ペガサス野獣類
「忙しいところ、すまないコウ。クアトロ・シルエットで少し詰まっていてね」
マットに通信で呼び出されたコウ。クアトロ・シルエットでの相談とのことだった。
「いつでも呼んでくれ。どんな風に詰まっているんだ?」
「ケンタウロス型はようは腕と前脚、二本余分に増えているわけだ。そこをどう処理しているのかと」
「そこか。増えているのは腕だけじゃない。胴体も増えているだろ? 人間でいえば人の胴体と馬の胴体二つと認証させてやれば通る、はずだ」
「単独で処理すると通らないってことか……」
「ヒトの因子と動物の因子を組み込み、マスターをヒト、スレーブを動物の因子で組み合わせヒト部分を主軸に動作の命令系統を構築、だったかな。リュビアのほうが詳しそうだけどな」
「リュビアもクアトロそのものは作ったことはないみたいなんだ。ありがとう。動く目処が立ちそうだ」
「結果を楽しみにしている」
コウとの通信を切ったマットは光明がみえて安堵した。
「因子の二重構築、か。セリアンスロープ専用設計というのは面倒のようだ。私の本体があれば解析余裕なのだが」
マットの背後に立つリュビアが納得したようだ。
彼はじーとリュビアを見た。
「何をじろじろ見てる?」
「そりゃみるさ……」
マットが指摘され、目を逸らしながら言う。
きわどいともいえる黒装束を着込んだ美少女。
彼女はセリアンスロープだ。緑髪は珍しい。
だが――
「なんでコウモリの翼に角なのかな、って」
「仕方ない。私は最後の力を振り絞って
「もうAIじゃない?」
「AIではないかな。リュビアとしての私はこの体に縛られる。寿命は元来のセリアンスロープにも大きく劣るな。人間に近いただの美少女だ」
「美少女は譲らないんだね。いや、可愛いのは認めるけど」
文句なしの美少女だ。その蛇眼さえなければ。
瞳孔が爬虫類のように縦型でちょっと怖い。
「この肉体に縛られるからな。たとえ惑星リュビアの私を解放しても、意識は肉体に縛られることになる。AIとしての性能は相当低い」
「でも本来の性能を発揮できないのに、よく地下工廠のコントロールを奪えたね」
「権限そのものは保持している。あとはシルエットベース。いや、地下の工廠というべきか。その目的と私の目的が一致したからな。抵抗は一切なかった」
「目的?」
「コウを死なせないためだ」
「それは!」
「アシアはP336要塞エリア、R001要塞エリアの軌道エレベーター、そしてこの上下二層に渡る秘密工業区画を管理せねばならない。私に権限を任せたほうがアシアの助けになる。ひいてはコウのためだ」
マットがその言葉が意味することを考え、地下に謎の工廠があるのは有名な話だ。コウの試作兵器も地下から出てきたという。
その地下施設全てがコウのために動いているというその事実。
深く考えることをやめにした。当面の問題はそこではない。
「生物系ブリコラージュとか無理ゲーなんだけど」
「あのね。なんでコウモリの翼を手と認識して作るの。あれは前脚。その解釈ではMCSだって反応しない」
呆れたように言うリュビア。翼に進化したとはいえ、あれは脚なのだ。
脚を腕のように使えといって使えるわけがない。
「ええ~」
いやあれは手だろうとマティーは思う。
手のひらで羽ばたいているイメージだ。
「恐竜型のアベレーション・アームズ。恐竜は前脚だよね」
「あれは腕」
「その違いは何さ!」
「二足歩行の生物だもの、獣脚類の恐竜は」
納得がいかない。あれは前脚が退化したものだろう。
「えー」
「マット。文句は私じゃなくプロメテウスにいってくれる? あいつのことだから盗み聞きしてそうだけど」
「神様の基準てのはよくわからないな……」
「私たちは神様じゃないから。あくまでモチーフよ」
「リュビアの由来はあるの?」
「降雨。恵みの雨。だから生物環境特化しているの」
「ふーん」
「興味なさそうなその顔がムカツクわね」
「言いがかりだよ!」
二人は言い争いしながらもブリコラージュを続ける。
その形をようやく物にするのに、一週間経過した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「完成した」
「完成したわね」
試作のクアトロ・シルエットが完成したのだ。
目の前に完成形が鎮座している。
「これなんだけど」
「クアトロ・シルエット」
「脚が四本、人でもなく動物でもなく、をボクなりに形にしたものだ」
「よくやった。アストライアも驚く」
「驚くだろうな」
完成したクアトロ・シルエットに眼をやった。
「どう見ても悪魔だもん」
そのシルエットもまた異形だった。
一見人間型にみえる。だが足は獣脚類のようだ。腕は通常のものが装備されている。
背中には巨大な飛行用の翼が生えており、先端には爪が生えている。
脚は通常のシルエットと比較しても短い。どちらかというとアベレーション・アームズの獣脚類に近いといえるだろう。
「ガーゴイル型と言うべきだ」
「翼を脚と言い張っていいのかな」
「脚だ」
「指一本突き出てついてるよね?」
「足指だってある」
やはりコウモリの翼が納得いかないマット。
「
「ペガサス野獣類。コウモリ目にもっとも近い生物は奇蹄目であるウマだ。クアトロに類するシルエットで何も問題はない」
「それ学会で否定されたって聞いたよ!」
「21世紀の分類など知らん! ペガサスの翼がコウモリと言った日本人にいえ!」
「鳥じゃないの?!」
二人は他愛もない論争を続けていいた。
翼を前脚と言い張るのも気が引けるマットだが、なんとこの設計でクアトロ・シルエット用のOSが動いたのだから仕方ない。
「セリアンスロープ念願の翼を手に入れたのだ。文句をいうヤツは一人もいないだろう」
「ねえ。プロメテウスってセリアンスロープ含めて、ヒトを好きすぎない?」
「あいつは本当にヒト好きだからな…… セリアンスロープもなんとかしたかったのだろう。コウとやらのクアトロ・シルエットの提案は渡りに船だったに違いない」
「軽量化した機体だけど、アベレーション・アームズよりも積載も装甲も上だ。空も飛べる。みんな喜ぶだろうな」
セリアンスロープたち用の空が飛べるシルエットは存在しなかった。
今までは。これからは違う。
「冷凍睡眠しているセリアンスロープたちを片っ端から叩き起こして乗せてみる」
「アシアやアストライアに怒られないかな」
「緊急事態。仕方ない」
地下には多くのセリアンスロープやファミリアが眠っている。
その一部をリュビアは解放する気でいるのだ。
「心を喪った私がストーンズに与えた技術を侮ってはいけない」
「自分との戦いは辛そうだ。リュビア」
「自業自得。そうはいっても今の私はほぼ無力。権限が大きいだけのセリアンスロープだ。手伝ってくれマット」
「もちろんだとも!」
マットは請け負った。
彼女がどんなものを代償にしてこの場所に辿り着いたか、想像もつかないからだった。
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