくの同感、同意だよ。アルベルト。君の慧眼を讃えよう。やはり君は他の構築技士とは違う」
「ありがとう」
惜しみなき賛辞は本音だった。アルベルトもさすがに照れたが、ヴァーシャは本気だった。
時系列に並べられたラニウスの画像コレクションを一通り確認したあと、ヴァーシャはアルベルトに告げた。
「友よ。これは最高の贈り物だ。好きな銘柄を十本ほど進呈しよう。リストは送っておくぞ」
「そ、そこまで気に入ったのかね」
十本とはヴァーシャの最大限の礼だろう。そこまで欲した情報ということだ。ヴァーシャのコレクションは一本手に入れるのにどれぐらいかかるかわからないほどの逸品ばかりだ。
「ああ!」
獣じみた屈強な顔がほころんだ。意外と丸みをおびた子供っぽい笑顔になる。
「何か質問があればいつでも答えるぞ。この場所で」
「ありがとう。情報をまとめて質問するよ。ここでな」
他人に聞かせる話ではない。二人は顔を見合わせ、笑い合った。
一つの秘密を共有することで、二人の友情は確実に深まったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「これは凄い情報だ。まさにシルエットの隠された歴史ではないか」
ラニウスの進化。それは見て取れる。このような情報は常に五番機とやりあったアルベルトしか知り得ない。
そして幸いなことに、アルベルトは常に情報を収集し、分析を行い、結論を予測する才能を持っていた。
構築技士としての注釈も非常に参考になる。
アベレーション・アームズやアベレーション・シルエットはほぼアルベルトのサポートがあってこそ完成したのだ。天才的な才能と発想は彼も認めるところだ。
その彼をして発想で負けたと言わせた構築技士はやはり気になる。
X463要塞エリアの第一アシアの解放戦時のバルドとファルコと戦うラニウス追加装甲型。
哨戒中のマーダーとの戦闘を行っているラニウスA型。
サンダーストームに格納され、マーダーを迎撃するラニウス。
F811要塞エリアの電撃戦時におけるラニウスB型。
アシア大戦初期の海上で戦うラニウスC型の戦闘記録。
アーテーと戦うアンチフォートレスライフル装備のラニウスC飛行型。
バルドの副官マイルズのコルバスとの戦闘をしているラニウスC高機動型。
そして陸上戦艦と戦うラニウスC陸戦型と、兵器をその場で解体して装備する、新基軸を採用した兵器群の存在。
「アルベルトめ。こんな楽しい情報を今まで独り占めしていたとは許せんな。いや、この注釈は非常に参考になる。私の視点ではこの発想は思い浮かばない。やはり彼は切れ者だ」
もう数時間も画面を確認し、現在開発した機体データと比較している。
彼にとってブリコラージュされた自分の兵器が全てなのだ。
そして手に入れた宝の山。これでは寝る間も惜しい。しかも今は戦時中。新開発できるならすぐにフィードバックしたいほどだ。
「最初にバルドと対決したときは、大がかりな追加装甲と、巨大なデトネーションエンジンを使ったスラスター。それが最新型やアクシピターでは内蔵型になっている。この小型化こそ技術解放の成果だったのだろう」
アナログにも程がある、紙とペンでメモまで取り始める。
「注釈によると彼は
写真を画像に展開する。
「このラニウスとクアトロシルエット二機、そしてフェアリーブルーの機体。この四機は重要メンバーだ。証拠はこの電子励起爆薬を利用した狙撃銃。フェアリーブルーの機体も構造的にはラニウス系統、つまりナイト自らの設計ということか」
ブリコラージュの思想も知りたい。何故かこの機体には剣に鞘を必ず身につけている。
「そういえばヒョウエも同様の刀を使用していた。クルトは大剣だったな。さらにあの電子励起爆薬を使った兵装を装備していた。この二人のA級構築技士とはとくに結びつきが強いのか? 剣の同志ということか?」
推理を楽しむように考え込む。
「鷹羽兵衛に関してはカストル様にお聞きするのもお手を煩わせるのも問題だ。クルト・マシネンバウ社はメタルアイリスの保護によってP336要塞エリアに移転した。間違いないな。もう少し情報が欲しい」
彼はバルドを呼び出した。
「ヴァーシャ様。お呼びですか」
「君に聞きたいことがある。君がアシアを護衛していたとき戦ったラニウスのことだ。プロメテウスの火を使った君の副官を倒したそうだな?」
「へい。コウのことですかい」
「ほう。コウというのか」
知りたかった男の名を遂に知れて、ヴァーシャの頬が緩む。
その光景をみて内心ぎょっとしたのはバルドだ。ヴァーシャの笑った顔などみたことがなかった。
「剣士なのだろう? 君がヒョウエに対抗するべく剣を学んでいるのは知っている」
「ええ。違うタイプのケンジュツらしいですがね」
「違うタイプ?」
「ヒョウエは実戦に対応したケンジュツで、コウのはイアイっていう平時のケンジュツらしいですね」
「イアイ…… ふむ。調べてみよう」
「鎧などを着ていないチョンマゲなエド時代に重宝されたケンジュツだとか。鞘の内といって、あの鞘から撃つように抜き撃ちするんですわ。鞘を動かすことによって剣の軌道まで変えることができます。ニホンってのはよくわからない国ですねえ」
「だからあのラニウスは必ず鞘付きなのか。そしてヒョウエも鞘付きだな」
「そうです」
ヴァーシャは思案する。
バルドは現在謹慎中だ。R001要塞エリアを守り切れず、一人脱出した責任を取った形だ。
「君の謹慎を解く。私の部隊に合流したまえ。コルバスでな」
「いいんですかい!」
復帰はともかく、コルバス搭乗許可が降りるとは思わなかった。嬉しい誤算だ。
「構わん。それからもっとコウのことを聞かせてくれないか」
「わかりました」
コウのヤツも厄介な男に目を付けられたな、とバルドは苦笑しながら同情する。
最初の因縁からマイルズとの戦い方まで事細かに数時間に及ぶ尋問のような問いが彼を待っているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます